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一九六一年 秋 ウィーン
旅した日々に思いを馳せて
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何度も同じようなことを言った気がするわ。貴方が同じようなことを何度も言うからだけど。私は別に、それらの国々がまだハプスブルクのものだと思っている訳ではない。私はオットー・フォン・ハプスブルクとは違うの。オーストリアが、かつての祖父の帝国の版図を取り戻せば良いと思っている訳ではない。そもそも最初はドイツの話をしていたのでしょうに。ドイツとオーストリアは、同じ言語を使う同じ民族ではあっても必ずしも良い隣人ではなかったわ。共に戦ったこともあるけれど、争った歴史だってあるし──とにかく、私はかつては同じ国として気軽に旅することができた場所に、今日からは行けなくなってしまうということがどういうことかをよく知っているというだけよ。だからベルリンの人たちのことを考えてしまうの。ええ、そもそもあの街は東西に違う国に分かたれていたのだけれど。でも、はっきりと壁を築かれてしまうのはずっと別のことでしょうに。
前の時代に戻りたい、なんてことでもないのよ。それは、私が言ってはいけないことよ。私は社会民主主義に傾倒し、共和国の一市民になったのですもの。民衆を支配する階級がいたなんて、やはり間違ったあり方だったのよ。でも、それなら、王や皇帝がとっくにいなくなったのに、どうして世界はこんなにも自由じゃないのかしら。祖父は、少なくとも帝国内のすべての民族は平等だと謳っていたわ。ユダヤ人でさえ。不満や争いがまったくなかった訳ではないけれど、むしろ、自らの国を求める各民族の情熱こそが祖父の帝国を解体させてしまったのでしょうけれど。いいえ、文句を言うつもりはないのよ、本当に。ただ、誰もが満足できる国の在り方というか、国境というか、そんなものが本当にあるのかどうか、不思議でならないだけ。本当に人間は進歩しているのか、時代は前に進んでいるのか──どのみち私はそう長く見届けることはできないのだけど。ええ、だからこそ貴方は来たのでしょうね。死の匂いを嗅ぎつけるハゲワシのように。ハプスブルクのもと皇女から何かしらを聞き出したというお墨付きを、貴方の記事だか本だかにつけるために。
私のためのような顔をしないでちょうだいね。私の言葉が後の世の人への教訓になるだなんて信じられないし、そんな風にありがたがられたとしても喜べないわ。私が言ったことそのままではなくて、貴方たちの言いたいことを補強する材料にされるだけなんでしょうから。そして、過去のことを考えたところで、別に気が紛れたりはしないのだから。私の人生には良いことも楽しいこともたくさんあったけれど、こんな気分の時に浮かんでくるのは辛いことや悲しいことばかり。旅をした記憶だって、必ずしも美しいものではないわ。最初の夫、この前話したオットー・ヴィンデッシュ=グレーツと暮らしたプラハも、ミラマーレ城のあるアドリア海も、ほかにも私が訪ねたことがあるお城や館、そこから望む景色はとても綺麗だったけれど。思い出のすべてがそうではないのだもの。祖母は旅する女と呼ばれ、母も心痛から逃れるためによく旅をしたと言ったでしょう。だから、私もあの方たちに似たか、無意識のうちに倣ったかしたのでしょうね。私が旅をするのは、避暑や避寒や療養のためだけではなくて、何かから逃れるためだったかもしれない。いいえ、決してあてのないことではなかったわ。この前も話したでしょう。私は──貴方たちが考えるよりもずっと、自分の置かれた立場を分かっていたし、先のことを考えていたのよ。
私は決して、世間知らずの皇女でも恋に浮かれる小娘でもなかった。ええ、そうよ。そうだったの。今日はそのことをきっちりと教えてあげましょう。もう行けなくなってしまった国々に思いを馳せれば、その間だけは今の有り様を忘れることができるかもしれないし。私はこんな歩けない婆さんではなくて、優雅に軽やかに踊れるお姫様だったのよ。人生は輝いて、愛すべきものに溢れていて、何もかも思い通りにできると、思い通りにしてやると考えていた。──信じられないくらい傲慢な考えかもしれないけれど、そんな時期も、あったのよ。
前の時代に戻りたい、なんてことでもないのよ。それは、私が言ってはいけないことよ。私は社会民主主義に傾倒し、共和国の一市民になったのですもの。民衆を支配する階級がいたなんて、やはり間違ったあり方だったのよ。でも、それなら、王や皇帝がとっくにいなくなったのに、どうして世界はこんなにも自由じゃないのかしら。祖父は、少なくとも帝国内のすべての民族は平等だと謳っていたわ。ユダヤ人でさえ。不満や争いがまったくなかった訳ではないけれど、むしろ、自らの国を求める各民族の情熱こそが祖父の帝国を解体させてしまったのでしょうけれど。いいえ、文句を言うつもりはないのよ、本当に。ただ、誰もが満足できる国の在り方というか、国境というか、そんなものが本当にあるのかどうか、不思議でならないだけ。本当に人間は進歩しているのか、時代は前に進んでいるのか──どのみち私はそう長く見届けることはできないのだけど。ええ、だからこそ貴方は来たのでしょうね。死の匂いを嗅ぎつけるハゲワシのように。ハプスブルクのもと皇女から何かしらを聞き出したというお墨付きを、貴方の記事だか本だかにつけるために。
私のためのような顔をしないでちょうだいね。私の言葉が後の世の人への教訓になるだなんて信じられないし、そんな風にありがたがられたとしても喜べないわ。私が言ったことそのままではなくて、貴方たちの言いたいことを補強する材料にされるだけなんでしょうから。そして、過去のことを考えたところで、別に気が紛れたりはしないのだから。私の人生には良いことも楽しいこともたくさんあったけれど、こんな気分の時に浮かんでくるのは辛いことや悲しいことばかり。旅をした記憶だって、必ずしも美しいものではないわ。最初の夫、この前話したオットー・ヴィンデッシュ=グレーツと暮らしたプラハも、ミラマーレ城のあるアドリア海も、ほかにも私が訪ねたことがあるお城や館、そこから望む景色はとても綺麗だったけれど。思い出のすべてがそうではないのだもの。祖母は旅する女と呼ばれ、母も心痛から逃れるためによく旅をしたと言ったでしょう。だから、私もあの方たちに似たか、無意識のうちに倣ったかしたのでしょうね。私が旅をするのは、避暑や避寒や療養のためだけではなくて、何かから逃れるためだったかもしれない。いいえ、決してあてのないことではなかったわ。この前も話したでしょう。私は──貴方たちが考えるよりもずっと、自分の置かれた立場を分かっていたし、先のことを考えていたのよ。
私は決して、世間知らずの皇女でも恋に浮かれる小娘でもなかった。ええ、そうよ。そうだったの。今日はそのことをきっちりと教えてあげましょう。もう行けなくなってしまった国々に思いを馳せれば、その間だけは今の有り様を忘れることができるかもしれないし。私はこんな歩けない婆さんではなくて、優雅に軽やかに踊れるお姫様だったのよ。人生は輝いて、愛すべきものに溢れていて、何もかも思い通りにできると、思い通りにしてやると考えていた。──信じられないくらい傲慢な考えかもしれないけれど、そんな時期も、あったのよ。
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