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第三章 人生とは過去である

第三話 食い違う過去

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 言葉に表せないような、もやもやを抱えたまま僕は矢田部家に着いた。ふと、矢田部家を見て、少し僕の家に似ていることに気が付いた。あまり意識していなかったけれど、家の作りや路地への向き、そして何より門の構え方が似ていた。どおりで僕はこの家が何となく落ち着いていると思ったんだ。

 僕は矢田部家に帰ると、手を洗って自分の部屋に戻った。珍しく小百合さんは出かけているらしい。不思議に思ってスマホを見ると、小百合さんが家族用のメッセージで家を空けることを書いていた。

 なんで気が付かなかったのか不思議に思って、小百合さんがメッセージを送った時間を見る。午後三時半過ぎと、ちょうど僕が自分の家を見ていたぐらいの時間帯だった。しかし、この時間に家を空ける用事があるんだろうか。僕は首をかしげながら、勉強計画帳を取り出した。

 やばいな

 まさか、今日が病院だってことを忘れていたせいで、詰め込んでいた勉強計画はたまっていた。本当なら、自分の家について調べて、早くすっきりしたいのに、どうやらそんな悠長なことをしていられる時間はない。時計を確認しても、椿姫が帰ってくるまでそんなに時間はない。

 控えめに言ってバカな時間設定で、共通テストの問題集にとりかかる。頭の中は、今日の自分の家のことで頭がいっぱいだったけれど、いったんすべて忘れた。そして、ただ計算と記憶を取り出すだけの機械のように問題を一つ一つつぶしていく。

 問題番号を見ながら、後何問あるかを計算して、体内時計から残りの時間を計測して、どれだけ焦るかを決める。無駄に緻密に時間を計算しながら、問題を解いては解答用紙と問題両方にマークをする。

 僕が解き終わったっと同時に、アラームが鳴り、そして椿姫が家に帰ってきた。

「ただいま」

 玄関のほうから、椿姫の帰りのあいさつが聞こえてきた。

「お帰りなさい」

 扉のしまった部屋からでも聞こえるように、でも近所迷惑にならない程度の声で椿姫の帰りを出迎えた。

 椿姫は、僕と一緒に問題集を買いに行ったあの日から本当に変わった。半分以上僕のせいなのは自覚しているけど、中学校が終わったら、なるべく早く家に帰ってくるようになり、隣の部屋で勉強している時間が増えた。お互い勉強しているかどうかを監視できるからこそ、お互いの勉強の集中力があがるから、帰ってきてくれてうれしかった。

 しかし、僕の予想とは裏腹に椿姫はすぐには二階に上がってこなかった。そういえば、今日は彼女が料理担当だから、今日の料理を先に決めておいてくれているのだろうか。律儀な彼女らしい。

 僕は次の問題写れるか自問し、早速次の問題に取り掛かった。とにかく今日立てた目標分の勉強は必ず終わらせる。そう心に誓って問題に取り掛かった。

 しばらくして、椿姫も二階に上がってきて隣の部屋で勉強を始めたらしい。普段なら休憩のたびに様子を確認するのだけれど、今日は僕の余裕が全然ないので、申し訳ないけど自分のことに集中した。

 いつの間にか二時間程度たっていた。久しぶりにこんなに問題集に落ち着いて取り組めた気がする。、内心すごい焦っていたけれど、嫌な僕に邪魔されることも、スマホの誘惑に負けることもなく勉強し続けられた。こういうときが一番爽快感があるから、少しだけ勉強が好きだ。

 僕は勉強計画帳を開くと、今日の終わったタスクに印をつけていく。明らかに無茶な予定に見えたけど、このまま夜も勉強ができれば十分に終わらせられそうな量になっていた。安心した僕は、時計を確認して、お風呂に向かうことにした。

 自分の部屋を出た僕は、少しだけ椿姫が勉強している様子を確認した。この前一緒に買ってあげた数学の問題集をちゃんと使ってくれているらしくて、僕はうれしかった。

 下の部屋に降りてお風呂に入る。そういえば、この時間帯に小百合さんがいないのは初めてのことだと思う。いや、そもそも僕がこの家に来てから、一度も仕事という仕事をしているところを見たことがなかった。椿姫曰く夜勤のある仕事と言っていたけど、実際のところはどうなんだろう。

 僕はお風呂場に入ると、シャワーを浴びながら考える。小百合さんの年齢と状況からして、夜勤のある仕事行って思いつくものがあまり思い浮かばない。三交代制の工場とか、病院関係者なら夜勤はよくあることだと思う。けれど、それ以外の仕事となると、夜の仕事ぐらいしか思いつかない。

 いや、本当に仕事をしているのかすらわからないけれど。あの話しぶりからして、椿姫も小百合さんの仕事内容や様子を見たことがないようだから、もっと椿姫には言えないようなことをしているかもしれない。

 シャンプーを流しても、僕の頭の中にはたくさんの謎が残ったままだった。自分の家のこと、椿姫のお母さんのこと。たった二つだけど、解決できる糸口がないような問題たちだ。

