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3 続・ローズマリーと僕

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 結局次の日もそのまた次の日も、師長からは出勤の許可が下りなかった。
「いや、そう言われても——魔力供給装置は上手く動いていますか」
 魔石を特別な炉に入れて魔力を発生させ、各家庭に送る魔力供給装置は昔からあったけれど、僕がより高効率のものへと改良した。しかし、改良した炉を動かすために流す魔力の相性が悪いと炉がすぐ不調になる。僕が作ったものだから僕の魔力が一番相性が良いのだが、僕が知っている限りでの相性が良い魔術師は、みんな地方に出払っているはずだ。
『私はお前の師匠だぞ』
「確かにそうですけど」
 師長ならちょっとの不具合なら何とでもしてしまうだろうけれど、多分その力業の後始末はまた僕になるのだと考えるとちょっと気が重い。でも師長曰く、まだまだ魔力は不安定だと言う。でも、ローズマリーに出会ってしまったからには、ほかの女なんて――
『ほーら―まーたー!』
「えー!」
 そんなに、そんなにわかってしまうのか。さすがに少し恥ずかしくなってくる。
『まあでも、明日は午前中、そうだなあ……11時ごろにちょっと呼びつけるかもしれんから、そうしたら転移してこられるようにしておきなさい』
「わかりました」
 ここしばらく考えていたローズマリー攻略法は、なんとか仕事に戻って、仕事の方での評判を上げて、かつアトウッド書店に通い続けることくらいしか思いつかなかったのだ。仕事に戻ることができるのはいいことだ。
 ちなみに不安定な魔力は、彼女のことを想いながら自分の右手でなんとか頑張ってみた。
『あんまりいい加減な恰好で来るんじゃないよ』
「はあ」
 良くわからないが、まあ仕事でわざわざ時間を決めて呼びつけるかもということなら、だれかと会わなければいけないということなんだろう。準備はしておくことにした。

 まさか、王と師長がローズマリーとご両親を呼び出して、僕と結婚するように説得していたなんて知らなかった。
 その時はどんな説得をしたのかわかっていなかったけれど、ローズマリーが僕との結婚を受け入れてくれたということを師長から聞いて、もう舞い上がってしまった。
 嬉し泣きをしたのは初めてだった。彼女の足元に跪いて、顔があげられなかった。あんなにも顔を見たいと思っていた相手なのに。顔も見られないくらい泣いてしまった。

 その後、国王陛下と師長がどんな話をしたかというのをローズマリーの両親から聞いて、僕はまた倒れるかと思った。二人は、なんてことをしてくれたんだ。
 確かに、彼女がいないと魔力を安定させるのに時間がかかるようになってしまった。そうなると確かに、仕事に支障が出る。そうしたら確かに、自分の仕事的には一番支障が出るのは魔力供給装置だ。確かに、国民の生活に支障は出る。だが、それを彼女に言うのは違うだろう。
 ローズマリーの両親には説明をしたらとりあえずはわかってもらえた。と思う。思いたい。どのくらい信じてもらえているかはわからないが…。

 その後はローズマリーと、それなりにはいい関係を築けてきたと思っている。「お付き合い」をさせてもらえることになってから少しずつ距離を縮めていった。けれどもどうしても、ローズマリーに対しての悋気だけは押さえられなかった。自分でもどうかしていると思った。ほんとに、ローズマリーのことに関してだけは僕はおかしくなる。色んな意味でおかしくなる。
彼女が知らない男と親しげにしゃべっていたら、その男を屋根の上に転移させてしまった。面差しが似ていたので兄弟かとも思っていたにもかかわらず、ついやってしまった。
 また、彼女が男のような短髪の友人と楽しそうに腕を組んでいたのを見たときもやらかしてしまった。その友人とは挨拶をしたことがあって知らない顔ではなかったのだが、それでも「あれが男だったらどうしよう」と思った瞬間に、彼女の髪を腰までの長さに伸ばしてしまった。自分でも「そんなことできるんだ、へえ」と思うくらいだった。やはりローズマリーには怒られたが、友人の女性は笑ってくれていたのでなんとか助かった。その後、その魔術を薄毛で悩む男性に使えないかと研究してみたが、毛根が弱りすぎているとダメらしい。とはいえこの魔法については、自分の毛根が弱りすぎる前にはまた試してみようと思った……いや、まあ髪の話はおいておこう。
 結局、自分はローズマリーを「守る」魔術をかけてしまった。それは積極的に守るものではない。命の危険が怒ったときには自分のところに彼女を転移させるように。そしてもう一つは通信魔法をちょっとアレンジしたもの——彼女が何をしているか、自分で探れるようにしたものだ。彼女は魔術は使えないので、自分が彼女の様子をうかがえるような魔術なのだけれども。自分がローズマリーに会いたいなという時には彼女の様子を見られる、もしくは声だけでも聞くことができるような術なのだ。ちょっと執着しすぎなのはわかっていたけれども止められなかった。
 でもこの術のおかげで自分の精神はかなり安定をして、この魔術をかけて以降はあまりおかしいことはしないで済むようになった。

