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始まってしまった日常
学校の一日は長い
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それからも授業は続いた。
授業が続くのは、当たり前のことなんだけど、一時間目の後のあの事があったから、授業に集中できなかった。
まあ、水上さんは僕の心境に気が付いていないみたいだし、大丈夫なんだろうけど。
ただ、水上さんにノートを見られていることを知ったから、なるべくきれいな字でノートをとるようにした。
汚い字を水上さんに見せるのは気が引けるし、さっきのことで申し訳なさがある。
だから、なんだかんだで授業を聞くことには尽力できたと思う。
無理に先生の声に耳を澄ましているような感じだったけど。
そんなわけで、ずっと前を向いていた僕は、隣の水上さんの様子に全然気が付かなかった。
休み明けの授業でよくあることが起きていたんだ。
授業中のうたた寝
そんな水上さんの様子を見た僕は、どうしていいか戸惑った。
男子だったら。たたいて起こすとこだけど、女子だからそんなことはできない。
そもそも、女子に触れることさえ怖くてできない。
それでも、寝かせたままにしておくのは良くないから、どうにかしようと辺りを見回した。
先生が板書を始めた時、周りの男子に視線で助けを求めた。
一番後ろの席だから、なかなか見てもらえないけど、あきらめずに教室中の男子を見回した。
こうしてみると、うちのクラスの男女比はかなり拮抗しているように見える。
なんて、どうでもいい方向に志向が飛びそうになったけど、強引に押し戻す。
何度も見まわしているうちに、ようやく一人の男子と目が合った。
そいつは僕と目が合うと、視線で
「どうしたの?」
と聞いてきた。
僕は、すかさず隣の水上さんのことを指さした。
すると、そいつも首をかしげてから、自分の肩をたたいた。
僕は、無理と思って、首を横に振ったけど、そいつは早く叩けと言ってくる。
迷った末に、僕は水上さんの肩をたたいた。
肩に触るのが怖くて、なんか優しくなでる感じになってしまった。
やってしまってから思ったけど、叩くよりなでるほうが変な感じがしそうだ。
数回たたいているうちに、水上さんから
「うゆ...?」
と、猫の鳴き声みたいな声が聞こえた。
それから、あわてたように辺りを見回した。
僕は、水上さんのタブレットを借りて
「少しの間寝てたから起こしたよ
まだそんなに授業は進んでないよ」
と書いて渡した。
水上さんは、少し頬を赤らめながら、タッチペンで新しい文字を書いた。
「起こしてくれてありがとう
後でノート見せてね」
それを一瞥して、僕はタブレットを借りて
「どういたしまして
授業終わったら貸してあげるね」
と書いて水上さんの机に置いた。
初めて聞いた水上さんの声だった。
透き通るようで、声そのものが実体がない幽霊のようだった。
声質としては、諒一の声に似ている気もするけど、それ以上にやさしさが含まれている気がする。
本当に水上さんが歌えないのが悔しい。
彼女の声は、いい質だから歌えたらいいボーカルになれたと思う。
まあ、彼女が音楽に興味があったらの話だけど。
おっと
なんて考えている暇はないか。
水上さんのことで時間を取られてれう間にも、先生はどんどん板書を進めている。
それに、水上さんにノートを見せなきゃいけないから、大切な情報はちゃんと書かないとだめだ。
いつもの自分のノートはさすがに見せられない。
急ぎながら板書を写し終わると同時に、二限目はチャイムをもって終わりを告げた。
ふぅっとため息ともただの吐息とも決められない息が漏れた。
席を立って荷物をロッカーに片付けようとしたら、わき腹のあたりを細い何かでつつかれた。
見ると、水上さんがタッチペンでタブレットに何かを書いている。
見せられたタブレットには、少々焦って書いた文字で
「ノート見せて」
と書かれていた。
