10 / 73
自由のための一歩
シンデレラの魔法が解けても
しおりを挟む
皇女が宮廷から逃げ出すなんて無理だと思うかしら。何を想像しているかは分からないけれど、シンデレラのように靴を脱ぎ捨てて走り出すようなことではない、もっと比喩的なことよ? それとも、世間知らずゆえの無謀だと言いたいのかしら。でも、私は貴方が思っているよりは自分の立場が分かっていて、そして、早くしなければ、と焦っていたわね。そうしないと祖母のように閉じ込められてしまいそうだと思っていたもの。
父は妻以外の女性と死を選んだ。残された母と、帝国の後継者であるはずのフランツ・フェルディナント大公は、それぞれ身分にそぐわない結婚を望んだ。王家に生まれた者は王家に生まれた者と結婚して王朝を繋ぐ──そんな伝統が崩れつつある時代で、けれど伝統にしがみつこうとしている人も多い時代だったのよ。だから、祖父は私までもが父たちの轍を踏むのを恐れていたはずよ。孫娘である私こそは、しかるべきどこかの王様か王子様と結ばれて欲しいと思っていたはず。だから、私は急いで、そして「自力で」相手を見つけなければならなかったのよ。祖父は私を愛してくれたし、私も祖父を敬愛していたから、申し訳ないとは思っていたけれど。でも、私の人生、私の幸福のためのことだもの、やり遂げるしかなかったのよ。
もう分かるでしょう、あの宮廷舞踏会は、私の将来を決めるための貴重な機会だったのよ。祖父もその肚積もりではあったのでしょうけど、それ以上に私にとって、逃せない機会だった。
皇帝の、たったひとりの孫娘の歓心が欲しかったのでしょうね、あの夜は私と踊るのを誰もが期待していたわ。祖父が喜んで認めるような人も、そうでない人も、たくさん。一夜の夢、その場限りの思い出として幸運を期待していた人もいれば、本気でどうにかして皇室との縁を結ぼうと画策していた人もいたでしょう。殿方でなくても、貴婦人だって、私の去就には興味津々といった様子だったわ。もちろん、貴方のご同類もね。「あの」皇太子ルドルフの忘れ形見が、誰の手を最初に取るのか。記事に書きたくて仕方なかったことでしょうね。
私は、きっと貴方のような人たち、つまりジャーナリストという人たちを喜ばせたはずよ。だって、舞踏会の最初から最後まで、ずっと同じ相手と踊り続けたのだもの! ええ、普通なら曲が変わるごとに相手を変えるのが作法というものよ。でも、私は侍従に耳打ちしてちょっと我が儘を通してもらったのよ。次の曲もあの方と踊るの、またその次も、って。皇女の命令だもの、逆らわないわ。でも、その侍従は目を白黒させていたっけ。思い出しても笑ってしまうわ。きっと、皇帝陛下にご注進に及んだものか悩ませてしまったのでしょうね。彼だけではないわ、舞踏会に出席していた母も、一族の大公や大公妃たち、外国からの賓客や大使だって、しだいに顔を見合わせて囁き合うようになっていた。皇女を独占しているあの端正な容姿の士官はいったい誰だろう、って。みんなの噂の的になるのも、素敵な相手と踊って胸と息を弾ませるのも、とても楽しくてとても幸せなことだったわ。私は昔からそうだったの。
人を驚かせるのは愉快なものよ。やるべきでないことをして、羽目を外して──そうして聞こえる溜息は、どんな音楽よりも心を浮き立たせるものよ。だからあの夜のダンスは、それはそれは楽しかった。もしも私がシンデレラだったら、魔法が解けても踊り続けていたでしょう。それくらい、私は初めての舞踏会と「その人」に夢中になっていたの。ねえ、皇帝の孫娘が、王族でもない一介の士官と恋に落ちた、その瞬間を見せてあげたのよ。貴方、あの時のあの場所にいたら、と思わない? 翌日の朝刊のために、どんな見出しでどんな記事を書こうかと、指がうずうずするのではないのかしら。
