仮想世界オフライン 〜クリア特典で現実でもアバターで生活できるようになりました〜

陽乃優一

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第8章 美奈子と拓也

第37話 クリスマスイブ

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 ある平日の夕方。私も拓也たくやくんも早く帰宅したので、せっかくだからと一緒にスーパーに食材買い出し。何がせっかくだからって? VRゲームにログインせずにってことだよ!

「そろそろクリスマスだねー」
「だなー…」
「どうしたの? 急に憂鬱な顔になって」
美奈子みなこ姉さんや前島まえじまの野郎は成績いいから関係ないだろうけどさ…」
「ああ、冬休み前の定期試験ね」

 普段から予習復習しつつ授業受けてれば、全く問題ないはずなんだけどね。

「というか、姉さんはいつ勉強してんだよ…。『ファラウェイ・ワールド・オンライン』最強の廃人プレイヤーなのに」
「廃人とか言わないで。集中力の問題じゃないかなあ」
「『アバター同期率』のことか? 俺も高いはずなんだけど」
「いくら高くても、有効活用しないと。第一問、『絶対王政』の利点と欠点を述べなさい」
「いきなりなんだよ!? 確かに、こないだ社会科で出てたけどよ」
「ギルドや領地の運営をしてるなら、これくらい理解しやすいはずだよ?」
「あー、学校で学ぶことを、日常生活やゲームで活かしてみろってことか?」
「そんな感じ」
「はー、『ミリアナ・レインフォール』の戦略・戦術がどこか実践的なのは、そういうことか」

 そんな大袈裟なものじゃないけど。せっかく授業で出たんだから、役に立てて楽しんでみようってことだね。

「それにしては、その活用でげっとした金とか名声とかには無頓着というか…」
「お金や人脈は手段であって、目的じゃないよ?」
「いや、そうじゃなくて…ええと、あ、そうだ、『承認欲求』ってやつ? それが美奈子姉さんにはかけらも感じないんだよな。ああ、悪い意味じゃないぞ?」
「んー、確かにそうかも。VRゲームも、結局ソロ中心だしね。というか…」

 くるっ

「私は、拓也くんにだけ認めてもらえれば、それでいいから」
「…えっ?」
「拓也くんが、私を見ていてくれれば、それでいいから」
「…」
「他は、要らないから」
「そ、そうか…」
「…イヤ?」
「…まさか」
「…んふふふ、ありがとう」

 ありがとう、拓也くん。

「よし! それじゃあ、楽しい年末年始を過ごすためにも、拓也くんの勉強を見てあげるよ!」
「えっ…。いやあの、もうそんなに日数は…」
「だから、特訓だよ?」
「えっ」
「特訓だから」
「その…」
「特訓」
「…はい」

 よーし、がんばるぞー!



「姉さんとの生活が辛い件について」
「試験が終わった途端にノロケか。聞いてやるぞ」
「どうした、お姉さんの風呂上がり姿が辛いか?」
「いや、それは小学生の時にクリアした」
「真面目に返されちまったよ」
「じゃあ、朝の寝起き姿が辛いか」
「姉さんは俺より早起きでな…」
「じゃあ、部屋のお宝でも見られたか?」
「お宝? なんだそれ」
「おい、こいつにお宝なんて必要ないだろ」
「ああそうか。お姉さんがいるもんな」
「よくわからんが、そういうことじゃないんだ」
「他に思いつかないが…まあいいや、言ってみろ」
「姉さんがさ、俺しか眼中にないとか言うんだ」
「よし、解散」
「だな」
「なんでだよ! 聞いてくれるんじゃねえのか!」
「だってよー、それのどこが辛いんだ?」
「そこまで惚れられて何が不満だっていうか」
「いや、だって、俺達、一応、姉弟だし…」
「だからなんだよ? イヤじゃないんだろ?」
「仲良くする分には、姉弟だろうがなんだろうが」
「…そういうものか?」
「あのお姉さんに限ってはってのが前提だけどな」
「だな。俺の従姉妹、顔はいいけど性格ブスでよ」
「俺も、近所のお姉さんには弱み握られちまって」
「そういう、ものなのか…。って、弱み?」
「だからまあ、心置きなくイチャつけ」
「つーか、イチャつけ。これは命令だ」
「そーね、思う存分イチャイチャしてほしいわ」
「並木までそれかよ!?」
「それが、美奈子さんにとっての幸せなの!」
「だよなあ。会うたびにそう見えるぞ」
「俺達じゃあ、ああはならない。前島さんもな」
「えっと…それってつまり、俺はどうでもいい?」
「「「うん」」」
「断言されちまったよ、おい」



