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紫陽花の魔女と隊長さん
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6月。
王都から人間の足で3日ほどのところにある深い森の中。王都から派遣された、私を含めて15人の魔物の討伐部隊が無事に討伐任務を終わらせ、翌朝また王都に戻るために野営をしていた。無事に討伐を終えたということで、焚火を囲んで宴のようになっている。
部隊の面々はそれぞれ気が合う者たちと集まって何やらわいわいと話をしている。
寝酒にするため、体を温めるため、怪我の消毒をするためなど各々の理由で酒も遠征の荷物に含めるものたちが多いが、大声では言わないけれど討伐が終わった後の宴のためということもあるだろう。
それはそうだ、人数をかけて魔物を討伐に行くのだ。みんなで生き延びたら祝いたい。人生万歳だ。
私もそんなみんなを眺めながら、ちびちびとシュナップスをなめる。
私は紫陽花の魔女ことアナスタシア。瞳の色が水色で、まるで紫陽花のようだということでそう名づけられた。でも、その理由を知る人はあまりいない。なぜなら私は自分の容姿が苦手だから、人に見せたくないのだ。私は常に口元以外を隠す仮面をつけて、夏でも体を隠す長いローブを身に着けている。
この国の美女の基準は、折れそうに細くて、色白で、金髪碧眼であることだ。髪がゆるくウェーブがかかっていたらなお好ましい。私はものすごく太っているわけではないけれどその辺の男性と同じくらい大柄で、骨太で、肌は浅黒い。瞳は青いが、髪は黒い。胸も、尻も肉づきがいい。どうも、南方の血が入っているらしい。魔女として独り立ちする前、あんなに髪の色が黒いのに目の色は水色で、吸い込まれそうで気持ち悪いと言われたこともある。乳牛みたいだと陰で言われていたこともあって、その時はちょっと涙が出そうになった。今でもたまに思い出して、ふっと胸が痛くなる。
師匠は私の胸や尻を羨ましいと言ってくれたけれど、私は師匠のようにほっそりとした、金髪の清楚な美女が羨ましかった。ないものねだりね、と師匠と笑いあったのはいい思い出だ。
今、みんなで囲んでいる焚火の色が、師匠の金の髪を思い出させる。師匠は5年ほど前、運命の男を見つけたと言って、その男を追いかけて隣の国へ行ってしまった。私は師匠の担当地域というか、縄張りというか――をそのまま引き継いで、今に至る。
私がぼんやりしながらシュナップスをなめていたところで、隣に誰かが来てくれた。私はしばらく荷馬車の御者のローランドさんと話をしていたが、ローランドさんは明日が早いからともう寝床に向かってしまったのだ。一人でいるのが可哀想だと思って声をかけに来てくれたのだろう。ありがたいことだと思いながらそちらを見てみたら、この討伐部隊のティレン・クレスニク隊長が来てくれていた。
「クレスニク隊長」
「今回も、あなたのおかげでだいぶ助かったよ。ありがとう」
「と、とんでもない。これが仕事ですので」
クレスニク隊長が、私が飲んでいるシュナップスの杯に向かって、酒瓶を掲げる。
「山ぶどうの酒だけれど、どうだい。甘いのは好き?」
「す、好きです」
甘い山ぶどうの酒が好き、というだけなのに、ドキドキする。
「……ど、どうしよう」
私の杯に残っているシュナップスはほんの1口ほどだ。兵士のみんなならためらわずくいっと空けてしまうだろう。しかし私はあまりシュナップスが得意ではないので、勇気が出ない。
「シュナップス?俺がもらおうか」
「あ、あ、あの」
隊長は私の手から杯を取ろうとする。私が飲み切れない分を飲んでくれようとしているのだ。
「自分で飲めるかい?」
「うう……」
自分で飲むのはちょっと無理だ。でも、隊長に飲んでもらうのはなんか恥ずかしい。
「じゃあやっぱり俺がもらう」
隊長の手が私の手を優しく包んだら、私の指から力が抜けた。クレスニク隊長は、その涼しげな目元で優しく微笑んでくれた。
「あ、ありがとうございます」
「俺はこれ好きだから」
「そ、そうですか……」
隊長が「好き」といった言葉を、変に意識してしまう。隊長は、シュナップスが好きだと言ったのだ。他意はない。だけどドキドキしてしまう。もし、私のことを好きって言ってもらえたらなんて妄想してしまう。……ちょっとシュナップスが回ってきているのかもしれない。
「ん、じゃあ山ぶどう」
「ありがとうございます」
隊長が空にした杯に、山ぶどうのお酒を注いで、私に戻してくれる。葡萄の甘い香りを吸い込んだら幸せになった。この山ぶどうの酒もそんなに弱いものではないけれど、甘いから好きなのだ。思わず私は口元が緩んでしまったのだけれど、隊長がまた微笑んでいるのを見て気恥ずかしくなって、口元が引き締まる。
「大事にいただきます」
「大事にって!酒だよ!?」
クレスニク隊長が面白がってくれたのでまあいいや、と私は山ぶどうのお酒に口をつける。
隊長には言わないので、心の中でかみしめる。
大事ですよ。好きな人に注いでもらったお酒ですもの。
だって昔から、隊長は私の憧れの人だから。
隊長にお酌をしてもらうという名誉に預かりながら、私も隊長の杯に山ぶどうのお酒を返杯する。濃い紫色の液体が、甘い香りを振りまく。シュナップスのようなつんとした酒精の香りが少し苦手なので、こういうお酒を少しずつ飲むのが大好きだ。
「隊長は甘いお酒も大丈夫なんですか」
「飲めるよ」
「そうなんですね」
隊長はごく、とのどを鳴らして山ぶどうのお酒を飲む。私はあんなに勢い良くは飲めないので、隊長はお酒が強いんだなあと感心する。
「なあ紫陽花の魔女」
「なんですか」
隊長が話しかけてくれる。嬉しい。そう思いながら私は仮面の下で微笑む。
「君はまだ本物の魔女じゃなかったりしないか?」
私は、口をぽかんと開けてしまった。
「な、なななななななにを言い出すんですか、クレスニク隊長」
酔いも飛んでしまったような気がする。
そうだ、図星なのだ。私は27歳にもなる魔女だが、処女だ。
この国では、魔女になるのも基本的には徒弟制度のようなものだ。先輩魔女が自分の担当している地区にいる子供――大体は私のように孤児――の中から、これはものになりそうだという幼女を選んで、魔女として育てる。ただ途中で選ばれた子供の意思で他のことをやりたくなったりして修業を止めたりだとか、逃げ出したりだとか、まあ何やかやがあって、なかなかものになる子はいないという。しかし私は師匠との相性も良く、自分の気質も魔女として薬を作ったり、魔術を研究したりすることが好きだし、わりと向いていたようだった。
そして、魔女としての修業の最後の仕上げが、18歳になったら男と交わって体中の魔力の通りを良くすることなのだ。孤児の場合は正確な誕生日がわからない子供も多いけれども、誕生日がわからなかったら、18歳を過ぎていればまあ大丈夫らしい。そして、その日は満月の夜だとなおよいという話だ。
仕上げが終わったら――男の精を体内に受けたら、体内の魔力量がぐんと増える。最低でも倍、五倍以上に増えたという例もなくはない。
ただ私は、男と交わる前からどういうわけかその「体内の魔力量が五倍以上に増えた」という魔女よりも体内の魔力量が多かった。私より魔力量が多い魔女は、というよりも男性の魔術師を含めてもそう多くはないらしい。そして、そもそも「本物の魔女」になっている師匠の倍も魔力量があったのだ。そのため「あなたが嫌ならまあ、その気になるまでやらなくていいんじゃない?」と言ってくれた師匠、金木犀の魔女に甘え、処女のまま魔女として今まで仕事をしてきているのだ。
私が処女のまま来てしまっているのは、男性に対して理想が高いというわけではない――と思いたい。私のようなタイプはあまり人気がないのだ。そうでなければ、乳牛みたいだなんて言われやしないだろう。
「これだけ魔力があるのに、本物の魔女じゃないなんてわけないじゃないですか!」
私は、まだ声が裏返っている。別に処女だっていいじゃない!と言いたいけれども、どことなく、言いづらい。
「確かに君の魔力は並みはずれて多いけれど、それにしては男慣れしていないから」
「そ、そうですかねえ」
少し、隊長が私に近寄ってきた気がする。隊長の薄い色の目が、私の目を射抜く。仮面をつけていても、隊長には私の目が見えているかのようだ。
「その時の一回だけしかしていないんじゃないですかぁ?」
隊長の従僕のトニが口を出してくる。トニはまだ二十歳そこそこの小僧の割に、言うことがなんだかおっさんくさい。彼は隊長の隣からつまみになるものと、追加の酒瓶を差し入れて、隊長に向かって得意げな笑みを浮かべて去って行った。
「……魔女だからと言って常に男が必要なわけではないので」
私は唇を尖らせた。
そう。魔力は使うと減る。減った分は食事をしたり、休息したり、魔力を使わずに暮らしていれば自然に魔力はまた溜まる。しかし急いで補充したいときには薬を飲んだり、また男と交わって精液を体内に受けることによって急速に補充することもできる。私にはそういう行為は必要ない、だってもともと、他の魔女の倍以上も魔力量があるのだから、空になることがまずない。
それとも、実はまだ私は本当の魔女じゃないので、あなたが手伝ってくれますかと言うなら、今だろうか。
隊長がまた、私にお酒を注いでくれる。その時にお互いの指が触れる。隊長の指が熱い。
今だ、と私が口を開こうとしたその瞬間だった。
「いずれにせよ君の力はずば抜けているよ。助かった」
「……そう言っていただけたら魔女冥利につきます」
そう言われてしまったら、もっと私の魔力量を多くして、なーんて言えない。
私はまたちびちびと山ぶどうのお酒を飲む。
今日のお酒の味はきっと、一生忘れない。
翌日も、その翌日も魔物の討伐部隊のみんなで移動した。帰り道は特に問題もなく、明日の午後には無事に王都に戻れそうだったところで、想定外も想定外のオークの群れが現れた。しかも上位種、オークジェネラルが率いる、50頭を超すオークの群れだった。男14人の兵士の中で女は一人。狙われるのは間違いなく私だ。
私なら、避妊の魔法を自分にかけておけばまあ、体は傷つくけれど――処女ではなくなるけれど、まあ処女でなくなるなら魔力は増えるし――ここでみんなの囮になってもいいかなと考えてその作戦をクレスニク隊長に提案した。こんなことならもっと勇気を出して、おとといの晩に隊長を誘っておけば良かったとは思う。だけど、もう遅い。私もまあ怪我はするだろうがそれでみんながやりやすくなるならそれでいいじゃないかと思ったことなのだけれど、隊長は顔をこわばらせて、その作戦を却下した。
とても優しい人なんだなあ、と私はさらに隊長のことが好きになった。でも、それで部隊のみんなの危険が増すことは私の本意ではない。18になったころの私が引っ込み思案だったから、そしてそういう機会が巡ってこなかったから今でも処女なだけで――とはいえ、その機会をなるべく避けようとしていたことは否定できない――別に処女を好きな人に捧げるために守り通してきたものでもないし、どうせならこの機会に片づけてしまいたい。
ただ、そんな隊長と私を見て、何を思ったのか周囲の人たちがやたらやる気を出してくれた。結果的には、私を囮にはするけれども、私が犯されている間に気が逸れているオークたちと戦うのではなくて、私を狙ってくる、やる気満々のオークたちを殲滅するという大変な作戦を立ててしまった。
「君の魔力量をあてにしてるよ」
みんなが口々に言う。確かに、私の魔力はかなり使うことになりそうだ。魔力回復ポーションはもちろん持ってはいるけれど、今までそんなの飲んだことがないから実戦でどのくらい回復してくれるかがわからない。できれば、自前の魔力だけのうちに片をつけてほしい。でもそれは私の都合だからそんなことは言えない。私は黒いローブの中でぐっと手を握る。
一番悲壮感がある顔をしているのはクレスニク隊長だ。予定外の戦闘だもの。しかも、もともとの魔物討伐は30匹ほどのゴブリンの集落を今のうちにつぶしておこう、というものだったのだから、今回の戦闘の方が荷が重い。
「隊長、みなさん、お気をつけて。私も全力を尽くしますから」
「ああ、紫陽花の魔女」
隊長は薄茶とも青ともつかない、微妙な色の美しい瞳を揺らして微笑んでくれる。
「必ず君を守るから」
「私より、皆さんですよ」
トニが「まだそんなこと言ってる」とつぶやいたので私はくすりと笑う。
「ほんとに、紫陽花の魔女が一番大事だからね。さて、行くぞ!」
「おう!」
私はみんなを助けるためにここにいるんだけれども、本当に守られるだけのお姫様のような人たちは、彼女たちなりに大変なんだろうなあと胃が痛くなるようだった。
私――女を主に狙うオークと戦い、みんなが怪我をするそばから、私は彼らを治癒していく。手が空いたら防御魔法だとか、攻撃魔法も使おうと思ってはいたがそれも最初のうちだけ。結局は治癒魔法をみんなに施しつづけているうちに、みんながオークの群れを全滅させてくれた。自前の魔力が尽きる、ぎりぎりのところだった。正直なところ、こんなに魔力を使ったのは修行時代以来だったのでくらくらする。
ここでオークジェネラルが率いるオークの群れを止めることができて幸いだ。もう少し先には普通の農村があった。そこがオークの群れに襲われたら、今回の討伐部隊の人数だけでは到底どうにもできなくなる。
「皆さん、ありがとうございました……」
「紫陽花の魔女、あなたが治癒魔法を施し続けてくれたおかげだ。こちらこそ、ありがとう」
「とんでもない……」
クレスニク隊長が手を差し伸べてくれたところで、私の魔力が尽きてしまったらしい。そうだ、そういえば仮面が外れないように、そして付けたままでも前が見えるようにしたままだったのだ。いつもなら発動させ続けていてもなんともない魔法だったのに、このギリギリのところまできたら、それが私に最後のとどめを刺してしまったのだ。考えなしの自分が情けない。
私は隊長の前で膝を折り、床に突っ伏してしまった。
「紫陽花の魔女!」
隊長が慌てて体を起こしてくれた。その時に魔力が通っていなかった仮面が外れてしまった。
「もうしわけ、ありません……」
クレスニク隊長、お見苦しいところをお見せして申し訳ありません――と言いたかったけれど、うまく言えなかった。血の気が引いて、目の前が、暗くなる――。
気がついたら、もうどこかで野営をしているようだった。私は誰かのテントの中で目が覚めた。外ではみんなが食事をしているような気配がする。
