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運命の出会い

ささやかな幸せ

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 私を、ハプスブルク家出身のもと皇女を転向させられることができそうだと見て取ったからだったのかしら、それともこんな私にも少しは魅力が残っていたのかしら。オットーとの離婚が成立して、穏やかな生活が戻ってからも、ゴルディは頻繁に私の館を訪ねてくれた。子供たちにとっても良い教師になってくれたわ。勉強という意味だけでなく、本当の父親が与えてはくれなかった善き人としての生き方や誇り、世間知とでもいうようなことを教えてくれた。そうそう、彼の息子はオットーというの。最初の夫のオットーに、最後の皇太子のオットー・フォン・ハプスブルクに続いて、私の人生に登場する、三人目のオットーということになるわね。ゴルディに似たのでしょう、落ち着いて礼儀正しい、聡明な若者だった。今でも私が息子という時は、オットー・ペツネックを思い浮かべることもあるくらいなの。弁護士でね、とても頼りにしているの。──それは、今の時代のこと、あの当時はこんなことになるとは私たちの誰も思っていなかったのだけど、とにかく、それくらい、私たちは家族ぐるみで交流して、信頼関係を築いていった。

 ひとりの男性と対等に語らい、絆を深めていくというのは私にとっては初めての経験だったわ。祖父は肉親である以前にあまりにも偉大な皇帝だったし、私には父の記憶はほとんどないから。最初の夫のオットーにしろ、レルヒにしろ、見栄や打算と無縁の関係ではいられなかった。私を崇拝した人も、愛を囁いた人も数えきれないほどいたけれど、それは絵画や彫刻を愛でるようなものでしかなかった。そうね、私の方だってお高く止まって周囲を見下して、交わろうとしなかったのも確かなのだけれど。でも、同じ目線で心の内側を明かそうと思える人に、それまでは出会えなかったのも本当なのよ。

 オットーとの結婚の時には、私、とても焦って急いで話を進めてしまったわ。それに、何より若かったから、勢いというものがあったのね。でも、離婚裁判の決着が着くころには私は四十歳近くなっていた。最初の結婚の時よりは分別もついていたし、一方では臆病になっていたともいえるでしょう。ゴルディの訪れを心待ちにして、時に党の集会にも参加しながら、私たちの距離が縮まっていくのはごくゆっくりと、だったわ。私たちはずいぶん長い間、良いお友達だったの。でも、物事は自然な方へ流れるものよ。水のように、時のように。決して燃え上がることはなくても、私たちは確かに愛し合うようになっていった。そのころには子供たちも大きくなって──母の恋にも、そっと目を瞑ってくれるようになっていた。ゴルディが、私のもとに通うのではなくて、館で夜を過ごし、さらに何日もとどまってくれるようになったのは、いったいいつごろからだったかしら。一九……二三年とか二四年とか、それくらいのことだったでしょうね。

 少女時代から中年にさしかかるまで、私はずっと落ち着かずにもがき続けてきたようだったわ。自由のため、家や身分というくびきから逃れるために。その手段として得た夫からも、後には戦わなければならなくなった。愚かな振る舞いや、思慮に欠ける行いもたくさんしてしまった。そうして時間をかけて回り道をして、やっと安らかな日々を得ることができたのよ。

 ──そう言い切ることができたら、どんなにか良かったでしょうね。私自身があのころ信じていたように、子供たちを旅立たせた後、愛する人とゆっくりと余生を過ごしました、で人生を締めくくることができたなら。
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