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「キス…しよっか」
 そう言って優里は女装した僕の長いウィッグの毛先を跳ねさせる様にスルっと触り、熱くなった僕の頬にそっと手を置いた。
 優里はうっとりした目で僕の顔に近付き、気付くと吐息がかかる程の距離になっていた。潤いの溢れた優里の唇からは甘い香りがした。
「ちょ…せん…ぱい、ダメ!」
 唇が触れそうになった瞬間、僕はグイっと優里の肩を押した。
「どうして?私の事嫌い?」
 優里はそう言ってグイっと僕を押し返し、スカートの下から伸びる僕の両足の間に、太ももを侵入させた。
 僕は堪らず、顔を横に向けて叫んだ
「ちちちち、違うんです。私女の子とキスした事なくて…」
 それは本当だった。女の子と手を繋いだり抱き合ったのは今が全て初めてだったから。
「男の子とは…した事、あるの?」
 優里は首を傾げて、上目遣いで僕を見た。
実は男の子とはした事がある。以前罰ゲームで、男友達の亮太とふざけてキスをした事があった。
「あ…ああ…はい、した事あります」
「そっか…なんか残念、京子ちゃんは可愛いもんね。そりゃした事あるよね…京子ちゃんの初めてのキスは私が良かったのにな」
 優里はそう言うと、僕から少し離れて、照れ臭そうに自分の長い黒髪を触った。
「ね!京子ちゃん。明日、また夜に二人で会わない?」
「え?」
「八時、デートしようよ!」
「ああ…良いですけど…」
 できれば女装せずにしたかった。何でこうなってしまったのか…

 複雑な気持ちと、罪悪感と、心臓のドキドキが止まらないまま、僕達はその日は別れた。

 次の日…

「ガン…ガン…」
 うつ伏せになって机で寝ている僕の勘違いでなければ、恐らく優里が僕の机を蹴っている。
「ちょ、起きなさいよ京平」
「なんでしょう…」
「あんたの妹、昨日なんか言ってた?」
「いや…何にも」
「そう、妹に余計な事聞かないでよね!」

「殺すからね!」

 昨日のあの可愛い優里は何処へ行ったのか。何故僕に強く当たるのか、今の優里が僕にギュってするならば、多分首を絞めるギュっだろう…
「おい、なんか優里、機嫌悪くない?」
 横に座っていた友達の亮太が小声で僕に聞いてきた。
 恐らく優里は、昨日僕が演じた京子のファーストキスの相手が、この横に座っているバカだった事にきっと腹を立てているのだろう…

 その日の夜八時、僕はお母さんから借りたコスメを使い、YouTubeを見て勉強したメイクをし、女子から借りた制服を着て、約束のコンビニの駐車場で優里を待っていた。夜とは言えど、流石に誰かに見られたら恥ずかしいので、下を向いて壁にもたれていた。
「京子ちゃーん」
 ふと顔を上げると、優里が笑顔で走って来ていた。僕は右手を少し上げ、その笑顔に応えた。
 優里は可愛いフリル裾の付いた黒のワンピースを着ていて、メイクもバッチリで学校とは全然違う雰囲気だった。
「あれ、完全に女の子が彼氏とデートするの時の格好だよな…」
 僕がボソリと呟いていると、優里が息を切らしながらコンビニに到着した。

「え?京子ちゃん…制服で来たの?」
「えぇ…まぁ」
「先輩…今からどこに行くんですか?」
「んー…どうしよっかな」

「最近できたカフェでも行こっか。夜九時までやってるから」

 そう言うと優里は、僕の左手を握った。
 優里の先導で二人はメイン通りを避け、人があまり通らない道ばかりを選んで歩いていた。
「先輩…聞いていいですか?」
「うん、なに?京子ちゃん」
「どぉして薄暗い、人があまり居ない道ばかり歩くんですか?」
「私ね…みんなからは完璧な人間って思われてるの…でも違うの」
「優里先輩は完璧じゃないですか。可愛いし、頭も良いし、体育だって…」
「ありがと…でも本当は私は全然そうじゃないのよ」
 そう言って優里は僕の手をギュっと強く握った。裏通りの街灯に照らされた優里の表情は、少し悲しそうだった。
「昼間、みんなには変に思われたくないから、こうしてるのを見られたくないし」
「表通りは歩けないけど」
「どこを歩いていたとしても、あなたと手を繋げる事が私は嬉しいわ」
「手を繋ぐって心が繋がるみたいで、素敵じゃない?」
 その時の優里の笑顔は、本当に純粋で、美しくて、可愛くて、僕は彼女の事が心の底から好きなんだと実感した。

 その笑顔は美しい花…彼女の本当の笑顔は、夜にしか咲けない“花”だったのだ。

「ドーン…」

「あっ!京子ちゃん見て!花火よ」
「本当だ…綺麗……ですね」
 僕は花火が上がる度に優里の手を強く握った。いつか本当の事を話さないといけない。僕は今日また一つ、彼女に対する罪悪感を抱えていた。

「京子ちゃん…」
「はい?」
「花火ってさぁ…本当に綺麗でさ…」

「まるで夜にしか咲かない花だよね」

 そう笑顔で話す優里の背中を花火が包み込み、花火の熱に身体を照らされた二人はギュっと抱き合った。

 
 それから数日経ったある日、僕達のクラスは文化祭の準備がピークに達していた。
「京平!職員室行くから、重たい荷物は全部あんたが持ちなさいよ」
「ぇぇぇぇ…全部って…」
 何故か京子として、優里と夜にデートする度に、僕に対する優里の攻撃は激しさを増し、話す機会が増えて結局優里とはクラスで仲良くなった。

 僕と優里はクラスから職員室まで二人で荷物を運び、道具を片付けていた。
 片付けが終わって教室まで二人が無言で帰る途中、優里が僕に聞いた。

「ねぇ…」
「ん?」
「何でいつもあなたに酷いことしてるのに、京平は私と仲良くしてくれるの?」
「本当は良い奴だって事、知ってるから」
「何それ、私昔から変わってるし、みんな私とは距離を置いて、仲良くはならない」
「アンタもそう思ってるでしょ?」

「いや、優里は普通の女の子だよ。笑うし、泣くし、感動するし、人を好きになる」
「それって、みんなと同じだろ?」

「………」

 黙って下を向いていた優里に向けて、僕は左手を差し出した。

「優里、教室まで手を繋いで歩こう」
「は?何で?」

「手を繋げば、きっと心も繋がるから」
「俺は今よりもっと優里と繋がりたい」

 優里は軽く頷くと、僕達は手を繋いで教室に向かって歩いて行った。

 窓の外には、丁度良い温かさの夏風に吹かれ、校庭のひまわりは綺麗に咲きゆれていた。


夜にしか咲かない花(終)終わり
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