上 下
60 / 73
ich rede nichts(私は語らない)

愚かさの報い

しおりを挟む
 愛に生きる女? 褒めているようで、決して褒めていないのがとてもよく分かるわね。常に自身を律するオットー・フォン・ハプスブルクとはまるで違う、と言いたいのでしょう。その場の感情に囚われて我を忘れて、道を踏み外したのを美しい言葉で表しただけよ。貴方はもちろん私の生涯を調べてきたのでしょうし、私を恥じ入らせて悔い改めさせるような「証拠」もたくさん用意してきたのでしょうね。私が上手く話をこしらえたものだから、口を挟む隙を見つけられなかっただけで。何もかも計画通りだったなんてあり得ないのに……本人の証言というだけで信じてしまうなんて、迂闊ではないのかしら。

 開き直ったのかしら、遠慮がなくなってきたわね。ええ、子供たちのことを持ち出されると本当に辛いわ。離婚裁判であれほど激しく親権を争ったのに、成長した子供たちは結局父親のもとへ行ってしまったのだから。ゴルディと家族ぐるみの交流があったのは事実だけれど、母の交際相手としてはまた話は別だったのでしょうね。彼の思想が受け入れがたかったのもあるし、私が父親以外の男性に惹かれたのを快く思わなかったからでもあるでしょう。私自身の両親のことを思えば、その気持ちも分からないでもないのだけれど。私だって、父が母以外の女性と死を選んだのも、母が新しい方と添い遂げられたことも、とても悲しく辛く、理不尽に感じられたもの。

 貴方はきっと、私は報いを受けたのだと言いたがるのでしょうね。もっとも近くにいる子供たちは、母親の振る舞いをよく見ていたのだと。恋に盲目になって怪しげな男に入れあげて、子供たちをおろそかにしたから見捨てられたのだ、と。ゴルディは貴族以上に貴族らしい──オットー・フォン・ハプスブルクにもきっと劣らない紳士だったということを、子供たちは最後まで信じ切れていなかったのかもしれないわね。

 ねえ、貴方は三男のルドルフが若くして死んでしまったのもきっと知っているのよね。自動車事故だったわ。あの子は、レーサーだったのよ。当時のことだから、今よりももっとずっと危険なスポーツだったのに。息子が死に惹かれるようにスピードを求めたのは、私のせいだったのかしら。オットーとの不仲に、ゴルディとの関係に……私の行いが、あの子の精神を不安定にしてしまったのかしら。私の祖母や父から伝わる狂気の血のせいになんてできない、もっと身近な原因のせいでルドルフは死んでしまったのだと、私にはそうとしか思えないのよ。それに何より、ルドルフはいつの間にかナチスに入党していた。それを私たちが知ったのは、彼が亡くなってからだったわ……。保身のためや周囲に流されてのことだったらまだ良いけれど、それもまた私への反発だったのかどうか──分からないの。だから私は、すべて私のせいだと思うことしかできないわ。きっと、母が私に感じたのもこんな感情なのでしょうね。血を分けた子に手ひどく裏切られて、見捨てられたような。

 そう、だから、貴方に何か言われるまでもなく、私はとっくに、そして十分に打ちのめされていた。報いを受けていた。自身の過ちと愚かさを、嫌というほど突き付けられていたのよ。それでも後悔していないのかどうか──ああ、貴方は本当に容赦しないのね。ええ、そう問われて頷くのは、さっきよりは難しいわね。ねえ、でも、私がそうと認めたとして、貴方は信じて悦に入ることができるのかしら。私はたくさん嘘を吐いてきたと、打ち明けたばかりだというのに。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

近江の轍

藤瀬 慶久
歴史・時代
全ては楽市楽座から始まった――― 『経済は一流、政治は三流』と言われる日本 世界有数の経済大国の礎を築いた商人達 その戦いの歴史を描いた一大叙事詩 『皆の暮らしを豊かにしたい』 信長・秀吉・家康の天下取りの傍らで、理想を抱いて歩き出した男がいた その名は西川甚左衛門 彼が残した足跡は、現在(いま)の日本に一体何をもたらしたのか ※この小説は『小説家になろう』『カクヨム』『アルファポリス』で掲載しています

