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5、真の番
しおりを挟む穏やかな午後の昼下り。
俺は自分の執務室で昨夜のキャロの痴態を反芻しながら山のように積み上がった書類をひたすら捌いていた。
そこへなんの前触れも無く、俺にとっては忌むべき呪いの塊がメイドとして突然午後のお茶を手に現れたのである。
「…ッ!?」
一目で分かった。
あぁ、これが俺の番だと。
茶毛の艷やかな毛並みの彼女は、円な瞳を驚きに見開いている。
おそらくあちらも俺が番だと瞬時に悟ったのだろう。
毛で顔色など分からなくとも頬を染めているだろう様子で俺を見つめ、縋るような声で俺の名を呼び近付いてきた。
「あぁ、まさか、そんな…!私がシュバルツ様の番…!あぁ、嬉しい!シュバルツ様、シュバルツ様…」
「おい、それ以上近付くな。お前に名前を呼ばれる筋合いは無い。」
どうしてどうしてどうして!
男でもない、人間でもない、むしろあれだけ無理だと宣っていた癖に、今目の前に居るメイドに種付けしたくて堪らない。
そんな自分に心底嫌気が差し吐き気を催すほど嫌悪を感じたが、メイドは俺の態度に納得できないようで制止しても強引に抱き着いてきた。
「そんな、どうして私を拒絶されるのです!シュバルツ様のその目は今すぐ私が欲しいと訴えているではありませんか!どうか、このままこの場で抱いてくださいませ!」
そう言って潤んだ瞳で見上げてくるメイドを一瞬衝動のまま掻き抱きそうになり寸でで耐える。
くそっ、くそっ!
番の呪いとはこんなに恐ろしいものだったのか…ッ!
全然好みじゃないのに、この牝馬が可愛く見えてしょうがない!
やばいやばいやばい、このままだと本当にこのまま種付けしちゃいそうだぞ…ッ!?
剥がしたいけど剥がせない。
そんな状態に憤怒で顔を熱くしながら苦悶していると、まさかのこのタイミングで一番見られてはいけない彼がやって来てしまった。
「シュバルツ様、そろそろ休憩ではありませんか?一緒にお茶…を…」
うわあァァァ!!一番最悪なパターン!!!
メイドに抱き着かれる俺を見て固まるキャロに、違うんだ!と言い訳しようとしていると、それに被せる様にメイドが事態を悪化させる。
「あら、誰かと思えばシュバルツ様の小姓ではありませんか。番の逢瀬に割って入るなど無粋な真似をなさりますのね。固まってないでさっさと去りなさい。」
こ、この牝馬、めっちゃ性格悪いぃ!!
「番………?」
キャロはメイドを見てから、必死に何かを耐える俺の様子を見て、悟ったように絶望した表情になる。
そしてそのまま弾ける様に踵を返すと、執務室から飛び出した。
やばい。
キャロを思いっ切り傷付けた。
俺の勝手で農場から連れて来たくせに、馬に舐められても嫌な顔一つしないあんな優しい子を、俺は、俺は…
「…さっ、シュバルツ様、続きを…」
キャロを追い出し嬉々として俺を見上げてくるメイドに、俺は番の衝動よりキャロを傷付けたコイツをどうやって排除しようかと考えることでそれを凌駕した。
「…お前、あの子が私の番だと知っての狼藉か?いい度胸じゃないか、よっぽど死にたいらしい。」
「え?な…何を仰っているのです?わ、私がシュバルツ様の番で…」
「衛兵、何をしている!早くコイツを牢にぶち込め!私に無礼を働き、番を傷付けた大罪人だ!」
「そ、そんな!待って!シュバルツ様!」
俺はメイドを無理矢理引き剥がすと、押し付けるように衛兵に引き渡す。
メイドの悲鳴を後ろ手に急いで執務室を出ると、行き交う使用人達に聞き込みキャロを必死で追い掛けた。
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