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「え、何これ?」
 オルギアは首を横に傾げながら、胸に刺さった注射器を見た。

 注射器の中の白い液体は淡い光を放っており、それが妹の切子(きりこ)の血液だと気付くまでには時間はかからなかった。
 
 晴人の研究によると、切子の純白な血液アルビオンブラッドは、全ての魔女に有効とされている。勿論オルギアも例外では無い。

 注射器を抜こうとした時、突然身体に力が入らなくなった彼女は屋上の床にドサリと倒れ込んだ。

「き、切子……あなた、いつの間に私に注射器なんて刺したの?」

 徐々に大きくなる怒りの感情に反応する様に、今まで少女の身体だったその姿は、バサバサと黒い羽を撒き散らしながら大人の身体へと変化していく。

「病院から持って来たの……」
「お姉ちゃん、もうやめよう……」
「私は目の前で沢山の人が死ぬ事が耐えられないの……」

「切子ぉぉぉぉ!」
「許さないから!!」
 激痛で震える身体を押さえつける様に、オルギアは自分の肩を抱いて妹に向かって叫んだ。

 生まれて初めて姉に反抗した切子の両手は恐怖で震え、その表情には戸惑いの様子が表れていた。

「鷲尾先生……わたし……」

※ ※ ※ ※ ※

 同時刻、切子救出とオルギア討伐に向かっていた鷲尾 晴人は、山羊(やぎ)本部まであと少しの所で、数十人の魔女達に囲まれていた。

「今回のサバトはえらく規模がデカそうだな……」
「あちこちに魔女がいるじゃないか」
 バイクから降りた晴人は、肩に掛けていた改造映写機銃を構え、銃口を魔女達に向けた。

 フードによって表情を隠された魔女達は、両手を広げ、晴人に向かってジリジリと歩み寄る。
 魔女となった女性の能力については、晴人はよく理解していた。スピードとパワーは格段にアップし、もし一撃でも身体に打撃を喰らえば、その部分が吹っ飛んでしまう程の力を持っている。

「切子ちゃん……力を貸してくれ」
「ここを切り抜けて必ず君を助けに行くよ!」
 晴人はそう言って映写機にクランク棒をガチっと差し込み、ガチャガチャと金属音をたてながら回した。
 光を放ち、火花を散らす映写機銃の先からは無数のアルビオンブラッド弾が放たれ、それが当たった魔女は一瞬で動きが止まる。

 それを見た魔女達は素早く地面を蹴ると左右に別れ、お互い示し合わせたかの様な動きで銃弾を避ける。
 それでも晴人は歯を食いしばりながら、魔女達に向けてクランクを回し続けた。

 壁に張り付いていた魔女の一人が、晴人の隙を見て背中を大きく引っ掻き、もう一人が晴人の脇腹を引っ掻いた。
 皮膚は裂け、白衣が赤く滲む。
「グゥっ……!くそっ!」
 肌を焼かれる様な激痛に反応し、身体が真っ直ぐを保てなくなったが、晴人はそれでも狙いを定め映写機を撃ち続けた。

 どれくらいの魔女に弾丸が命中したのだろうか……

 持ち前の運動神経の良さが幸いしたのか、魔女による致命傷は避けた。
 しかし度重なる魔女の攻撃によって晴人の白衣は真っ赤に染まり、大量の出血により意識が無くなりそうだった。
 思わず地面に膝をつく晴人。視界が狭くなり、思考はブラックアウト寸前だったが、切子や西山の事を想い、彼は血を流しながらも、再び立ち上がる。
「ピンチを切り抜けてこそ……ロマンだ」
「……ここを抜けて、必ず山羊本部に辿り着く!」

 鮮血に染る真っ赤な白衣を翻し、晴人は映写機銃のホルダーをガシャンと開けて、丸くフィルム状に巻かれた最後のアルビオンブラッド弾を装填した。

※ ※ ※ ※ ※

「ヴァルプルギス!止めろ!」
「攻撃はストップだ!」
 晴人の兄、鷲尾分隊長は現場の異変に気付き、火炎を放つヴァルプルギスの腕を掴んで攻撃を制止した。

「……どうしたの?鷲尾分隊長」
 ヴァルプルギスは手から放つ火炎を一度消し、キョトンとして鷲尾の方を向く。

「あそこにいる魔女達は隊員の家族だ!」
「殺してはいけない!」
「え?そうなの?……」
 ヴァルプルギスはクシャクシャと頭をかきながら、その場にしゃがみ込み、呟いた。
「ああ、めんどくせぇ……」

 隊員の何人かは、ヴァルプルギスが焼き尽くした魔女達が、自分の妻や娘だと気付き、真っ黒に燃え尽きた死体を抱き抱え、あちこちで泣いていた。

「オルギアめ!なんて残酷な事を……」
「これじゃあ魔女を攻撃出来ないじゃないか!」

 次々と壁を乗り越え、攻め入る魔女達を眺め、鷲尾は頭を抱えた。

「晴人……頭の良いお前ならどうする……」
「どうこの状況を乗り越える……」

 それが聞こえたのか、聞こえなかったのかは分からないが、アルビオンブラッド弾を全て使い切ってしまった晴人は、夜空に浮かぶ月を眺めてこう呟いた。

「オルギアさえ倒せば……全ての魔女は消える」
「だけどそこには到底到達できなかった」

 血だらけの晴人はバイクにもたれかかって、地面に座り込んでいた。
 意識はあったのだろうか……左手でポケットの中の“何か”を探していた。
 
 倒し損ねた魔女が一体、唸り声を上げながら、晴人に近づく。

 彼女のいたすぐ傍の歩道には、血溜まりの中、映写機を掴んだままの晴人の右腕が転がっていた。




 


ラスト・ウィッチ(4)終
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