自分の仮面が目の上に、そして魔女のローブが体の上にかけてもらってある。軽く指先を動かしてみたら、体も動く。そして、もう体内に魔力は十分巡っている。これなら一晩寝れば翌朝にはもう大丈夫とまた仮面をつけて、ローブをまとってテントから顔を出す。
「クレスニク隊長!紫陽花の魔女が起きていらっしゃいましたよ!」
そう声を上げるトニに応えるように、わあ、と火を囲んでいるみんなが沸き立ってくれた。
「目が覚めて良かった」
「あなたのおかげで助かりましたよ」
「いえ、私こそ、皆さんのおかげで――」
そう。みんなのおかげで、まだ処女なのだ。
乙女としてはありがたいことなのだろうけれど、やはり魔女としてはあまり良いことではないのかもしれない。例えば今回も、私が既に本物の魔女になっていたならば治癒魔法以外にもできることはきっとまだあったのだ。
「ご迷惑おかけして、申し訳ありません……」
私は深々と頭を下げる。みんなが五体満足でいるけれど、それは治癒魔法を施せる私がいる限り、当たり前のことなのだ。
「なにも迷惑なんてかけられていないよ。魔物討伐が俺たちの仕事なのだから」
クレスニク隊長は私を手招きして、彼の左側に私を座らせてくれる。
「クネーデルのスープだ」
「ありがとうございます。――温まりますね」
隊長が自らスープを注いで、私に渡してくれた。隊長とはお互いの肩が触れる距離に座らされて、どことなく居心地が悪い。少し離れると、隊長はまたこっちに寄ってくる。
「紫陽花の魔女、そこ動かないでくださいよ。俺達まで動かないといけなくなるんですから」
私の左側にいる副隊長のパウル様も肉の串を持ったまま、私との距離を保ちながら少しずつ左に動いていた。この肉の串は、きっと今日のオークだろう。
「え?……申し訳ありません」
「気にしないでください、隊長が悪いだけですからね」
パウル様は彼の左にいる、弓使いのハンネスさんにがばっと抱き着く。ハンネスさんはスープがこぼれないようにするのが大変そうだ。パウル様もハンネスさんも、みんなで大笑いしているのでもう酒が回っているのだろうか。
「今日も、酒を飲んでも平気ですか」
「……ええ、少しなら」
今日も、みんなでオークの群れを討伐したお祝いだ。討伐して、みんなが元気で揃っている、そのお祝い。
私が体を張っていればみんなはもうちょっと怪我をしないで済んだかもしれないけれど、私がオークに犯されている姿を見ていたら、こんな雰囲気にはならないかもしれない。顔見知りがセックスしている姿を見るとか、考えるだけでもなんとなく気まずいものね。そう考えると、私がみんなに守ってもらう形で戦ったのも、悪いことではなかったのかもしれない。結果論ではあるが、戦いが終わるまでみんなに治癒魔法をかけ続けることもできたし。
今のところは、悪くなかったのだ。きっと。
そう思いながらクネーデルのスープを口に運び、そのあとはまた隊長に山ぶどうのお酒を注いでもらう。御者のローランドさんも来てくれて良かった良かったと言ってくれたが、隊長に追い払われていた。
みんなに私のことを尊重してもらっているということが、とてもとてもありがたかった。
クレスニク隊長の部隊と仕事をするようになったきっかけは、もともと私の師匠の金木犀の魔女がこの部隊の治癒担当をしていたから、それを引き継いだ形になる。師匠の弟子でいた間はこの仮面も、全身を隠すローブも使っていなかったから、顔見知りでいたクレスニク隊長――初めのうちはまだ隊長ではなかったけれど――には仮面のことをやたらと心配された。
「まさか、顔にけがしたとか……?」
「いえ、そういうことではないですよ」
水色の瞳を気持ち悪いと言われたからです、とはさすがに言えなかった。
「君の――いや、紫陽花の魔女の瞳は綺麗だったから、見られなくなるのは寂しいな」
そう言ってくれた男性はあなただけでした。クレスニク隊長。
お酒を飲んで、好きな男性の隣にいて、ちょっと感傷的になっていたかもしれない。
夕食を兼ねた宴を終えることにした時に、片づけをしてから自分が出てきたテントに戻ろうとしてふと気が付いた。あれは自分のテントではなかったのだ。
もう自分のテントに向かおうとしていたローランドさんに慌てて声をかける。
「ローランドさん、私のテントを下ろさせてください」
ローランドさんは首を傾げる。
「いや、今夜はそこで寝ればいいじゃないですか」
「そこ?」
「さっきまで休んでいたテント。もう今から出すのも遅いし、ね」
そう言いながらローランドさんはそそくさと自分のテントに戻っていく。
まあ確かにそれはそうだ。みんなも今から寝るだけなのだから、誰かが私にテントを譲ってくれて、譲ってくれた人が他のテントで別の誰かと2人で寝たりするのかな、などと考えながらテントの中にもぐりこんでみたら、中にはクレスニク隊長がいた。
「た、隊長」
「……紫陽花の魔女」
隊長は、とてもとても言いづらい何かを言わなければいけない時の顔をしている。
「今日は、あなたを一人にしておくのは不安なので、ここで寝てください。……もし、男の体が必要だったなら、俺を使ってくれ」
倒れた魔女を一人にしておいて、魔力の補給のために兵士に夜這いをかけたりするのが心配なのだろうか。兵士に夜這いされるくらいなら自分がその体を差し出そうという考えなのだろうか。もう、朝までゆっくり寝れば明日また多少の戦闘があっても問題はない程度に魔力は蓄えられているけれど、魔力量の事などは誰にも聞かれなかったから私も話していない。
簡単に男と寝るような力の弱い魔女だと思われたのは正直心外だ――だけど今夜、隊長にそういうことをしてもらったら、私は本物の魔女になれるのでは?
私は唇の両端をきゅっと上げる。こうすると微笑んでいるように見えるだろうか。
「……よろしくお願いします」
隊長はうなずいた。うなずきながら、唾を飲み込む音がした。隊長も緊張してるのかと思うと、同じ気持ちなんだなと思えて少しだけ嬉しい。慕わしいという気持ちも同じならいいのになと、胸が痛む。
こんなことならやっぱり、オ―クに処女をもらってもらえばよかったんじゃないかと思ったところで、私は「好きな人に処女を捧げたい」なんてどこかで思っていたのかな、ということに気が付いた。そうだ、ここまできたなら、そうしたいのかもしれない。
私は隊長に背を向けて、ローブと、ドレスをするすると脱いでいく。向こうからはやはり、隊長が装備を外したりする音が聞こえる。
隊長のテントはやはり、一般の兵士だったり、私のテントよりは大きい。書き物をする簡単な机と、魔石を使ったランプも置いてある。でも、立ち上がるほどの高さはない。
私は外に声が漏れるのは嫌だから遮音の魔法をかけてから、隊長の方を向く。
お互い下着姿で、夜具を挟んで向かい合った。滑稽な格好だな、と思う。どうせ脱ぐのだからとは思ったけれど、私にはどうしても裸になって向き合う勇気は出なかった。
「遮音の魔法はかけましたから」
「……仮面は取ってくれないのか」
「仮面ですか?」
つけたままでいることに何の疑問も抱かなくなっていた仮面だけれど、隊長からしたら仮面の裏に何か隠されていたりしたらと考えているのかもしれない。でもそういえば隊長は、お世辞で私の目が綺麗だって言ってくれたことがあったっけ。やっぱり優しい、素敵な人だ。
「わかりました」
私はまた隊長に背を向けて、仮面を畳んだローブとドレスの上に置く。そして、膝立ちのまま隊長の方に向き直る。
「紫陽花の魔女」
隊長が、とても切ない声で私を呼ぶ。
「俺が、君を、抱きたいんだ」
私は息をのむ。私は隊長にぐっと引き寄せられ、少し苦しいくらい抱きしめられる。
「隊長」
勇気を振り絞って、隊長の背中に腕を回して、彼の背中の筋肉を感じ取る。隊長の脈が少し早いような気がする。でも、それよりもドキドキしているのは私だ。隊長が、私の穴だけだって欲しいと思っていてくれるなら、それでいいんだ。一度でもいい。
これで本当に魔女になれるなら、この思い出だけで生きていける。
「俺は、君のことがずっと好きだった」
夢じゃないかと思う言葉が隊長の口からどんどん溢れてくる。私は、無意識に魅了の魔法でも使ってしまっていたのかど思った。でも使っていない。
自分を抱きしめてくる、隊長の腕が少し緩む。私は、自分の顔は見せたくないけれども隊長の顔は自分の目で見たかったので、隊長の腕の中で彼の顔を見上げる。
「私も、隊長のことずっとあこがれてました……」
隊長は、私の唇に親指を当てて、輪郭をなぞる。
「俺と、君と、どっちが先に好きだったんだろうな」
私は少し口を開けて、隊長の指をぺろりと舐める。
「まだ私が、見習い魔女だったころからです」
具体的なことを言うのは何となく恥ずかしい。きっかけなんて大したことはない。まだ17歳だった見習い魔女の頃に師匠について歩いていたころ、私のことを牛みたいだって笑っていた若い兵士たちの中で一人だけ、「え、いいじゃん!それがいいんじゃん!」と一人だけ熱心に擁護をしてくれていたのが隊長だったのだ。そういうわりには胸をじっと見てきたりもしない紳士なところも好きだった。私の瞳を綺麗だって言ってくれる優しさも好き。ぼんやりとした好意ではあったが、その好意は一度も薄れたり、消えたりしなかった。
「俺もだ。君が、金木犀の魔女について回っていたころに、可愛いなあって思っていた。その、青い瞳が印象的でさ。君が紫陽花の魔女と名付けられたと聞いた時から、俺は窓際に紫陽花を一鉢置いてるよ」
隊長は、そう言いながらも合間合間に瞼や額にキスを落としてくれる。「かわいいね」と言いながら、とろけるような甘い微笑みでキスしてくれる。生まれてきて、こんなに「かわいい」と言ってもらえたことなんて無かった気がする。
「……こんな大女なのに」
「誰と比べて?」
隊長はさらりとした砂色の前髪を揺らしながら、ちょっと得意げに笑う。確かに私は、隊長に比べたらはるかに小柄だ。というよりも隊長が大柄なのだ。
「俺より大きかったらさすがに俺でも、大柄だなあと思うけど」
そう言ってからちらっと視線を下げる。隊長の視線の先にあるのは私の胸だ。
「まあでも、ここは確かに大きいね」
隊長はそう言って私の胸を持ち上げ、私の耳元で囁く。彼の少しかすれた声が、背中をぞくぞくさせる。こんなことなら、下着も脱いでおいた方が良かったのだろうか。
私は、クレスニク隊長に自分からキスをした。隊長の髪や耳を撫でながら、ついばむようにキスをする。
「なんかもう、夢みたいだ……」
私は、キスをどんどん深くしていく。隊長もどんどん乗ってきて、私の体をまさぐり始める。 そうしているうちに、これが濡れるってことだという感覚を初めて味わった。体の中から何かがじわりと出てきた。魔女仲間との話で聴き上手のふりを続けてきたけれど、みんなが言っていることを今ごろ自分が体験しているというのも不思議な気がする。一生体験しないと思っていたのに。
隊長の耳もとで私はそっとささやいた。
「隊長に初めてをもらってもらえるなんて、夢みたい……」
「……えっ」
隊長の、私の胸と腰を撫でる手が止まった。
「……君、本物の魔女だって」
「……そういうことにしてあります」
魔力自体は足りているので今までやってこられてしまいました、と小さな声で告げる。
「あんなキスだってするのに」
「……まあ、知識は、つきますね……」
本当の魔女になる方法や急速に魔力を充填する方法が男と交わることなのだから、そりゃあ周りからいろいろ情報は入ってくる。それを実行したのは初めてだったが、クレスニク隊長には効果があったということらしい。ちょっと自分に自信が持てた。
「……王都に戻ったら、ちゃんとしたベッドの上で、しよう!」
初めてなのにこんなところでっていうのは君がかわいそうだ、と隊長は私を優しく抱きしめてくれる。
「いや、でも、私はやれればどこででも……」
「女の子が、やれれば、だなんて言っちゃだめ!」
案外隊長は恥ずかしがり屋さんかもしれない。可愛らしいことを言うものだなぁと思って、ちょっとくすっと笑いが出てしまう。
私にとっては、男と交わることは通過儀礼だとか、業務の一環のようなものとしか思っていなかったけれども、確かに「好きな人とすること」と考えてみたら野営のテントの中というのは……いや、思い出深くてそれはそれでいいのではないか?と思うけれど。
「明日王都に戻って、将軍に報告を済ませたら明後日からは5日間の休暇がもらえるはずなんだ。だから、明後日、デートして、その」
「デート!隊長とデート、嬉しい」
隊長に私から抱き着いたら、隊長が突然バランスを崩した勢いで、どうせだからと夜具に横になる。気が付いたらずっと膝立ちだったので、敷物の上とはいえやはり膝が痛い。
「今まで10年ずっと、君とやりたいなあって思っていたことを少しずつやっていきたい」
隊長はまた私に軽く口づける。ちゅっと音がした。
「隊長……」
「俺の名前、わかるでしょ。名前で呼んで」
「……ティレン様」
隊長は嬉しそうに笑っている。
「ティレン様は、私の、昔の名前を知っていますか?」
「もちろん。呼んでもいい?」
「呼んでほしいです……」
隊長は私を一度起こして、隊長の膝の上に足をまたいで座らせる。私の下着が汚れるな、ということがちらっと気になった。背中に夜具をかけてくれたので、温かい。
「アナスタシア。アニー。ずっとずっとこうしたかった。初めて見たときから」
そういって隊長はキスしてくれる。その間も隊長は私の胸を触っているのがちょっと面白い。今まで好きではなかった大きい胸だけれど、今夜からは好きになれそうだ。
「た……ティレン様ぁ」
「今夜は、もう寝よう。アニーも疲れているだろ?」
隊長はまた軽くキスをしてくれて、夜具の上に横たわらせてくれた。その隣に隊長が滑り込み、足を絡ませてくる。そこで気づいてしまったのは、隊長の股間が元気になっていることだ。本当に棒みたいだ。手は伸ばしづらかったので、腿で感触を確かめる。
「アニー、ちょっと」
隊長は困ったように腰を引く。好きな人を翻弄しているような気持ちになるのってちょっといい気分だ。
「……明後日、覚えてろよ」
隊長は私に、眠りの魔法をかけたのかもしれない。幸せな気持ちのまま意識が遠くなった。
朝、目が覚めたら夜具の中で体がいつもよりほかほかしている。最初は隊長と向かい合っていたと記憶していたが、私が寝返りを打って隊長に背中を向けていたらしい。隊長は背中側から私を抱きしめてくれているけれど、その手はちゃっかり私の胸にある。
「おはよう」
隊長はまだ寝ているのかな、と思っていたら起きていたのか今起きたのか。耳の後ろからかすれた声で囁かれたのが、腰に響く。