父は妻以外の女性と死を選んだ。残された母と、帝国の後継者であるはずのフランツ・フェルディナント大公は、それぞれ身分にそぐわない結婚を望んだ。王家に生まれた者は王家に生まれた者と結婚して王朝を繋ぐ──そんな伝統が崩れつつある時代で、けれど伝統にしがみつこうとしている人も多い時代だったのよ。だから、祖父は私までもが父たちの轍を踏むのを恐れていたはずよ。孫娘である私こそは、しかるべきどこかの王様か王子様と結ばれて欲しいと思っていたはず。だから、私は急いで、そして「自力で」相手を見つけなければならなかったのよ。祖父は私を愛してくれたし、私も祖父を敬愛していたから、申し訳ないとは思っていたけれど。でも、私の人生、私の幸福のためのことだもの、やり遂げるしかなかったのよ。
もう分かるでしょう、あの宮廷舞踏会は、私の将来を決めるための貴重な機会だったのよ。祖父もその肚積もりではあったのでしょうけど、それ以上に私にとって、逃せない機会だった。
皇帝の、たったひとりの孫娘の歓心が欲しかったのでしょうね、あの夜は私と踊るのを誰もが期待していたわ。祖父が喜んで認めるような人も、そうでない人も、たくさん。一夜の夢、その場限りの思い出として幸運を期待していた人もいれば、本気でどうにかして皇室との縁を結ぼうと画策していた人もいたでしょう。殿方でなくても、貴婦人だって、私の去就には興味津々といった様子だったわ。もちろん、貴方のご同類もね。「あの」皇太子ルドルフの忘れ形見が、誰の手を最初に取るのか。記事に書きたくて仕方なかったことでしょうね。
私は、きっと貴方のような人たち、つまりジャーナリストという人たちを喜ばせたはずよ。だって、舞踏会の最初から最後まで、ずっと同じ相手と踊り続けたのだもの! ええ、普通なら曲が変わるごとに相手を変えるのが作法というものよ。でも、私は侍従に耳打ちしてちょっと我が儘を通してもらったのよ。次の曲もあの方と踊るの、またその次も、って。皇女の命令だもの、逆らわないわ。でも、その侍従は目を白黒させていたっけ。思い出しても笑ってしまうわ。きっと、皇帝陛下にご注進に及んだものか悩ませてしまったのでしょうね。彼だけではないわ、舞踏会に出席していた母も、一族の大公や大公妃たち、外国からの賓客や大使だって、しだいに顔を見合わせて囁き合うようになっていた。皇女を独占しているあの端正な容姿の士官はいったい誰だろう、って。みんなの噂の的になるのも、素敵な相手と踊って胸と息を弾ませるのも、とても楽しくてとても幸せなことだったわ。私は昔からそうだったの。
人を驚かせるのは愉快なものよ。やるべきでないことをして、羽目を外して──そうして聞こえる溜息は、どんな音楽よりも心を浮き立たせるものよ。だからあの夜のダンスは、それはそれは楽しかった。もしも私がシンデレラだったら、魔法が解けても踊り続けていたでしょう。それくらい、私は初めての舞踏会と「その人」に夢中になっていたの。ねえ、皇帝の孫娘が、王族でもない一介の士官と恋に落ちた、その瞬間を見せてあげたのよ。貴方、あの時のあの場所にいたら、と思わない? 翌日の朝刊のために、どんな見出しでどんな記事を書こうかと、指がうずうずするのではないのかしら。
0
お気に入りに追加
22
あなたにおすすめの小説
近江の轍
藤瀬 慶久
歴史・時代
全ては楽市楽座から始まった―――
『経済は一流、政治は三流』と言われる日本
世界有数の経済大国の礎を築いた商人達
その戦いの歴史を描いた一大叙事詩
『皆の暮らしを豊かにしたい』
信長・秀吉・家康の天下取りの傍らで、理想を抱いて歩き出した男がいた
その名は西川甚左衛門
彼が残した足跡は、現在(いま)の日本に一体何をもたらしたのか
※この小説は『小説家になろう』『カクヨム』『アルファポリス』で掲載しています
枢軸国
よもぎもちぱん
歴史・時代
時は1919年
第一次世界大戦の敗戦によりドイツ帝国は滅亡した。皇帝陛下 ヴィルヘルム二世の退位により、ドイツは共和制へと移行する。ヴェルサイユ条約により1320億金マルク 日本円で200兆円もの賠償金を課される。これに激怒したのは偉大なる我らが総統閣下"アドルフ ヒトラー"である。結果的に敗戦こそしたものの彼の及ぼした影響は非常に大きかった。
主人公はソフィア シュナイダー
彼女もまた、ドイツに転生してきた人物である。前世である2010年頃の記憶を全て保持しており、映像を写真として記憶することが出来る。
生き残る為に、彼女は持てる知識を総動員して戦う
偉大なる第三帝国に栄光あれ!
