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第35話 卒業試験

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「お願いします。神様、仏様、七海様! たった15分で構いません。そのスマホをお貸し下さい!」

「え~、今日もですか・・・? 仕方ないなあ、どうぞ。」

七海をあがめるかの様に井出が手を合わせる。彼女はジト目で腕組みをしていたが諦めたように自分のスマホを井出に渡す。

「やった! これで今日も続きが読める。ありがとう、七海君。」

彼は嬉々としてスマホを操作し始める。最初はどう使うのか、全く判らなかった井出だったが一度興味のあるものを見つけると違うものだ。この頃ではWebブラウザで情報検索をしたり、動画サイトをのぞいたりしている。そして今、彼が一番夢中になっているものがWeb漫画コミックだ。

「さあ、この巻で二人はどこまで進展するのかな。楽しみだ。」

井出が良く読んでいる漫画はある古いアパートの女性管理人としがない大学生の青年の間での恋愛を描いたラブコメディー作品である。彼はこの世界アルヴァノールに来る前は、この作品が掲載されている青年向け雑誌を毎回購入して読んでいる程のファンだった。

転移して来て、もう続きを読むことはないだろうと井出は諦めていた。だが七海のスマホでWeb漫画コミックサイトを覗いていて、この作品を発見した時は歓喜した。2019年においては既に完結していたが、彼は一巻ずつ購入しては少しずつ大事に読んでいたのだ。

ちなみに購入する際のポイントは、クレジットカードで決済出来た。井出のクレジットカードは知らないうちに有効期限が2019年以降に更新されていたからだ。ちなみに七海に教えて貰って知ったインターネットバンキングで給与口座を確認したところ、毎月給料も振り込まれておりクレジットの請求金額も引き落とされていた。

「井出さん、その漫画ってそんなに面白いですか? 私も読んでみましたけど、なんかじれったいって言うか、今一いまいちピンと来ないんですよね・・・。」

「何、言ってるんだよ。このすれ違いが良いんじゃないか!」

試しに七海もこの作品を読んではいた。しかし、この作品では電話での連絡が出来ないためのすれ違いの描写が多い。2019年から転移して来た彼女にとって、アパートに黒電話が一台しかない状況での生活は想像が出来ないのだ。

「あ~、ウチもちょっと判らんねんけど・・・。けど、お父ちゃんもそのマンガ好きやったわ。」

横で井出と七海のやり取りを見ていたアヤが同意する。彼女も2001年から転移して来たPHSピッチなどを使う世代だ。やはり1983年から転移して来た井出の感覚は理解出来ないようだ。

「う~ん、私は・・・。その、大人の雑誌に載ってる漫画はちょっと・・・。」

唯一ゆいいつ、井出と同じ1983年から転移して来た真由美は戸惑とまどう。彼女にとって青年誌は守備範囲外なのだ。正直、同じ作者がえがく少年誌向けのポップな内容の作品の方が好みだった。

「ふむ、まあ君たちには早いかな~。大人の恋は、まだ判らんよね。」

井出の言い草に、アヤと七海がムッとする。真由美は赤くなってうつむく。二人が井出に抗議しようと口を開いた瞬間、ラビィニアが駐在所に入って来た。

「あら、皆そろってるわね。丁度良かったわ。少し、話しても良いかしら?」

彼女は三人の女子高生たちが婦警になってから着る制服のデザインを打ち合わせるためにやって来たのだ。もう卒業式である3月1日まで七日なのかを切っている。

「じゃあ、デザインはこれで決定ね。帽子と上着はこの案で、あと下はキュロットスカートとホットパンツの選択式ということで。」

エマが仕上げてくれたイラストを革鞄かわかばんにしまうとラビィニアは思い出したように言葉を続けた。

「そうそう、この前確認した魔法適正や技能スキルだけど三人ともみ込めてきたかしら?」

本来、「呼ばれた人ヒウム」は平均的な魔法の適正を持つ。しかしラヴィニアの見立てでは、七海はエルフ族、真由美はホルビー族、アヤはドワーフ族の特性が上乗せされていると言う。