「おはようございます……」
寝起きの顔を見られるのは恥ずかしい気がするので隊長の方を向けない。隊長はそれでもいいらしく、私の首筋に軽くキスをしてくる。
「もうじき起床予定の時間だけど、起きられる?」
「はい、大丈夫です」
隊長は私の襟あしのところで大きく息を吸ってから、よし!と掛け声をかけて起き上がった。朝のまだ冷たい空気が、目をしっかり覚ましてくれる。
「朝食をとって、テントを片づけて、王都へ出発だ――紫陽花の魔女」
「はい、隊長」
ここからはまた「仕事」が始まる。隊長がわかりやすく示してくれたのでありがたい。
「今日は俺が荷馬車の御者を務める。ローランドと交代する」
「……いいんですか」
「あいつだって馬は乗れるさ」
「私も御者台に乗ってもいいですか」
「もちろんだ」
そんな話をしながら身なりを整えてからテントの外に出たら、みんながニヤニヤしている。
「隊長、良かったねぇ~」
「ほーんと良かった~」
みんなは、隊長と私が昨夜そういうことをしたと思っているようだ。私は、みなさんの期待に沿うようなことはしていないと告げたら、隊長はみんなに暴言を吐かれていた。パウル様とトニ、ローランドさんに至っては、隊長の頭を叩いていた。いいんだろうか。
「……みんな、俺が君のことをずっと好きだったのを知っていたから」
隊長と私は、荷馬車の御者台で並んで話しながら王都に向かって行軍していた。天気がいいので昨日みたいなことがなければ、ちょっとしたデート気分と言えなくもない。正直少し浮かれてはいるけど、気は抜いていない。
「貴族出身の奴らは色白で細い子が好きだってことにはなっているけど、まあ俺たちみたいな農民上がりの兵士とかには君みたいな子は人気があるよ」
「そうなんですか、知らなかったです」
隊長の言葉にうなずきはするけれど、どうも信用はできない。だって隊長は私のことが好きだと言ってくれたから、惚れた欲目というのもあるんじゃないかと思う。
「信用してないな」
隊長はまた明るく笑う。隊長の砂色の前髪が、6月の太陽に照らされてまぶしい。
「南方の魔性の美女って感じで、君に目をつけてるやつらも少なくなかったんだ。だから、その辺の誰かが君と……したのかなぁって思っていたんだけど……」
「あ、ははは、ははは」
遠い目をしている隊長に、なんと答えていいのかがわからないのでとりあえず笑う。そして何とか話を変えようとあたりを見回して、近くの山の話をする。でもまた話が戻る。道端の花の話をする。話が戻る。
休憩の時にも隊長は私を隣から離さないので、副長のパウル様や従卒のトニがげらげら笑っている。隊長が、周囲に重んじられていないように見えるから心配になるが、彼らはこんなことはよその人がいるところではやりませんよ、と言う。
私も彼らの仲間に入れてもらえているのがとても嬉しい。
王都に着く前に、私は隊長と連絡先の交換をし、翌日の待ち合わせをしたが「仮面とローブはつけないで来て!」と強く言われた。確かに私のことを否定しない隊長相手だったら、顔を隠す必要はない。できるかぎりのおしゃれをしていきたいと思う。
嬉しくなって思わず緩んだ頬を仮面の上から手で抑えたら、隊長は満面の笑みを見せてくれた。
翌日、待ち合わせの市民庭園のエリーザベト皇妃像前に早めに行ったら知らない男たちに絡まれ、胸のことをからかわれて半泣きになっていたら隊長が血相を変えて走ってきて助けてくれた。そうしたらそこに軍服姿のパウル副隊長がどこからともなく表れて男たちを引っ立てていった。お昼に屋台で軽食を買って、二人で座れるところを探していたら、木陰のベンチが不自然に一基空いた。そそくさと去って行ったのはトニとローランドさんだったように見えたが気のせいかもしれない。
そこで軽食を取りながら話をしていても、どうしても内容は今夜の予定のことになってしまう。その流れで何の気なしに「本当の魔女になるときには満月の晩に男と交わるとより良いと言われている」と隊長に話をしたら、隊長は「満月の晩まで我慢する!」と言ってくれた。その申し出は確かにありがたかったけれど、本当にそれでいいのかと確認してみたら「もう10年待っているのだから、次の満月なんてあと10日ほどだから」と私の髪を撫でてくれた。
そして7月。次の満月の晩まで待つ!と隊長は我慢してくれたのに、その日に予定外の月のものがきてしまった。また30日待つ羽目になったと思っていた隊長に「来月の月のものも、多分満月の晩と重なります」と告げたら、隊長が見るからにしおれていたから、魔女仲間から聞いたことのある技術をいろいろ試してみることにした。
その技術のうちの一つを試してみたら――隊長のものを胸に挟んで、先っぽをなめてみていたら隊長の顔が真っ赤になっていて、心配になるほどだった。私の胸に挟まれている自分のものを見たその瞬間に発射したりもしていたので隊長は恥ずかしそうだったけれど、私は隊長が喜んでくれるなら魔女仲間からもっといろいろ聞きだそうと思う。
この時までは私は隊長の部屋に行っていたけれど、この後くらいからは隊長に私の家に来てもらうことにした。隊長の部屋の窓辺にある青い花の紫陽花の鉢植えを見るのが気恥ずかしくなったからだ。
隊長の部隊の本部は隊長の部屋からでも私の家からでもそんなに距離は変わらないけれど、私が魔女としての仕事をするためには正直、隊長が私の家に来てくれる方がありがたかった。
隊長は隊長で、私の家に来る方が「受け入れてもらっている気がして嬉しい」とにこにこしている。
私の月のものが終わった後からは隊長は私の家で休日を過ごすことが増えた。私の魔女の仕事は完全なお休みという日は自分で作らない限りはなかなか取りづらいし、素材を採取する都合で朝だけはダメとか夜だけはダメとかそういう都合もあってなかなか隊長が仕事から上がってきて、また出勤するまでずっと体調の事だけ構っていられることはなかなかないですよと説明したら、君の邪魔はしないから、と言ってほんとに邪魔をしない。むしろ手伝いをしてくれているので、彼は休めているのかが逆に不安になる。
そして8月の満月は、また私の月のものが早く来てくれたりしないものかと願っていたけれども、そんなにうまい具合にはいかなかった。隊長もちょっと期待していたらしい。この夜は二人でのんびり私の家で、おいしいものを食べて過ごした。
「私は、そんなに気にしないんですけどねえ」
「俺が気にする」
隊長と一緒に、一つのベッドに横たわっている。一人用の狭いベッドだけれども、隊長は横を向いて寝そべっている私の背中側に同じ向きで横になって、私の下腹部に手を当てて温めてくれている。隊長に包まれている感じがして私はとても落ち着くけれども、隊長はこれでいいのだろうか。
隊長は、どうせなら魔女としていい条件の時の方がいいだろ、と言いながら私の髪にほおずりしてくる。
「でも、18をとうに過ぎているから、そんなに効果があるかどうかもわからないし……」
「だとしたらなお、条件が良いとされる晩の方がいいじゃないか」
「確かに……」
私は、下腹部にあててもらっている隊長の手に自分の手を重ねる。隊長の手がぴくりと震える。
「やりたくないわけじゃないけど、もう、そこまでがっつく年でもないし……」
そんなことを言ってはいるが、隊長は私の――その、割れ目の方まで指を伸ばす。当て布と肌着の上から、ゆっくりとそこをなぞってくる。私は体が震える。実際に快感があるわけでもないけれど、性的なことをされているという気持ちが、ぞくりとさせる。
隊長は私より2歳年が上だったので、今は29歳だ。そして彼はまあそれなりに女性との経験もある。まあ当然だ。そして彼は、それを匂わすような発言をして、私に妬いてもらうのがちょっと嬉しいらしい。実のところ、これだけ男ぶりのいい隊長が童貞だったなんて言われたら、「世の中の女は今まで何をしていたの!?」という怒りが沸く。でも、妬いてもらいたいなら妬くふりくらいいくらでもしてあげよう。
「次の満月まで、私の事捨てないで下さいね」
私は、隊長の指を追いかける。自分で、自分のそこを触っている気になってそれもぞくりとする。
しかし、このままではいけない。月のものがまだ終わっていなくても、そんなのどうでもいい!ってなりそうだ。
私は隊長の腕をゆるめてもらって、隊長の方を向いて体を動かし、隊長の頭を抱えるように手を伸ばす。そうしたら隊長は、素直に私の胸に頭を落とす。
私は首を曲げて、隊長の頭に頬を寄せる。隊長の砂色の髪はとても綺麗で、手触りがいい。こんなところも大好きだ。
「ティレン様の髪、大好きなんです。さらさらで」
私は隊長の髪を指に通してその感触を楽しむ。隊長は私の胸をずっと触って楽しんでいるのだから、私だってそのくらいは楽しんでもいいだろう。
そのまま黙ってさらさらとした指通りを楽しんでいたら、私の胸をほんの少しだけ強く捕まれた。どうしたのかな、と思ったら隊長がなにごとかつぶやく。
「俺が禿げても、アニーは俺の事嫌わないか?俺は、アニーの胸が小さくったって、ずっとアニーのことは大好きだ」
胸が垂れたって好きだ、とも言った。私には胸以外ないのか、と一瞬思ったけれど、笑いがこみあげてくる。
「やだ隊長」
笑いが止まらない。笑う私の胸もおなかも震えているから、隊長は胸から手を離して、私の腰を強く抱きしめてくる。
「あんまり笑うなよ……」
「隊長の髪が無くたって、私は隊長のことが大好きですよ」
隊長がおじいちゃんになってもずっと好き。そう囁いたのは隊長に届いただろうか。
「……隊長じゃなくて、ティレン」
「そうでしたね、ティレン様」
そして私は、隊長の頭を抱えているうちに安心していつの間にか眠りに落ちた。
9月上旬、またゴブリン討伐の遠征が入った。隊長の部隊はまた治癒担当で私を指名して、遠征に連れていく。しかしこれは公私混同と言われたりしないのだろうか、と少し心配になった。
隊長は、今回も私と同じテントで眠りたそうな雰囲気を出していたけれども、気にしないで私は自分でテントを建てて、寝床を準備する。6月の遠征の時は仕方がないにしても、みんなの前で堂々と隊長のテントの中で過ごすのは良くない、のではないかと、思う……。
今回は予定外のオークの群れにも遭ったりせずにみんなで無事に戻ってきた。
移動中の荷馬車では、いつものように御者のローランドさんと話をしていたけれども彼には隊長との関係をいろいろ探られた。彼は私達よりもだいぶ年上で、話が上手いからつい乗ってしまいそうになる。のらりくらりと交わしていたが、帰り道ではとうとう、核心に迫るような質問をされてしまった。
「で、君たちはいつ結婚するの?」
「えっ、いや……そういう間柄では、まだ、ないので……」
「ええ!?」
つい、これだけは本音を話してしまったが、ローランドさんは食い気味にびっくりしたのでこっちが驚いた。
「あのねローランドさん、ローランドさんから見て隊長と私ってどうなんですか」
とても残念そうな顔をしているローランドさんにこちらから問いかける。ローランドさんはきっと私の「結婚の申し込みしてもらったんですぅ!」みたいな明るい返答を期待していたんだろう、そういう話ができなくて申し訳ない。だって、私はまだ隊長に「本当の魔女」にしてもらっていない。つまり、結婚がどうとかいう間柄にはまだ至っていない……ような気が……する……。
「隊長は、いいやつだから、ぜひよろしくな……」
「……よろしくしてもらいたいのは私なんですが……」
ローランドさんには、さっきよりもさらに残念そうな顔をされてしまった。
「……あの、本当に、隊長は、いいやつだから、ほんとに……」
「あ、はい……」
しばらくの沈黙の後、ローランドさんは無理やり話を変えてきてくれた。ちょっとありがたかった。
そして9月の21日。満月の日にとうとう隊長と私は結ばれた。みんなが言っていたほど「はじめての時の痛み」というのはなかったけれども、隊長がずっと触っていたからか翌日はずっと胸――乳房が痛かった。あと、腿が筋肉痛になった。私は体が固いようだ。
気持ちいい、という仲間の話も納得がいった。これは確かに「手っ取り早く魔力を満たしたい」時には隊長と交わるという手段をとることはやぶさかではないような気がする。そう言ったらまた隊長にのしかかられて大変なことになった。奥の方を突かれまくっておなかの奥が重い気がする。
そして私の魔力量は、何がどうしてこうなったのか、過去にも類を見ないほどの魔力量になってしまった。どうも9月の満月の日は東洋の月のお祭りの日とも重なっていたらしく、そういうのもあったのではないかということだった。
魔女ギルドの仲間たちには「まだ処女だったなんて」とかなり驚かれたし、またギルド上部の数人に怒られたけれども、まあもともと魔力量が多かったから、師匠の金木犀の魔女もうまいことやって、気づかなかったこちらもうっかりしていたねということでおとがめ的はまるでなかった。
むしろ私の爆発的な魔力量の増え方が調査対象になってしまい、聞き取り調査をしたいと言われた時の隊長の方が大変だった。
「アニーとの初めての思い出を他人に言わなきゃいけないなんて」
そう言って隊長は顔を真っ赤にして嫌がった。しかし今後の魔女になるみんなの魔力量が増えるなら、この国みんなの役にも立つんですよということでこんこんと説明をしたら、なんとかわかってもらえた。
「こんなことになるなら記録水晶を使っておけばよかった……」
隊長が、密偵の時などによく使われる、その場に置いておくとその水晶から「見える」範囲にあるものを見えたように記録しておくという魔道具を使っておけばよかったと悔やんでいる。お値段はそれなりにする。水晶の大きさや透明度によって記録可能な時間や見え方が全然違う魔道具だ。
「そうですね、確かに調査が入るなら、記録しておけばよかったのかも。説明の手間も省けますしね」
さすが隊長、だけど残念でしたねと隊長の背中を撫でようとしたら、隊長がこちらを見て眉根を寄せている。
「……アニー?」
私はさっき、何かまずいことでも言ってしまっただろうか?と考えるが、思いつかない。
「え、だって、説明するのは面倒だし、口頭で説明するのも恥ずかしくありません?」
隊長は私を見てため息をついた。
「君は、あんなことやこんなことをされている姿を他人に見られても気にしないと?」
隊長は私を抱き寄せて、キスをしながらスカートの中に手を入れてくる。
「あ、そ、そういうことでした!?」
そう言われて気が付いた。そうか、記録水晶を見せるということは、そういうことだ。そして記録水晶を使っておけばよかったということは、記録しておいて後から見返したいということだ!