枢軸国

よもぎもちぱん
歴史・時代
時は1919年 第一次世界大戦の敗戦によりドイツ帝国は滅亡した。皇帝陛下 ヴィルヘルム二世の退位により、ドイツは共和制へと移行する。ヴェルサイユ条約により1320億金マルク 日本円で200兆円もの賠償金を課される。これに激怒したのは偉大なる我らが総統閣下"アドルフ ヒトラー"である。結果的に敗戦こそしたものの彼の及ぼした影響は非常に大きかった。 主人公はソフィア シュナイダー 彼女もまた、ドイツに転生してきた人物である。前世である2010年頃の記憶を全て保持しており、映像を写真として記憶することが出来る。 生き残る為に、彼女は持てる知識を総動員して戦う 偉大なる第三帝国に栄光あれ! Sieg Heil(勝利万歳!)

武蔵要塞1945 ~ 戦艦武蔵あらため第34特別根拠地隊、沖縄の地で斯く戦えり

もろこし
歴史・時代
史実ではレイテ湾に向かう途上で沈んだ戦艦武蔵ですが、本作ではからくも生き残り、最終的に沖縄の海岸に座礁します。 海軍からは見捨てられた武蔵でしたが、戦力不足に悩む現地陸軍と手を握り沖縄防衛の中核となります。 無敵の要塞と化した武蔵は沖縄に来襲する連合軍を次々と撃破。その活躍は連合国の戦争計画を徐々に狂わせていきます。

日日晴朗 ―異性装娘お助け日記―

優木悠
歴史・時代
―男装の助け人、江戸を駈ける!― 栗栖小源太が女であることを隠し、兄の消息を追って江戸に出てきたのは慶安二年の暮れのこと。 それから三カ月、助っ人稼業で糊口をしのぎながら兄をさがす小源太であったが、やがて由井正雪一党の陰謀に巻き込まれてゆく。

つわもの -長連龍-

夢酔藤山
歴史・時代
能登の戦国時代は遅くに訪れた。守護大名・畠山氏が最後まで踏み止まり、戦国大名を生まぬ独特の風土が、遅まきの戦乱に晒された。古くから能登に根を張る長一族にとって、この戦乱は幸でもあり不幸でもあった。 裏切り、また裏切り。 大国である越後上杉謙信が迫る。長続連は織田信長の可能性に早くから着目していた。出家させていた次男・孝恩寺宗顒に、急ぎ信長へ救援を求めるよう諭す。 それが、修羅となる孝恩寺宗顒の第一歩だった。

新説 鄧艾士載伝 異伝

元精肉鮮魚店
歴史・時代
五丈原の戦いの翌年から始まる三国志末期。 そこで一介の農政官から一国を降す将軍となった鄧艾の物語。

我らの輝かしきとき ~拝啓、坂の上から~

城闕崇華研究所(呼称は「えねこ」でヨロ
歴史・時代
講和内容の骨子は、以下の通りである。 一、日本の朝鮮半島に於ける優越権を認める。 二、日露両国の軍隊は、鉄道警備隊を除いて満州から撤退する。 三、ロシアは樺太を永久に日本へ譲渡する。 四、ロシアは東清鉄道の内、旅順-長春間の南満洲支線と、付属地の炭鉱の租借権を日本へ譲渡する。 五、ロシアは関東州(旅順・大連を含む遼東半島南端部)の租借権を日本へ譲渡する。 六、ロシアは沿海州沿岸の漁業権を日本人に与える。 そして、1907年7月30日のことである。

大日本帝国、アラスカを購入して無双する

雨宮 徹
歴史・時代
1853年、ロシア帝国はクリミア戦争で敗戦し、財政難に悩んでいた。友好国アメリカにアラスカ購入を打診するも、失敗に終わる。1867年、すでに大日本帝国へと生まれ変わっていた日本がアラスカを購入すると金鉱や油田が発見されて……。 大日本帝国VS全世界、ここに開幕! ※架空の日本史・世界史です。 ※分かりやすくするように、領土や登場人物など世界情勢を大きく変えています。 ※ツッコミどころ満載ですが、ご勘弁を。

処理中です...