【完結】アリスの記憶

ariya

文字の大きさ
上 下
10 / 18

9 魔女に暗示をかけられました

しおりを挟む
 残されたアベルの元へとことことブランがやってくる。
 いつもの調子良い彼とはかけ離れしょぼんと落ち込んでいた。

「うぅ………陛下、申し訳ありませぬ。陛下のお役に立つことができず」

 ぺたと尻もちをつき、零れ落ちる綿を押さえつけていた。
 先ほどマリオンに言われた役立たずという言葉をかなり気にしているようである。それにアベルは首を振る。

「お前に戦闘という面は期待していない」

 しょんぼりと落ち込むブランの腹を見つめる。
 セラに齧られた痕は大きくそこから綿がぽろぽろ落ちようとしている。

 アベルは床に落ちてるアリスの学生鞄を拾い中から裁縫道具を取り出した。
 そしてブランに手招きするがブランは首を傾げた。

「来い。僕でよければ直してやる。だが、アリス以上にひどい出来になってもいいならな」
「へ、陛下自ら……っ」
「嫌ならいい」

 アベルはつんと拗ねたようにそっぽ向き、ブランは涙ながら感動してアベルに修理を願い出た。

「いて………あわわ、陛下がこんなに上手とは、全く全然痛くありませぬ」

 いざ針を通されてみたらアリスに縫われた以上の痛みである。
 それにブランは耐える。

「痛いんだろ。別にいい。アリスより下手なのは自覚しているから」
「しかし、陛下がこのように裁縫ができるとは思いもよりませんでした」
「昔、アリスの真似をしたくて何度か挑戦してみたんだ。アリス程うまくなれなかったけど」

 アベルは目を細め昔のことを思い出した。

「アリスはすごかったよ。僕が壊したぬいぐるみ・人形を直して、余った布を見つけてはシルクハットや小物を作っていったよ」

 まるで魔法のようだった。

 アリスが縫うと、縫われたぬいぐるみ・人形たちは以前の生き生きとした表情を取り戻していったのだ。
 アベルはその様子に深く魅入られた。

「アリスに出会うまで僕は外の世界が怖かった。大人になるのも怖かった。だけど、アリスを見て………アリスと同じものが見たいと思った」

 だからアベルはこの通り王となれたのだ。今は女王の姿をしているが。

「端から見れば些細なつまらないことだったかもしれない。でも、僕にとってアリスは世界のはじまりのような存在だったんだ」

 だから――――。

「絶対に許せない。アリスをそんな形で奪おうとする奴らは」

 アベルは急いでアリスの元へ向かおうとした。

「そういえば、陛下」

 ブランは先ほどアリスが見つけた絵本について尋ねた。

「あの絵本に登場した少女はアマリアとありました。何だか、王子様の運命の人みたいな描かれ方でしたね」
「そうなれという呪いだろう」

 先ほどの絵本の内容はアベルの過去を絵本のように描いたものだ。だが、内容は途中で捏造に変えられている。
 アベルの目の前に現れた少女はアリスでアマリアではなかった。

「悪趣味なことだ。僕がアリスじゃなくてアマリアを好きになるように」

 幸い自分の魔力は月日が経つごとに強くなってくれたためアマリアにある程度対抗できるようになった。
 魔力が弱ければアマリアの思い描く絵本のように記憶が混濁してしまっただろう。

「そうだ」

 アベルは立ち止まった。今の絵本をもう一度確認してみる。時間はないが、この絵本を魔力で修正してみたらどうなるだろうか。
 少女アマリアが現れた部分から、それがアリスだったと修正させれば何か変わらないか。
 ほんの少し魔力を注ぐが、鐘の音が鳴りだし時間がないとアベルは本の修正を途中であきらめた。

   ◇◆◇

 アベルがまだブランの修復をしている間、誘拐されたアリスはメイドたちに預けられることになった。

「ちょっと離してよ!」

 アリスはメイドたちからようやく解放された。
 見に纏っているのは純白のウェディングドレスである。

 あの後アリスはこの部屋に押し込まれ、メイドたちに服を脱がされメイクアップされたのだった。

「突然私を誘拐したと思えばこんなドレス着せて!」
「あら、お気に召しませんでしたか?」

 扉が開かれると真っ白なドレスを着た少女がにこりと微笑みかけて来た。
 メイドたちは少女に礼を示す。
 少女はゆったりとした口調で外へ出るように命じ、メイドたちはそそくさと出て行った。