「き、気がつかなかったんです!」
色情的なスイッチが入ってしまった隊長をなんとか止めようともがくが、隊長の力に敵うはずがない。
「君は、誰かに見られながらしてみたいとかいう興味はあるの?この部屋のカーテン開ける?誰かが気が付いて覗いてくれるかもよ?」
「な、ないです!」
私が本気で怒る手前で、隊長はいじわるをやめてくれた。
涼しげな眼もとで真面目そうな人――いや、仕事は真面目だと思う――なのに、こんな時はいじわるだ。
ヴァルプルギスの夜のサバトに出たという魔女の噂話などは隊長には間違っても聞かせられない。
魔女ギルドで行われた聞き取り調査は確かになかなか恥ずかしく、当日の時間帯だの回数だの体位だのを聞かれた。隊長が先に聞き取りを行われ、次に私だったのだけれども、隊長の話を聞いた後の魔女たちがものすごくニヤニヤしていた。隊長はちょっとドヤ顔をしていた。
聞き取りと検証の結果、私の魔力が恐ろしいほどに増えた理由というのはどうも満月の晩だったことや東洋の中秋節と重なっていたこともあったけれど、結果的には「やっぱ、愛じゃない?」とギルド長である孔雀石の魔女が左手の親指と人差し指を丸くして和を作り、その穴に人差し指を入れていた。
「やだあ!」
菫青石の魔女や、椿の魔女が大笑いをしている。何を意味しているのか。私の知らない魔術的な何かなのか――と思ったら、そうか、穴に棒を突っ込んでいるんだと気が付いた。
「……ギルド長ともあろう人が、下品なんじゃないですか?」
「いやいや、これを下品だと思う方が下品だよ。私達には大事な儀式の一つなんだから」
自分をネタに笑われるのはあまり気分が良くないので軽く嫌味の一つも言ってやれ、と思ったら案外真っ当な理屈を返されてしまった。
「確かにそうですね」
でも、ニヤニヤしながら言われると説得力は下がる。
「これからは、18を過ぎたらなるべく好きな男と寝て本当の魔女になるようにするように周知しよう。今夜儀式を行うような子もいるかもしれないから、とにかく急ごう。……確かにねぇ、好きな男とやる方が、気持ちいいよね。心が満たされるって言うか」
「わかるー」
「よっぽど下手だとさすがに別だけど」
「わかる~」
「愛も冷めるよね」
「ていうか萎える」
「ついてないくせにぃー」
「まぁね~」
孔雀石の魔女と菫青石の魔女、椿の魔女はそんな無駄口をたたきつつもさっそく情報周知のための魔法陣を書き始める。
「魔力を流すのはあなたがやって、紫陽花の魔女。たーっぷり注いでね」
末端まで情報が届くようにしっかりと!と菫青石の魔女に言われたので、私は言われるがままに魔力を注ぐ。確かにこの量の魔力を持っていかれるのは、普通の魔女にはなかなかきついかもしれない、という量だった。まあ今の私には大したことはないんだけれども。
「魔力量、ほんとすごいわぁ。やっぱ愛よね~。あと、回数~!?」
いいこと言ってる私~、と孔雀石の魔女は笑っていたが、確かに、確かにあの夜の隊長は私をずっと離さなかった。月が出ている間ずっと、っていうくらいだったんじゃないかと思う。
「朝までなんてなかなかできる男いないわよ」
「遅漏なんじゃないの、クレスニク隊長」
先輩魔女たちは好き勝手に人をからかいながら、それでも優しく微笑んでくれた。
「幸せにおなり、紫陽花の魔女。普通の女だって、初めてが好きな男とじゃない娘は少なくない」
「ありがとうございます……」
微笑んでいるのかニヤニヤしているのか微妙な先輩魔女たちから祝福を授けられた。
早く隊長に会って、みんなからの祝福を隊長にも分けたいと思った。
魔女からの聞き取り調査の後は業務に戻っていた隊長には、結局は夜になるまで会えなかったけれども、隊長が珍しく花束を持って私の家へ帰ってきたところで私はその胸に飛び込んで、先輩魔女たちから言われたことを素直に伝えた。
私は、隊長と二人でいる時には仮面をつけなくなった。隊長が瞳を見るととろんとした甘い表情で微笑んでくれる。それを見るのが嬉しくなったからだ。
「みんなが、幸せにおなりって言ってくれた」
「そうか」
隊長はちょっと唇を噛んで、一息ついた。そして赤い薔薇の花束を私に差し出す。
「ところでな、アニー。俺、君と一緒に住みたい。君の住むところを俺の終の棲家にさせてもらえないか」
これは、いわゆる求婚のつもりなんだけど、と言いながら、隊長の声がどんどん小さくなる。
「歴史に残る大魔女になるだろう君には、俺では役者不足かもしれないけど……」
「た、隊長」
目に涙がにじんでくる。零れ落ちるのもすぐだとわかる。
「隊長、私、隊長とずっと一緒がいいぃ」
私はみっともないくらい泣いてしまった。初めて隊長のものが中に入ってきた時も泣いたけど、こんな泣きっぷりではなかった。
「うん、アニー、ティレン、な」
「ティレン、ティレン」
隊長に抱きついて泣きじゃくっていたら、しばらくたって落ち着いてきたころに隊長に「清浄魔法をかけられるか」と聞かれた。
「か、かけられますぅ」
隊長にしがみついて大泣きしちゃったから制服がぐしゃぐしゃだしね、と隊長の制服に清浄魔法をかけたが「体の方にも」と言われ、隊長の体にも素直にかけた。
「アニーにもかけて」
「は、はい」
私も自分自身の服と体に清浄魔法をかけたら、隊長がにやりと笑って私を横抱きにする。
「え、そ、そういうこと!?」
私は急に抱き上げられたので、思わず隊長にしがみつく。そんな私の鼻の頭に、隊長は音を立ててキスをする。
「今日も、朝まで離さないからな」
「あ、あ、明日も勤務はあるんじゃないの」
私の方は幸いにも早朝から採取をしないといけないようなものはない。
「一晩くらい寝なくても平気。アニーを補給するほうが力が出る」
隊長はそう言って私の頬にキスをしてごまかそうとする。
「そんなわけないでしょう!?」
隊長に求められるのは嬉しい。嬉しいけれど、人間やっぱり寝ないとダメだと思う。
「ほら、早く始めたら終わるのも早くなって俺が寝る時間が増えるかもしれないぞ」
「……ほんとね?」
上目遣いで隊長を見上げたら、隊長は感極まったように私を強く抱きしめる。
「かわいいなあ、アニーは。ほんっとかわいい」
「もうかわいいっていう年じゃないです!」
「そういうのはね、年は関係ないんだよ」
そのあと私はさんざん隊長にむさぼられた。暴虐の限りを尽くされたと言ってもいいかもしれない。でも、自分でも失敗したなと思ったのは、もう今日は終わりかな……という雰囲気になったところで先輩魔女たちが言っていた「遅漏」という言葉の意味について、本人に聞いてしまったことだと思う……。
その後、隊長――ティレンは私の住む家に引っ越してきた。そして、彼が自分の部屋の窓際に置いていた青い花の紫陽花は私の庭に植えた。
魔力が笑っちゃうくらい多くて強いからと重宝された私は魔女ギルド長の補佐をするようになった。またティレンが遠征するときは治癒担当としてついて行く。そうこうしているうちにギルド長の役目を押し付けられてしまった。
気が付いたら、良くわからないけれど新米魔女に感謝されることが続いた。さすがに5人くらいに訳もなく感謝をされて不思議だったので、6人目くらいの新米魔女に理由を聞いてみたら「紫陽花の魔女のおかげで、好きな人と寝て本物の魔女になっていいって言われたから」と言われた。
まだ数人は「私はあんな男と寝る羽目になったのになんであなたの世代は好きな男と寝ていいの」と言われ、師匠に指定された男と寝ることになったという魔女もいたけれど、6人目の魔女、巴旦杏の魔女に言われた後からそういう事例が発覚した時には「私が長でいる間は魔女ギルドからは放逐する」ということにさせてもらった。不満はあるだろうけれど、文句があるなら私に力で勝ってみたらいいでしょう、と脳筋みたいなことを言ってしまったので少し反省している。
また、「好きな男が特にいないから、それなら上手で、回数をこなせる男がいい」ということで、評判の男娼にお世話になるという子もちらほら増えた。ある時にはなぜかティレンも狙われたので、一度狙われて以降は満月の夜は私が全力で防御壁を張っている。
「襲われたのに嬉しそう……」
さすがにいい気分ではない私がティレンを軽く睨んだら、「君が妬いてくれるのが嬉しい」と言って、その満月の晩は、また朝まで褥を共にした。
このころになったら、初めて褥を共にしたころから8年が過ぎていた。ティレンも37歳になっている。朝まで抱いてくれるけれども回数自体は少なくなったからこれが遅漏ということか、なんて思ったら、顔に出ていたのかその後めちゃくちゃにされた。納得がいかない……。
私が魔術の研究やら魔女ギルドの仕事でばたばたしている間、ティレンは「書物を読むアニーに影響された」といろいろ勉強をしていたらしい。あまり気にしてなくて申し訳ないけれど、仕事のことを聞くのはあまり良くないかなと思っていた、という言い訳をさせてもらう。
もともと彼が所属していた部隊には私が付いて行っていたので、作戦の成功率や兵士の生存率はずば抜けて高かった。そのために昇進したとティレンは言っていたけれど、どう考えてもそれだけではないだろう。昇進したからそのために勉強をして追いつこうとして、勉強したことも評価されて昇進して、の繰り返し。気が付いたらティレンは平民出身としては破格ともいえる、中将にまでなっていた。
昇進するたびにお祝いをしていたけれど正直、途中で面倒になってきた。
「クレスニク中将の妻が魔女ギルド長なんて釣り合わないって言われそう……」
ティレンの妻として、国王夫妻に挨拶をするためにするために正装で出席しないといけないような式典があるたびに胃が痛くなる。
「は?魔女ギルドの構造改革もして、魔術の新しい理論も組み立てている大魔女様が何か言ってるなあ」
「でも、魔女ギルド長の肩書だけだったらこんな式典にまでは呼ばれないもの」
「これは軍を中心にした式典だから」
国王夫妻ご臨席という式典に2回目の参加をすることになった時、いくらローブを着ているからと言ってもその下はまさか同じドレスではいけないというのを、顧問としてギルドに残っている孔雀石の魔女と、秘書を務めてくれている巴旦杏の魔女にこんこんと説かれたのでその通りにしているが、これがなかなかお金と時間がかかる。「ダンナの甲斐性がないと思われるのもかわいそうでしょ~?」と孔雀石の魔女に言われたけれど、確かにそうだ。私がケチだと思われるのはいいけれど、ティレンがドレスをオーダーさせてくれてくれない狭量な男と思われるのはよろしくない。
「紫陽花の魔女アナスタシア・クレスニク殿、行きましょうか」
「ええ、ティレン・クレスニク中将」
あれから17年。ティレンにエスコートをしてもらうことにももう慣れた。ティレンはおじさんになったけどますます素敵になったと思う。私は、ティレンに好かれていた胸もなんとなく痩せてきてしまい、ティレンが若い子に乗り換えたらどうしようとちょっと不安になり、床を見るふりをして胸を見る。
「ん?どうしたの?」
「な、なんでもない」
顔を覗き込んでくるティレンが、またとろけるような笑顔を見せてくる。
「式典から帰るの、楽しみにしてて」
「そ、そ、そういうことは」
「どういうこと?」
顔を赤くしてしまう私の手をとって、ティレンは歩き出す。
そうだ、ティレンは私の胸が小さくても、胸が垂れても好きと言ってくれたことがあったっけ。まあできるだけ対策はとりたいとは思うけど、あまり心配をしないようにしよう。二人で歩んできた道はきっと、まだ先に続いている。
王都から人間の足で3日ほどのところにある深い森の中。王都から派遣された、私を含めて15人の魔物の討伐部隊が無事に討伐任務を終わらせ、翌朝また王都に戻るために野営をしていた。無事に討伐を終えたということで、焚火を囲んで宴のようになっている。
部隊の面々はそれぞれ気が合う者たちと集まって何やらわいわいと話をしている。
寝酒にするため、体を温めるため、怪我の消毒をするためなど各々の理由で酒も遠征の荷物に含めるものたちが多いが、大声では言わないけれど討伐が終わった後の宴のためということもあるだろう。
それはそうだ、人数をかけて魔物を討伐に行くのだ。みんなで生き延びたら祝いたい。人生万歳だ。
私もそんなみんなを眺めながら、ちびちびとシュナップスをなめる。
私は紫陽花の魔女ことアナスタシア。瞳の色が水色で、まるで紫陽花のようだということでそう名づけられた。でも、その理由を知る人はあまりいない。なぜなら私は自分の容姿が苦手だから、人に見せたくないのだ。私は常に口元以外を隠す仮面をつけて、夏でも体を隠す長いローブを身に着けている。
この国の美女の基準は、折れそうに細くて、色白で、金髪碧眼であることだ。髪がゆるくウェーブがかかっていたらなお好ましい。私はものすごく太っているわけではないけれどその辺の男性と同じくらい大柄で、骨太で、肌は浅黒い。瞳は青いが、髪は黒い。胸も、尻も肉づきがいい。どうも、南方の血が入っているらしい。魔女として独り立ちする前、あんなに髪の色が黒いのに目の色は水色で、吸い込まれそうで気持ち悪いと言われたこともある。乳牛みたいだと陰で言われていたこともあって、その時はちょっと涙が出そうになった。今でもたまに思い出して、ふっと胸が痛くなる。
師匠は私の胸や尻を羨ましいと言ってくれたけれど、私は師匠のようにほっそりとした、金髪の清楚な美女が羨ましかった。ないものねだりね、と師匠と笑いあったのはいい思い出だ。
今、みんなで囲んでいる焚火の色が、師匠の金の髪を思い出させる。師匠は5年ほど前、運命の男を見つけたと言って、その男を追いかけて隣の国へ行ってしまった。私は師匠の担当地域というか、縄張りというか――をそのまま引き継いで、今に至る。
