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イマノ・オト(上)
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バスで高校に向かう時、二つ先のバス停から乗って来る同い年くらいの男の子がいる
彼はいつもイヤホンで音楽を聴きながら、頬杖をついて窓の外を眺めていた。制服を着ているけど、どこの高校かもわからない
いつの日からか、彼がバスの座席に座る時、私と目が合うとニッコリ微笑んでくれる様になった。私は彼の優しさに溢れた笑顔が大好きだった
私達は毎朝、会う度に笑顔だけを交わした。それだけでも心が温かくなって幸せだった。私はいつしか彼の事を本気で好きになっていた。
そんな事を繰り返していたある日、突然彼から「おはよう」と最初に話しかけてくれた事がキッカケで、彼とは仲良くなった
「ねぇ君、名前は?」
「真衣…」
「そう、可愛い名前だね…」
「可愛いとか言われた事ないし…普通の名前だし」
「…言われてみたら、確かに」
彼がそう言うとこの日二人で初めて笑った。
彼からプレゼントを貰った事もある。彼はオルゴール作りが趣味で、小さなピアノの上に可愛い熊さんが乗ったオルゴールをプレゼントしてくれた。
私は嬉しくて何度もゼンマイを回した。オルゴールから聞こえる鍵盤の優しい音に毎回癒されていた。
その後も毎朝、会うたびに音楽の話やアニメの話、部活の事や担任の先生の悪口、お互い趣味も合うし話も合う、私の悩み事やグチも嫌な顔ひとつせず、親身になって相談にのってくれる。
毎朝、学校に着くまでの彼とのタイムリミットがとても短く、とても切なかった。
「ねぇ…いつもバスで何を聴いてるの?」
私は彼が聴いている歌を知りたかった。彼が聴いている歌を私も一緒に好きになりたかったからだ。
「クラシックだよ…この音を聴いてると、とても癒されるし嫌な事を忘れるんだ」
本当は彼と、このバスの中で二人きりになりたかった。彼の聴いている音楽だけでは無く、彼の吐息、雨の音やバスのエンジン音、“イマノオト”を誰にも聞かれたくない、二人だけで共有したかった。
ある日、家でテレビを見ていると
大好きなアーティストが番組に出ていた。私はこのアーティストの曲が弾きたくて、高校の軽音部に入ったのだ。
「新曲だ!新しいギターの譜面が出てるかも!」
私はジャージ姿のまま、新曲の譜面を探しに近くの本屋さんに歩いて向かった。
本屋さんに到着すると夕方だった事もあり、帰宅途中のサラリーマンやOLさんが沢山いて、いつに無く賑わっていた。
沢山の人混みの中、それでも私はすぐに彼の存在に気付いた。バスでいつも会う彼とばったり本屋さんで会ってしまった。
「あ…こんばんは、偶然だね」
みっともないジャージ姿に黒のパーカーで棒立ちの私に、また彼から声をかけてくれた。
「こ、こんばんは…」
私は目線を少し落とし、大きめサイズのパーカーの裾から出た人差し指で、前髪を触りながら挨拶を交わした。
「…何の本探してるの?」
「美容師の資格の本だよ」
彼は美容師になるのが夢だった。後から聞いた話だけど、彼は隣町の美容専門学校に通っていた。
「じゃあ、もし美容師になったらさ、私の髪を一番最初に切ってもらおっかなー…なんちゃって…」
そう言って私は彼の返事を待つ様に、ゆっくりと彼の目を見た。彼はいつもと変わらない笑顔だった。
「いいよ!じゃあさ明日放課後、真衣の教室に行っていい?髪の毛カットしてあげるよ!」
「え?!でも、それ大丈夫かな?」
「大丈夫だよ…多分。真衣が僕の一番最初のカットモデルになってよ」
“一番最初の…”と聞いて断る理由は私には無かった。
