【完結】その悪女は笑わない

ariya

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本編⑤ 呪いの真相

41 北の森の祠

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 ヴィクターはガラテア王国の王太子である。
 生まれてから彼は母の手元から引き離され、乳母に養育されていた。

「あら、王子はとても利発ですね」

 すぐに文字書きを覚えると乳母はとても喜び、彼に色んなものを教えた。当時王太子であった父も、母もそのことを聞いて喜び未来の王に相応しくなれるように励むようと言われた。
 その時は特別に父母とお茶を一緒にして庭園を散策して嬉しかった。

 ヴィクターは懸命に勉強を続け、剣術の指導も早くから受けていた。
 成績が振るわなければ母は会いに来てくれない。でもよい成績を修めれば母は会いに来てくれた。
 だから歯を食いしばって、遊ぶ時間も割き励んでいた。

「ごらん、ヴィクター。可愛らしいお嬢様たちでしょう」

 ご褒美の母との茶会には上流貴族の令嬢が5人招待されていた。自分としては見知らぬ令嬢の相手をするより、母とたわいもない話をして過ごしたかった。

「特にローズマリーはまだ少ないながらも魔力を持っているとか。将来の花姫候補よ。おまけに彼女の祖母は王女様で親戚にあたるの」

「ヴィクター王子にお会いできて幸せです」

 確かに自分と似た髪質と瞳を持つ少女であった。
 この時もエリザベスがヴィクターに王族の血筋の令嬢と結ばれることを望んでいると知った。
 幼いながらも母の内面に気づいていた。彼女は自尊心が強く、高貴な血筋を何よりも尊ぶ。
 自分が妃になれて当然と自慢することもあった。

 ローズマリーと結ばれれば母は喜ぶ。

 そうすればもっと会いに来てくれるかもしれない。ヴィクターはそう感じて、ローズマリーが招かれた茶会には必ず参加するように心がけていた。
 そしてヴィクターの望み通り母と過ごす時間が増えていった。

 だが、急に母と過ごす機会は途絶えてしまう。母は懐妊し、ヴィクターに会うことができなくなったのだ。
 弟が生まれれば一緒に会いに行きましょう。
 乳母はそう慰めてくれた。

 そして生まれたのがエレンだった。
 驚いたことにエレンは生まれてから母の元を引き離されることなく、乳母がいるが母自身も母乳を与えているという。片見放さず可愛がっていると聞きヴィクターは深く悲しんだ。

 自分はこんなに頑張っている。勉強も、剣術も、母の望み通りにしているのに何故エレンにはその必要がないのだ。

「ヴィクター王子、ここにいましたか?」

 若い侍女が庭で隠れているヴィクターを見つけて微笑みかけて来た。まだ十代の外見だが、妙に大人びた雰囲気が印象的であった。

「さぁ、お勉強の時間ですよ」
「勉強しても、母上の一番はエレンなんだ」

 拗ねた言葉に侍女はふふっと笑った。

「それではエレン様が一番にならなければいいのですよ」

 その言葉にヴィクターは首を傾げた。

「良いおまじないがあるのです。ヴィクター様に幸運をもたらしてくれる素敵な壺が、北の森の祠に保管されています。それを開けてみれば、きっとヴィクター様が一番になれますよ」
「本当に?」
「はい、だってその壺の中には幸運の女神が眠っているのです。起こしてくれたお礼にヴィクター様を一番にしてくださいます」

 北の森に祠があるというのは知らなかった。成人するまでは北の森に入ってはいけないと言われていたから。

「大丈夫です。私が一緒に行って差し上げます」

 侍女はそういいヴィクターに手を差し伸べた。ヴィクターは悩みながらも、侍女の手をとる。
 そして侍女の言う通り祠の中に入った。

「私はここで待っています。奥の瓶を開けてみてください」

 ヴィクターは奥の方へ入り、装飾の施された見事な瓶をみた。

 侍女が言っていたのはこれか。

 確かに瓶には女神の絵が描かれている。とても綺麗で美しい。触れてみたいと強く欲求してしまう。
 無意識に瓶を手にして、蓋を開けた。
 開けた瞬間、ぼわっと黒い靄がとっび出した。一部がヴィクターの口の中に入り、残りの大部分が外へと去っていく。

 自分は今何をしていたのだろうか。

 ヴィクターは瓶のふたをしめ、慌てて祠の外を出た。そこには侍女が待機していた。

「ありがとうございます。明日からヴィクター王子は一番になりますよ」

 お礼と予言にヴィクターは怖いと感じた。自分は良くないことをしてしまったのではないかと感じ、宮に戻っても誰にも明かせなかった。
 そして翌日、エレンが熱病で倒れたと連絡が入る。
 すぐに解熱したが、体中に酷い痣ができて数日経たず全身に広がってしまった。

「いや、あっちへ行って! 化け物」

 エリザベス妃はエレンの姿に恐怖を覚え、目に触れないように必死になった。その様子をみてヴィクターは思わず笑いがでた。
 皮膚の痛みで泣くエレンの姿をみていると嫌悪感が強くなる。今までよく母を独り占めにしたものだと言いたくなる。
 母の愛を求めながらも母に拒まれるエレンに対してヴィクターは冷たい声を浴びさせた。

「化け物」

 母に倣い、ヴィクターもエレンをそう呼ぶようになった。
 毎晩父母が口論しているのが聞こえた。
 ヴィクターはエレンを見かけると、「お前がみんなを不幸にしている。お前などいなくなればいい」と嘲笑った。
 誰もがエレン王子を軽んじるようになり、父はエレンを王宮に留まらせるのを諦めた。
 エレンは田舎の別荘へと送られて、修道院を転々とし、2年前にジュノー教会へ移り住むことになった。

「今までご心配をおかけしました」

 エレン王子は本宮を訪れ、国王と王太子に挨拶をした。彼は本日から本宮で過ごすことになる。
 皮膚病の件もあるので、時々ジュノー教会に戻り治療を受ける予定だという。

「構わない。よく帰ってきてくれた」

 今後エレン王子は将来の王弟として教育を受ける予定である。ジュノー教会の神父がそれなりの教育をしてくれたから実用的なことを学ばせるつもりである。

「兄上も」

 エレンは静かにヴィクターに頭を下げた。礼をとる彼の手がわずかに震えているようにみえる。ヴィクターはそれを見て、静かに自分の頭を下げた。

「幼い日のこと、すまなかった」

 それを聞いてエレンはびくりと震え、頭を上げた。慌てて兄をみて、父の方をみる。父もエレンに頭を下げていた。
 エレンが面を上げて欲しいと言うまで二人は動く気配がなかった。
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