私がぼんやりしながらシュナップスをなめていたところで、隣に誰かが来てくれた。私はしばらく荷馬車の御者のローランドさんと話をしていたが、ローランドさんは明日が早いからともう寝床に向かってしまったのだ。一人でいるのが可哀想だと思って声をかけに来てくれたのだろう。ありがたいことだと思いながらそちらを見てみたら、この討伐部隊のティレン・クレスニク隊長が来てくれていた。
「クレスニク隊長」
「今回も、あなたのおかげでだいぶ助かったよ。ありがとう」
「と、とんでもない。これが仕事ですので」
クレスニク隊長が、私が飲んでいるシュナップスの杯に向かって、酒瓶を掲げる。
「山ぶどうの酒だけれど、どうだい。甘いのは好き?」
「す、好きです」
甘い山ぶどうの酒が好き、というだけなのに、ドキドキする。
「……ど、どうしよう」
私の杯に残っているシュナップスはほんの1口ほどだ。兵士のみんなならためらわずくいっと空けてしまうだろう。しかし私はあまりシュナップスが得意ではないので、勇気が出ない。
「シュナップス?俺がもらおうか」
「あ、あ、あの」
隊長は私の手から杯を取ろうとする。私が飲み切れない分を飲んでくれようとしているのだ。
「自分で飲めるかい?」
「うう……」
自分で飲むのはちょっと無理だ。でも、隊長に飲んでもらうのはなんか恥ずかしい。
「じゃあやっぱり俺がもらう」
隊長の手が私の手を優しく包んだら、私の指から力が抜けた。クレスニク隊長は、その涼しげな目元で優しく微笑んでくれた。
「あ、ありがとうございます」
「俺はこれ好きだから」
「そ、そうですか……」
隊長が「好き」といった言葉を、変に意識してしまう。隊長は、シュナップスが好きだと言ったのだ。他意はない。だけどドキドキしてしまう。もし、私のことを好きって言ってもらえたらなんて妄想してしまう。……ちょっとシュナップスが回ってきているのかもしれない。
「ん、じゃあ山ぶどう」
「ありがとうございます」
隊長が空にした杯に、山ぶどうのお酒を注いで、私に戻してくれる。葡萄の甘い香りを吸い込んだら幸せになった。この山ぶどうの酒もそんなに弱いものではないけれど、甘いから好きなのだ。思わず私は口元が緩んでしまったのだけれど、隊長がまた微笑んでいるのを見て気恥ずかしくなって、口元が引き締まる。
「大事にいただきます」
「大事にって!酒だよ!?」
クレスニク隊長が面白がってくれたのでまあいいや、と私は山ぶどうのお酒に口をつける。
隊長には言わないので、心の中でかみしめる。
大事ですよ。好きな人に注いでもらったお酒ですもの。
だって昔から、隊長は私の憧れの人だから。
隊長にお酌をしてもらうという名誉に預かりながら、私も隊長の杯に山ぶどうのお酒を返杯する。濃い紫色の液体が、甘い香りを振りまく。シュナップスのようなつんとした酒精の香りが少し苦手なので、こういうお酒を少しずつ飲むのが大好きだ。
「隊長は甘いお酒も大丈夫なんですか」
「飲めるよ」
「そうなんですね」
隊長はごく、とのどを鳴らして山ぶどうのお酒を飲む。私はあんなに勢い良くは飲めないので、隊長はお酒が強いんだなあと感心する。
「なあ紫陽花の魔女」
「なんですか」
隊長が話しかけてくれる。嬉しい。そう思いながら私は仮面の下で微笑む。
「君はまだ本物の魔女じゃなかったりしないか?」
私は、口をぽかんと開けてしまった。
「な、なななななななにを言い出すんですか、クレスニク隊長」
酔いも飛んでしまったような気がする。
そうだ、図星なのだ。私は27歳にもなる魔女だが、処女だ。
この国では、魔女になるのも基本的には徒弟制度のようなものだ。先輩魔女が自分の担当している地区にいる子供――大体は私のように孤児――の中から、これはものになりそうだという幼女を選んで、魔女として育てる。ただ途中で選ばれた子供の意思で他のことをやりたくなったりして修業を止めたりだとか、逃げ出したりだとか、まあ何やかやがあって、なかなかものになる子はいないという。しかし私は師匠との相性も良く、自分の気質も魔女として薬を作ったり、魔術を研究したりすることが好きだし、わりと向いていたようだった。
そして、魔女としての修業の最後の仕上げが、18歳になったら男と交わって体中の魔力の通りを良くすることなのだ。孤児の場合は正確な誕生日がわからない子供も多いけれども、誕生日がわからなかったら、18歳を過ぎていればまあ大丈夫らしい。そして、その日は満月の夜だとなおよいという話だ。
仕上げが終わったら――男の精を体内に受けたら、体内の魔力量がぐんと増える。最低でも倍、五倍以上に増えたという例もなくはない。
ただ私は、男と交わる前からどういうわけかその「体内の魔力量が五倍以上に増えた」という魔女よりも体内の魔力量が多かった。私より魔力量が多い魔女は、というよりも男性の魔術師を含めてもそう多くはないらしい。そして、そもそも「本物の魔女」になっている師匠の倍も魔力量があったのだ。そのため「あなたが嫌ならまあ、その気になるまでやらなくていいんじゃない?」と言ってくれた師匠、金木犀の魔女に甘え、処女のまま魔女として今まで仕事をしてきているのだ。
私が処女のまま来てしまっているのは、男性に対して理想が高いというわけではない――と思いたい。私のようなタイプはあまり人気がないのだ。そうでなければ、乳牛みたいだなんて言われやしないだろう。
「これだけ魔力があるのに、本物の魔女じゃないなんてわけないじゃないですか!」
私は、まだ声が裏返っている。別に処女だっていいじゃない!と言いたいけれども、どことなく、言いづらい。
「確かに君の魔力は並みはずれて多いけれど、それにしては男慣れしていないから」
「そ、そうですかねえ」
少し、隊長が私に近寄ってきた気がする。隊長の薄い色の目が、私の目を射抜く。仮面をつけていても、隊長には私の目が見えているかのようだ。
「その時の一回だけしかしていないんじゃないですかぁ?」
隊長の従僕のトニが口を出してくる。トニはまだ二十歳そこそこの小僧の割に、言うことがなんだかおっさんくさい。彼は隊長の隣からつまみになるものと、追加の酒瓶を差し入れて、隊長に向かって得意げな笑みを浮かべて去って行った。
「……魔女だからと言って常に男が必要なわけではないので」
私は唇を尖らせた。
そう。魔力は使うと減る。減った分は食事をしたり、休息したり、魔力を使わずに暮らしていれば自然に魔力はまた溜まる。しかし急いで補充したいときには薬を飲んだり、また男と交わって精液を体内に受けることによって急速に補充することもできる。私にはそういう行為は必要ない、だってもともと、他の魔女の倍以上も魔力量があるのだから、空になることがまずない。
それとも、実はまだ私は本当の魔女じゃないので、あなたが手伝ってくれますかと言うなら、今だろうか。
隊長がまた、私にお酒を注いでくれる。その時にお互いの指が触れる。隊長の指が熱い。
今だ、と私が口を開こうとしたその瞬間だった。
「いずれにせよ君の力はずば抜けているよ。助かった」
「……そう言っていただけたら魔女冥利につきます」
そう言われてしまったら、もっと私の魔力量を多くして、なーんて言えない。
私はまたちびちびと山ぶどうのお酒を飲む。
今日のお酒の味はきっと、一生忘れない。
翌日も、その翌日も魔物の討伐部隊のみんなで移動した。帰り道は特に問題もなく、明日の午後には無事に王都に戻れそうだったところで、想定外も想定外のオークの群れが現れた。しかも上位種、オークジェネラルが率いる、50頭を超すオークの群れだった。男14人の兵士の中で女は一人。狙われるのは間違いなく私だ。
私なら、避妊の魔法を自分にかけておけばまあ、体は傷つくけれど――処女ではなくなるけれど、まあ処女でなくなるなら魔力は増えるし――ここでみんなの囮になってもいいかなと考えてその作戦をクレスニク隊長に提案した。こんなことならもっと勇気を出して、おとといの晩に隊長を誘っておけば良かったとは思う。だけど、もう遅い。私もまあ怪我はするだろうがそれでみんながやりやすくなるならそれでいいじゃないかと思ったことなのだけれど、隊長は顔をこわばらせて、その作戦を却下した。
とても優しい人なんだなあ、と私はさらに隊長のことが好きになった。でも、それで部隊のみんなの危険が増すことは私の本意ではない。18になったころの私が引っ込み思案だったから、そしてそういう機会が巡ってこなかったから今でも処女なだけで――とはいえ、その機会をなるべく避けようとしていたことは否定できない――別に処女を好きな人に捧げるために守り通してきたものでもないし、どうせならこの機会に片づけてしまいたい。
ただ、そんな隊長と私を見て、何を思ったのか周囲の人たちがやたらやる気を出してくれた。結果的には、私を囮にはするけれども、私が犯されている間に気が逸れているオークたちと戦うのではなくて、私を狙ってくる、やる気満々のオークたちを殲滅するという大変な作戦を立ててしまった。
「君の魔力量をあてにしてるよ」
みんなが口々に言う。確かに、私の魔力はかなり使うことになりそうだ。魔力回復ポーションはもちろん持ってはいるけれど、今までそんなの飲んだことがないから実戦でどのくらい回復してくれるかがわからない。できれば、自前の魔力だけのうちに片をつけてほしい。でもそれは私の都合だからそんなことは言えない。私は黒いローブの中でぐっと手を握る。
一番悲壮感がある顔をしているのはクレスニク隊長だ。予定外の戦闘だもの。しかも、もともとの魔物討伐は30匹ほどのゴブリンの集落を今のうちにつぶしておこう、というものだったのだから、今回の戦闘の方が荷が重い。
「隊長、みなさん、お気をつけて。私も全力を尽くしますから」
「ああ、紫陽花の魔女」
隊長は薄茶とも青ともつかない、微妙な色の美しい瞳を揺らして微笑んでくれる。
「必ず君を守るから」
「私より、皆さんですよ」
トニが「まだそんなこと言ってる」とつぶやいたので私はくすりと笑う。
「ほんとに、紫陽花の魔女が一番大事だからね。さて、行くぞ!」
「おう!」
私はみんなを助けるためにここにいるんだけれども、本当に守られるだけのお姫様のような人たちは、彼女たちなりに大変なんだろうなあと胃が痛くなるようだった。
私――女を主に狙うオークと戦い、みんなが怪我をするそばから、私は彼らを治癒していく。手が空いたら防御魔法だとか、攻撃魔法も使おうと思ってはいたがそれも最初のうちだけ。結局は治癒魔法をみんなに施しつづけているうちに、みんながオークの群れを全滅させてくれた。自前の魔力が尽きる、ぎりぎりのところだった。正直なところ、こんなに魔力を使ったのは修行時代以来だったのでくらくらする。
ここでオークジェネラルが率いるオークの群れを止めることができて幸いだ。もう少し先には普通の農村があった。そこがオークの群れに襲われたら、今回の討伐部隊の人数だけでは到底どうにもできなくなる。
「皆さん、ありがとうございました……」
「紫陽花の魔女、あなたが治癒魔法を施し続けてくれたおかげだ。こちらこそ、ありがとう」
「とんでもない……」
クレスニク隊長が手を差し伸べてくれたところで、私の魔力が尽きてしまったらしい。そうだ、そういえば仮面が外れないように、そして付けたままでも前が見えるようにしたままだったのだ。いつもなら発動させ続けていてもなんともない魔法だったのに、このギリギリのところまできたら、それが私に最後のとどめを刺してしまったのだ。考えなしの自分が情けない。
私は隊長の前で膝を折り、床に突っ伏してしまった。
「紫陽花の魔女!」
隊長が慌てて体を起こしてくれた。その時に魔力が通っていなかった仮面が外れてしまった。
「もうしわけ、ありません……」
クレスニク隊長、お見苦しいところをお見せして申し訳ありません――と言いたかったけれど、うまく言えなかった。血の気が引いて、目の前が、暗くなる――。
気がついたら、もうどこかで野営をしているようだった。私は誰かのテントの中で目が覚めた。外ではみんなが食事をしているような気配がする。
自分の仮面が目の上に、そして魔女のローブが体の上にかけてもらってある。軽く指先を動かしてみたら、体も動く。そして、もう体内に魔力は十分巡っている。これなら一晩寝れば翌朝にはもう大丈夫とまた仮面をつけて、ローブをまとってテントから顔を出す。
「クレスニク隊長!紫陽花の魔女が起きていらっしゃいましたよ!」
そう声を上げるトニに応えるように、わあ、と火を囲んでいるみんなが沸き立ってくれた。
「目が覚めて良かった」
「あなたのおかげで助かりましたよ」
「いえ、私こそ、皆さんのおかげで――」
そう。みんなのおかげで、まだ処女なのだ。
乙女としてはありがたいことなのだろうけれど、やはり魔女としてはあまり良いことではないのかもしれない。例えば今回も、私が既に本物の魔女になっていたならば治癒魔法以外にもできることはきっとまだあったのだ。
「ご迷惑おかけして、申し訳ありません……」
私は深々と頭を下げる。みんなが五体満足でいるけれど、それは治癒魔法を施せる私がいる限り、当たり前のことなのだ。
「なにも迷惑なんてかけられていないよ。魔物討伐が俺たちの仕事なのだから」
クレスニク隊長は私を手招きして、彼の左側に私を座らせてくれる。
「クネーデルのスープだ」
「ありがとうございます。――温まりますね」
隊長が自らスープを注いで、私に渡してくれた。隊長とはお互いの肩が触れる距離に座らされて、どことなく居心地が悪い。少し離れると、隊長はまたこっちに寄ってくる。
「紫陽花の魔女、そこ動かないでくださいよ。俺達まで動かないといけなくなるんですから」
私の左側にいる副隊長のパウル様も肉の串を持ったまま、私との距離を保ちながら少しずつ左に動いていた。この肉の串は、きっと今日のオークだろう。
