飴屋あやかし噺

神楽 羊

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子守唄、そして原罪の庭

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今日も辺獄には雨が降る。


 今日、という概念が正しければ

 柔らかくそしてどこにも救いの無い雨が降っている。




 緩い風が飴屋の頬を撫でては消えていく、雨に打たれながら心を落ち着かせるように歌を口ずさんでは小さく静かに揺れる、誰かに教えてもらった古い唄

 珍しく自分の感情が何処にあるのか飴屋は把握出来ずにいた、その原因自体は分かっている。

 しばらくそうしていた。
 

 見飽きた赤目の悪魔がいつものように突然現れ、そして飴屋に言う。

「最近調子が良いらしいじゃないか。その様子だと"みろう"までいったか?」

 地面につきそうなくらい舌が長いせいで発音が正しくない、飴屋は無表情なまま、その問いかけを無視した。

 そして薄く唇を噛む、いつもなら何とも思わないざらついた声が何故か癇に障る。

 危うく感情が表に出そうだったのでそれを悟られないよう飴屋は深くローブに付いているフードを被り俯いた。

━悪魔は感情を読むのが得意なのだ、それを糧に存在しているのだから当然だろう。

 気取られぬよう丁寧に袋を渡し金貨を受け取る。

「今後ともご贔屓に。」


 赤目が帰った後しばらく飴屋はそこで呆けたように立ち尽くしていた。そして酒を飲みたいな、と思った。





 

 温度の無い雨はただ降り続いている。










 ** 


 二日連続でカクリヨに来たのは初めてだった。いつもの席に飴屋が座っている。
 乾杯をして挨拶もそこそこに飴屋が話し始めた。

「ミノリさんのお店で話した件ですが知っての通り私の元には妖や幽霊に関する色々な依頼や噂が舞い込みましてね、私自身とても興味を惹かれたものですからどうかなと思いまして。
 その依頼とは代々祀っている神が村人を襲うようになった為それを退治して欲しい、というものです。神の怒りを鎮めた事はありますが堕ちた神を退治するのは初めてです。
 何があったのか凄く気になりませんか?神退治なんてゾクゾクしません?」

 何故こんなに飴屋は嬉しそうに話すのか、そもそも神退治なんて人に出来るのか分からなかったが飴屋の話し振りからは自信があるのだろうという事は感じた。

 いつにも増して今日の飴屋は元気そうだった。
 僕の中で初めて会った時の人間味を感じないミステリアスな印象は少しずつ薄れて来ている。

「報酬は思っている以上に提示されていますし何より、御神体だと思われる刀が手に入ればこれからの我々に取って間違いなくプラスになります。呪いを受け止めてくれる触媒としてそれが本当に神に纏わる刀ならばこれ以上心強い事は無いですから。詳しい話は村についてから話すと言われているので今はこれくらいしか情報が無くてミノリさんのお店で話した以上の事は言えないのですが玲さんさえ良ければこの話を受けようかと思っています、どうでしょうか?」

 そう話し終わると飴屋はビールを旨そうに飲んだ。
 
「構わないよ、僕も飴屋が言うように触媒は出来るだけ早く欲しいと思っているからさ。こんなお誂え向きの依頼が飛び込んで来てくれたんだから素直に流れに乗らないとな。」

 僕もビールをガブリと飲んだ、カクリヨの雰囲気、居心地の良さにいつもついつい飲み過ぎそうになる。

 そして明日は神退治、落差が大きすぎるしその想像すらつかない。

「実はこの依頼に関して面白い噂がありましてね、力のある霊能者や祈祷師が何人かその村に呼ばれたらしいんですが…誰一人として戻って来ていないようなんです。」

 飴屋は小声でそう言うと不敵な笑みを浮かべて僕を見た後、悪戯をする子供のようにケラケラと笑った。
 今日の飴屋はいつもより酒を飲んでいるみたいだ。


 人形屋敷でも何とか生きて帰れたというのに、本当に大丈夫なのだろうか?

「ご心配には及びませんよ。人形屋敷の時は少し力が出せなかっただけですので。」

 僕の心を読んだのかそれとも不安さが顔に出ていたのかわからないが飴屋はそう言った。


「…すみません、そんな顔をしているように見えたので。」

 何に対しての謝罪か分からなかったので僕は笑った。

「わかった、飴屋がそう言うならきっと大丈夫だ。行こうかその村へ。」

「行きましょう、神退治に。そうだ、明日は出来るだけ動きやすく履き慣れた靴で来て下さいね。長い時間歩きますので。」


 12時間後、その意味を僕は嫌と言う程、痛感させられる事になる。
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