龍崎専務が誘惑する

白亜凛

文字の大きさ
上 下
5 / 81
2.夢のTOKIO

しおりを挟む
 そんなある日。
 ダイニングテーブルの上に、赤い包み紙の小さな箱とメモが一枚置いてあった。

【花、ありがとう。これはお礼です。 龍崎】

 箱を開けると美味しそうなチョコレートが入っていた。

「うわー。美味しそう」

 白いスイートピーを少しだけ、テーブルの上に飾ったお礼らしい。

 よかった。もしかすると、気に入ってくれたのかも?

 顔も知らない龍崎さんは、食事をする時この花に目を向けるのかなと考えるのは楽しかった。

 どんな表情でこの花を見るのだろう。

 少しでもホッとしてくれるといいなと思うけれど。

 私の知る龍崎さんは、スーツに残る微かな香水の香りと、洗濯物から想像できる体型くらい。

 役員だからそんなに若くはないはずだけれど、上でも四十代。たぶんもう少し下だと思う。

 カジュアルなスキニーパンツや、ブランド物のグレーのシャツ。ランニングのためと思われるフード付きのスポーツウェア。彼は黒い服を好み、おしゃれな人だ。

 スラリと背が高い。クリーニングに出すスーツのスラックスを自分の脚にあててみたら、私よりずっとずっと脚が長いこともわかった。

 食べ物の好き嫌いはないらしい。作り置きしたものはなんでも食べきってくれて、タッパーウェアや食器がそのままになっていることはなく、食洗器で洗ってある清潔好きの素敵な人。

 チョコレートをくれたときのメモを見ながら思った。

 龍崎さんはきっと、優しい人だわ。



 ***



 あ。クロッカス。

 買い物途中、路地の庭先で咲く、白と紫のクロッカスの花を見つけた。

 クリスマスローズ、梅、水仙。少しずつ見かける花が増えていく。春はもうすぐだ。

 山も畑もなくてビルが立ち並ぶ都会は、探さないと季節を見つけられないけれど、その代わりに違う方法で、いまがどういう時期なのか教えてくる。

 二月はバレンタイン。

 甘い香り、ポップな飾りつけ、流れるラブソング。思わず手に取りたくなるかわいいハートのグッズ。私の五感をチクチクと刺激する。

 もちろん自分には買う。心配かけちゃったお詫びに、お父さんとお祖父ちゃん、それからお兄ちゃんにも送ってあげよう。アキラ叔父さんと実彩子ちゃん。

 そして私の雇い主、龍崎さん。

 小さいものならいいよね?

 さんざん悩んで、トリュフが三つ入っただけの、超がつくほど高級なチョコレートを選んだ。高級でも箱は小さいから、押しつけがましくはならないはず。
 
 そしてバレンタイン当日。

 ダイニングテーブルの上にチョコレートが入った赤いリボンの箱を置いた。

『森村です。コーヒーのお供にどうぞ』

「ふふ」

 今日はバレンタインだから、龍崎さんの帰りは遅いかも。

 でも食事はいらないというメモはなかったので、帰ってきてからひとりで食べるはず。ゼネコンの役員で若くて、背が高くて。こんな高級なマンションに住むような人なんだもの、モテないはずはないのに。平日だからデートじゃないのかな?

 龍崎さんの部屋には、びっくりするほど女性の陰がない。

 カップがたくさん食洗器に入っているとか、宅配ピザの箱がいくつも入ったごみ袋があったりするから、お客さんは来たりするらしいのに。長い髪が落ちていたりはしない。

 部屋に女性を呼ぶのは嫌いなのだろうか。

 入ってはいけない秘密の部屋に、その痕跡があるのかもしれないけれど、ちょっと不思議だ。

 もしかしたらここは、仮の住まいかもしれないとも思ったりした。本当の家が他にあるとしたら、色々と納得できる。週末は自宅のほうに帰っているのかもしれない。

 ある日突然この部屋から龍崎さんがいなくなったらどうしよう。それじゃ困る。

 どうか末永く私を雇ってくださいますように、そう念じながら床をキュッキュと磨き上げた。

 掃除の次は料理。今日メニューはバレンタインを意識して、いつもの家庭料理とはちょっと違う。チキンのホワイトシチューにパイ生地を被せて焼いたパイシチューに、エビピラフ。サラダ。シチューの人参はハートの形にしてみた。ふふ、いい感じ。

「よっし。完成」

 時計を見ると六時十分。

 気合を入れたせいか、ついつい時間が過ぎてしまった。六時までに部屋を出る約束なので、十分オーバーになる。普段から帰宅の遅い龍崎さんと出くわす心配はないけれど、約束は約束だ。荷物をまとめて玄関で靴を履こうとすると、カチャっと鍵を開ける音がした。

「えっ?」

 うそ! ど、どうしよう。

 慌てて靴を持って駆け戻り、飛び込んだのは寝室。

 玄関ドアが開く音と共に、話し声が聞こえてくる。

「ああ。大丈夫だ」

 話し相手の声は聞こえないので、電話なのだろう。

「赤ん坊は順調なのか?」

 内容からして電話の相手は奥さんだろうか。赤ちゃんが順調って、妊娠しているってこと?

