紅葉鬼と三の姫

ariya

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9 一人寝の後

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 里の館はいくつかの建物で構成されている。
 だが、だいたいの造りは母屋があってその中心にいくつかの必要な建物が存在し、それらを廊で繋げている。

 ひとつだけ外れにある小さな建物がある。どちらかといえば高床式の倉庫に近い造りである。
 そこは棟梁専用の倉庫であり、須洛が時折その倉庫に籠ることがよくあるという。

 中で何をしているのかは不明である。
 鬼や里に住む人々はあそこに近づくのをよしとしない。小鬼ですら入るのを躊躇う場所とされているのだ。

 悪戯心に小鬼があそこに近づいて見ると、ざっざっと大きな木槌の音がする。
 そして時折男の悲鳴や呻き声が響いたというのだ。それを聞き小鬼は怯えて近づかなくなってしまったという。

 朱音は倉庫の階を上り、倉庫の扉を開く。中にはどんよりとした空気がたちこまれ朱音は困ったように笑った。

「自分の部屋で眠ったらどうなの?」

 袿を羽織って床でごろ寝する男へ声をかける。袿の中に包まっているのは棟梁の須洛であった。

 朱音の声に応じるようにむくりと袿が起きあがり、顔を出した須洛はぼさぼさの髪を抑えたり引っ張ったりして直そうとする。
 朱音は懐から櫛を取り出して須洛の髪を梳いてやった。

「お湯を準備させるわ」
「いい」

 須洛は着物の襖の中へ手をつっこみ脇の下をわしゃわしゃとかく。里の若い娘から美形と評判の棟梁がこれでは台無しである。

「姫に振られたからって拗ねないの」
「振られてないし、拗ねてないし」
「あら、じゃぁ、初夜の開けに何故棟梁はこんなところで雑魚寝していたのかしら?」

 朱音から意地悪気に言われて須洛は沈黙する。
 朱音はくすくすと笑いながら須洛の頭を撫でてやる。

「何があったか朱音姉さんに話してごらんなさい。坊や」
「泣かれた」
「まぁ、野蛮」

 姫に泣かれて追い出される程のことをしでかしたということか。朱音は非難の言葉を投げかけた。

「違う」

 須洛は否定する。

「普通の夜這いだ……ただ」

 須洛は三の姫の泣く姿を思い出す。
 小さな肩を震わせ、必死で袿の中に隠れ身を守ろうとする姿を。

「姫は十五だったから手を出しても大丈夫かと思ったんだが」

 都では立派な適齢期である。
 男女がどのように過ごすか、もう知っているはずだと思った。
 しかし、そんな経験もなければ教えてくれる者もいない三の姫ははじめての異性というものに恐れて泣きだしてしまった。

「そうね。あなたとは、犯罪レベルの年齢差ね」
「よっぽどお前は俺を獣扱いしたいようだな」
「あら、違ったの?」

 朱音はにっこりと笑って須洛の犯罪性を語る。

「五百という人で言えば春が過ぎ、爺年齢の癖に十五の幼さが残る少女をこんな山に呼びよせて夫婦の契りを交わそうとする男は獣だと思うけど」
「つくづくひどい言い方だな、婆……っぃ!」

 髪を結いあげられ無理に引っ張られ悲鳴をあげる須洛に朱音は「何か言ったかしら?」と笑顔を見せる。

「もう少し棟梁を労わってくれよ」
「酒呑童子と畏れられるあなたがあそこでとどまっただけ偉いと言ってあげましょうか?」

 朱音はつんと須洛の頬を指指す。

「姫の生い立ちを考えると心はまだ十に満たない少女のようなもの。あなたに迫られてどうして良いかわからない。恐いと感じてあんなことになってしまったのよ」
「わかってる。だから引きさがったんだ」
「どうするの?」
「時間をかけて慣れさせる。それまでここでのんびりと自由にさせてやるさ」
「できるの?」

 朱音はおいうちをかけるように言う。それに須洛はうぅっと唸る。

「本当は昨晩、泣きじゃくる姫が可愛くて可愛くて無理にでも進めちゃおうかなとか思ったんじゃない?」

 ぎくり。

 須洛は視線を余所に向けてたじろぐ。
 どうやら図星だったようである。
 それに『けだもの』と朱音は切り捨てる。

「だが、だが、襲ってないだろ」
「でも、いつ爆発するかしら?」
「俺は絶対そんなことしない。あいつが悲しむことは絶対にしないって誓ったんだ」
「ふぅん? この五百年の間何人の女と関係を持ったかしら? かくゆうこの私とも」
「う、うるさいっ! 俺だって、あいつに会えるとは思わなかったんだ」

 若さ故の過ち。長い間独り身で寂しくてつい、そんなありふれた言い訳が並び朱音は不審そうな視線を向ける。

「……幸せにするんだ」

 須洛はぐっと拳を握り真っすぐと朱音を見つめる。

「都のお姫様にとって鬼に嫁ぐことが幸せだったと思う?」
「あのままあの紅葉少将の家にいても幸せになれたと思うか?」
「うぅん、そうねぇ」

 須洛と朱音は三の姫の生い立ちをある程度調べている。
 父親から存在すら忘れられ、父の北の方や異母兄姉たちにはいじめられる日々を送っていた姫。
 だから須洛は彼女をこの里へ招いたのだ。誰からも苛められず、大事にされる為にこの里へ。

「俺が幸せにするんだ」
「その言葉、忘れないでよ」

 須洛の髪を梳きながら、朱音は言う。
 勿論と須洛は豪語した。

「さて、やっぱり湯の用意をさせるわ」

 今日はお披露目だし、きちんと綺麗にしないといけない。

「いや、必要ないし」
「汗臭いのよ」

 朱音はぴしゃりと厳しいことを言う。
 それに須洛はびくっと身構えた。
 そんなに自分は汗臭かっただろうか。
 袖を鼻につけてくんくんと匂う。

「あなたは気にしないかもしれないけど、都育ちの姫は気にするかもね。最悪、こんな汗臭い男が背の君だなんて嫌ですっ! とか言っちゃったり」

 最後の言葉に須洛ははっとした。
 一瞬脳裏に浮かぶのは冷たい視線を送り臭いから近づかないでという三の姫の姿。
 可愛い姫にそんなこと言われると少し立ち直れないかもしれない。
 須洛はそう考えながら、くらりと眩暈をおこしそうになり床へ両手をつく。

「お湯の準備をさせるわね」
「……頼む」
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