「え?……申し訳ありません」
「気にしないでください、隊長が悪いだけですからね」
パウル様は彼の左にいる、弓使いのハンネスさんにがばっと抱き着く。ハンネスさんはスープがこぼれないようにするのが大変そうだ。パウル様もハンネスさんも、みんなで大笑いしているのでもう酒が回っているのだろうか。
「今日も、酒を飲んでも平気ですか」
「……ええ、少しなら」
今日も、みんなでオークの群れを討伐したお祝いだ。討伐して、みんなが元気で揃っている、そのお祝い。
私が体を張っていればみんなはもうちょっと怪我をしないで済んだかもしれないけれど、私がオークに犯されている姿を見ていたら、こんな雰囲気にはならないかもしれない。顔見知りがセックスしている姿を見るとか、考えるだけでもなんとなく気まずいものね。そう考えると、私がみんなに守ってもらう形で戦ったのも、悪いことではなかったのかもしれない。結果論ではあるが、戦いが終わるまでみんなに治癒魔法をかけ続けることもできたし。
今のところは、悪くなかったのだ。きっと。
そう思いながらクネーデルのスープを口に運び、そのあとはまた隊長に山ぶどうのお酒を注いでもらう。御者のローランドさんも来てくれて良かった良かったと言ってくれたが、隊長に追い払われていた。
みんなに私のことを尊重してもらっているということが、とてもとてもありがたかった。
クレスニク隊長の部隊と仕事をするようになったきっかけは、もともと私の師匠の金木犀の魔女がこの部隊の治癒担当をしていたから、それを引き継いだ形になる。師匠の弟子でいた間はこの仮面も、全身を隠すローブも使っていなかったから、顔見知りでいたクレスニク隊長――初めのうちはまだ隊長ではなかったけれど――には仮面のことをやたらと心配された。
「まさか、顔にけがしたとか……?」
「いえ、そういうことではないですよ」
水色の瞳を気持ち悪いと言われたからです、とはさすがに言えなかった。
「君の――いや、紫陽花の魔女の瞳は綺麗だったから、見られなくなるのは寂しいな」
そう言ってくれた男性はあなただけでした。クレスニク隊長。
お酒を飲んで、好きな男性の隣にいて、ちょっと感傷的になっていたかもしれない。
夕食を兼ねた宴を終えることにした時に、片づけをしてから自分が出てきたテントに戻ろうとしてふと気が付いた。あれは自分のテントではなかったのだ。
もう自分のテントに向かおうとしていたローランドさんに慌てて声をかける。
「ローランドさん、私のテントを下ろさせてください」
ローランドさんは首を傾げる。
「いや、今夜はそこで寝ればいいじゃないですか」
「そこ?」
「さっきまで休んでいたテント。もう今から出すのも遅いし、ね」
そう言いながらローランドさんはそそくさと自分のテントに戻っていく。
まあ確かにそれはそうだ。みんなも今から寝るだけなのだから、誰かが私にテントを譲ってくれて、譲ってくれた人が他のテントで別の誰かと2人で寝たりするのかな、などと考えながらテントの中にもぐりこんでみたら、中にはクレスニク隊長がいた。
「た、隊長」
「……紫陽花の魔女」
隊長は、とてもとても言いづらい何かを言わなければいけない時の顔をしている。
「今日は、あなたを一人にしておくのは不安なので、ここで寝てください。……もし、男の体が必要だったなら、俺を使ってくれ」
倒れた魔女を一人にしておいて、魔力の補給のために兵士に夜這いをかけたりするのが心配なのだろうか。兵士に夜這いされるくらいなら自分がその体を差し出そうという考えなのだろうか。もう、朝までゆっくり寝れば明日また多少の戦闘があっても問題はない程度に魔力は蓄えられているけれど、魔力量の事などは誰にも聞かれなかったから私も話していない。
簡単に男と寝るような力の弱い魔女だと思われたのは正直心外だ――だけど今夜、隊長にそういうことをしてもらったら、私は本物の魔女になれるのでは?
私は唇の両端をきゅっと上げる。こうすると微笑んでいるように見えるだろうか。
「……よろしくお願いします」
隊長はうなずいた。うなずきながら、唾を飲み込む音がした。隊長も緊張してるのかと思うと、同じ気持ちなんだなと思えて少しだけ嬉しい。慕わしいという気持ちも同じならいいのになと、胸が痛む。
こんなことならやっぱり、オ―クに処女をもらってもらえばよかったんじゃないかと思ったところで、私は「好きな人に処女を捧げたい」なんてどこかで思っていたのかな、ということに気が付いた。そうだ、ここまできたなら、そうしたいのかもしれない。
私は隊長に背を向けて、ローブと、ドレスをするすると脱いでいく。向こうからはやはり、隊長が装備を外したりする音が聞こえる。
隊長のテントはやはり、一般の兵士だったり、私のテントよりは大きい。書き物をする簡単な机と、魔石を使ったランプも置いてある。でも、立ち上がるほどの高さはない。
私は外に声が漏れるのは嫌だから遮音の魔法をかけてから、隊長の方を向く。
お互い下着姿で、夜具を挟んで向かい合った。滑稽な格好だな、と思う。どうせ脱ぐのだからとは思ったけれど、私にはどうしても裸になって向き合う勇気は出なかった。
「遮音の魔法はかけましたから」
「……仮面は取ってくれないのか」
「仮面ですか?」
つけたままでいることに何の疑問も抱かなくなっていた仮面だけれど、隊長からしたら仮面の裏に何か隠されていたりしたらと考えているのかもしれない。でもそういえば隊長は、お世辞で私の目が綺麗だって言ってくれたことがあったっけ。やっぱり優しい、素敵な人だ。
「わかりました」
私はまた隊長に背を向けて、仮面を畳んだローブとドレスの上に置く。そして、膝立ちのまま隊長の方に向き直る。
「紫陽花の魔女」
隊長が、とても切ない声で私を呼ぶ。
「俺が、君を、抱きたいんだ」
私は息をのむ。私は隊長にぐっと引き寄せられ、少し苦しいくらい抱きしめられる。
「隊長」
勇気を振り絞って、隊長の背中に腕を回して、彼の背中の筋肉を感じ取る。隊長の脈が少し早いような気がする。でも、それよりもドキドキしているのは私だ。隊長が、私の穴だけだって欲しいと思っていてくれるなら、それでいいんだ。一度でもいい。
これで本当に魔女になれるなら、この思い出だけで生きていける。
「俺は、君のことがずっと好きだった」
夢じゃないかと思う言葉が隊長の口からどんどん溢れてくる。私は、無意識に魅了の魔法でも使ってしまっていたのかど思った。でも使っていない。
自分を抱きしめてくる、隊長の腕が少し緩む。私は、自分の顔は見せたくないけれども隊長の顔は自分の目で見たかったので、隊長の腕の中で彼の顔を見上げる。
「私も、隊長のことずっとあこがれてました……」
隊長は、私の唇に親指を当てて、輪郭をなぞる。
「俺と、君と、どっちが先に好きだったんだろうな」
私は少し口を開けて、隊長の指をぺろりと舐める。
「まだ私が、見習い魔女だったころからです」
具体的なことを言うのは何となく恥ずかしい。きっかけなんて大したことはない。まだ17歳だった見習い魔女の頃に師匠について歩いていたころ、私のことを牛みたいだって笑っていた若い兵士たちの中で一人だけ、「え、いいじゃん!それがいいんじゃん!」と一人だけ熱心に擁護をしてくれていたのが隊長だったのだ。そういうわりには胸をじっと見てきたりもしない紳士なところも好きだった。私の瞳を綺麗だって言ってくれる優しさも好き。ぼんやりとした好意ではあったが、その好意は一度も薄れたり、消えたりしなかった。
「俺もだ。君が、金木犀の魔女について回っていたころに、可愛いなあって思っていた。その、青い瞳が印象的でさ。君が紫陽花の魔女と名付けられたと聞いた時から、俺は窓際に紫陽花を一鉢置いてるよ」
隊長は、そう言いながらも合間合間に瞼や額にキスを落としてくれる。「かわいいね」と言いながら、とろけるような甘い微笑みでキスしてくれる。生まれてきて、こんなに「かわいい」と言ってもらえたことなんて無かった気がする。
「……こんな大女なのに」
「誰と比べて?」
隊長はさらりとした砂色の前髪を揺らしながら、ちょっと得意げに笑う。確かに私は、隊長に比べたらはるかに小柄だ。というよりも隊長が大柄なのだ。
「俺より大きかったらさすがに俺でも、大柄だなあと思うけど」
そう言ってからちらっと視線を下げる。隊長の視線の先にあるのは私の胸だ。
「まあでも、ここは確かに大きいね」
隊長はそう言って私の胸を持ち上げ、私の耳元で囁く。彼の少しかすれた声が、背中をぞくぞくさせる。こんなことなら、下着も脱いでおいた方が良かったのだろうか。
私は、クレスニク隊長に自分からキスをした。隊長の髪や耳を撫でながら、ついばむようにキスをする。
「なんかもう、夢みたいだ……」
私は、キスをどんどん深くしていく。隊長もどんどん乗ってきて、私の体をまさぐり始める。 そうしているうちに、これが濡れるってことだという感覚を初めて味わった。体の中から何かがじわりと出てきた。魔女仲間との話で聴き上手のふりを続けてきたけれど、みんなが言っていることを今ごろ自分が体験しているというのも不思議な気がする。一生体験しないと思っていたのに。
隊長の耳もとで私はそっとささやいた。
「隊長に初めてをもらってもらえるなんて、夢みたい……」
「……えっ」
隊長の、私の胸と腰を撫でる手が止まった。
「……君、本物の魔女だって」
「……そういうことにしてあります」
魔力自体は足りているので今までやってこられてしまいました、と小さな声で告げる。
「あんなキスだってするのに」
「……まあ、知識は、つきますね……」
本当の魔女になる方法や急速に魔力を充填する方法が男と交わることなのだから、そりゃあ周りからいろいろ情報は入ってくる。それを実行したのは初めてだったが、クレスニク隊長には効果があったということらしい。ちょっと自分に自信が持てた。
「……王都に戻ったら、ちゃんとしたベッドの上で、しよう!」
初めてなのにこんなところでっていうのは君がかわいそうだ、と隊長は私を優しく抱きしめてくれる。
「いや、でも、私はやれればどこででも……」
「女の子が、やれれば、だなんて言っちゃだめ!」
案外隊長は恥ずかしがり屋さんかもしれない。可愛らしいことを言うものだなぁと思って、ちょっとくすっと笑いが出てしまう。
私にとっては、男と交わることは通過儀礼だとか、業務の一環のようなものとしか思っていなかったけれども、確かに「好きな人とすること」と考えてみたら野営のテントの中というのは……いや、思い出深くてそれはそれでいいのではないか?と思うけれど。
「明日王都に戻って、将軍に報告を済ませたら明後日からは5日間の休暇がもらえるはずなんだ。だから、明後日、デートして、その」
「デート!隊長とデート、嬉しい」
隊長に私から抱き着いたら、隊長が突然バランスを崩した勢いで、どうせだからと夜具に横になる。気が付いたらずっと膝立ちだったので、敷物の上とはいえやはり膝が痛い。
「今まで10年ずっと、君とやりたいなあって思っていたことを少しずつやっていきたい」
隊長はまた私に軽く口づける。ちゅっと音がした。
「隊長……」
「俺の名前、わかるでしょ。名前で呼んで」
「……ティレン様」
隊長は嬉しそうに笑っている。
「ティレン様は、私の、昔の名前を知っていますか?」
「もちろん。呼んでもいい?」
「呼んでほしいです……」
隊長は私を一度起こして、隊長の膝の上に足をまたいで座らせる。私の下着が汚れるな、ということがちらっと気になった。背中に夜具をかけてくれたので、温かい。
「アナスタシア。アニー。ずっとずっとこうしたかった。初めて見たときから」
そういって隊長はキスしてくれる。その間も隊長は私の胸を触っているのがちょっと面白い。今まで好きではなかった大きい胸だけれど、今夜からは好きになれそうだ。
「た……ティレン様ぁ」
「今夜は、もう寝よう。アニーも疲れているだろ?」
隊長はまた軽くキスをしてくれて、夜具の上に横たわらせてくれた。その隣に隊長が滑り込み、足を絡ませてくる。そこで気づいてしまったのは、隊長の股間が元気になっていることだ。本当に棒みたいだ。手は伸ばしづらかったので、腿で感触を確かめる。
「アニー、ちょっと」
隊長は困ったように腰を引く。好きな人を翻弄しているような気持ちになるのってちょっといい気分だ。
「……明後日、覚えてろよ」
隊長は私に、眠りの魔法をかけたのかもしれない。幸せな気持ちのまま意識が遠くなった。
朝、目が覚めたら夜具の中で体がいつもよりほかほかしている。最初は隊長と向かい合っていたと記憶していたが、私が寝返りを打って隊長に背中を向けていたらしい。隊長は背中側から私を抱きしめてくれているけれど、その手はちゃっかり私の胸にある。
「おはよう」
隊長はまだ寝ているのかな、と思っていたら起きていたのか今起きたのか。耳の後ろからかすれた声で囁かれたのが、腰に響く。
「おはようございます……」
寝起きの顔を見られるのは恥ずかしい気がするので隊長の方を向けない。隊長はそれでもいいらしく、私の首筋に軽くキスをしてくる。
「もうじき起床予定の時間だけど、起きられる?」
「はい、大丈夫です」
隊長は私の襟あしのところで大きく息を吸ってから、よし!と掛け声をかけて起き上がった。朝のまだ冷たい空気が、目をしっかり覚ましてくれる。
「朝食をとって、テントを片づけて、王都へ出発だ――紫陽花の魔女」
「はい、隊長」
ここからはまた「仕事」が始まる。隊長がわかりやすく示してくれたのでありがたい。
「今日は俺が荷馬車の御者を務める。ローランドと交代する」
「……いいんですか」
「あいつだって馬は乗れるさ」
「私も御者台に乗ってもいいですか」
「もちろんだ」
