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九章 佳燕の真意

4.芝居の当日

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 翰鷹皇子を迎えるのは、先日とは違う、池のない庭に面した部屋だった。先に水竜の《力》で脅されたことを、炎俊は根に持っているらしい。とはいえ、仮にも皇族を相手に茶を出さないことなどあり得ないから、結局は無駄な抵抗でしかないのだろうけど。

 侍女の繍栄を従えて現れた佳燕は、朱華の予想通り、脂粉おしろいでも隠しきれない白い顔をしていた。愁眉を解いて差し上げたいと、朱華は努めて明るく微笑んだ。

「佳燕様、おはようございます。ご機嫌は──麗しくないとは、存じますが」
「雪莉様……」

 はぐれた雛が親鳥を見つけた時を思わせる眼差しで、佳燕は朱華の傍に素早く駆け寄って来た。信用してもらえたなら良い、のだろうか。これからの一幕では、きっともっと怖がらせてしまうであろうことが申し訳なかった。

「私、長春君様にどのような顔でお会いすれば──こんな大事にしてしまって……」
「三の君様の御心は、すぐ確かめられますわ。私と、我が君様とで証明して差し上げます」

 無理は承知で、朱華は佳燕の目を見つめて訴えた。黒く、常に潤んだような美しい目が、過去も未来も見通すことができるというのは不思議なことだ。佳燕が時見の《力》を制御できたなら、この先の場面を見て少しは安心してもらえただろうか。

(……ううん、やっぱり怖いでしょうね。音は聞こえないんだもの……)

 朱華の作った笑顔は、佳燕を信じさせるには少々力不足だったようだ。今にも倒れはしないかと心配になるほど頬を青褪めさせて、儚い佳人は朱華を縋るように見つめてくる。

「あの……四の君様は長春君様にはどのようにご説明してくださったのでしょうか……? 白家を疑っていらっしゃるなんて……決して、我が君に叛意があった訳ではなくて──」

 朱華はいつまでも続きそうな愚痴めいた言い訳めいた訴えを、半ば強引に遮った。

「全て、私の長春君様にお任せくださいませ。よろしいですわね、佳燕様は、三の君様だけを見ていてくださいますように」
「あの、でも」

 佳燕の目がおどおどと彷徨って、炎俊の顎の辺りを撫でた、気がする。皇子の顔を正面から見るのは無礼だということを差し引いても、この方には炎俊を直視する勇気がないのだろう。炎俊の方でも、面倒そうな顔で口を開こうとしないのは……良いと、思おう。迂闊なことを聞かせれば、翰鷹皇子が目にするのは失神した愛妃の姿になってしまう。そうなれば、水竜の《力》で作られた剣は、今度こそ炎俊と朱華を狙うだろう。

(まあ、どの道そうなるかもしれないけどさ……)

 何しろ、翰鷹皇子は帝位に興味がないと言い切っている。炎俊を害した罪に問われて皓華宮を失うことすら辞さないかもしれない。万が一があった場合は、炎俊が闘神の怪力に物を言わせてくれるということだけど。皇族同士の本気の喧嘩がどのようなものか、想像するだに気が滅入る。──でも、そんな不安も佳燕に見せてはならない。

「ご心配には及びませんわ。三の君様が何を仰ろうと──仮にお怒りになったとしても。長春君様がどうにかしてくださいます。佳燕様は、ご自身の御心の向くままに振舞っても構わないのです。先日の件は、きっと練習にもなりましたでしょう」
「まあ……雪莉様は、なんて畏れ多いことを……」

 不敬も度を過ぎると、恐れることさえ忘れてしまうのかもしれない。朱華が自暴自棄のように浮かべた笑みに応えて、佳燕はやっと頬を和らげてくれた。怯えたような表情が多いだけに、たまに見せる佳燕の控えめな微笑は可愛らしくて──翰鷹皇子もこれが見たいのだろうと、何となく想像することができた。
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