「あなたは?」
「はじめまして、アリス。私はアマリア、人は私のことを白の魔女と呼ぶわ」

 それを聞きアリスは身構える。アリスをこの城へ誘拐した張本人なのだから。
 そしてアベルに女になる呪いをかけた少女。

 少女は育ちの良いお嬢様といった風でゆったりとした仕草はとてもアリスに真似のできるものではない。

「まぁ、アリス。とてもかわいらしいわ。本当はそれは私のウェディングドレスのつもりで作らせたの。でも、あなたにあげるわ」
「ウェディングドレスって、こんな豪華な物を貰っても困ります」
「あら遠慮しなくていいのよ。私はもっと良い物を作ってもらうから」

 アマリアは鈴のようにころころと笑う。

「そうじゃないわ。私は結婚する予定ないもの。こんな物貰っても困るだけよ」

 それにアマリアはくすくすと笑ったままだった。

「何を言っているの? 今からあなたの結婚式があるのよ」
「えっ」

 突然告げられた予定にアリスは困った。

「相手はあなたのはじめてのキスの相手、マリオン。ごめんなさいね、彼手癖が悪いから。でも、根はとても良い子なの。ちゃんと責任は取らせるわ」
「マリオン!………ちょっと待って困ります」

 はじめてのキスを奪われたのはショックであるが、アリスは決してそんなことを求めてはいない。

「私はまだ学生、結婚する年齢でもありません。だから」

「大丈夫よ。この世界は十五になれば結婚ができるのだから」
「そうじゃなくて」

 アリスは必死で言う。
 自分は結婚する気などないと。そして今望むのはアリスが元の世界に戻れること。アベルにかけられた呪いを解くこと。

「アベルの呪いは解くわ。あなたがマリオンと結婚したら………元の世界はそれから戻してあげるわ」

 つまり二つの願いはアリスがマリオンと結婚したら叶えるということ。

「どうしてそんなことをするの。勝手よ」
「あなたが邪魔だからよ」

 アマリアははっきりと言う。
 その時一瞬だけ彼女の目に怒りのようなものが感じとられた。

「私はアベルと結婚したいの。でも、彼ってばあなた以外と結婚したくないと言ったの」

「このままあなたを元の世界に戻ってもアベルはあなたを迎えに行くでしょう。でも、アベルとあなたが決して結ばれなくすれば………」

 それは白の聖堂でアリスと他の男が結ばれればということ。

 そうすればアリスはアベルと結ばれない。
 白の聖堂で誓ったことは絶対なのだから。

「そう。でも、私はそのマリオンと結婚したいとは思わない。悪いけど、誓いは交わせないわ」

 結婚というのは両者の同意がなければできないのだ。
 違う場合もあるかもしれない。
 でも、アリスの中では結婚はお互い愛し合い、認め合わなければできないものなのだ。

「そうね。だから、あなたには暗示をかけさせてもらうわ。マリオンと誓いをたてられるように」

「え?」

 その言葉にアリスはぎょっとした。そして後ずさるが、すぐにレイモンドに取り押さえられた。

「ちょ、離してっ」
「大丈夫。全て終われば元の世界へ戻してあげるわ」

 アマリアは首飾りを取り出す。それは暗示に使う道具だとアリスは悟る。

「や、やめて」

 アリスは首を振って拒絶するが、レイモンドに取り押さえられ逃げることもできない。
 アマリアはくすくす笑いながらアリスの首に首飾りをつけた。

 付けられてアリスは体をびくりと震わせる。
 そして何もなかったように茫然とした。
 瞳は虚ろで何も映していない。
 アマリアの言うことにこくりこくりと頷く人形のようであった。

「ふふ、暗示は成功したわ。後は盛大にお祝いをするだけ」

 レイモンドはじっとアリスの姿を見つめた。

「あら、レイモンド。どうしたの? ひょっとして新郎役をやりたかったの」

 アリスがアベル以外と結ばれるのであれば誰でもいい。今からでもマリオンに掛け合いましょうかとアマリアは笑った。

「いえ」

 レイモンドはそんなことは望んでいなかった。
 彼の望みは他にあるが、それは叶わない。
 今はアマリアの命令にのみ従う人形でしかないのだから。
 アリスに望んでもないことをしてしまう己の身を受け入れるしかなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