そんな話をしながら身なりを整えてからテントの外に出たら、みんながニヤニヤしている。
「隊長、良かったねぇ~」
「ほーんと良かった~」
みんなは、隊長と私が昨夜そういうことをしたと思っているようだ。私は、みなさんの期待に沿うようなことはしていないと告げたら、隊長はみんなに暴言を吐かれていた。パウル様とトニ、ローランドさんに至っては、隊長の頭を叩いていた。いいんだろうか。
「……みんな、俺が君のことをずっと好きだったのを知っていたから」
隊長と私は、荷馬車の御者台で並んで話しながら王都に向かって行軍していた。天気がいいので昨日みたいなことがなければ、ちょっとしたデート気分と言えなくもない。正直少し浮かれてはいるけど、気は抜いていない。
「貴族出身の奴らは色白で細い子が好きだってことにはなっているけど、まあ俺たちみたいな農民上がりの兵士とかには君みたいな子は人気があるよ」
「そうなんですか、知らなかったです」
隊長の言葉にうなずきはするけれど、どうも信用はできない。だって隊長は私のことが好きだと言ってくれたから、惚れた欲目というのもあるんじゃないかと思う。
「信用してないな」
隊長はまた明るく笑う。隊長の砂色の前髪が、6月の太陽に照らされてまぶしい。
「南方の魔性の美女って感じで、君に目をつけてるやつらも少なくなかったんだ。だから、その辺の誰かが君と……したのかなぁって思っていたんだけど……」
「あ、ははは、ははは」
遠い目をしている隊長に、なんと答えていいのかがわからないのでとりあえず笑う。そして何とか話を変えようとあたりを見回して、近くの山の話をする。でもまた話が戻る。道端の花の話をする。話が戻る。
休憩の時にも隊長は私を隣から離さないので、副長のパウル様や従卒のトニがげらげら笑っている。隊長が、周囲に重んじられていないように見えるから心配になるが、彼らはこんなことはよその人がいるところではやりませんよ、と言う。
私も彼らの仲間に入れてもらえているのがとても嬉しい。
王都に着く前に、私は隊長と連絡先の交換をし、翌日の待ち合わせをしたが「仮面とローブはつけないで来て!」と強く言われた。確かに私のことを否定しない隊長相手だったら、顔を隠す必要はない。できるかぎりのおしゃれをしていきたいと思う。
嬉しくなって思わず緩んだ頬を仮面の上から手で抑えたら、隊長は満面の笑みを見せてくれた。
翌日、待ち合わせの市民庭園のエリーザベト皇妃像前に早めに行ったら知らない男たちに絡まれ、胸のことをからかわれて半泣きになっていたら隊長が血相を変えて走ってきて助けてくれた。そうしたらそこに軍服姿のパウル副隊長がどこからともなく表れて男たちを引っ立てていった。お昼に屋台で軽食を買って、二人で座れるところを探していたら、木陰のベンチが不自然に一基空いた。そそくさと去って行ったのはトニとローランドさんだったように見えたが気のせいかもしれない。
そこで軽食を取りながら話をしていても、どうしても内容は今夜の予定のことになってしまう。その流れで何の気なしに「本当の魔女になるときには満月の晩に男と交わるとより良いと言われている」と隊長に話をしたら、隊長は「満月の晩まで我慢する!」と言ってくれた。その申し出は確かにありがたかったけれど、本当にそれでいいのかと確認してみたら「もう10年待っているのだから、次の満月なんてあと10日ほどだから」と私の髪を撫でてくれた。
そして7月。次の満月の晩まで待つ!と隊長は我慢してくれたのに、その日に予定外の月のものがきてしまった。また30日待つ羽目になったと思っていた隊長に「来月の月のものも、多分満月の晩と重なります」と告げたら、隊長が見るからにしおれていたから、魔女仲間から聞いたことのある技術をいろいろ試してみることにした。
その技術のうちの一つを試してみたら――隊長のものを胸に挟んで、先っぽをなめてみていたら隊長の顔が真っ赤になっていて、心配になるほどだった。私の胸に挟まれている自分のものを見たその瞬間に発射したりもしていたので隊長は恥ずかしそうだったけれど、私は隊長が喜んでくれるなら魔女仲間からもっといろいろ聞きだそうと思う。
この時までは私は隊長の部屋に行っていたけれど、この後くらいからは隊長に私の家に来てもらうことにした。隊長の部屋の窓辺にある青い花の紫陽花の鉢植えを見るのが気恥ずかしくなったからだ。
隊長の部隊の本部は隊長の部屋からでも私の家からでもそんなに距離は変わらないけれど、私が魔女としての仕事をするためには正直、隊長が私の家に来てくれる方がありがたかった。
隊長は隊長で、私の家に来る方が「受け入れてもらっている気がして嬉しい」とにこにこしている。
私の月のものが終わった後からは隊長は私の家で休日を過ごすことが増えた。私の魔女の仕事は完全なお休みという日は自分で作らない限りはなかなか取りづらいし、素材を採取する都合で朝だけはダメとか夜だけはダメとかそういう都合もあってなかなか隊長が仕事から上がってきて、また出勤するまでずっと体調の事だけ構っていられることはなかなかないですよと説明したら、君の邪魔はしないから、と言ってほんとに邪魔をしない。むしろ手伝いをしてくれているので、彼は休めているのかが逆に不安になる。
そして8月の満月は、また私の月のものが早く来てくれたりしないものかと願っていたけれども、そんなにうまい具合にはいかなかった。隊長もちょっと期待していたらしい。この夜は二人でのんびり私の家で、おいしいものを食べて過ごした。
「私は、そんなに気にしないんですけどねえ」
「俺が気にする」
隊長と一緒に、一つのベッドに横たわっている。一人用の狭いベッドだけれども、隊長は横を向いて寝そべっている私の背中側に同じ向きで横になって、私の下腹部に手を当てて温めてくれている。隊長に包まれている感じがして私はとても落ち着くけれども、隊長はこれでいいのだろうか。
隊長は、どうせなら魔女としていい条件の時の方がいいだろ、と言いながら私の髪にほおずりしてくる。
「でも、18をとうに過ぎているから、そんなに効果があるかどうかもわからないし……」
「だとしたらなお、条件が良いとされる晩の方がいいじゃないか」
「確かに……」
私は、下腹部にあててもらっている隊長の手に自分の手を重ねる。隊長の手がぴくりと震える。
「やりたくないわけじゃないけど、もう、そこまでがっつく年でもないし……」
そんなことを言ってはいるが、隊長は私の――その、割れ目の方まで指を伸ばす。当て布と肌着の上から、ゆっくりとそこをなぞってくる。私は体が震える。実際に快感があるわけでもないけれど、性的なことをされているという気持ちが、ぞくりとさせる。
隊長は私より2歳年が上だったので、今は29歳だ。そして彼はまあそれなりに女性との経験もある。まあ当然だ。そして彼は、それを匂わすような発言をして、私に妬いてもらうのがちょっと嬉しいらしい。実のところ、これだけ男ぶりのいい隊長が童貞だったなんて言われたら、「世の中の女は今まで何をしていたの!?」という怒りが沸く。でも、妬いてもらいたいなら妬くふりくらいいくらでもしてあげよう。
「次の満月まで、私の事捨てないで下さいね」
私は、隊長の指を追いかける。自分で、自分のそこを触っている気になってそれもぞくりとする。
しかし、このままではいけない。月のものがまだ終わっていなくても、そんなのどうでもいい!ってなりそうだ。
私は隊長の腕をゆるめてもらって、隊長の方を向いて体を動かし、隊長の頭を抱えるように手を伸ばす。そうしたら隊長は、素直に私の胸に頭を落とす。
私は首を曲げて、隊長の頭に頬を寄せる。隊長の砂色の髪はとても綺麗で、手触りがいい。こんなところも大好きだ。
「ティレン様の髪、大好きなんです。さらさらで」
私は隊長の髪を指に通してその感触を楽しむ。隊長は私の胸をずっと触って楽しんでいるのだから、私だってそのくらいは楽しんでもいいだろう。
そのまま黙ってさらさらとした指通りを楽しんでいたら、私の胸をほんの少しだけ強く捕まれた。どうしたのかな、と思ったら隊長がなにごとかつぶやく。
「俺が禿げても、アニーは俺の事嫌わないか?俺は、アニーの胸が小さくったって、ずっとアニーのことは大好きだ」
胸が垂れたって好きだ、とも言った。私には胸以外ないのか、と一瞬思ったけれど、笑いがこみあげてくる。
「やだ隊長」
笑いが止まらない。笑う私の胸もおなかも震えているから、隊長は胸から手を離して、私の腰を強く抱きしめてくる。
「あんまり笑うなよ……」
「隊長の髪が無くたって、私は隊長のことが大好きですよ」
隊長がおじいちゃんになってもずっと好き。そう囁いたのは隊長に届いただろうか。
「……隊長じゃなくて、ティレン」
「そうでしたね、ティレン様」
そして私は、隊長の頭を抱えているうちに安心していつの間にか眠りに落ちた。
9月上旬、またゴブリン討伐の遠征が入った。隊長の部隊はまた治癒担当で私を指名して、遠征に連れていく。しかしこれは公私混同と言われたりしないのだろうか、と少し心配になった。
隊長は、今回も私と同じテントで眠りたそうな雰囲気を出していたけれども、気にしないで私は自分でテントを建てて、寝床を準備する。6月の遠征の時は仕方がないにしても、みんなの前で堂々と隊長のテントの中で過ごすのは良くない、のではないかと、思う……。
今回は予定外のオークの群れにも遭ったりせずにみんなで無事に戻ってきた。
移動中の荷馬車では、いつものように御者のローランドさんと話をしていたけれども彼には隊長との関係をいろいろ探られた。彼は私達よりもだいぶ年上で、話が上手いからつい乗ってしまいそうになる。のらりくらりと交わしていたが、帰り道ではとうとう、核心に迫るような質問をされてしまった。
「で、君たちはいつ結婚するの?」
「えっ、いや……そういう間柄では、まだ、ないので……」
「ええ!?」
つい、これだけは本音を話してしまったが、ローランドさんは食い気味にびっくりしたのでこっちが驚いた。
「あのねローランドさん、ローランドさんから見て隊長と私ってどうなんですか」
とても残念そうな顔をしているローランドさんにこちらから問いかける。ローランドさんはきっと私の「結婚の申し込みしてもらったんですぅ!」みたいな明るい返答を期待していたんだろう、そういう話ができなくて申し訳ない。だって、私はまだ隊長に「本当の魔女」にしてもらっていない。つまり、結婚がどうとかいう間柄にはまだ至っていない……ような気が……する……。
「隊長は、いいやつだから、ぜひよろしくな……」
「……よろしくしてもらいたいのは私なんですが……」
ローランドさんには、さっきよりもさらに残念そうな顔をされてしまった。
「……あの、本当に、隊長は、いいやつだから、ほんとに……」
「あ、はい……」
しばらくの沈黙の後、ローランドさんは無理やり話を変えてきてくれた。ちょっとありがたかった。
そして9月の21日。満月の日にとうとう隊長と私は結ばれた。みんなが言っていたほど「はじめての時の痛み」というのはなかったけれども、隊長がずっと触っていたからか翌日はずっと胸――乳房が痛かった。あと、腿が筋肉痛になった。私は体が固いようだ。
気持ちいい、という仲間の話も納得がいった。これは確かに「手っ取り早く魔力を満たしたい」時には隊長と交わるという手段をとることはやぶさかではないような気がする。そう言ったらまた隊長にのしかかられて大変なことになった。奥の方を突かれまくっておなかの奥が重い気がする。
そして私の魔力量は、何がどうしてこうなったのか、過去にも類を見ないほどの魔力量になってしまった。どうも9月の満月の日は東洋の月のお祭りの日とも重なっていたらしく、そういうのもあったのではないかということだった。
魔女ギルドの仲間たちには「まだ処女だったなんて」とかなり驚かれたし、またギルド上部の数人に怒られたけれども、まあもともと魔力量が多かったから、師匠の金木犀の魔女もうまいことやって、気づかなかったこちらもうっかりしていたねということでおとがめ的はまるでなかった。
むしろ私の爆発的な魔力量の増え方が調査対象になってしまい、聞き取り調査をしたいと言われた時の隊長の方が大変だった。
「アニーとの初めての思い出を他人に言わなきゃいけないなんて」
そう言って隊長は顔を真っ赤にして嫌がった。しかし今後の魔女になるみんなの魔力量が増えるなら、この国みんなの役にも立つんですよということでこんこんと説明をしたら、なんとかわかってもらえた。
「こんなことになるなら記録水晶を使っておけばよかった……」
隊長が、密偵の時などによく使われる、その場に置いておくとその水晶から「見える」範囲にあるものを見えたように記録しておくという魔道具を使っておけばよかったと悔やんでいる。お値段はそれなりにする。水晶の大きさや透明度によって記録可能な時間や見え方が全然違う魔道具だ。
「そうですね、確かに調査が入るなら、記録しておけばよかったのかも。説明の手間も省けますしね」
さすが隊長、だけど残念でしたねと隊長の背中を撫でようとしたら、隊長がこちらを見て眉根を寄せている。
「……アニー?」
私はさっき、何かまずいことでも言ってしまっただろうか?と考えるが、思いつかない。
「え、だって、説明するのは面倒だし、口頭で説明するのも恥ずかしくありません?」
隊長は私を見てため息をついた。
「君は、あんなことやこんなことをされている姿を他人に見られても気にしないと?」
隊長は私を抱き寄せて、キスをしながらスカートの中に手を入れてくる。
「あ、そ、そういうことでした!?」
そう言われて気が付いた。そうか、記録水晶を見せるということは、そういうことだ。そして記録水晶を使っておけばよかったということは、記録しておいて後から見返したいということだ!
