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8.極道ということ
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専務がまんべんなくお客様にご挨拶ができるよう気遣わなければいけないし、東雲さんからも矢継ぎ早に指示が入る。具合が悪くなってしまった方がいて部屋まで付き添ったりしているうちに、なんと、肝心な専務のスピーチを聞き逃してしまった。
悲しいかな私が会場に戻ったときは、拍手の渦の中で龍崎専務が壇上から下りるところだった。
「えっ、小恋ちゃん聞けなかったの? それは残念。専務、堂々として本当に素敵だったわよぉ。あとでビデオ見て感動するから」
「はぁ、そうですか……」
ううっ。泣きそう。
「森村さん。お客様のお見送りお願いします」
「はい!」
ああもう、本当に忙しい。
「すまないね、最後までいられなくて、でも暁大くんの立派な挨拶が聞けてよかった龍崎組は安泰だね」
「ありがとうございます。今後ともどうぞよろしくお願いいたします」
営業部長や取締役がお客様と挨拶を交わす後ろで、私は行儀よく立っているだけじゃない。タイミングを見計らいながら一歩前に出て、手土産の紙袋を手渡すのである。
「社長、本日はありがとうございました。ささやかですが、どうぞお持ちください」
「ああ、ありがとう」
「社長のお好きな辛口の日本酒が入っております」
小声でそうささやくと、社長は「あっはは、それは楽しみだ」と豪快に笑いながらタクシーに乗った。
手土産は渋く紅白饅頭と『龍崎』という名前の日本酒。形に残るものをもらっても迷惑だろう、という社長の鶴の一声で決まったが、紅白饅頭は老舗有名和菓子店に頼んだものだし、日本酒は何年も前から新潟の造り酒屋にお願いしていた特注品なのでどちらも味は一流だ。
社長は気さくな人柄で、お茶を出すときも笑顔で『ありがとう』と声をかけてくださる。専務が電話中だったりして待っていただく間に話をしたりして、日本酒が好きだということなんかも聞いていた。そんな社長がしみじみと龍崎専務を褒めてくれたものだからうれしくて仕方がない。
社長を乗せたタクシーが発進すると同時に頭をさげて再び顔を上げた時。「森村さん?」と声をかけられた。
SIMIIの清水さんだ。
ひそかに心がざわつく。
「すっかり遅くなっちゃって、もしかして、もう終わり?」
「いいえ、どうぞどうぞ」
口ではそう言ったけれど、来なくてよかったのにと心で悪態をついた。
この前の、青木さんとの失礼な発言もある。
『龍崎さんは龍崎組では優秀なビジネスマンですし優秀な経営者には違いないですけれど、裏の顔は知らないほうがいい』
こんなに遅く来るくらいなら帰れと追い返したいが、そうもいかない。今日はこちらからお呼びしたお客様である。
「すみません、お忙しいところ」
「ちょっと現場でゴタゴタがあってね。森村さん、今日は一段と綺麗だねぇ。控えめなベージュのドレスがよく似合っている」
「ありがとうございます」
本来なら、このまま龍崎専務のところまで案内すべきだけれど、それもパスだ。
二枚舌め、と心で罵りながら適当な笑みを返し、清水さんの隣に並ぶ女性秘書の木村さんに声をかけた。
「木村さん、ドレスとーっても素敵です」
少し照れたように微笑む木村さんは美人で有名だ。抜けるように肌が白くて伏し目がちの瞳が儚さを醸し出し、おそらく会場で一番の美しい女性なのではないだろうか。
感じもいいし、清水さんの秘書にしておくにはもったいない人材である。
素敵女子木村さんとはもっと話をしたいが、清水さんが一緒なら別よ。
「気軽に食事でも召し上がっていってくださいね」
木村さんにだけ笑顔を向けて、私は早々に立ち去った。
なにしろ忙しい。
その後もあいかわらずバタバタしていると、突然「キャアー」という悲鳴があがった。
「えっ?」
悲しいかな私が会場に戻ったときは、拍手の渦の中で龍崎専務が壇上から下りるところだった。
「えっ、小恋ちゃん聞けなかったの? それは残念。専務、堂々として本当に素敵だったわよぉ。あとでビデオ見て感動するから」
「はぁ、そうですか……」
ううっ。泣きそう。
「森村さん。お客様のお見送りお願いします」
「はい!」
ああもう、本当に忙しい。
「すまないね、最後までいられなくて、でも暁大くんの立派な挨拶が聞けてよかった龍崎組は安泰だね」
「ありがとうございます。今後ともどうぞよろしくお願いいたします」
営業部長や取締役がお客様と挨拶を交わす後ろで、私は行儀よく立っているだけじゃない。タイミングを見計らいながら一歩前に出て、手土産の紙袋を手渡すのである。
「社長、本日はありがとうございました。ささやかですが、どうぞお持ちください」
「ああ、ありがとう」
「社長のお好きな辛口の日本酒が入っております」
小声でそうささやくと、社長は「あっはは、それは楽しみだ」と豪快に笑いながらタクシーに乗った。
手土産は渋く紅白饅頭と『龍崎』という名前の日本酒。形に残るものをもらっても迷惑だろう、という社長の鶴の一声で決まったが、紅白饅頭は老舗有名和菓子店に頼んだものだし、日本酒は何年も前から新潟の造り酒屋にお願いしていた特注品なのでどちらも味は一流だ。
社長は気さくな人柄で、お茶を出すときも笑顔で『ありがとう』と声をかけてくださる。専務が電話中だったりして待っていただく間に話をしたりして、日本酒が好きだということなんかも聞いていた。そんな社長がしみじみと龍崎専務を褒めてくれたものだからうれしくて仕方がない。
社長を乗せたタクシーが発進すると同時に頭をさげて再び顔を上げた時。「森村さん?」と声をかけられた。
SIMIIの清水さんだ。
ひそかに心がざわつく。
「すっかり遅くなっちゃって、もしかして、もう終わり?」
「いいえ、どうぞどうぞ」
口ではそう言ったけれど、来なくてよかったのにと心で悪態をついた。
この前の、青木さんとの失礼な発言もある。
『龍崎さんは龍崎組では優秀なビジネスマンですし優秀な経営者には違いないですけれど、裏の顔は知らないほうがいい』
こんなに遅く来るくらいなら帰れと追い返したいが、そうもいかない。今日はこちらからお呼びしたお客様である。
「すみません、お忙しいところ」
「ちょっと現場でゴタゴタがあってね。森村さん、今日は一段と綺麗だねぇ。控えめなベージュのドレスがよく似合っている」
「ありがとうございます」
本来なら、このまま龍崎専務のところまで案内すべきだけれど、それもパスだ。
二枚舌め、と心で罵りながら適当な笑みを返し、清水さんの隣に並ぶ女性秘書の木村さんに声をかけた。
「木村さん、ドレスとーっても素敵です」
少し照れたように微笑む木村さんは美人で有名だ。抜けるように肌が白くて伏し目がちの瞳が儚さを醸し出し、おそらく会場で一番の美しい女性なのではないだろうか。
感じもいいし、清水さんの秘書にしておくにはもったいない人材である。
素敵女子木村さんとはもっと話をしたいが、清水さんが一緒なら別よ。
「気軽に食事でも召し上がっていってくださいね」
木村さんにだけ笑顔を向けて、私は早々に立ち去った。
なにしろ忙しい。
その後もあいかわらずバタバタしていると、突然「キャアー」という悲鳴があがった。
「えっ?」
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