とあるおっさんのVRMMO活動記

椎名ほわほわ
ファンタジー
VRMMORPGが普及した世界。 念のため申し上げますが戦闘も生産もあります。 戦闘は生々しい表現も含みます。 のんびりする時もあるし、えぐい戦闘もあります。 また一話一話が3000文字ぐらいの日記帳ぐらいの分量であり 一人の冒険者の一日の活動記録を覗く、ぐらいの感覚が お好みではない場合は読まれないほうがよろしいと思われます。 また、このお話の舞台となっているVRMMOはクリアする事や 無双する事が目的ではなく、冒険し生きていくもう1つの人生が テーマとなっているVRMMOですので、極端に戦闘続きという 事もございません。 また、転生物やデスゲームなどに変化することもございませんので、そのようなお話がお好みの方は読まれないほうが良いと思われます。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

最強パーティーのリーダーは一般人の僕

薄明
ファンタジー
ダンジョン配信者。 それは、世界に突如現れたダンジョンの中にいる凶悪なモンスターと戦う様子や攻略する様子などを生配信する探索者達のことだ。 死と隣り合わせで、危険が危ないダンジョンだが、モンスターを倒すことで手に入る品々は、難しいダンジョンに潜れば潜るほど珍しいものが手に入る。 そんな配信者に憧れを持った、三神《みかみ》詩音《しおん》は、幼なじみと共に、世界に名を轟かせることが夢だった。 だが、自分だけは戦闘能力において足でまとい……いや、そもそも探索者に向いていなかった。 はっきりと自分と幼なじみ達との実力差が現れていた。 「僕は向いてないみたいだから、ダンジョン配信は辞めて、個人で好きに演奏配信とかするよ。僕の代わりに頑張って……」 そうみんなに告げるが、みんなは笑った。 「シオンが弱いからって、なんで仲間はずれにしないといけないんだ?」 「そうですよ!私たちがシオンさんの分まで頑張ればいいだけじゃないですか!」 「シオンがいないと僕達も寂しいよ」 「しっかりしなさいシオン。みんなの夢なんだから、諦めるなんて言わないで」 「みんな………ありがとう!!」 泣きながら何度も感謝の言葉を伝える。 「よしっ、じゃあお前リーダーな」 「はっ?」 感動からつかの間、パーティーのリーダーになった詩音。 あれよあれよという間に、強すぎる幼なじみ達の手により、高校生にして世界トップクラスの探索者パーティーと呼ばれるようになったのだった。 初めまして。薄明です。 読み専でしたが、書くことに挑戦してみようと思いました。 よろしくお願いします🙏

【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。

ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。 彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。 「誰も、お前なんか必要としていない」 最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。 だけどそれも、意味のないことだったのだ。 彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。 なぜ時が戻ったのかは分からない。 それでも、ひとつだけ確かなことがある。 あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。 私は、私の生きたいように生きます。

1×∞(ワンバイエイト) 経験値1でレベルアップする俺は、最速で異世界最強になりました!

マツヤマユタカ
ファンタジー
23年5月22日にアルファポリス様より、拙著が出版されました!そのため改題しました。 今後ともよろしくお願いいたします! トラックに轢かれ、気づくと異世界の自然豊かな場所に一人いた少年、カズマ・ナカミチ。彼は事情がわからないまま、仕方なくそこでサバイバル生活を開始する。だが、未経験だった釣りや狩りは妙に上手くいった。その秘密は、レベル上げに必要な経験値にあった。実はカズマは、あらゆるスキルが経験値1でレベルアップするのだ。おかげで、何をやっても簡単にこなせて――。異世界爆速成長系ファンタジー、堂々開幕! タイトルの『1×∞』は『ワンバイエイト』と読みます。 男性向けHOTランキング1位!ファンタジー1位を獲得しました!【22/7/22】 そして『第15回ファンタジー小説大賞』において、奨励賞を受賞いたしました!【22/10/31】 アルファポリス様より出版されました!現在第四巻まで発売中です! コミカライズされました!公式漫画タブから見られます!【24/8/28】 ***************************** ***毎日更新しています。よろしくお願いいたします。*** ***************************** マツヤマユタカ名義でTwitterやってます。 見てください。

処理中です...