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崩壊する世界
訃報
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オットーとの離婚裁判での証言? よく調べているのね。そんなに何もかも知っているのに、どうしてわざわざこの屋敷にやって来たのかしら。私の顔色を見れば事実を見極められるとでも思っていた? 私の動揺や後悔の表情を、間近で眺めたかった? 声を荒げるところをじっくりと観察したかったのかしら。それなら貴方はがっかりしていることでしょう。私は思ったよりも冷静で、しかも真実を述べていると分かるでしょうから。
そもそも、レルヒとの火遊びだって、いずれ終わりが来るのは決まっていたことだったわ。祖父の帝国がいつまでも安泰だったら、オットーと別れた後、船乗りの妻になる人生も良かったかもしれない。海辺の屋敷に子供たちと暮らして、バルコニーから艦の上にいる夫に手を振るの。時には航海に連れて行ってもらったり、船上で共に潮風を浴びたりして──でも、そんな夢を見続けられるような時代ではないのは、私にはもう分かっていた。私は、父の言葉を信じていたもの。祖父の死と共に帝国は終わる、という不吉な予言を。たとえ戦争がなかったとしても、遠からず時代が変わるのは目に見えていた。オットーとはもう共に人生を歩むことはできないのは当然としても、レルヒだって私の伴侶には相応しくなかった。身分や財力の問題ではなく、子供たちを共に育めるかどうかという点で頼りなかったということよ。
それに、今になって彼とのことを掘り返そうなんて趣味が悪いにもほどがある。私については、まだ良いでしょう。こうしてまだ生きているし、出自も、これまでに辿った人生も、貴方たちの関心を惹いてしまうのは仕方ない。でも、可哀想なレルヒは海の藻屑と消えてしまったのよ。あの美しいアドリア海が、彼の墓場になってしまった。彼の乗っていた潜水艦が撃沈されたということは分かっても、彼が最期に何を思ったかはもう誰にも知ることはできない。彼は、髪のひと筋も還らなかった。私の手元に残ったのは、彼の写真と、何通かの手紙だけよ。そんな最期を迎えた人を、まだ邪推であれこれ貶めようというの? 国のために命を捧げた人に対して? 私が今日まで生きてきたのは、彼のために弁明するためだったのかもしれないわね。
祖父は、レルヒを称えてお母様に彼を叙勲する旨の電報を打ってくれたわ。彼の勇敢さを思えば当然のことよ。私との関係にはかかわりなく、祖国のために命を捧げた英雄は相応の栄誉で報いられなければならないでしょう。ええ、だから、彼は決して私の心の特別な場所を占めているという訳ではないの。恋とか愛ではなくて──貴方たちの不躾な憶測とはまったくかけ離れて、彼はただ魅力的で優れた人だったというだけよ。
私には世界が崩れ落ちていっているように思えたわ。レルヒが、身近な人が死んでしまった。オットーは戦場から手を伸ばして私を追い詰めようとしていた。レルヒとの噂を盾に取って、私から財産や子供たちを奪おうとして! 戦争はいつまでも終わらないように見えたし──何より、祖父が弱り切っていた。
祖父や祖国を思って、私は戦争中はオットーとの交渉にできる限り譲歩していたのよ。なのに、レルヒの死で私がよほど堪えているとでも思ったのでしょう、あの男は卑怯にも時節を弁えずに私を責め立てたのよ。当時の私が身勝手だと貴方が信じているとしたら、あることないこと吹聴したオットーのせいよ。あの男は私が邪魔で仕方なくなった癖に、私との結婚で得た財産は手放したくなかったのよ。子供たちの養育権を求めたのも、私を苦しめるために違いなかったでしょう。
だから、オットーの主張を信じてはいけないわ。あの男は、自分が吐いた嘘を自分でも信じ込んでしまったか、それか、世間を欺くために信じているように振る舞っただけ。それに、特別に親しかった人の訃報に接して、冷静でいられる女がいるはずないでしょう。ただそれだけのことなのに、意地悪な言い方をするのはやめてちょうだい。たとえ恋人ではなくても、知っている人が亡くなれば悲しいの。どうして分かってくれないのかしら。それとも、分かろうとしないだけなのかしら。私が実際に何を思っていたか、どのように感じていたかを聞きたいのでしょうに、どうして私が言うことを疑ったりするのかしら!