 そうこうしているうちに自分も落ち着き、彼女も僕に心を開いてくれるようになり――なんとか3年がたち、彼女に求婚をしたら今度は普通に受けてくれた。今度は彼女の両親も反対はしなかった。天国にも上る気持ちというのはこのことだろうと思うくらい幸せだった。唇にするキスも拒まれなくなった。キスをするたび口には出せないような妄想をしてしまう。彼女にバレたら今度こそ嫌われるかもしれないとちょっと心配だ。
 結婚の準備を進め、その日まで1週間を切ったころに、ローズマリーは結婚前最後に友人たちとヘン・パーティを開くという。確かに僕も結婚式の前にスタッグナイトの予定を入れられている。それと同じようなものだ。それはわかっているのだが。
「独身最後に、友人たちと楽しんでこようと思います」
「そうだね、楽しんできてよ」
 この話をしていた時に、僕にはなかなか見せてくれない笑顔が見えたのだ。ちょっと悔しかった。
 そして、ローズマリーは僕のスタッグ・ナイトのことは心配してくれない。僕たちが娼婦たちを呼んで乱痴気騒ぎをしたらどうするつもりなんだろう。いや、しない。しないんだが、世の中にはそういうバカなことをやらかす男もいないわけではないのだ。
 ああ、きっと僕は信頼されているんだろう。だけれども。
 もし、ローズマリーたちのヘン・パーティが、男娼を呼んで乱痴気騒ぎなんてことになっていたらどうしよう。いや、彼女の友人たちはそういうことを計画しそうな人はいないはずだが。独身最後の思い出に、とか何か考えてしまうようなことがあったらどうしよう。ヘン・パーティで女だけで楽しんでいるローズマリーに、誰か男が手を出して来たらどうしよう。だってローズマリーは綺麗だから。そしてローズマリーが、結婚する前に思い出作りとかいってその男に……とかあったらどうしよう。
 家で一人でそんな気持ち悪い妄想をしていたら、「そうだ、彼女が男の前で下着を脱げない状態にしてしまえばいいんだ」と気が付いた。
 そうだ、生やしてしまえばいいんだ。貞操帯のようなものだ。あれみたいに不衛生ではない……はずだ。だって男についているものを女につける、というか女にもあるものを大きくするのだから。
 そして、結婚式前には僕が解除すればいい。バッチリだ。
 彼女に魔術をかけてから、心安らかに眠りについた。

 その翌朝、魔術で遠方から彼女の様子を確認してみたら僕の企みは無事に成功していたらしい。彼女もさほど慌てていないようで一安心だ。きっと、僕がやったことだとわかっているんだろう。っていうか、こんなことは僕しかできないことだと思う。
 そして今日、ローズマリーのヘン・パーティの日に彼女の気配を感じたくて、一方通行の通信魔法を発動させた。そうしたら彼女は会場だと言っていたティールームに向かう途中で塔に寄り道していた。
 ああ、あそこからの景色は素晴らしいものな…と思っていたら、彼女は塔の屋上の、壁に向かってふらふらと歩きだした。どこを見ているのだろう。
 これは、ひょっとして。飛ぼうとしているんだろうか。飛び降りようとしてはいないか。
 慌てて僕は、彼女を自分の元に呼び寄せた。彼女が飛んでしまっても僕のところに転移させられるようにはなっているけれども、万が一にも発動が遅れたら僕にもどうにもできない。
 僕にとって一番大事なものは彼女なのだ。
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