そういえば水上さんにノートを見せるために、わざわざ字を綺麗に書いたんだった。
それを忘れてしまっては本末転倒だ。
僕は抱えていた荷物から、ノートを取り出して、今日のページを開いて渡した。
水上さんは、軽くお辞儀をしてそのノートを受け取ったら、持っていたペンを素早く走らせた。
その様子を軽く眺めてから、僕は荷物をしまいに行った。
ロッカーで荷物の整理をしながら、水上さんのことを考えていた。
もし彼女が音楽に興味があったら良いのになぁ
あれだけ美しい声音をしているんだから、歌が歌えないのは本当に悔しい。
そうじゃなくても、ピアノが弾ける人だったら、うちのバンドのキーボードを頼みたい。
うちのバンドは、完全に人数不足に陥っているから、あと二人、少なくともあと一人は入ってほしいんだ。
今は諒一がギターとボーカルをセットでやっているけど、それをできたら分割したい。
あとは、うちのバンドにもキーボードがいたら、もっと広がりのある音楽ができたかもしれない。
だから、水上さんは僕にとってはわずかな希望なんだ。
なんて言葉では思い浮かべながらも、本当は違うことも考えていた。
水上さんと話しているのが楽しくって、その会話を反芻していたんだ。
頭の中で、彼女の声を作って、二人で声を通じて会話している場面を思い描いていた。
背後から見る二人は、青というよりは白に近い色の空気に包まれていて、楽しそうにしていた。
懐かしい思い出でも見ているような感覚で、目じりに涙が浮かんでいた。
その涙ではっと現実に帰ってきた。
気が付けば、ロッカーにしまおうとしていた荷物は、手から零れ落ちていた。
ふと何が起きているのか考えて、落ちた荷物を拾い上げた。
軽くロッカーの中を整理して、次の授業用の荷物を取り出した。
気づかぬうちに、教科書の上に雫が落ちた。
口の真横に、涙が通った後の線ができていた。
ポケットから取り出したハンカチで涙をぬぐう。
なんだか、心が抜け落ちてしまったみたいに、感覚が薄れていた。
席に戻ると、水上さんがノートとタブレットを手渡してくれた。
受け取ったタブレットには
「ノートありがとう
どうしたの?泣いてるの?」
と書いてあった。
僕は先にノートを引き出しの中にしまった。
それから、タブレットに書いてあった文字を消して、何を書こうか考えた。
とりあえず
「どういたしまして」
とだけは書いた。
後半の質問になんて答えるか、全然考えられない。
頭がうまく働かなくて、どんなに返事を考えようとしても、空白しか映し出されない。
その間にも、頬をつたった涙が空中をさまよい、タブレットを濡らした。
頭の隅の方で、この現象を表す言葉を考えて、一番解答に近い答えを書いた。
「思い出し泣きだから大丈夫」
と、何の根拠もない大丈夫を付けて、タブレットを一度ハンカチで拭いて、水上さんに返した。
水上さんはそれを見ると、憐みと悲しみをかき交ぜたような横顔を見せた。
それから、何度も水上さんは僕に返事を書こうとしては消してを繰り返した。
その間、僕はとめどなく少しずつ流れる涙をハンカチで押さえ続けた。
これまでの人生で初めての体験だった。
本当に何にも起きていないのに、涙が流れるのは。
止まるところを知らないのか、驚くぐらい長い間流れ続けている。
しかも、何で泣いているのかわからないぐらいに、心が感じられない。
本当にどうしちゃったんだろう。
そんな僕を置いて、世界は回り続ける。
水上さんが何かを書き終わって、僕に渡そうとしたとき、始業のチャイムが鳴った。
クラス全員が立ち上がって、先生に礼をして三限が始まった。
始まった瞬間に、水上さんからタブレットを渡された。
そこには
「大丈夫じゃないじゃん」
って書いてあった。
本当にその通りだった。
信じられないくらい止まらない涙は、僕の膝の上に水たまりを作った。
先生が、クラスを笑わせようと、僕が泣いていることを揶揄するような気がしたけど、それすらも耳に入らなかった。
いや、何を言っているのかわからなかったというのが正解だ。
いや、止まっちゃだめだ
僕が僕としていられる限り...