 あっ――。

 そういえば私、どうして隠れちゃったんだろう。

 考えてみれば、ちょっと約束の時間を過ぎてしまっただけだ。泥棒じゃあるまいし、こそこそ隠れるなんてどうかしてる。

 このままじゃ怪しい人だし、こっそり帰るわけにもいかないし。自分から声をかけなきゃ。

 龍崎さんが電話を切ったタイミングで声をかけよう。自己紹介すればいいんだ。

 大きく深呼吸をして、気持ちを整える。

 間もなく「ああ、わかった。じゃあな」と声がして足音が止まった。

 カチャ

 ひえっ! 寄りによって寝室に?

 キツく目をつぶって、下げられるだけ頭を下げた。

「す、すみませんっ! か、家政婦の森村小恋ですっ!」

「ああ……。家政婦さん、ね」

 恐る恐る目を開けると、龍崎さんの足元が見えた。

 革のスリッパ。黒っぽいスーツのスラックス。

「どうぞ顔を上げてください。突然帰ってきて驚きましたよね」

 低く穏やかな声が、頭の上から降ってくる。

「今日は珍しく仕事が早く終わったもので」

 声の調子からすると怒ってはいないようだ。

 少し安心して、ゴクリと喉を鳴らしながらゆっくりと顔を上げていった。

 想像とおりの長い脚を視線で這う。

 腰の位置が私のお腹くらい。上着の前ボタンは開いていてネクタイは濃いグレーで少し光沢があって。

 腰に当てた手。長い指に手の甲に浮き出た血管が妙に気持ちをざわつかせ、スーツを着ていてもわかる逞しい胸板が見えてとれた。

 次は顔、もうドキドキが止まらない。

 ふいにその右手が動いて、握手を求めるように私に差し出された。

「龍崎です。はじめまして」

「あ、森村です。はじめま……」

 慌てて右手を差し出しながら、さらに顔を上げると。息が止まった。

 ――え?

 こ、この人は。

 奥二重の切れ長な瞳、通った鼻筋にシャープな顎のライン。

 あの時のヴァンパイア?!
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

家族愛しか向けてくれない初恋の人と同棲します

佐倉響
恋愛
住んでいるアパートが取り壊されることになるが、なかなか次のアパートが見つからない琴子。 何気なく高校まで住んでいた場所に足を運ぶと、初恋の樹にばったりと出会ってしまう。 十年ぶりに会話することになりアパートのことを話すと「私の家に住まないか」と言われる。 未だ妹のように思われていることにチクチクと苦しみつつも、身内が一人もいない上にやつれている樹を放っておけない琴子は同棲することになった。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

お見合いから始まる冷徹社長からの甘い執愛 〜政略結婚なのに毎日熱烈に追いかけられてます〜

Adria
恋愛
仕事ばかりをしている娘の将来を案じた両親に泣かれて、うっかり頷いてしまった瑞希はお見合いに行かなければならなくなった。 渋々お見合いの席に行くと、そこにいたのは瑞希の勤め先の社長だった!? 合理的で無駄が嫌いという噂がある冷徹社長を前にして、瑞希は「冗談じゃない!」と、その場から逃亡―― だが、ひょんなことから彼に瑞希が自社の社員であることがバレてしまうと、彼は結婚前提の同棲を迫ってくる。 「君の未来をくれないか?」と求愛してくる彼の強引さに翻弄されながらも、瑞希は次第に溺れていき…… 《エブリスタ、ムーン、ベリカフェにも投稿しています》

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~

ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。 2021/3/10 しおりを挟んでくださっている皆様へ。 こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。 しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗) 楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。 申しわけありません。 新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。 修正していないのと、若かりし頃の作品のため、 甘めに見てくださいm(__)m

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

ドSな彼からの溺愛は蜜の味

鳴宮鶉子
恋愛
ドSな彼からの溺愛は蜜の味

恋に異例はつきもので ~会社一の鬼部長は初心でキュートな部下を溺愛したい~

泉南佳那
恋愛
「よっしゃー」が口癖の 元気いっぱい営業部員、辻本花梨27歳  ×  敏腕だけど冷徹と噂されている 俺様部長 木沢彰吾34歳  ある朝、花梨が出社すると  異動の辞令が張り出されていた。  異動先は木沢部長率いる 〝ブランディング戦略部〟    なんでこんな時期に……  あまりの〝異例〟の辞令に  戸惑いを隠せない花梨。  しかも、担当するように言われた会社はなんと、元カレが社長を務める玩具会社だった!  花梨の前途多難な日々が、今始まる…… *** 元気いっぱい、はりきりガール花梨と ツンデレ部長木沢の年の差超パワフル・ラブ・ストーリーです。

処理中です...