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前編
しおりを挟む最初に言っておきたい。
僕のプライドは世界一の標高を誇る山よりも遥かに高い。
なまじ顔が良い事もあり、手に負えないレベルで高い。
そんな僕が恋をしたらどうなるか。
「リーベル、本気か?」
ペンを片手に机に向かう僕に後ろからそう声を掛けてきたのは、一番上の大兄様だ。
今から八年前の十二歳の春、僕は運命の出会いを果たした。
それは今まで勉強になど見向きもしなかった僕をこうして奮起させる程のものであり、僕の変貌に家族達は大変混乱していた。
「本気も何も、見たら分かるでしょう?」
「いや、しかし…魔法団と言えばこの国で最も過酷だと言われている公職だぞ。国の犬とまで呼ばれている仕事だ。そもそも就くのも容易ではないし、何もそんな仕事を選ばなくても…。」
「だから勉強しているんですよ、邪魔しないで下さい。」
僕は横目で大兄様を睨むと、再び机に視線を落とす。
魔法団には長年想い続けている僕の愛しい人が居るのだ。
入るのは超難関の癖に国の犬だと呼ばれこき使われている様な職であっても、僕はそこで働きたい。
だから、勉強した。
兄様達や両親が止めても、一日何時間も机に向かった。
そして、僕は見事首席で試験を突破し、魔法団団長の専属助手として抜擢されたのだ。
そう、これこそ僕が喉から手が出る程欲していた地位。
魔法団団長であるアルデム様こそ僕が恋い焦がれて止まない人であり、僕をここまで奮起させるに至った人物でもあった。
「うわ~君、凄い美人だね。男の子?まぁ魔法を使えるのは今の所男だけだから女の子な訳無いか~。」
僕を見た彼の第一声がこれだ。
間延びしたその声に少しは興味を示されたと思って期待したが、すぐにそれは色を失う。
茶色の平凡な髪色に前髪は目を隠す程長く、こう言ってはなんだがアルデム様の見た目は全体的にぼんやりとした印象だ。
「初めまして。リザベド候爵家三男、リーベルド・リザベドです。宜しくお願いします。」
僕の貴族的な挨拶にアルデム様はピクリと反応する。
しかしすぐに肩の力を脱力させると、どこからか長い杖をくるりと取り出した。
「わぁ、高位貴族の御子息かぁ~。私は平民出身だけど、上司が私で大丈夫?」
「当たり前です。全て承知の上で入団いたしましたから。」
「そう、分かった。じゃあ、早速手伝ってもらおうかな。」
やはり魔法団団長は忙しいな、と気合を入れていると、アルデム様はサッと杖を振り僕ごとどこかへ転移する。
着いた先はどこかの家の前で、アルデム様はすぐに近くの路地に隠れた。
「…何か特殊な任務ですか?」
「シッ。静かに!…来た!」
アルデム様の視線の先には、一人の少年がバルコニーで洗濯物を干している姿がある。
それを僕が訝しげに見詰めていると、少年が居なくなった瞬間、隣に居たアルデム様がサッと転移し持っていた下着と干された下着を入れ替えた。
「!!??」
仰天している僕の前に戻って来たアルデム様は、何故か満足げに少年の下着を掲げて見せる。
「どう?見事なもんでしょ。あの子は今私が恋してるキアリって言う少年なんだ。私はコミュ障でね…なかなか話し掛けられないもんだから、こうして高級ランジェリーと好きな子の下着を交換して貰ってるって訳。」
うっとり下着を眺めながらそう宣うアルデム様に、僕は無意識のうちにアルデム様の胸倉を掴み顔を近付けていた。
「何当たり前みたいに説明してるんです!?犯罪じゃないですか…見つかったらどうするんです!?」
「お、おお…綺麗な顔がこんな近くに…。だ、大丈夫だよ。私を誰だと思ってるのさ。で、リーベルドに手伝って欲しいのは、最近副団長に見張られてて現場で差し押さえられちゃう事が増えたから、副団長が転移してくる気配を察知して私に教える事だよ。」
あまりの内容に絶句する。
しかし、ずっと恋い焦がれて来た人の頼みである。
僕は自分の唇をこれでもかと歪ませ、無理矢理絞り出した声で「……分かりました……」と返した。
それからコミュ障だと言うアルデム様に付き添い、下着の無断新調と言う犯罪の片棒を担ぐ。
好きな人が他の男をうっとりと眺めているのを横で見ているだけでも辛いが、その男の下着を手にニマニマ満面の笑みを浮かべるのである。
それを連日見させられ続けた数ヶ月後、ついに僕は精神を病み倒れた。
「…気の毒に。大丈夫か?」
見舞いに来た副団長にそう声をかけられ、医務室のベッドから起き上がる。
もう入院して三日になるが、直属の上司である筈のアルデム様は一度も僕の顔を見に来ていなかった。
「…大丈夫…ではないです。」
「…だろうな。しかし、君も変わってるな。候爵家の御子息らしいじゃないか。貴族が平民に仕えるだけでも抵抗があるだろうに、良く団長に付いてるよ…。」
それは好きだからであって、どうでもいいやつなら倒れるまで側に居たりしない。
説明したくても出来ない状況に、僕は何とか理由をつけようと嘘と真実を織り交ぜた。
「…僕は十二歳の頃、領地で隣国の破落戸に誘拐されそうになった所を、アルデム様に助けて頂いたのです。その時の御恩を返すべく、アルデム様のお力になる為魔法団へ入団しました。」