僕は、強引に涙を拭きとって、笑顔を浮かべた。
授業が続くのは、当たり前のことなんだけど、一時間目の後のあの事があったから、授業に集中できなかった。
まあ、水上さんは僕の心境に気が付いていないみたいだし、大丈夫なんだろうけど。
ただ、水上さんにノートを見られていることを知ったから、なるべくきれいな字でノートをとるようにした。
汚い字を水上さんに見せるのは気が引けるし、さっきのことで申し訳なさがある。
だから、なんだかんだで授業を聞くことには尽力できたと思う。
無理に先生の声に耳を澄ましているような感じだったけど。
そんなわけで、ずっと前を向いていた僕は、隣の水上さんの様子に全然気が付かなかった。
休み明けの授業でよくあることが起きていたんだ。
授業中のうたた寝
そんな水上さんの様子を見た僕は、どうしていいか戸惑った。
男子だったら。たたいて起こすとこだけど、女子だからそんなことはできない。
そもそも、女子に触れることさえ怖くてできない。
それでも、寝かせたままにしておくのは良くないから、どうにかしようと辺りを見回した。
先生が板書を始めた時、周りの男子に視線で助けを求めた。
一番後ろの席だから、なかなか見てもらえないけど、あきらめずに教室中の男子を見回した。
こうしてみると、うちのクラスの男女比はかなり拮抗しているように見える。
なんて、どうでもいい方向に志向が飛びそうになったけど、強引に押し戻す。
何度も見まわしているうちに、ようやく一人の男子と目が合った。
そいつは僕と目が合うと、視線で
「どうしたの?」
と聞いてきた。
僕は、すかさず隣の水上さんのことを指さした。
すると、そいつも首をかしげてから、自分の肩をたたいた。
僕は、無理と思って、首を横に振ったけど、そいつは早く叩けと言ってくる。
迷った末に、僕は水上さんの肩をたたいた。
肩に触るのが怖くて、なんか優しくなでる感じになってしまった。
やってしまってから思ったけど、叩くよりなでるほうが変な感じがしそうだ。
数回たたいているうちに、水上さんから
「うゆ...?」
と、猫の鳴き声みたいな声が聞こえた。
それから、あわてたように辺りを見回した。
僕は、水上さんのタブレットを借りて
「少しの間寝てたから起こしたよ
まだそんなに授業は進んでないよ」
と書いて渡した。
水上さんは、少し頬を赤らめながら、タッチペンで新しい文字を書いた。
「起こしてくれてありがとう
後でノート見せてね」
それを一瞥して、僕はタブレットを借りて
「どういたしまして
授業終わったら貸してあげるね」
と書いて水上さんの机に置いた。
初めて聞いた水上さんの声だった。
透き通るようで、声そのものが実体がない幽霊のようだった。
声質としては、諒一の声に似ている気もするけど、それ以上にやさしさが含まれている気がする。
本当に水上さんが歌えないのが悔しい。
彼女の声は、いい質だから歌えたらいいボーカルになれたと思う。
まあ、彼女が音楽に興味があったらの話だけど。
おっと
なんて考えている暇はないか。
水上さんのことで時間を取られてれう間にも、先生はどんどん板書を進めている。
それに、水上さんにノートを見せなきゃいけないから、大切な情報はちゃんと書かないとだめだ。
いつもの自分のノートはさすがに見せられない。
急ぎながら板書を写し終わると同時に、二限目はチャイムをもって終わりを告げた。
ふぅっとため息ともただの吐息とも決められない息が漏れた。
席を立って荷物をロッカーに片付けようとしたら、わき腹のあたりを細い何かでつつかれた。
見ると、水上さんがタッチペンでタブレットに何かを書いている。
見せられたタブレットには、少々焦って書いた文字で
「ノート見せて」
と書かれていた。
そういえば水上さんにノートを見せるために、わざわざ字を綺麗に書いたんだった。
それを忘れてしまっては本末転倒だ。
僕は抱えていた荷物から、ノートを取り出して、今日のページを開いて渡した。