 僕は、ゆっくりとお風呂で体を温めた。その間に、椿姫も下の階に降りてきてご飯を作り始めたようだった。今日のお夕飯は何だろうか。椿姫も小百合さんも料理が上手だから、たった二週間程度では彼女たちの料理のすべてを食べることは到底できないので、毎回新しい料理が出てきて楽しい。特に、小百合さんの料理はお母さんの料理に似ている味付けが多く、懐かしく思ってしまう。

 体をふいてお風呂を上がる。お風呂を出た途端に、僕の鼻に特有のスパイスの混ざった辛いのか甘いのかわからない匂いが入ってきた。カレーだろうけど、小百合さんがふるまってくれたものとも違う香りだから、普通のカレーじゃないんだろう。

 料理を楽しみにリビングに向かう。カウンターの奥では、椿姫がせっせとフライパンでお肉を焼いていた。

「今日のお夕飯はタンドリーチキンカレーです。もう少しで完成しますので待っててくださいね。」

 タンドリーチキンカレー。聞いたことある単語が組み合わさったものだけれど、この組み合わせはちょっと聞きなじみがなかった。

「タンドリーチキンカレーって、ただのチキンカレーとも違うの?」

 僕は違和感の正体を聞いてみると、椿姫は少しだけ僕をからかった。

「タンドリーのチキンカレーなんですよ。おいしそうでしょ?」

 ふふっとかわいく笑って見せる椿姫。僕もつられて少しだけ笑って見せた。まじめな椿姫だけれど、僕の前ではこんな風に笑わせてくることや、ちょっとした冗談を言うことも多い。気が許されたみたいでうれしかった。

 肉の焼き具合を見ると、そろそろ完成しそうだったので、僕は先に盛り付けの準備を開始した。ご飯をお皿によそり、煮詰め終わるのを待つ。

 しばらくして、煮詰め終わったタンドリーチキンカレーを二人のお皿に分ける。まずはお肉を均等に分けて、次にる0の部分を均等に分けて、残りはお変わり分にする。テーブルに運んで、カトラリーを準備したら、二人して席に着いた。

 珍しく、今日は僕と椿姫は向かい合う席に座っていた。お互いの様子を確認すると、

「いただきます」

 と、合掌した。

 ルーを一口スプーンに乗せて口に入れた瞬間、これがタンドリーチキンカレーだと理解した。タンドリーチキンを作る漬け込みようのルーを増やしたようで、チキンカレーのように、普通のカレーではない。さらさらとしていて、なおかつカレー以外にケチャップのさわやかな香りがする。これはまさに絶品だ。

「タンドリーチキンカレー、おいしいね」

 素直に僕が料理をほめると、椿姫は嬉しそうにした。

「この料理はお母さんから教わってないんですよね。本屋さんで立ち読みした時に覚えた調理法をアレンジしたんですよ」

 カレーで熱いのか、椿姫は頬を赤くしながら自慢した。そんな椿姫を僕は率直にほめた。まるで兄と妹の会話のようで、家族のだんらんみたいに思えた。実際は、僕はただの居候でしかないんだけれど。

 何気ない会話をしていると、ふと今日のことが思い出された。誰かに話したら落ち着くような気がして、今日の出来事を吐き出したくなった僕は、椿姫に一つ確認した。

「今少し暗い話したら怒る?」

 椿姫は眉をひそめながら答えた。

「私の手料理がおいしく味わえる範囲内なら」

 これは話していいのか悪いのかわからないな。その判断すら僕にゆだねるっていうことなんだろうけど、僕にはどっちが正しいのかわからず、口をつぐんだ。そんな僕を見かねたように椿姫は提案した。

「今日の勉強が終わってから話をしたらどうですか?今日はお母さんは多分帰ってきませんよ」

「じゃあそうする」

 僕は素直に椿姫の提案を飲む。椿姫は少しだけ僕にあきれたようにしていた。

 それから、僕は思い出したように椿姫に聞いた。

「そういえば、どうして今日は小百合さんがいないんだろう?」

 椿姫は、口に運ぼうとしていた鶏肉をさらに戻して答えた。

「多分仕事だと思いますよ。この調子なら明日の朝か夜に帰ってくると思います。」

「こういう夕方から仕事に行くことは多いの?」

「まあ少なくはないですよ。普段は朝から働きに行ってその日中に帰ってくるか、その次の日の朝に帰ってくるかですね。」

 本当に特殊な死語なんだ何。いや、そういえば僕のお母さんも似たような生活をしていた。看護師だったお母さんは僕との時間を大切にしようと、夜勤を多くした生活をしていた。だから、朝起きた時にお母さんがいないことも多かったけど、その分僕が家に帰ってきてからはいろんな話をしたり、料理を教わった。