「!あ…もしかして、あの時の金髪の少女…ゴホンゴホンッ、少年か!?」
僕は副団長に頷きながら、八年前の事を思い出す。
あの日、僕は父の視察に同行して、何人もの護衛と父と共に街を歩いていた。
しかし早々に飽きてしまい、すぐに我儘を言い僕だけ数人の護衛と別行動となったのだ。
「僕は魔獣とやらが見てみたい!まだ本でしか見たことが無いんだ。」
「坊っちゃん、魔獣を見るには街から出なければなりません。危険ですので今回は…」
「煩い!僕の言う事が聞けないの?僕が見たいって言ってるんだから、黙って付いてくればいいんだ!」
そう言ってさっさと歩き出す僕に、護衛達は呆れながらも付いてくる。
そして街を出て街道沿いの森で、破落戸に襲われたのだ。
それはただの破落戸では無く、元は戦う事を生業とした者が落ちぶれてしまったのだろうと推測される集団で、数人の護衛達はあっという間にやられてしまった。
残ったのは呆然と立ち竦む僕だけで、破落戸達はニヤニヤしながら僕に近づいて来る。
「な、なんだお前達!僕は候爵家の子だぞ!」
「おーそうかそうか。だからそんなに身なりが良いんだな、教えてくれてありがとよ。おまけに上玉じゃないか、これなら貴族に高く売れるな。」
下卑た笑いを浮かべ僕の腕を掴む破落戸に、なんの力も無い僕はゾッと背筋が凍った。
「お前達、こんな事をしてただで済むと…」
「ただで済むんだなぁこれが。俺達はこの国のもんじゃねぇ。国に帰ってお前を売り飛ばしちまえば足も付かねぇし、お咎め無しだ。さっじゃあさっさと移動するか。売る前に味見もしてぇしな。」
そう言って強引に歩き出す破落戸に、僕は必死で抵抗する。
しかしすぐに頬を打たれ、破落戸の一人に担ぎ上げられた。
「大人しくしろ、これ以上その可愛い顔に傷付けられたくねぇだろ。こっちもなるべくお綺麗な顔のまま売りてぇからな。」
「う、煩い煩い!離せ!」
震えながらも声を上げるが、助けは来ない。
絶望に胸がいっぱいのまま乗せられた馬が走り出し、もう駄目だと諦めかけていた時、あの間延びした声が聞こえて来た。
「あれれ。副団長、何か女の子が破落戸と馬に乗ってるよ。あれってあの子の父親かなぁ?」
「そんな訳無いでしょう!?誰が見たって貴族の少女が攫われてる状態ですよ!ここはまだ自国領なんですから、早く助けて下さい!」
副団長にけしかけられたアルデム様は、「分かったからそんなに騒がないでよ~。」と口を尖らせると、長い前髪を掻き上げる。
僕はその光景に息を呑み、黄金に光る切れ長の瞳がこちらを捉えた瞬間には、もうアルデム様の腕の中に居た。
「わ~君凄く美人だね。大丈夫?」
「…。」
僕がアルデム様の美しい瞳に魅入って問い掛けに答えないでいると、アルデム様は眉を下げて副団長を見る。
「副団長、大変だ。この子犯されたショックで口がきけないみたい。」
「子供の前で何言ってんですかアンタは!団長の目が怖くて怯えてるんですよ!」
「…あ、そっか。ごめんね~。」
副団長に言われてパパッと前髪を下ろしてしまったアルデム様を見て、僕は自分が何も言わなかった事を後悔した。
「だ、大丈夫です。あの、助けて頂いてありがとう御座いました。それに、前髪は無い方が素敵だと思います…。」
少し俯き加減で何とかそう伝えると、アルデム様は驚いた様に口を開く。
「わぁ、こんな素直な貴族の子初めて見たよ。それに、私を気遣ってくれるなんて、見た目も中身も綺麗なんだね。副団長、この子私のお嫁さんにしたい。」
「…無理ですね、いくら団長とは言えその子はどう見ても高位貴族のご息女です。」
二人の会話は殆ど耳を通り過ぎてしまっていたのでよく聞いていなかったが、アルデム様は僕を伴侶として望んでくれたらしい。
その事が嬉しくて真っ赤になった顔ではにかむと、アルデム様は何故か赤子をあやすように僕を揺らし出した。
「副団長、見てよ、照れてる。凄く可愛いよね。あぁ、本当に欲しいな~。」
「駄目です、一刻も早く親御さんの元へ返しましょう。今頃街は誘拐騒ぎで大変な事になっている筈ですよ。」
それからアルデム様に抱かれたまま街へと戻り、僕は父である候爵の元へと返される。
その間ずっとアルデム様の腕の中に居て夢見心地だったせいか、普段高飛車な僕がやけに大人しいのを父や護衛に大層心配された。
後日浮足立った気持ちで改めてお礼に向かえば対応してくれたのは副団長だけで、僕はガッカリする。
しかし副団長は僕が男だった事にとても驚き、青褪めた顔で誤解してすまなかったと謝られた。
「あの…団長様はいらっしゃらないのですか?」
「…あー……、あの人は、なんて言うか…今面倒な病に掛かっていてね。あっ、別に治らない訳じゃないから心配しないで!今は君と顔を合わせられないってだけだから…。」
よく分からないが治らない病気で無い事に安堵しお大事にして下さいとだけ伝えると、僕は魔法団を後にする。
それから何度か手紙を送ったりしたが返事は来ずそれでも諦められなかった僕は、この時から魔法団へ入団する事を決意し始めたのだった。
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