そもそも、レルヒとの火遊びだって、いずれ終わりが来るのは決まっていたことだったわ。祖父の帝国がいつまでも安泰だったら、オットーと別れた後、船乗りの妻になる人生も良かったかもしれない。海辺の屋敷に子供たちと暮らして、バルコニーから艦の上にいる夫に手を振るの。時には航海に連れて行ってもらったり、船上で共に潮風を浴びたりして──でも、そんな夢を見続けられるような時代ではないのは、私にはもう分かっていた。私は、父の言葉を信じていたもの。祖父の死と共に帝国は終わる、という不吉な予言を。たとえ戦争がなかったとしても、遠からず時代が変わるのは目に見えていた。オットーとはもう共に人生を歩むことはできないのは当然としても、レルヒだって私の伴侶には相応しくなかった。身分や財力の問題ではなく、子供たちを共に育めるかどうかという点で頼りなかったということよ。
それに、今になって彼とのことを掘り返そうなんて趣味が悪いにもほどがある。私については、まだ良いでしょう。こうしてまだ生きているし、出自も、これまでに辿った人生も、貴方たちの関心を惹いてしまうのは仕方ない。でも、可哀想なレルヒは海の藻屑と消えてしまったのよ。あの美しいアドリア海が、彼の墓場になってしまった。彼の乗っていた潜水艦が撃沈されたということは分かっても、彼が最期に何を思ったかはもう誰にも知ることはできない。彼は、髪のひと筋も還らなかった。私の手元に残ったのは、彼の写真と、何通かの手紙だけよ。そんな最期を迎えた人を、まだ邪推であれこれ貶めようというの? 国のために命を捧げた人に対して? 私が今日まで生きてきたのは、彼のために弁明するためだったのかもしれないわね。
祖父は、レルヒを称えてお母様に彼を叙勲する旨の電報を打ってくれたわ。彼の勇敢さを思えば当然のことよ。私との関係にはかかわりなく、祖国のために命を捧げた英雄は相応の栄誉で報いられなければならないでしょう。ええ、だから、彼は決して私の心の特別な場所を占めているという訳ではないの。恋とか愛ではなくて──貴方たちの不躾な憶測とはまったくかけ離れて、彼はただ魅力的で優れた人だったというだけよ。
私には世界が崩れ落ちていっているように思えたわ。レルヒが、身近な人が死んでしまった。オットーは戦場から手を伸ばして私を追い詰めようとしていた。レルヒとの噂を盾に取って、私から財産や子供たちを奪おうとして! 戦争はいつまでも終わらないように見えたし──何より、祖父が弱り切っていた。
祖父や祖国を思って、私は戦争中はオットーとの交渉にできる限り譲歩していたのよ。なのに、レルヒの死で私がよほど堪えているとでも思ったのでしょう、あの男は卑怯にも時節を弁えずに私を責め立てたのよ。当時の私が身勝手だと貴方が信じているとしたら、あることないこと吹聴したオットーのせいよ。あの男は私が邪魔で仕方なくなった癖に、私との結婚で得た財産は手放したくなかったのよ。子供たちの養育権を求めたのも、私を苦しめるために違いなかったでしょう。
だから、オットーの主張を信じてはいけないわ。あの男は、自分が吐いた嘘を自分でも信じ込んでしまったか、それか、世間を欺くために信じているように振る舞っただけ。それに、特別に親しかった人の訃報に接して、冷静でいられる女がいるはずないでしょう。ただそれだけのことなのに、意地悪な言い方をするのはやめてちょうだい。たとえ恋人ではなくても、知っている人が亡くなれば悲しいの。どうして分かってくれないのかしら。それとも、分かろうとしないだけなのかしら。私が実際に何を思っていたか、どのように感じていたかを聞きたいのでしょうに、どうして私が言うことを疑ったりするのかしら!
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