水上さんは、軽くお辞儀をしてそのノートを受け取ったら、持っていたペンを素早く走らせた。
その様子を軽く眺めてから、僕は荷物をしまいに行った。
ロッカーで荷物の整理をしながら、水上さんのことを考えていた。
もし彼女が音楽に興味があったら良いのになぁ
あれだけ美しい声音をしているんだから、歌が歌えないのは本当に悔しい。
そうじゃなくても、ピアノが弾ける人だったら、うちのバンドのキーボードを頼みたい。
うちのバンドは、完全に人数不足に陥っているから、あと二人、少なくともあと一人は入ってほしいんだ。
今は諒一がギターとボーカルをセットでやっているけど、それをできたら分割したい。
あとは、うちのバンドにもキーボードがいたら、もっと広がりのある音楽ができたかもしれない。
だから、水上さんは僕にとってはわずかな希望なんだ。
なんて言葉では思い浮かべながらも、本当は違うことも考えていた。
水上さんと話しているのが楽しくって、その会話を反芻していたんだ。
頭の中で、彼女の声を作って、二人で声を通じて会話している場面を思い描いていた。
背後から見る二人は、青というよりは白に近い色の空気に包まれていて、楽しそうにしていた。
懐かしい思い出でも見ているような感覚で、目じりに涙が浮かんでいた。
その涙ではっと現実に帰ってきた。
気が付けば、ロッカーにしまおうとしていた荷物は、手から零れ落ちていた。
ふと何が起きているのか考えて、落ちた荷物を拾い上げた。
軽くロッカーの中を整理して、次の授業用の荷物を取り出した。
気づかぬうちに、教科書の上に雫が落ちた。
口の真横に、涙が通った後の線ができていた。
ポケットから取り出したハンカチで涙をぬぐう。
なんだか、心が抜け落ちてしまったみたいに、感覚が薄れていた。
席に戻ると、水上さんがノートとタブレットを手渡してくれた。
受け取ったタブレットには
「ノートありがとう
どうしたの?泣いてるの?」
と書いてあった。
僕は先にノートを引き出しの中にしまった。
それから、タブレットに書いてあった文字を消して、何を書こうか考えた。
とりあえず
「どういたしまして」
とだけは書いた。
後半の質問になんて答えるか、全然考えられない。
頭がうまく働かなくて、どんなに返事を考えようとしても、空白しか映し出されない。
その間にも、頬をつたった涙が空中をさまよい、タブレットを濡らした。
頭の隅の方で、この現象を表す言葉を考えて、一番解答に近い答えを書いた。
「思い出し泣きだから大丈夫」
と、何の根拠もない大丈夫を付けて、タブレットを一度ハンカチで拭いて、水上さんに返した。
水上さんはそれを見ると、憐みと悲しみをかき交ぜたような横顔を見せた。
それから、何度も水上さんは僕に返事を書こうとしては消してを繰り返した。
その間、僕はとめどなく少しずつ流れる涙をハンカチで押さえ続けた。
これまでの人生で初めての体験だった。
本当に何にも起きていないのに、涙が流れるのは。
止まるところを知らないのか、驚くぐらい長い間流れ続けている。
しかも、何で泣いているのかわからないぐらいに、心が感じられない。
本当にどうしちゃったんだろう。
そんな僕を置いて、世界は回り続ける。
水上さんが何かを書き終わって、僕に渡そうとしたとき、始業のチャイムが鳴った。
クラス全員が立ち上がって、先生に礼をして三限が始まった。
始まった瞬間に、水上さんからタブレットを渡された。
そこには
「大丈夫じゃないじゃん」
って書いてあった。
本当にその通りだった。
信じられないくらい止まらない涙は、僕の膝の上に水たまりを作った。
先生が、クラスを笑わせようと、僕が泣いていることを揶揄するような気がしたけど、それすらも耳に入らなかった。
いや、何を言っているのかわからなかったというのが正解だ。
いや、止まっちゃだめだ
僕が僕としていられる限り...
僕は、強引に涙を拭きとって、笑顔を浮かべた。
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