上 下
88 / 106
第6章 並木リナ

第28話 ファラウェイ・ワールド・オンライン

しおりを挟む
 ある日、たまたま早く目が覚めたので、霧雨きりさめくんの家に寄って登校しようと思った。別につきあっているとかそういうわけではなく、もしかすると、またお姉さんの美奈子みなこさんに会えるかなと思ったからだ。実際、携帯端末で連絡を取り合うことで、霧雨くんの家に行く前にふたりのクラスメートとも合流して、3人揃って霧雨家に向かったわけなのだが。

拓也たくや、いってらっしゃーい!」
「だあああ、それやめろー!」

 日を追うごとに、美奈子さんのブラコンぶりが酷くなっているのは気のせいではあるまい。最近、霧雨くんをついに『くん』付けで呼ぶようになった。弟の呼び方としてはもちろんアリなのだが、それまで呼び捨てだったのがそれである。霧雨くんとの関係が変化している、とてもわかりやすい証拠である。いいぞもっとやれ、である。

「あれ、お姉さん、学校行かないのか?」
「姉さんの高校、創立記念日で休みだってよ」
「へー、二度寝もせずに、可愛い弟をお見送りか」
「ばっ…! い、いや、弁当作って渡すんだからついでにって」
「で、霧雨くんは、それがとっても嬉しいと」
「…」
「否定も肯定もなしか。正直だな」
「そりゃあなあ。俺だって、あんな姉がいたら…!」
「前にも聞いたが、もしお前が美奈子さんの弟だったら、今日、学校に行けるか?」
「行くわけないだろ! 家でずっと拝んで過ごすぜ!」
「そういうことだ」

 美奈子さんは相変わらずの美少女で、その嫌味のかけらもない立ち居振る舞いで、老若男女に大人気である。まるで、VRゲームで作られた理想のNPCがそのまま現実に現れたかのような容姿と性格であるが、実際には、VRゲームのアバター『コナミ・サキ』や『ミリアナ・レインフォール』の方が『霧雨美奈子きりさめみなこ』という現実を模倣しているという、ある意味凄まじい立ち位置である。

 『ファラウェイ・ワールド・オンライン』でアバターの彼女に会った人が、現実世界で初めて『霧雨美奈子』に会った時の衝撃は筆舌に尽くし難い。
 実際、私がそうだったのである。



 私の名前は並木なみきリナ。家はそれなりにお金持ちで、父は、大手にして老舗のVRMMORPG『ファラウェイ・ワールド・オンライン』の運営会社、フォークロア・コーポレーションの社長である。社長といっても、この会社を十数年前に立ち上げた張本人で、言わば成り上がりである。

 父としては、自分が理想とするVRゲームを立ち上げたかっただけだという。すなわち、『遥かなる世界を共に歩む』。窮屈で単調な繰り返しの日々から解放され、新たな世界で人々と触れ合う、ゲームを越えたゲーム。しかし、現実世界のユーザがアバターとして集まっても、それは現実世界の延長でしかなく、真の意味で解放されない。では、どうするか? 新たな世界の住民、高度なノン・プレイヤー・キャラクターNPC達の創出である。

 父はその理想を実現するため、人工知能を研究している多くの研究者と交流し、新しいVRゲームの構想を熱く語った。しかし、研究者達に例外なく言われたのが、『しょせんはプログラムやデータ』であるということ。自ら知能を創出するという存在を人間は作り出すことができず、結局は人間の知能を模倣するだけ。人間の考えが及ばないことを人間が生み出すことなど、到底できないというわけである。

 真の意味でのNPCの高度化ができないとわかった父は、それでも協力者達と、できるだけのことをやってみた。集合知の活用、再帰的な自己解決、思考パターンの蓄積、そういった、機械でも扱える知的活動の組合せにより、NPCの性格を特徴づける。更に、全てのNPCを統括して定期的になんらかの指示を与えることで、意志をもっているかのように動作させる仕組みも作り上げた。後者は『NPC制御システム』と呼ばれ、NPCを総動員したクエスト生成の役割も担った。ここに、VRゲーム『ファラウェイ・ワールド・オンライン』がようやく誕生したわけである。