 拓也くんから、なんとか補習やら追試やらを免れたと聞いてほっとする。でも、学んだことを活かせないうちはまだまだだよね。

「だよね?」
「いや、もう勘弁して下さい。そ、それよりも…」
「なに?」
「クリスマスイブ、い、一緒に過ごさないか!?」
「毎年一緒に過ごしてるじゃない。お父さんとお母さんは今年も仕事らしいし、『ファラウェイ・ワールド・オンライン』のクリスマスイベントは混雑し過ぎでいつも避けてるし」
「いやまあ、そうなんだけど、あらためて言いたかったというか…」
「今年はケーキも手作りするよ。拓也くんも手伝って!」
「おう!」

 実は既に、ケーキ作りのための調理クッキングスキルが極まってきていて、もうどうしようってくらいなんだよね。甘過ぎず、ベタつかず、ふわふわで…うふふふ。



「今年もミナに振られた件」
「それ以前の状況だと思うけど?」
「だよね。ていうか、去年よりも悪化してるし」
「弟くんのひとり勝ちだよね。あーあ、羨ましい」
「どこで差がついたんだろね、ウチのギルマスと」
「最初からじゃない? 生まれた時から」
「言い得て妙。勝負になってなかった」
「優希様にあるのは、イケメンと優しさだけ」
「あれ? もしかして褒められてる?」
「んなわけないじゃん、このヘタレが」
「ずいぶんはっきり言うね。たまには怒るよ?」
「怒ってみなさいよ、ほれほれ」
「…今年は、ケーキに乗ってるイチゴをあげない」
「きゃー、ギルマスがおこったー。こわーい」
「どうしよう、このイケメン幼なじみ。怖いわ」
「怖すぎてターキーがおいしい。もぐもぐ」
「そうね。あと、このオードブルも。ぱくぱく」
「あ、ちょっと、そのお肉、私のだから!」
「今年も良く食べるね、キミ達。…太るよ?」
「「「それは言っちゃダメ!」」」
「はい」



 カチャカチャ

「ふー、んまかったー」
「そーだねー。ケーキはやっぱり手作りに限るかな」
「いや、それは美奈子姉さんの場合だけかと」
「そう? …ありがと」
「お、おう」

 うん、今のはすぐわかったよ。拓也くんって時々、ものすごくさらっと私のこと褒めてくれるんだよね。これまでにもあったんだろうなあ、よく覚えてないけど。

「お父さんとお母さんの分のケーキもラッピングしてっと。よし、じゃあ、今日はもうお風呂入って寝よっかな」
「ずいぶん早いんだな。俺はやっぱり『ファラウェイ・ワールド・オンライン』のイベントを少しだけ見とこうと思ってるんだけど」
「ギルメンと約束してるの?」
「そういうわけじゃないけど、もしかすっと、特殊イベントで何かドロップしないかなと」
「ああ…」

 拓也くん…ヘラルドのユニーク装備『天空城ミストライブラ』はウェポンとは呼べないところがあるから、城とは別に特別なアイテムがほしいというのはあるようだ。もっとも、他のユーザからすれば贅沢な望みでもある。

「じゃあ、私も付き合うよ。ちょっと…試したいことがあって」
「試したいこと?」
「ああ、試したい…というのとは違うかな? えっと、つまりね、『ミリアナ・レインフォール』として付き合ってみたいかなって」
「…それは、まだ早くねえか?」
「でも、いつ頃がいいかわからないんだよね。だから、今日は特別ってことで」

 なんといっても、クリスマスイブだ。特別な日に、特別な光景があったっていいと思うんだ。

「わかった。あ、でも、とりあえずフードはかぶってくれよ。特に、中央噴水前付近は」
「うん、そうだね。じゃあ、そこ噴水で待ち合わせね」
「おっけー」

 さて、何か起きるかな?
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