エルフ族の特徴は何と言っても魔法攻撃イルヴァルマキの威力の高さだ。それゆえ、付与魔法も筋力強化のような攻撃力が上がるものが向いている。反面、防御力に関する付与魔法は苦手だ。

ホルビー族は俊敏性向上などの付与魔法ミンダルヴァルマキ全般が得意だ。エルフ族ほど大きな威力の魔法攻撃を出すことは出来ないが、威力を細かく調整したり連続して繰り出すことは上手だそうだ。また数人が一組になって、楽器の演奏と踊りによる独特の魔法発動を行えるのも大きな特徴と言える。

ドワーフ族は身体強化、構造強化、防御力向上にける。しかし攻撃はあまり得意ではない。エマが魔法攻撃イルヴァルマキを弾丸に付与してから使うのもそのためだ。特に男性のドワーフとなると魔法攻撃は全く使えないと言っても過言ではない。

技能スキル」についても同様だ。やはり七海にはエルフ族、真由美にはホルビー族、アヤにはドワーフ族の能力を伸ばす「技能スキル」が備わっていた。

七海にはエルフ族の得意とする魔法攻撃の威力や貫通力を強化するもの、真由美にはホルビー族の強みである翻訳や観察力を強めるものが、アヤにはドワーフ族らしい意匠に関するものや、防御力に新たな特性を持たせるものが確認出来たのだ。

「だけど、この『歌姫の抱擁ディヴァハラータ』っていうのだけが判らないわ。私も初めて見る『技能スキル』なのよ。効能についても開示されてないからサッパリ・・・。」

よわい303歳のエルフ族であるラビィニアにも知らないことはあるらしい。眉根に皺を寄せて難しい顔をしている。長い耳の動きも緩慢だ。何故か、この「技能スキル」だけは三人の女子高生全員に備わっているのだ。

「まあ『歌姫』って言うからは歌に関係するものなんでしょうね。」

「あ~、そううたら、もう大分とカラオケしてへんな~。また歌いたいな。」

「えっ! カラオケって高校生がしても良いの? 補導されるんじゃない?」

七海の独り言にアヤが同調した。しかし1983年の女子高生、しかも真面目な真由美にとって「カラオケ」は大人のする遊戯ゆうぎだ。当然、驚きの声を上げる。

「も~、そんなこと無いて~。お酒飲んだらアカンけど、歌うだけやったら大丈夫よ~。」

「そ~、そ~! 大声で歌うと気持ち良いんだよ。すっごくストレス発散出来るんだから!」

アヤと七海がほぼ同時に真由美の説得を始める。井出も意外だった。彼にとっても「カラオケ」とはスナックなどの酒類を主に提供する飲食店でしか遊べないものだったからだ。ちなみに井出はとても苦手だ。どうやら20世紀と21世紀の間には大きな壁があるようだ。

「でも君たち、カラオケって一曲で100円とか取られるだろ? お小遣いとか大丈夫だったのかい?」

「え? 平日の放課後なら一時間で500円も掛かりませんよ。学割も効くし、飲み物も付くし、喫茶店に行くより全然割安なんですから!」

七海の返答に井出は目を丸くしてしまった。あまりの世代間障壁ジェネレーションギャップに声も出ない。その時だった。駐在所に保安官補アシスタントジェフが飛び込んで来る。

「大変です、ラヴィー・マム! 『外敵バフィゴイター』です。いや、正確には『巨人兵器ゴレア』と思われる物体が16体、ここに近付いています!」

「マー君は? 『ユクスサルヴィーネ』は出られるのかしら?」

ジェフの報告を聞いた途端、ラヴィニアの表情がふわふわ女子から戦う女に変貌する。16体とは四個小隊、つまり一個中隊の規模だ。それはかつての、「第二次 赤月動乱スヴィタルヴェシーリ」においてはわずかの時間に数千人の獣人を撲殺したと言われる戦力を意味する。

「ふうん、要するに『卒業試験』って訳ね。浩一クン、貴女あなたたち、油断しないでね。」

井出と三人の女子高生はうなずくしかなかった。そして、その様子を見ながらエマが不敵に笑った。
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