 不意にお母さんのことを思い出して、泣きそうになった僕を見て、椿姫は見かねたように言う。

「まさか、私のお母さんの話をしていて、自分のお母さんのことを思いましたんですか。」

 簡単に僕の心は見透かされているようだ。僕が何も答えないでいると、椿姫は声を柔らかくしていった。

「そんなんじゃタンドリーチキンカレーがおいしくなくなっちゃいますよ。」

 そう言われて、僕は黙ってタンドリーチキンカレーを口に放り込んだ。濃厚に混ざり合うスパイスの香りと、ケチャップの甘味が調和して、鋭い味わいを生み出している。そして、長時間付け込まれた鳥のもも肉は周防アイスの味をしみこんで、噛めば噛むほどおいしさを口の中に広げた。

 自然と口元がほころんでいく。心がほぐされるような気分だった。いつの間にかブルーな気持ちはなくなっていて、タンドリーチキンのうまみに踊らされているようだった。

 一敗目を食べ終えると、僕はお代わりを取りにキッチンに向かった。ガス代に置かれているフライパンを見ると、中には何もなかった。ハッとして椿姫のほうを見ると、もう二杯目がよそられている。僕がキッチンに向かったことを気づいていないふりをして、僕が見つめているのに対して、勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。

 僕はとぼとぼしながらご飯だけをよそると、自分の席に戻った。すると、椿姫がタンドリーチキンを一つ分けてくれていった。

「一つ上げます。その代わりに今日会ったことを教えてください」

 僕がうなずくと、手前のお皿に一つの鶏肉が置かれた。僕はその鶏肉を大切に分けて、少しずつ食べた。タンドリーチキンはいくつに分けてもタンドリーチキンの味がちゃんとする。

 二人ともご飯を食べ終えると、椿姫はお風呂に向かった。料理担当がいなくなると、洗い物を僕が一人で行う。この家の配置にも慣れてしまったので、だいぶ早く片付けができるようになった。フライパンにわずかに残っていたカレーのルー部分まで食べ切った。

 全部片づけが終わると、僕は自分の部屋に戻って勉強に戻った。残りの勉強はそこそこに残っているけれど、全力でやればきっと終わるさ。相信じて僕は問題集を解いた。

 一回目の休憩の時間、僕はパソコンを取り出すと、少し珍しいサイトを開いた。海外のサーバーが運営している、希望したサイトが更新されるたびに情報を記録してくれるアーカイブサイトだ。これを使えば、きっと僕の家の情報が見れるはずだ。

 とりあえず僕は、賃貸や不動産売買の最大手のサイトのアーカイブ版を開いた。適当に六月ごろの情報をのぞいてみる。そして、僕の家の情報を大まかに入力して、物件情報を検索してみる。しかしながら、度入れだけ検索しても情報は出てこなかった。

 それから僕は、勉強が終わるたびに物件情報を調べる時期やサイトを変えながら何回も検索した。しかし、一向に僕の求めている情報は見つからなかった。、頭の中にいろいろな可能性が上がる。現実でしかやり取りがされなかったのか、それともまだ売りに出されていないのか、もしくは、もともと売りに出す予定がないのか。

 休憩で調べることを目標にして勉強をしていたら、いつの間に十時をすぎていた。予定通り、問題集は解き終わったけれど、一番の問題は頭に残ったままだった。そこで、僕は椿姫の部屋に向かった。

 なるべく音を立てずに椿姫の部屋に入ったつもりだったけれど、椿姫は気が付いたようで、わざと勉強時間を短くして、休憩に入った。すると、突然椿姫は椅子にもたれ宇かかるようにして全身の力を抜く。

はぁ

 ばれないようにためいきをついて 、椿姫に近づくとその小さな頭をなでる。細く柔らかい椿姫の髪の毛をぐしゃぐしゃにしないように気を付けながらさするようにしてなでる。ふわっとかおるシャンプーのにおいと、僕にはよくわからない何かのにおいが入り混じっている。

 なぜこんな風になったのか、僕にもわかっていない。けれども、椿姫は勉強の後の休憩には必ず僕に頭をなでるように強要してくるようになってしまった。なでないとすねたように話を聞いてくれなくなるので、しぶしぶ撫でている。まあ、なでていて心地いいけれど、なんとなく悪いことをしているような気がしてならない。

 休憩時間中なで続けると、次の勉強を始める。僕が部屋にやってきてるので、数学の勉強を教える時間だ。椿姫はこの前に買った数学の問題集とノートを取り出すと、後ろ手に僕に渡してきた。僕はそれを受け取ると、ローテーブルの前に座って、椿姫のノートを開いた。

 そして、一通り採点とアドバイスを書き込む。だんだんと正答率が上がってきているし、解けていない問題でもいい取り組み方が身についてきているようだった。さらに、丁寧に解き方の家庭を書いているので、これなら僕がいなくなっても問題なさそうだな。

 僕が〇付けを終えた時、同時に椿姫も勉強が終わったらしい。椅子から降りて、僕と向かい合うようにして〇付けがされたノートを一通り確認すると、すぐにノートをしまってしまった。

「今日は質問はしないの?」

 僕が尋ねると、椿姫は真剣な顔をしていった。

「今日はあなたの話を聞く予定でしたよね?せっかくなんで聞かせてください。」

 いまだに口調は硬いけれど、前に詰められた時に比べれば、幾分も柔らかく聞こえる声で言った。だから、僕は今日会ったことを語りだした。
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