「き、気がつかなかったんです!」
色情的なスイッチが入ってしまった隊長をなんとか止めようともがくが、隊長の力に敵うはずがない。
「君は、誰かに見られながらしてみたいとかいう興味はあるの?この部屋のカーテン開ける?誰かが気が付いて覗いてくれるかもよ?」
「な、ないです!」
私が本気で怒る手前で、隊長はいじわるをやめてくれた。
涼しげな眼もとで真面目そうな人――いや、仕事は真面目だと思う――なのに、こんな時はいじわるだ。
ヴァルプルギスの夜のサバトに出たという魔女の噂話などは隊長には間違っても聞かせられない。
魔女ギルドで行われた聞き取り調査は確かになかなか恥ずかしく、当日の時間帯だの回数だの体位だのを聞かれた。隊長が先に聞き取りを行われ、次に私だったのだけれども、隊長の話を聞いた後の魔女たちがものすごくニヤニヤしていた。隊長はちょっとドヤ顔をしていた。
聞き取りと検証の結果、私の魔力が恐ろしいほどに増えた理由というのはどうも満月の晩だったことや東洋の中秋節と重なっていたこともあったけれど、結果的には「やっぱ、愛じゃない?」とギルド長である孔雀石の魔女が左手の親指と人差し指を丸くして和を作り、その穴に人差し指を入れていた。
「やだあ!」
菫青石の魔女や、椿の魔女が大笑いをしている。何を意味しているのか。私の知らない魔術的な何かなのか――と思ったら、そうか、穴に棒を突っ込んでいるんだと気が付いた。
「……ギルド長ともあろう人が、下品なんじゃないですか?」
「いやいや、これを下品だと思う方が下品だよ。私達には大事な儀式の一つなんだから」
自分をネタに笑われるのはあまり気分が良くないので軽く嫌味の一つも言ってやれ、と思ったら案外真っ当な理屈を返されてしまった。
「確かにそうですね」
でも、ニヤニヤしながら言われると説得力は下がる。
「これからは、18を過ぎたらなるべく好きな男と寝て本当の魔女になるようにするように周知しよう。今夜儀式を行うような子もいるかもしれないから、とにかく急ごう。……確かにねぇ、好きな男とやる方が、気持ちいいよね。心が満たされるって言うか」
「わかるー」
「よっぽど下手だとさすがに別だけど」
「わかる~」
「愛も冷めるよね」
「ていうか萎える」
「ついてないくせにぃー」
「まぁね~」
孔雀石の魔女と菫青石の魔女、椿の魔女はそんな無駄口をたたきつつもさっそく情報周知のための魔法陣を書き始める。
「魔力を流すのはあなたがやって、紫陽花の魔女。たーっぷり注いでね」
末端まで情報が届くようにしっかりと!と菫青石の魔女に言われたので、私は言われるがままに魔力を注ぐ。確かにこの量の魔力を持っていかれるのは、普通の魔女にはなかなかきついかもしれない、という量だった。まあ今の私には大したことはないんだけれども。
「魔力量、ほんとすごいわぁ。やっぱ愛よね~。あと、回数~!?」
いいこと言ってる私~、と孔雀石の魔女は笑っていたが、確かに、確かにあの夜の隊長は私をずっと離さなかった。月が出ている間ずっと、っていうくらいだったんじゃないかと思う。
「朝までなんてなかなかできる男いないわよ」
「遅漏なんじゃないの、クレスニク隊長」
先輩魔女たちは好き勝手に人をからかいながら、それでも優しく微笑んでくれた。
「幸せにおなり、紫陽花の魔女。普通の女だって、初めてが好きな男とじゃない娘は少なくない」
「ありがとうございます……」
微笑んでいるのかニヤニヤしているのか微妙な先輩魔女たちから祝福を授けられた。
早く隊長に会って、みんなからの祝福を隊長にも分けたいと思った。
魔女からの聞き取り調査の後は業務に戻っていた隊長には、結局は夜になるまで会えなかったけれども、隊長が珍しく花束を持って私の家へ帰ってきたところで私はその胸に飛び込んで、先輩魔女たちから言われたことを素直に伝えた。
私は、隊長と二人でいる時には仮面をつけなくなった。隊長が瞳を見るととろんとした甘い表情で微笑んでくれる。それを見るのが嬉しくなったからだ。
「みんなが、幸せにおなりって言ってくれた」
「そうか」
隊長はちょっと唇を噛んで、一息ついた。そして赤い薔薇の花束を私に差し出す。
「ところでな、アニー。俺、君と一緒に住みたい。君の住むところを俺の終の棲家にさせてもらえないか」
これは、いわゆる求婚のつもりなんだけど、と言いながら、隊長の声がどんどん小さくなる。
「歴史に残る大魔女になるだろう君には、俺では役者不足かもしれないけど……」
「た、隊長」
目に涙がにじんでくる。零れ落ちるのもすぐだとわかる。
「隊長、私、隊長とずっと一緒がいいぃ」
私はみっともないくらい泣いてしまった。初めて隊長のものが中に入ってきた時も泣いたけど、こんな泣きっぷりではなかった。
「うん、アニー、ティレン、な」
「ティレン、ティレン」
隊長に抱きついて泣きじゃくっていたら、しばらくたって落ち着いてきたころに隊長に「清浄魔法をかけられるか」と聞かれた。
「か、かけられますぅ」
隊長にしがみついて大泣きしちゃったから制服がぐしゃぐしゃだしね、と隊長の制服に清浄魔法をかけたが「体の方にも」と言われ、隊長の体にも素直にかけた。
「アニーにもかけて」
「は、はい」
私も自分自身の服と体に清浄魔法をかけたら、隊長がにやりと笑って私を横抱きにする。
「え、そ、そういうこと!?」
私は急に抱き上げられたので、思わず隊長にしがみつく。そんな私の鼻の頭に、隊長は音を立ててキスをする。
「今日も、朝まで離さないからな」
「あ、あ、明日も勤務はあるんじゃないの」
私の方は幸いにも早朝から採取をしないといけないようなものはない。
「一晩くらい寝なくても平気。アニーを補給するほうが力が出る」
隊長はそう言って私の頬にキスをしてごまかそうとする。
「そんなわけないでしょう!?」
隊長に求められるのは嬉しい。嬉しいけれど、人間やっぱり寝ないとダメだと思う。
「ほら、早く始めたら終わるのも早くなって俺が寝る時間が増えるかもしれないぞ」
「……ほんとね?」
上目遣いで隊長を見上げたら、隊長は感極まったように私を強く抱きしめる。
「かわいいなあ、アニーは。ほんっとかわいい」
「もうかわいいっていう年じゃないです!」
「そういうのはね、年は関係ないんだよ」
そのあと私はさんざん隊長にむさぼられた。暴虐の限りを尽くされたと言ってもいいかもしれない。でも、自分でも失敗したなと思ったのは、もう今日は終わりかな……という雰囲気になったところで先輩魔女たちが言っていた「遅漏」という言葉の意味について、本人に聞いてしまったことだと思う……。
その後、隊長――ティレンは私の住む家に引っ越してきた。そして、彼が自分の部屋の窓際に置いていた青い花の紫陽花は私の庭に植えた。
魔力が笑っちゃうくらい多くて強いからと重宝された私は魔女ギルド長の補佐をするようになった。またティレンが遠征するときは治癒担当としてついて行く。そうこうしているうちにギルド長の役目を押し付けられてしまった。
気が付いたら、良くわからないけれど新米魔女に感謝されることが続いた。さすがに5人くらいに訳もなく感謝をされて不思議だったので、6人目くらいの新米魔女に理由を聞いてみたら「紫陽花の魔女のおかげで、好きな人と寝て本物の魔女になっていいって言われたから」と言われた。
まだ数人は「私はあんな男と寝る羽目になったのになんであなたの世代は好きな男と寝ていいの」と言われ、師匠に指定された男と寝ることになったという魔女もいたけれど、6人目の魔女、巴旦杏の魔女に言われた後からそういう事例が発覚した時には「私が長でいる間は魔女ギルドからは放逐する」ということにさせてもらった。不満はあるだろうけれど、文句があるなら私に力で勝ってみたらいいでしょう、と脳筋みたいなことを言ってしまったので少し反省している。
また、「好きな男が特にいないから、それなら上手で、回数をこなせる男がいい」ということで、評判の男娼にお世話になるという子もちらほら増えた。ある時にはなぜかティレンも狙われたので、一度狙われて以降は満月の夜は私が全力で防御壁を張っている。
「襲われたのに嬉しそう……」
さすがにいい気分ではない私がティレンを軽く睨んだら、「君が妬いてくれるのが嬉しい」と言って、その満月の晩は、また朝まで褥を共にした。
このころになったら、初めて褥を共にしたころから8年が過ぎていた。ティレンも37歳になっている。朝まで抱いてくれるけれども回数自体は少なくなったからこれが遅漏ということか、なんて思ったら、顔に出ていたのかその後めちゃくちゃにされた。納得がいかない……。
私が魔術の研究やら魔女ギルドの仕事でばたばたしている間、ティレンは「書物を読むアニーに影響された」といろいろ勉強をしていたらしい。あまり気にしてなくて申し訳ないけれど、仕事のことを聞くのはあまり良くないかなと思っていた、という言い訳をさせてもらう。
もともと彼が所属していた部隊には私が付いて行っていたので、作戦の成功率や兵士の生存率はずば抜けて高かった。そのために昇進したとティレンは言っていたけれど、どう考えてもそれだけではないだろう。昇進したからそのために勉強をして追いつこうとして、勉強したことも評価されて昇進して、の繰り返し。気が付いたらティレンは平民出身としては破格ともいえる、中将にまでなっていた。
昇進するたびにお祝いをしていたけれど正直、途中で面倒になってきた。
「クレスニク中将の妻が魔女ギルド長なんて釣り合わないって言われそう……」
ティレンの妻として、国王夫妻に挨拶をするためにするために正装で出席しないといけないような式典があるたびに胃が痛くなる。
「は?魔女ギルドの構造改革もして、魔術の新しい理論も組み立てている大魔女様が何か言ってるなあ」
「でも、魔女ギルド長の肩書だけだったらこんな式典にまでは呼ばれないもの」
「これは軍を中心にした式典だから」
国王夫妻ご臨席という式典に2回目の参加をすることになった時、いくらローブを着ているからと言ってもその下はまさか同じドレスではいけないというのを、顧問としてギルドに残っている孔雀石の魔女と、秘書を務めてくれている巴旦杏の魔女にこんこんと説かれたのでその通りにしているが、これがなかなかお金と時間がかかる。「ダンナの甲斐性がないと思われるのもかわいそうでしょ~?」と孔雀石の魔女に言われたけれど、確かにそうだ。私がケチだと思われるのはいいけれど、ティレンがドレスをオーダーさせてくれてくれない狭量な男と思われるのはよろしくない。
「紫陽花の魔女アナスタシア・クレスニク殿、行きましょうか」
「ええ、ティレン・クレスニク中将」
あれから17年。ティレンにエスコートをしてもらうことにももう慣れた。ティレンはおじさんになったけどますます素敵になったと思う。私は、ティレンに好かれていた胸もなんとなく痩せてきてしまい、ティレンが若い子に乗り換えたらどうしようとちょっと不安になり、床を見るふりをして胸を見る。
「ん?どうしたの?」
「な、なんでもない」
顔を覗き込んでくるティレンが、またとろけるような笑顔を見せてくる。
「式典から帰るの、楽しみにしてて」
「そ、そ、そういうことは」
「どういうこと?」
顔を赤くしてしまう私の手をとって、ティレンは歩き出す。
そうだ、ティレンは私の胸が小さくても、胸が垂れても好きと言ってくれたことがあったっけ。まあできるだけ対策はとりたいとは思うけど、あまり心配をしないようにしよう。二人で歩んできた道はきっと、まだ先に続いている。
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