 新しく誕生したVRゲームは、NPCの生き生きとした反応と多種多様なクエストで人気を博し、あっという間に膨大なユーザ数を獲得した。とはいえ、『しょせんはプログラムやデータ』。ゲームを越えたゲームとはなり得ず、他のVRゲームよりも自由度の高い優れたゲームでしかなかった。運営会社としては少数精鋭で開発を進めてきたこともあり、それなりの利益が出た。とはいえ、あと数年も経てば類似のVRゲームが次々と誕生し、大資本が関わればあっという間に追い抜かれてしまうだろう。それまでに、新しい要素を取り入れた『第二期』が生み出せるかどうか。それが、『ファラウェイ・ワールド・オンライン』というVRゲームの想定される未来だった。

 そう、思われていた。あの事件が起こるまでは。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

貴方の隣で私は異世界を謳歌する

紅子
ファンタジー
あれ?わたし、こんなに小さかった?ここどこ?わたしは誰? あああああ、どうやらわたしはトラックに跳ねられて異世界に来てしまったみたい。なんて、テンプレ。なんで森の中なのよ。せめて、街の近くに送ってよ!こんな幼女じゃ、すぐ死んじゃうよ。言わんこっちゃない。 わたし、どうなるの? 不定期更新 00:00に更新します。 R15は、念のため。 自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)

転生令嬢は現状を語る。

みなせ
ファンタジー
目が覚めたら悪役令嬢でした。 よくある話だけど、 私の話を聞いてほしい。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

Anotherfantasia~もうひとつの幻想郷

くみたろう
ファンタジー
彼女の名前は東堂翠。 怒りに震えながら、両手に持つ固めの箱を歪ませるくらいに力を入れて歩く翠。 最高の一日が、たった数分で最悪な1日へと変わった。 その要因は手に持つ箱。 ゲーム、Anotherfantasia 体感出来る幻想郷とキャッチフレーズが付いた完全ダイブ型VRゲームが、彼女の幸せを壊したのだ。 「このゲームがなんぼのもんよ!!!」 怒り狂う翠は帰宅後ゲームを睨みつけて、興味なんか無いゲームを険しい表情で起動した。 「どれくらい面白いのか、試してやろうじゃない。」 ゲームを一切やらない翠が、初めての体感出来る幻想郷へと体を委ねた。 それは、翠の想像を上回った。 「これが………ゲーム………?」 現実離れした世界観。 でも、確かに感じるのは現実だった。 初めて続きの翠に、少しづつ増える仲間たち。 楽しさを見出した翠は、気付いたらトップランカーのクランで外せない大事な仲間になっていた。 【Anotherfantasia……今となっては、楽しくないなんて絶対言えないや】 翠は、柔らかく笑うのだった。

家庭菜園物語

コンビニ
ファンタジー
お人好しで動物好きな最上 悠(さいじょう ゆう)は肉親であった祖父が亡くなり、最後の家族であり姉のような存在でもある黒猫の杏(あんず)も静かに息を引き取ろうとする中で、助けたいなら異世界に来てくれないかと、少し残念な神様に提案される。 その転移先で秋田犬の大福を助けたことで、能力を失いそのままスローライフをおくることとなってしまう。 異世界で新しい家族や友人を作り、本人としてはほのぼのと家庭菜園を営んでいるが、小さな畑が世界には大きな影響を与えることになっていく。

魔法のせいだからって許せるわけがない

ユウユウ
ファンタジー
 私は魅了魔法にかけられ、婚約者を裏切って、婚約破棄を宣言してしまった。同じように魔法にかけられても婚約者を強く愛していた者は魔法に抵抗したらしい。  すべてが明るみになり、魅了がとけた私は婚約者に謝罪してやり直そうと懇願したが、彼女はけして私を許さなかった。

やり直し令嬢の備忘録

西藤島 みや
ファンタジー
レイノルズの悪魔、アイリス・マリアンナ・レイノルズは、皇太子クロードの婚約者レミを拐かし、暴漢に襲わせた罪で塔に幽閉され、呪詛を吐いて死んだ……しかし、その呪詛が余りに強かったのか、10年前へと再び蘇ってしまう。 これを好機に、今度こそレミを追い落とそうと誓うアイリスだが、前とはずいぶん違ってしまい…… 王道悪役令嬢もの、どこかで見たようなテンプレ展開です。ちょこちょこ過去アイリスの残酷描写があります。 また、外伝は、ざまあされたレミ嬢視点となりますので、お好みにならないかたは、ご注意のほど、お願いします。

処理中です...