Sieg Heil(勝利万歳!)
武蔵要塞1945 ~ 戦艦武蔵あらため第34特別根拠地隊、沖縄の地で斯く戦えり
もろこし
歴史・時代
史実ではレイテ湾に向かう途上で沈んだ戦艦武蔵ですが、本作ではからくも生き残り、最終的に沖縄の海岸に座礁します。
海軍からは見捨てられた武蔵でしたが、戦力不足に悩む現地陸軍と手を握り沖縄防衛の中核となります。
無敵の要塞と化した武蔵は沖縄に来襲する連合軍を次々と撃破。その活躍は連合国の戦争計画を徐々に狂わせていきます。
つわもの -長連龍-
夢酔藤山
歴史・時代
能登の戦国時代は遅くに訪れた。守護大名・畠山氏が最後まで踏み止まり、戦国大名を生まぬ独特の風土が、遅まきの戦乱に晒された。古くから能登に根を張る長一族にとって、この戦乱は幸でもあり不幸でもあった。
裏切り、また裏切り。
大国である越後上杉謙信が迫る。長続連は織田信長の可能性に早くから着目していた。出家させていた次男・孝恩寺宗顒に、急ぎ信長へ救援を求めるよう諭す。
それが、修羅となる孝恩寺宗顒の第一歩だった。
日日晴朗 ―異性装娘お助け日記―
優木悠
歴史・時代
―男装の助け人、江戸を駈ける!―
栗栖小源太が女であることを隠し、兄の消息を追って江戸に出てきたのは慶安二年の暮れのこと。
それから三カ月、助っ人稼業で糊口をしのぎながら兄をさがす小源太であったが、やがて由井正雪一党の陰謀に巻き込まれてゆく。
超克の艦隊
蒼 飛雲
歴史・時代
「合衆国海軍ハ 六〇〇〇〇トン級戦艦ノ建造ヲ計画セリ」
米国駐在武官からもたらされた一報は帝国海軍に激震をもたらす。
新型戦艦の質的アドバンテージを失ったと判断した帝国海軍上層部はその設計を大幅に変更することを決意。
六四〇〇〇トンで建造されるはずだった「大和」は、しかしさらなる巨艦として誕生する。
だがしかし、米海軍の六〇〇〇〇トン級戦艦は誤報だったことが後に判明。
情報におけるミスが組織に致命的な結果をもたらすことを悟った帝国海軍はこれまでの態度を一変、貪欲に情報を収集・分析するようになる。
そして、その情報重視への転換は、帝国海軍の戦備ならびに戦術に大いなる変化をもたらす。
隠密同心艶遊記
Peace
歴史・時代
花のお江戸で巻き起こる、美女を狙った怪事件。
隠密同心・和田総二郎が、女の敵を討ち果たす!
女岡っ引に男装の女剣士、甲賀くノ一を引き連れて、舞うは刀と恋模様!
往年の時代劇テイストたっぷりの、血湧き肉躍る痛快エンタメ時代小説を、ぜひお楽しみください!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる