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第5章 ユリシーズ・フォークロア

第37話 食堂再び

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 仮想世界のオフライン化。結論を書くと、あっさりできてしまった。

 長期メンテナンスと称して深夜01:00-04:00の間、『ファラウェイ・ワールド・オンライン』の全機能をネットから外した。『天空城ミストライブラ』を現界させたまま。
 その結果は、最初からそこにあったかのように、フォークロア・コーポレーションの上空に浮いたままだった。城の中のNPC達もである。メンテナンス作業の疲労と併せて、技術スタッフの興奮は頂点に達した。気絶した人もいたらしい。

 ただし、ログインしなくても現界できていた前島さんの『聖盾アイスフィールド』は、メンテナンス中は現界できなかった。メンテナンス明けの翌日の学校で、前島さんが目をこすりながら教えてくれた。徹夜とかができないタイプらしい。

「考えてみたら、当たり前だよね。『現界』させる大元がないのだから」
「ミリアナ自身も、現界するためにはログインしていなければならない…って言ってたしね」
「あれ、じゃあ、ミリアナや他のアバターが『現界』している間にオフラインにしたら」
「前島さん、それは、言っちゃダメ」
「…試そうとすること自体、危険だよね…うん」

 もしそれまでできてしまったら、話がおかしくなる。
 実際のところ、アバターが現界している間は、現実世界の本体が眠っている。その時、仮想世界システムをオフラインにして本体とアバターが切り離されても、本体が眠り続けてアバターが『現界』したままだとしたら…その人の思考や意志はあるのだろう? そして、再度オンラインにして、保証はあるのだろうか? かなり、恐ろしい話である。

「だから、ユリシーズさんも提案しないんだろうね。はー、ちょっと頭がこんがらがってきちゃった」
「あの人の普段からの言い分からすれば、あまり深く考える必要はないのかもしれないけど。『神の領域だから仕組みも何もない』ってことで」
「どうなるかは、神のみぞ知るってことかあ…」

 神、か。ワールドメッセージに現れる『言葉』の数々も、未だどこから来るのかさえわからない。この一連の『現界』現象に、誰か人間の黒幕がいるとも限らないのだけれど、状況証拠から固めていくと、それは他ならぬ『私』になるんだよね。私は二重人格者でもなければ、神の如き存在でもないよ? 今のところは。

「そういえば、未だユリシーズさんの本名、教えてもらってないよね」
「そうなのよねえ。諜報活動が忙しいと言えるほど深刻じゃないと思うんだけれども」

 つまり、ユリシーズさんの本名がゲーム内や現実世界でバレたところで、特に困るようなことはなくなっているはずなのだ。それだけ、ゲーム内での諜報活動の必要性は低くなってきている。知る人ぞ知る状態のままであり続ける『ミリアナ・レインフォール』が、あまりの単独行動ゆえに、そろそろ詐欺のネタとして使えなくなっているという話もあるようだ。

「…ミナは、ユリシーズさんの本名、どうしても知りたい?」
「そうでもないけど……なぜ?」
「ああいや、ユリシーズさんとミナって、現実世界で会うと仲良さそうだから…さ」
「そんなこと、ないと思うけど…」

 私とユリシーズさんが、仲良く見える? そうなの? うーん。

「どちらかというと、ミリアナの方が仲がいいと思うよ、ユリシーズさんって」

 どちらにしても私なのだが、意味合いは大きく異なる。

 ちなみに、現界したミリアナが『緊急クエスト』と称して現実世界のあちこちで活動していることは、既に前島さんにも伝えた。拓也が大きく関わるようになって、前島さんだけに秘密にする必要がなくなったからというのがある。この際大きく抱き込んで、意外とうっかりさんな前島さんの『聖盾アイスフィールド』の現界絡みの現象をいち早く把握しておきたいという話もある。

「運営として、以前から気にかけてきたからってだけじゃないかな?」
「え、それは、私とユリシーズさんも同じだよね?」
「うーん…なんかちょっと、いや、かなり違う気がするよ。少なくとも、ボクと拓也くんはそう思ってるから」

 …? よく、わからない。そこで拓也の名前が出てくることも含めて。

「まあ、今はまだ大丈夫だけど…じゃあ、ボクはこれで」
「う、うん、また後で」

 とたとたとた

 うーん、なんか、前島さんに逃げられた気分。拓也もそうだけど、何か含みを感じる話し方は落ち着かない。はあ。

 ところで、今まで前島さんとどこで話していたかというと、学校の食堂である。うん、またなんだ、すまない。一度きりだと思っていたんだけどなあ。

 たったったっ

「霧雨さん! 今、優希様とどんなこと話してたの!?」
「やっぱり、VRゲームのこと? それとも、この間お出かけした時のこと?」
「ねえねえ、優希様って、どんな色が好きなのかな? 黒? 銀色? それとも…ピンクとか!」

 事実上の前島さんファンクラブの会員であらせられるところの、前島さん…ユーマ・アイスフィールド率いるギルド『新緑の騎士団』に所属するギルメンの中の人達。ギルメンは他にもいるけど、特にこの3人がいろいろ残念だ。前島さんの色の趣味を聞いてどうするの。

「えっと、ごめん。今日はもう教室に行かないと、また前島さんが心配するから…」

 今回は聞かれただけで疲れてしまったから、前島さんをダシに逃亡を図る。これなら、彼女らも…

「…え、霧雨さん、優希様にそんなに気を遣ってるの?」
「別にいいじゃない、少しくらい遅れたって」
「それとも…私達にあれこれ聞かれるの、嫌?」

 あれえ? なんか、逆効果っぽい反応。前島さんに嫌われないようにって、諦めてくれると思ったのに。

「じゃ、じゃあさ、教室に戻るまでの、歩きながらでいいから!」
「そうそう! 私達、隣のクラスだし! ギリギリまで話せるよ!」
「うん、そうしよ! ほら、そうと決まったら、お弁当箱片づけて…」

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

 うえ!? なんか、背後から物凄く真っ黒な気配が!?

「キミたち…なんというか、必死だね?」
「「「「ひいっ…!」」」」
「ああっ、ミナのことじゃないよ!? ごめん、驚かせちゃった?」

 驚く以前に、恐怖を感じたんですけど!? なに? なんなの???

「うん、最初から一緒に教室に戻れば良かったんだよね。さ、いこ」
「え、でも…」
「いいからいいから」

 前島さんに肩を抱き寄せられて、ソツなく教室にエスコートされていく私。紳士的な態度はいいと思うけど、取り残された三人娘がちょっとかわいそうな…。少し邪険にした私が言えることではないかな、うん。
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