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3.飼うならかわいい猫がいい
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夕べ、ユメちゃんに就職の報告をした。
『嘘でしょ! あの龍崎組?』
テレビコマーシャルもするような有名ゼネコンなのだから、ユメちゃんが驚くのも無理はない。
「ふふ、しかもなんと秘書なんだ」
『え! すごいじゃん小恋!』
私だって信じられない。まさか、都内の一流企業で秘書をするなんてね。
『既婚者とは惜しいなぁ、龍崎さんだっけ? それで独身なら運命の人決定なのに』
「あはは。でも、どっちにしても私なんか相手にされないよ」
『そんなことない、小恋は磨けば誰よりも光る! 私が保証する』
地味子で通ってきた私だ。
正直磨きかたもわからないし、秘書が務まるのかどうか自信ない。
だけどユメちゃん。とにかく精一杯がんばるね、と心に誓う。
龍崎さんとは、赤い糸で結ばれていなかったけれど、縁は切れていなかった。
少なくとも嫌われてはいなかったと思うと、それだけでうれしい。今度こそ失敗しないようにしなきゃ。
実彩子ちゃんもとっても喜んでくれて、お祝いにスーツを二着も買ってくれた。期待は裏切れない。
今日はそのスーツを着ての初出勤だ。
「――ここか」
見上げるビルは朝日を浴びてキラキラと輝いている。
きゃは。眩しい。
ビルの前で晴れ姿を自撮りしたいけれど、人目もあるし、さすがにちょっと恥ずかしいのであきらめた。
早めに来たつもりなのに、続々とスーツ姿の人々が入っていく。誰もかれもがスタイリッシュで優秀に見える。颯爽と歩く姿に早くも気後れしそう。
深く息を吸って歩きながら「マイペース、マイペース」と自分に言い聞かせた。
焦らずコツコツ自分らしく。
早くて間違いが多いよりも、時間内に正確に。と言っていたのは、農協でお世話になった先輩だ。ほんの数か月前なのに、今は懐かしくもある先輩たちを思い出し、人波に押されるようにして私もエントランスを潜る。
受付係の女性に名前を告げてビジター用の札をもらう。
明日からはビジターではないと思うと、それだけで心が弾む。そもそも田舎では社員証なんて見たことがなかった。首から下げると急に都会の人になったようで気恥ずかしい。
他の社員さんと一緒にエレベーターに乗った。
階を昇っていく表示を見上げながら、私の心臓は期待と不安で高鳴ってくる。向かうのは秘書課のある最上階だ。
エレベーターが止まる度にひとりふたりと降りていき、いつしか箱の中には私と、三十代と思しき背の高い男性のふたりになった。
となると、この人も秘書なのか。
こっそり目玉だけを動かし横目で見ると、ふいに話しかけられた。
「森村さんですね」
「は、はい」
男性は前を向いたままだ。
「秘書課長のシノノメと言います。課長は何人かおりますので、シノノメと呼んでください。今後なにかわからない事案は私に聞いてください」
「あ、はい。よろしくお願いしますっ」
そっと社員証を見た。
東の雲と書いてシノノメ。なるほど。
東雲さん本人も、なかなかどうして名前のように難しそうな横顔をしている。真一文字に結んだ口元。黒っぽいメタリックのフレームの眼鏡の奥の瞳は鋭そう。抑揚のない話し方といい、なんだか怖そうだ。
エレベーターが止まると東雲さんが振り返った。
「早速ですが、このまま説明しましょう」
「はい」
緊張で背筋が伸びる。
「森村さんには龍崎専務の雑用をしてもらいます」
「え? 龍崎専務、ですか?」
夕べ、ユメちゃんに就職の報告をした。
『嘘でしょ! あの龍崎組?』
テレビコマーシャルもするような有名ゼネコンなのだから、ユメちゃんが驚くのも無理はない。
「ふふ、しかもなんと秘書なんだ」
『え! すごいじゃん小恋!』
私だって信じられない。まさか、都内の一流企業で秘書をするなんてね。
『既婚者とは惜しいなぁ、龍崎さんだっけ? それで独身なら運命の人決定なのに』
「あはは。でも、どっちにしても私なんか相手にされないよ」
『そんなことない、小恋は磨けば誰よりも光る! 私が保証する』
地味子で通ってきた私だ。
正直磨きかたもわからないし、秘書が務まるのかどうか自信ない。
だけどユメちゃん。とにかく精一杯がんばるね、と心に誓う。
龍崎さんとは、赤い糸で結ばれていなかったけれど、縁は切れていなかった。
少なくとも嫌われてはいなかったと思うと、それだけでうれしい。今度こそ失敗しないようにしなきゃ。
実彩子ちゃんもとっても喜んでくれて、お祝いにスーツを二着も買ってくれた。期待は裏切れない。
今日はそのスーツを着ての初出勤だ。
「――ここか」
見上げるビルは朝日を浴びてキラキラと輝いている。
きゃは。眩しい。
ビルの前で晴れ姿を自撮りしたいけれど、人目もあるし、さすがにちょっと恥ずかしいのであきらめた。
早めに来たつもりなのに、続々とスーツ姿の人々が入っていく。誰もかれもがスタイリッシュで優秀に見える。颯爽と歩く姿に早くも気後れしそう。
深く息を吸って歩きながら「マイペース、マイペース」と自分に言い聞かせた。
焦らずコツコツ自分らしく。
早くて間違いが多いよりも、時間内に正確に。と言っていたのは、農協でお世話になった先輩だ。ほんの数か月前なのに、今は懐かしくもある先輩たちを思い出し、人波に押されるようにして私もエントランスを潜る。
受付係の女性に名前を告げてビジター用の札をもらう。
明日からはビジターではないと思うと、それだけで心が弾む。そもそも田舎では社員証なんて見たことがなかった。首から下げると急に都会の人になったようで気恥ずかしい。
他の社員さんと一緒にエレベーターに乗った。
階を昇っていく表示を見上げながら、私の心臓は期待と不安で高鳴ってくる。向かうのは秘書課のある最上階だ。
エレベーターが止まる度にひとりふたりと降りていき、いつしか箱の中には私と、三十代と思しき背の高い男性のふたりになった。
となると、この人も秘書なのか。
こっそり目玉だけを動かし横目で見ると、ふいに話しかけられた。
「森村さんですね」
「は、はい」
男性は前を向いたままだ。
「秘書課長のシノノメと言います。課長は何人かおりますので、シノノメと呼んでください。今後なにかわからない事案は私に聞いてください」
「あ、はい。よろしくお願いしますっ」
そっと社員証を見た。
東の雲と書いてシノノメ。なるほど。
東雲さん本人も、なかなかどうして名前のように難しそうな横顔をしている。真一文字に結んだ口元。黒っぽいメタリックのフレームの眼鏡の奥の瞳は鋭そう。抑揚のない話し方といい、なんだか怖そうだ。
エレベーターが止まると東雲さんが振り返った。
「早速ですが、このまま説明しましょう」
「はい」
緊張で背筋が伸びる。
「森村さんには龍崎専務の雑用をしてもらいます」
「え? 龍崎専務、ですか?」
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