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 あれから一週間程過ぎた頃、僕が学校から帰ると神様のコノハは冷蔵庫の前で腕を組み、時計を見ながら立っていた。

「コノハ、何してるの?」
「おう、太郎。ワシは三時になるのを待っておるのじゃ」
「え?何で?」
「お主のママ様が“やくると”は三時にしか飲んではダメと言うからな」
「それはコノハがヤクルトを飲みすぎるからだろ…一日一本にしときなよ…」

 そう言って時計を見つめているコノハだったが、今は二時三十分…あと三十分ある。一体コノハはいつから冷蔵庫の前で待っているのだろうか…

 その時、キッチンの換気用の小さな窓をコンコンっと叩く音がした。音の方を見るとカラスがクチバシで換気窓を叩いている。

「おっ、ワシに手紙が来たか」
「手紙?何それ」

 コノハは食卓の椅子を持ち上げ窓の所に運び、それにヒョイっと飛び乗ると、短い手を伸ばし換気窓を開けた

「こいつは八咫烏(やたがらす)と言ってな、ワシら神に天界からの手紙を配達する神様じゃ。ちなみにこいつは足が三本ある」

 一見見た目はカラスだが、よく見ると本当に足が三本あった。

「これは珍しい…写真撮ってインスタに上げるか」
「残念じゃな。神様は写真には映らん」

 八咫烏から手紙を受け取り、コノハがよしよし、と頭を撫でると八咫烏はバサバサとどこかへ飛んで行ってしまった。

「どれ…なになに…おぉ!」
「何が書いてあるんだ?」
「もう少しで八百万神迎(やおろずかみむかえ)があるぞ」
「何だよそれ」
「古くから10月は神無月と言ってな。全ての神が出雲大社に集まるんじゃ。日本各地の神社には神が不在になる月なる。だから神無月と言うのじゃ」
「コノハもそれに参加するのか?」
「当たり前ぞ。ワシも神様じゃぞ」

「そう言えば今コノハは富士山本宮浅間大社にいないね」
「ちゃんと代わりを置いてある」
「何を代わりにしてきたの?」
「紙人形じゃワシの神力を込めてある、ワシの神力からすれば三年は効果がもつのじゃぞ」
「三年はウチにいる気かこの子は…」

 コノハが自慢げに人差し指を立てながら話をしていると、時計の針は三時を指し、キッチン中にアラームが鳴り響いた。

「おっと、大切な“やくると”の時間じゃ」
「アラームうるさい!早く止めて!」

 「ただいまー。仕事終わったよー」
「お母さん、おかえり!お仕事お疲れ様」

 夕方、お母さんがスーパーの仕事を終えて帰って来た。お母さんは両手に買い物袋を持ち、玄関からそのままバタバタとリビングに向かった。
 それをコノハは目で追いながら、僕にボソリと言った。

「“おつかれさま”…じゃな、本当に…」
「そうさ、僕のお母さん毎日僕達の為に頑張ってるからねぇ」
「いや、そうでは無い。何かに“憑かれて”おる…多分どこかで拾ってきたのじゃ」
「えぇ!そっち?!…もしかしてまた生霊?」

 コノハは目を凝らし、お母さんをジッと見つめた後、左手で僕の肩を掴みこう言った。

「太郎…ワシがお主に触れるとお前の目の中の世界はこの世と黄泉(よみ)が繋がる世界になる。お主にはアレが見えるか?」

 最初、お母さんの後ろにはぼんやりと黒い影が漂っていたが、じっくり見ていると、それが徐々に実体化していった。
 お母さんの背中には手が6本ある蜘蛛のような人?が後ろから抱き抱える様にしていた。
 それは口から長い舌を出し、お母さんの首に舌を突き刺している。

「うわあああ!何だあれ!!?」
「あれはちと厄介じゃのう…世の中に悪をもたらす神。禍津日ノ神(まがつひのかみ)の手下の者じゃ。何故あんなモノがママ様に取りついておるのじゃ?」
「説明はいいから!とにかく祓ってよコノハ!」

 コノハは着物の袖を捲ると手を合わせ何やら唱えだした。

 「赤心(あかきこころ) と贖物(あがもの)を以て荒振神(あらぶるかみ) の荒魂を鎮魂する」
 
「我、木花之佐久夜毘売(このはなのさくやびめ)の名のもとに」

 コノハはそう唱えると体が光に包まれ、その形を変化させた。
 おカッパ頭だったピンクの髪は長い髪に変わり、体は大人の女性になった。
 その姿はとても美しく満開の桜の花の様だった。

「オマエハ!炎神コノハサクヤビメ!何故コンナトコロニ、イル!」

「お前の様な悪神を征伐するためじゃ!」
「あとココには“やくると”があるからのぉ!」

「二つ目の理由は別に今言わなくて良いだろ…」

 コノハは両手を強くパンと叩き、開いた手の中から赤い短剣を出した。
 短剣を構え、クルリと回転したと思うと、ピンクの長い髪をなびかせながら悪神に斬りかかった。

 その動くスピードは人間の目で追えるものではないくらい速かったが、その短剣の軌道を追って桜の花が舞っていた。

 短剣は悪神の肩に命中し、そのまま体を半分になるまで勢い良く斬り進めた。

「クソガ!オレノ仲間ガ、オ前タチヲ
必ズ始末スルカラナ!」

 そう叫ぶとお母さんの背中にいた悪神は消えた。

「悪神殲滅」

 そう言ってコノハは短剣を消し、僕の方を見て優しく笑った。

「何、何?!今の光は?何が起こったの!あら…コノハちゃん結構スタイル良かったのね美人さんねぇ…」

 騒ぐお母さんを尻目に、僕はコノハの美しさに目が奪われていた。

 「どうしたのじゃ、太郎?」
「いや、なんかコノハが…その…」

僕は恥ずかしくなり、目を逸らした

「小さな体より、そのままの方が良いって言うか…その…可愛いって言うか…なんならその姿で毎日…」

 僕がふと目を彼女に戻すと、コノハはいつも通り小さなチンチクリンな体になってチューチューとヤクルトを飲んでいた。

「いや…戻ってるじゃん…クソ!」

「神化は三分しかもたん。悪いの」



俺の神様は今日も腸内環境を気にする(中)  終
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