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7(菜の花編 終)

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 花々が揺れる音にハッと目が覚め、私は上体を起こした。
 気付くとそこは辺り一面が菜の花に囲まれた美しい景色だった。
「帰って来た……あの日のあの場所に」
「そうだ!もうすぐ防空壕からお姉ちゃんが来るはず……」

 少しすると、仲良く手を繋ぎ、歌を歌いながらお姉ちゃんと小さな私が向こうから歩いて来た。
「お姉ちゃんだ……」
 今まで何百、何千とお姉ちゃんに会いたいと願っていた。それが今、本当に叶うなんて夢にも思っていなかった。
 私は涙を流しながら、お姉ちゃんの姿を目に焼き付けていた。
「もうすぐB29が来るわ……急がないと」
 私は涙を拭き、菜の花畑を走り抜け、お姉ちゃん達がいる場所まで向かった。栞は二ページ目を知らせる黄色に点滅していた。
 幼い私の口元に付いたお茶を拭いていたお姉ちゃんは、私が向かって来る事に気付き、身をかがめる。
「誰ですか?こっちに来ないで!」
一瞬私の体は動きを止めたが、私はそれを振りほどく様に走り続けた。背後からはB29の轟音が聴こえ、その時が迫っていたからだ。
 B29から発射された弾丸の鈍い音が、地面を伝って聞こえて来た時、私は姉ちゃんに覆いかぶさった。
 銃弾が私の背中を撃ち抜く中、二人の向かい合った小さな空間は、ゆっくりと時間が流れるスローモーションの様になり、私を見つめるお姉ちゃんの口はこう動いていた。
「舞……」

※※※※※※※※※※

 運命の三ページが終了し、きっと私は自分の過去の中で息絶えたのだろう。何故なら、久遠の図書館の広間で倒れている私を、私は今、天井から見ているからだ。

 おばあさんは、倒れている私を抱きしめ、泣いていた。
 どうやら私の状況を夏目さんから聞いていた様だ。

「栞の代償として体は頂いて行くわ」
「聞こえてるかしら?」
「魂は自由にしてあげる」

 夏目さんが天井を見渡し、恐らく私に対しての言葉を放っていた。私は小さく頷き、夏目さんを見ていた。
「これで良かった……私の存在はこの世から消されるけど、お姉ちゃんは助かったはず……」
「私の事もお姉ちゃんの記憶から消えるんだろうな……寂しいな」

 目から溢れ落ちた涙を拭いていると、私の体は空からの眩い光に包まれ、そのまま遥上空まで引っ張られて行く。

「お姉ちゃん……大好きだよ」
「私はお姉ちゃんを忘れないから」

※※※※※※※※※※

 数年経ったある晴れた午後、お姉ちゃんは行きつけの花屋さんで、鼻歌を歌いながら花を選んでいた。
「何かお探しですか?」
 店員さんに声をかけられたお姉ちゃんは、嬉しそうに答えた。
「ええ……プレゼントするんです」
「御家族の方にですか?」
「いえ、私は一人なので。父親も母親も戦争で死んでしまって、家族はいませんから……」

 お姉ちゃんは同じ職場の男性に恋をしていた。今日はその人とデートに行くらしく、初めて挨拶をする男性のお母さんに、花をプレゼントするらしい。

 花屋さんから花束を受け取って一礼をすると、お姉ちゃんは幸せそうに花屋さんを後にした。

 その後、お姉ちゃんは意中の男性とめでたく結婚する事となり、いつもの花屋さんに結婚式のブーケを注文しに来た。
「ブーケはこんな感じで如何ですか?」
「まあ!可愛い。私の好きな花がいっぱいだわ!」
 お姉ちゃんは試作品で作られたブーケを手に取り、持ち上げてみたり、胸元に置いてみたりと、まるで子供の様にはしゃぎ、嬉しそうにしていた。
「私が幸せなのは、いつも相談に乗ってくれる花屋さんのおかげよ……ありがとうね。本当にありがとう」

 私はお姉ちゃんの幸せそうな顔が見れて、本当に嬉しかった。今はもう、過去の事には後悔はしていない。

「いえいえ、私は貴方が幸せそうな顔をすると、毎日生きてて良かったと思うのです」
 そう言って、人差し指と親指で帽子をグイっと下に引っ張ると、顔が見えない様に下を向いた。
「まぁ……今度、もし私たちに女の子ができたら、是非花屋さんと同じ名前にしたいわ」

「花屋さんのお名前を聞いても?」

「舞……です」
「素敵なお名前ね。舞さん……」

 お姉ちゃんがそう言ってブーケを渡すと、私は笑顔で受け取り、うんっと頷いた。

 私たちが楽しそうに話すカウンターの端には、手作りの竹とんぼが置いてあり、それはまるで二人を優しく見守っている様だった。




久遠の図書館7(菜の花編) 終わり

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