明日は彼と学校で二人きりになれる…それだけで明日と言う日は、私の人生の中で一番のメインイベントになる予感がした。
中編に続く
彼はいつもイヤホンで音楽を聴きながら、頬杖をついて窓の外を眺めていた。制服を着ているけど、どこの高校かもわからない
いつの日からか、彼がバスの座席に座る時、私と目が合うとニッコリ微笑んでくれる様になった。私は彼の優しさに溢れた笑顔が大好きだった
私達は毎朝、会う度に笑顔だけを交わした。それだけでも心が温かくなって幸せだった。私はいつしか彼の事を本気で好きになっていた。
そんな事を繰り返していたある日、突然彼から「おはよう」と最初に話しかけてくれた事がキッカケで、彼とは仲良くなった
「ねぇ君、名前は?」
「真衣…」
「そう、可愛い名前だね…」
「可愛いとか言われた事ないし…普通の名前だし」
「…言われてみたら、確かに」
彼がそう言うとこの日二人で初めて笑った。
彼からプレゼントを貰った事もある。彼はオルゴール作りが趣味で、小さなピアノの上に可愛い熊さんが乗ったオルゴールをプレゼントしてくれた。
私は嬉しくて何度もゼンマイを回した。オルゴールから聞こえる鍵盤の優しい音に毎回癒されていた。
その後も毎朝、会うたびに音楽の話やアニメの話、部活の事や担任の先生の悪口、お互い趣味も合うし話も合う、私の悩み事やグチも嫌な顔ひとつせず、親身になって相談にのってくれる。
毎朝、学校に着くまでの彼とのタイムリミットがとても短く、とても切なかった。
「ねぇ…いつもバスで何を聴いてるの?」
私は彼が聴いている歌を知りたかった。彼が聴いている歌を私も一緒に好きになりたかったからだ。
「クラシックだよ…この音を聴いてると、とても癒されるし嫌な事を忘れるんだ」
本当は彼と、このバスの中で二人きりになりたかった。彼の聴いている音楽だけでは無く、彼の吐息、雨の音やバスのエンジン音、“イマノオト”を誰にも聞かれたくない、二人だけで共有したかった。
ある日、家でテレビを見ていると
大好きなアーティストが番組に出ていた。私はこのアーティストの曲が弾きたくて、高校の軽音部に入ったのだ。
「新曲だ!新しいギターの譜面が出てるかも!」
私はジャージ姿のまま、新曲の譜面を探しに近くの本屋さんに歩いて向かった。
本屋さんに到着すると夕方だった事もあり、帰宅途中のサラリーマンやOLさんが沢山いて、いつに無く賑わっていた。
沢山の人混みの中、それでも私はすぐに彼の存在に気付いた。バスでいつも会う彼とばったり本屋さんで会ってしまった。
「あ…こんばんは、偶然だね」
みっともないジャージ姿に黒のパーカーで棒立ちの私に、また彼から声をかけてくれた。
「こ、こんばんは…」
私は目線を少し落とし、大きめサイズのパーカーの裾から出た人差し指で、前髪を触りながら挨拶を交わした。
「…何の本探してるの?」
「美容師の資格の本だよ」
彼は美容師になるのが夢だった。後から聞いた話だけど、彼は隣町の美容専門学校に通っていた。
「じゃあ、もし美容師になったらさ、私の髪を一番最初に切ってもらおっかなー…なんちゃって…」
そう言って私は彼の返事を待つ様に、ゆっくりと彼の目を見た。彼はいつもと変わらない笑顔だった。
「いいよ!じゃあさ明日放課後、真衣の教室に行っていい?髪の毛カットしてあげるよ!」
「え?!でも、それ大丈夫かな?」
「大丈夫だよ…多分。真衣が僕の一番最初のカットモデルになってよ」
“一番最初の…”と聞いて断る理由は私には無かった。
明日は彼と学校で二人きりになれる…それだけで明日と言う日は、私の人生の中で一番のメインイベントになる予感がした。
中編に続く
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