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後悔先に立たず2
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好きだったのに。
目頭が痛くなった。ぐちゃぐちゃになった感情が涙となって溢れ出した。
目覚める前までは、幸せだったのに。
朝焼けが目に染みる。
“あっ、パパ~!”
頭の中に無邪気な女の子の声が響く。
「ごめん、なさい……」
“リオも待ってるのよ”
女性の声も重なってくる。
駅前の商店が連なる通りを抜け、踏切を渡った角を曲がって、スナックのある雑居ビルと昔ながらの個人経営の薬局との間の電柱に手をかけ、立ち止まる。全速力で走ってきたせいで、肺と心臓の辺りが痛い。全身が酸素を必要としている。短い呼吸をくりかえし、その場にしゃがみこむ。涙が止まらない。
「ごめんなさい、知らなかったんです。ごめんなさい。知らなかったとはいえ、私……、どうしよう……」
前のカゴにラジオを乗せた自転車の老人がギョッとした顔で冴子の横を通り過ぎた。
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」
泣いたって仕方ないことはわかっている。謝って済む問題ではない。罪悪感が重くのしかかってくる。何食わぬ顔をして連絡先を訊いてきた亮を思い出すと、ゾッとした。自由の国とは聞いていたが、あの男、倫理観をアメリカに置いてきたのだろうか。肌に残った記憶がおぞましい。涙も引っ込んだので再び立ち上がり、走り出す。アパートに戻って、玄関に荷物を放って服を脱ぎ、シャワーを浴びた。ボディタオルで痛くなるくらい全身を擦る。亮の感触をこそぎ落とすように、念入りに。しかし、肝心の場所はそうはいかない。ビデの要領でシャワーを当てて洗い流す。もちろん快楽など感じない。恋心は排水溝へ流れていったが、罪の意識は冴子を覆うように重くのしかかったままだ。
シャワーを終わらせ、体を拭いてバスタオルを巻き付けた姿のまま、ドライヤーをかけ、歯を磨く。舌も磨いて口をすすぐ。鏡の中のこざっぱりした自分を見据える。
「セックスの上手い男は信用するな! あの男はろくでなし! 忘れろ冴子!」
パンッと両手で顔を叩く。化粧水は省略して美容液パックを貼り、ベッドへ直行した。走ってきてだいぶ体力を消耗した。精神力も、だ。両手でパックを押さえて温める。今となっては全てが嫌な記憶だ。
あの男のするがまま、本能のままに抱かれた自分が恥ずかしい。思い出したくないのに、頭の中に蘇る。まとわりつく羽虫を払うような仕草をして、頭を振る。
忘れる。忘れる。忘れる。忘れろ、忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ……、
仰向けで、目を閉じて呪文のように唱える。バスタオルだけではさすがに寒くて、パックはほどほどに、ルームウェア兼パジャマの上下に着替えて、ベッドに潜り込む。身体が鉛のように重く感じる。
目頭が痛くなった。ぐちゃぐちゃになった感情が涙となって溢れ出した。
目覚める前までは、幸せだったのに。
朝焼けが目に染みる。
“あっ、パパ~!”
頭の中に無邪気な女の子の声が響く。
「ごめん、なさい……」
“リオも待ってるのよ”
女性の声も重なってくる。
駅前の商店が連なる通りを抜け、踏切を渡った角を曲がって、スナックのある雑居ビルと昔ながらの個人経営の薬局との間の電柱に手をかけ、立ち止まる。全速力で走ってきたせいで、肺と心臓の辺りが痛い。全身が酸素を必要としている。短い呼吸をくりかえし、その場にしゃがみこむ。涙が止まらない。
「ごめんなさい、知らなかったんです。ごめんなさい。知らなかったとはいえ、私……、どうしよう……」
前のカゴにラジオを乗せた自転車の老人がギョッとした顔で冴子の横を通り過ぎた。
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」
泣いたって仕方ないことはわかっている。謝って済む問題ではない。罪悪感が重くのしかかってくる。何食わぬ顔をして連絡先を訊いてきた亮を思い出すと、ゾッとした。自由の国とは聞いていたが、あの男、倫理観をアメリカに置いてきたのだろうか。肌に残った記憶がおぞましい。涙も引っ込んだので再び立ち上がり、走り出す。アパートに戻って、玄関に荷物を放って服を脱ぎ、シャワーを浴びた。ボディタオルで痛くなるくらい全身を擦る。亮の感触をこそぎ落とすように、念入りに。しかし、肝心の場所はそうはいかない。ビデの要領でシャワーを当てて洗い流す。もちろん快楽など感じない。恋心は排水溝へ流れていったが、罪の意識は冴子を覆うように重くのしかかったままだ。
シャワーを終わらせ、体を拭いてバスタオルを巻き付けた姿のまま、ドライヤーをかけ、歯を磨く。舌も磨いて口をすすぐ。鏡の中のこざっぱりした自分を見据える。
「セックスの上手い男は信用するな! あの男はろくでなし! 忘れろ冴子!」
パンッと両手で顔を叩く。化粧水は省略して美容液パックを貼り、ベッドへ直行した。走ってきてだいぶ体力を消耗した。精神力も、だ。両手でパックを押さえて温める。今となっては全てが嫌な記憶だ。
あの男のするがまま、本能のままに抱かれた自分が恥ずかしい。思い出したくないのに、頭の中に蘇る。まとわりつく羽虫を払うような仕草をして、頭を振る。
忘れる。忘れる。忘れる。忘れろ、忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ……、
仰向けで、目を閉じて呪文のように唱える。バスタオルだけではさすがに寒くて、パックはほどほどに、ルームウェア兼パジャマの上下に着替えて、ベッドに潜り込む。身体が鉛のように重く感じる。
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