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プロローグ
配信はたのしい
しおりを挟むソーシャル・バッテリーの話をしよう。
ソーシャル・バッテリーとは、人間が持っている社交性の充電ゲージのことを指す。これは最近アメリカだかなんだかで流行りはじめた、コミュニケーションに難がある人々のための単語らしく、ネットの記事で読んだときに、俺はいたく感動した。
こんな便利な言葉があったとは。
学校、会社、その他もろもろ……。さまざまな社交性の場で、ある種の人々は自分の社交性ゲージがごりごり削れていくのを自覚している。
俺の場合は高校生だから、学校だ。
俺は可能なかぎり、ソーシャル・バッテリーが週末まで持つように努力している。が、月にいちどくらいは、ダメなときがくる。
そういうときはどうする?
決まっている。俺はパソコンのスイッチを押す。
OBS Studioを立ち上げて、twitchと連携させる。
それから、人気FPSゲーム〈ルシファー・オンライン〉を起動する。
配信画面に自分のゲーム画面が映っていることを確認したら、終わり。
あとはもう、死んだ目でゲームをするだけだ。
至福のときだ。
「あーーーーーーー充電されるーーーーーーー」
思わずそんなひとりごとが漏れてしまう。
俺は死んだ目で敵を撃ち続けている。今いるのは激戦区だから手元は死ぬほど忙しいが、そのかわりに心はどこまでも穏やかだ。
でっかいビーム弾が相手にぶち当たってゴア表現が起きるたびに、平和を感じる。
具体的には、ソーシャル・バッテリーの充電を感じる。
とくに右上に表示されるキル数が増えていくときは、精神の回復が顕著だ。
もっとだ……もっと敵プレイヤーの死を……と願っていると、周囲から銃声がしなくなってしまった。
どうやら、一帯の敵をほとんどキルしてしまったらしい。
「ああ……もう充電できナイ……」
しかたなく、俺は周囲の死体が遺した物資をきちんと漁ることにした。
その前に、サブモニターでコメントを確認する。
現在の視聴者数は、二十九人。総コメント数は九。そのコメントも「すご」とか「うま」とか「使っているマウスなんですか?」とか、それくらいのものだ。
世間一般的には、俺は無名の弱小配信者といったところだろう。だが、それでよかった。わずかでもファンがいれば、俺はそれでかまわなかった。
「使用デバイスは概要欄にもありますが、XtrfieのM42です……っと」
そうコメントを返して、ゲームを再開させる。
そのまましばらくプレイして、一戦が終わったとき。俺は、さきほどに比べて大量のコメントがついていることに気がついた。
『匿名熊さんいつみてもキャラコンやばーーーーー』
『今のトラッキングエイム人間技じゃないって😢』
『ストレイフえっっっぐ』
『むしろエッッッ』
わざわざ名前をたしかめなくとも、だれだかすぐにわかった。
lili-love-77さんだ。
このひとは、よく俺の配信を見に来ては、たくさんコメントを残してくれる。そう呼んでいいのかわからないが、上客だ。
俺は嬉しくなる。
lili-love-77さんはめちゃくちゃ素直に俺のプレイを褒めてくれるからだ。
それに……言動をみるに、おそらく女の子だ。
俺のプレイしているゲーム〈ルシファー・オンライン〉には、女性ゲーマーも多い。というより単純にプレイ人口が多くて、全世界に三・四億人もいるそうだ。
三・四億人。想像もできないくらい、途方もない数字だ。
日本の総人口の三倍近くもある。アクティブユーザーでいっても二億人弱らしいから、現在の覇権ゲーといって、まったく差し支えないだろう。
アメリカのゲームだけど日本でも大人気で、しかも有名ストリーマーやら芸能人なんかもたくさんやっているから、それで女子プレイヤーも相応に多いというわけだ。
そういうわけで、このlili-love-77さんが女の子というのはぜんぜんありえるわけで……そうすると、俺が普通以上に緊張してしまうのも無理はない。
画面では、俺の操る女性キャラがフィールドを走っているところだった。
今は単純な移動フェーズだ。〈ルシファー・オンライン〉、略してルシオンは、いわゆるバトロワ系のサバイバルゲームだ。ゲームをはじめると、六十人のプレイヤーが広いマップに落とされて、命を奪い合う。
銃やナイフなどの武器のたぐいはフィールドに落ちていて、毎回プレイするたびに新しく拾わなければならないという仕組みだ。
マップが広いため、自分と近い場所に降下した部隊を倒しきってしまうと、次なる敵を倒すためにひたすら走り回るはめになる。その時間はけっこう暇だ。
俺はとにかく銃が撃ちたい。銃を撃てば撃つほど、ソーシャル・バッテリーの回復を感じる。明日からも生きていけるという実感が持てる。
画面が退屈だからコメ欄を確認すると、またlili-love-77さんのコメントがあった。
『匿名熊さん、声入れしないんですか? 解説とかあったら聞きたーーい』
俺は、ウッと思ってしまった。
しかもタイミングが最悪だった。ちょうど隘路で、敵部隊と遭遇した瞬間だった。銃声がしてから気づいた俺は、スキルを使う間もなく蜂の巣にされてしまった。
ゲームオーバーだ。ルシオンは三人でやるゲームだが、俺はわざわざソロでもぐっているから、自分がやられたらその時点で終わりだ。
せっかく今シーズンはキルデス25をめざしていたのに、大幅なロスだ。
『w よそ見?w』
『うわぁぁ』
『めずらしーやられかたで草生える。うちのコメに驚いた?w』
最後のがlili-love-77さんのコメントだ。俺は眉間を軽く揉んでから、ホストコメントを打ちこんだ。
『ちょっとだけ休憩です』
俺はコーラを手に取った。俺はコーラが大好きだ。こいつは緊張をやわらげてくれる……と思いきや、心臓の音は止まらなかった。われながら小心者だと思う。
またコメントがついた。
『匿名熊さん、ちょっと前にツボじじやってたとき、声を入れてましたよね。すぐやらなくなって残念でしたー』
『ちょっと音量小さかったけど、またやってほしいな』
『対戦ちゅうがアレなら待ち時間だけでもぜひっっっ』
「……え?」
今度こそ、俺はかなり驚いた。
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