乙の子

ariya

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1 保護の経緯

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 伊達家の当主の元に報告にやってきた小十郎は、そのまま主君の碁に付き合わされることになった。

「阿梅の妹が白石に来たそうだな」

 ぱちと碁石を打ちながら政宗は小十郎に聞いた。
 小十郎が戦場で身よりを失ったばかりの阿梅のことを政宗は知っていた。

「はい」

 小十郎は自分の順番になって、碁石を動かした。

「どれも女子らしいな」
「ええ……」

 真田幸村の男児を保護するのは難しかろう。
 小十郎は思った。
 無理だとわかっていても、小十郎は幸村の男児について調べてみた。
 真田幸村の嫡男・大助幸昌は大坂夏の陣にて主君豊臣秀頼と供に自害したという。
 他に男児がいたと思うが行方不明のままだ。

「似ているか?」

 政宗が聞いてきた。

「誰にですか?」 
「信繁に、だ」

 そう言った後に政宗の言葉に小十郎は始め誰のことかすぐにわからなかった。

「ああ、幸村であったな」

 信繁は真田幸村のことであった。
 元は信繁であったが、先の戦・大阪の役への参加に合わせ名を改めていた。
 まだ豊臣秀吉が存命の時、政宗は幸村と交流があった。
 その頃は信繁だった為、政宗は未だに真田幸村を信繁と呼ぶことが多かった。
 小十郎には縁のない名であるというと、政宗は笑った。
 まだ幼い頃に会ったことがあったという。
 とんとその記憶がない。
 あれほどの苛烈な武人であれば忘れることなどないだろうに。

「女は父親に似るそうだぞ、阿梅も目元が幸村に似ておったし」

 小十郎は阿梅の三人の妹の顔を思い浮かべた。三人の妹たちは阿梅とは違うおっとりとした雰囲気を持っていた。

「阿菖蒲殿もおかね殿もおはつ殿も母親に似ているかと思います」

 二人の妹は顔立ちは整っているが、幸村に似ているとはいえなかった。小十郎の言うとおり、母に似たのであろう。

「ということは、阿梅が一番似ているということか」

 政宗はぽんぽんと扇で肩を叩いた。考え事をする際の仕草であった。

「だが、他の娘とも会ってみたいな」

 突然の言葉に小十郎はうぅんと首を傾げた。

「何故、お会いになりたいのです」
「別に恨みごとを娘たちにぶつけるつもりはない。儂がそのように狭量な男にみえるか」
「私は何も言ってませんよ」

 一瞬ちらっと考えてしまったことであるが。

「よし、姉妹たちを儂の元へ連れてこい」

 突然の命令に小十郎は困惑した。

「畏れながら阿梅姉妹たちに会うのはしばらく控えた方がいいです」
「何故じゃ」
「自分の軽はずみな行動が彼女たちに危害を加えるやもしれませんよ」

 大阪の役の後、討ち取られた豊臣方の将の子供を捜し出す狩りが今も行われていた。特に男児を念入りに捜索されていた。
 片倉家が真田幸村の娘たちを秘密裏に引き取ったのはかなり苦労した。
 一応主君の政宗には内々にそのことを報告して許可を得ていた。

「そこまで苦労してまで……もしや、真田の娘を手籠めにしたのか?」

 政宗のからかいに小十郎は口をむっとさせた。
 別に娘をどうこうするつもりはない。 
 小十郎は将として純粋に真田幸村に憧れを抱いていた。
 大坂冬の陣にて徳川方の軍を見事に打ち破ったのを目の当たりにして、敵ながらに感心した。
 あんなに不利な状況でもあのように闘えるとはと。

 大阪夏の陣の折、阿梅が侍女の千代を伴って自分の前に現れた。
 そして、彼女は幸村からの文を携えてきたのだ。
 憧れの幸村から文が届いたのにはかなり驚いた。

 敵方から自分の働きを見て褒めてくださった。
 敵だとわかっても嬉しくて、照れた。
 そして文にはこう書かれていた。

 幸村はこの戦で死ぬつもりであった。
 身よりのなくなる阿梅を心配して、引き取ってくれないかと願ったものであった。
 当初、小十郎は困った。

 確かに、幸村が娘の行く末を案じる気持ちはわかる。
 それを自分に頼んでくれたことをうれしくもあった。

 しかし、小十郎は伊達家の家老を務める片倉家の当主。
 伊達家は徳川家に臣従を誓っている。

 阿梅を引き取って、徳川にばれてはただでは済まされないだろう。伊達家にも類は及ぶ。
 悩み抜いた末、政宗に内々に相談をした。

「で、小十郎はどうしたいんだ?」 

 事情を聞いた政宗は何も答えを出さず、逆に問われた。

「それは……」
 
 できることなら保護をしたい。

「しかし、それでは万が一の時片倉家はおろか我が伊達家もただでは済まされまい」
「はい」

 政宗の言葉は保護に対して否定的なものと感じた。
 わかっていたとはいえ、小十郎はしゅんと項垂れた。

「まぁ……うまく連れ出せよ」
「え?」

 それはどういうことだ。小十郎は首を傾げた。

「どうせ、上総介【家康の子・松平忠輝。政宗の娘婿】の件で伊達家は徳川に睨まれてるんだ。今更、厄介事が増えても大したたしにはならんだろう」

 あっけらかんと言う政宗の言葉に小十郎は困惑した。

 いや、なるって……。

 責められる材料が多いほど向こうにとってはいいのだから。

「それとも阿梅殿を大坂城にかえすか? もうすぐ落ちるとわかっているのに……」

 政宗はちらりと大阪城の天守閣を見つめた。
 昔は荘厳な城であったのに、今は見る影もなかった。あそこには明日の命と思い抱え込んでいる豊臣家の者たちが残されていた。

「それはできません」

 小十郎は首を振った。
 今の戦のせいで大坂は治安が悪化していた。
 戦のため大坂に集められた浪人衆は真田幸村、後藤又兵衛といった確かな勇士もいるが、氏素性の知れないごろつきも混じっているのは確かだ。
 もし、このまま大坂城が落ちて軍の統率を失ってしまったら、大坂は盗賊どもの巣窟になってしまう。
 小十郎は阿梅の美しい容貌を思い出した。

 あのような美しい少女がそんなところにいては………どんな辱めにあうか。

「では、保護すればよかろう」
「はい」
「……あの信繁の娘がどんなものか興味がある」

 政宗の笑みに小十郎は嫌な顔をした。
 それが政宗にとっては愉快なのかまた笑った。

「安心せい。別にとったりはせんわ」
「いえ、私はそんな……」

 政宗はしばらくそれをねたに小十郎をからかって遊んでいた。
 こういう経緯である為、片倉家は阿梅を保護することができた。しっかり者で頭がよく気配りができるため、妻の悠はすっかり彼女を気に入って娘のようにかわいがっていた。
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