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8章

5 騒動のあと

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 目を開くと、とてもまぶしい。

 体がひどくだるいが、体を動かせなくなかった。

「ライラ」

 心配そうにのぞき込んでくるクロードの声にライラはぽろぽろと涙をこぼした。
 彼が傍にいるだけで、ひどく安心した。
 ライラは起き上がり、クロードの顔に触れた。
 少し前より痩せているような気がする。

 周りを見渡すとライラは見覚えのある部屋にいた。
 レジラエ伯爵家の館、ライラの自室であった。

 どうやらライラは2週間眠りについていたようだ。
 目が覚めたと知らされて、リリーとライが飛び込んできた。
 リリーはライラの枕元で涙を流して、ライはライラの容態を再確認した。

「うん、印はなさそう。後で神聖魔法使いにも確認してもらおう」

 ライの言葉によると、エドガーがジェノヴァ聖国へ神聖魔法使いの派遣要請をしていた。
 そのためか帝国は少し大騒ぎになっていた。聖騎士はともかく、神聖魔法使いはなかなか聖国から出ることがない。
 エドガーの師匠と、なじみの神聖魔法使いらしく二人でライラの体を確認した。

「どうだ。例の狐はいそうか?」
「悪いものはなさそうです。少し気になるものがありますが、それ自体はむしろ彼女を護ってくれるものなので何もしなくてもいいでしょう」

 神聖魔法使いはクロードたちに説明した。
 ライラは今の状態を確認した。
 結婚式場でユァンに乗っ取られてたアメリーの体はぼろぼろになり使い物とならなく、代わりにライラの中へ入り逃げようとしていたそうだ。
 だが、ブランシュがライラの中へと突進して消えてしまい、そのあとはユァンが苦しみライラの中から出て行った。
 倒れたライラの胸元に小さくなってしまった白銀の狐の尻尾が現れたという。
 ライはびびり、エドガーが代わりに回収して今は神聖魔法特性の箱に収容されている。

「これは北天狐の私物だろうけど、どうすればいい?」

 このままジェノヴァ聖国が回収してもよい。しかし、北の賢者の大事なものであると聞き、ライに確認をした。

「えーっと、まずはシャフラの長に問い合わせしないと。あとはもっと北の北天狐に聞くとは」

 それが筋であろう。
 ハン族の新しい首領となった男はアルベル辺境に友好的というし、そこを経由して元の持ち主である北天狐に問い合わせをしよう。
 半年後に確認がとれたが、ハン族の北天狐は衰退化が進んできておりユァンの尻尾を管理する能力が不在になったという。シャフラから養子をとり管理する案も出されたが、ジル族がまた手を出してくるかもしれない。ジェノヴァ聖国で厳重管理することとなった。

 ライラは療養をとりながら、帝国内での出来事を確認した。
 ライラの容疑は晴れたことを大公は報告し、皇帝はそれを受け入れてライラの指名手配を解いた。それを確認して大公は公国へと帰っていった。ライラへの挨拶ができずに悪かったとクロード経由で伝えられる。
 一時的にアメリーの術中にはまってしまったことを皇帝家は後悔し、ライラへ正式に謝罪した。さすがに皇帝家に謝罪されるとは思っていなくてライラはすっかり萎縮してしまった。
 その上、公国帰国後も大公から謝罪するのでライラはまいってしまった。

 ライラの実家、レジラエ伯爵家は謹慎が解除された。今までの批判で行き過ぎた者たちへの裁判を始めるという。
 魅了を受けたからとはいえ、リザと子供が危険な目に遭いかけたのだ。
 ここですべてを許してしまえば今後のトラヴィスと子供の立場に影響する。
 一応、情状酌量はいれるが。

「お父様が大変になっていたのに何もできず」

 お見舞いに来た父へライラはそういった。コンラッドは優しく笑ってライラの頭を撫でた。

「私はお前が無事だったならそれでいいと思っている」

 母の病のことを聞き、胸を痛めた。ライラはもう大丈夫なのだろうかとライと神聖魔法使いに何度も質問していたという。
 改めて確認され、はっきりと断定された。
 ライラの雪結晶病は治ったと。

 ◆◆◆
 
 ライラの実家の本家筋となるスワロウテイル公爵家であるが、皇帝家・大公家まで魅了を使ったアメリーの罪を一緒に償うとのことだ。エドガーは実家へ戻り父を引退させ、スワロウテイル公爵の地位につくこととなった。
 所領の半分を皇帝家へ返却し、事業の一部も皇帝家の所有にした。また魅了の被害に遭った男たちの治療費用、しばらくのケアについても補償することに決めた。
 長年栄えて行ったスワロウテイル公爵家をつぶす気かとエドガーの父は怒ったそうだが、エドガーは意志を変える気はない。

「これでも足りないくらいですよ。アメリーは帝国を滅ぼしかけたのです」
「だが、実際滅んでいないし……」

 あのままアメリーの暴走を進めていたら、帝国は乱れ、権威は失墜して滅亡の道へと進んでいた。
 それを思えば、家格降格されなかったのは意外だ。ヴィンセント皇太子妃のエレナの存在があったのだろう。スワロウテイル公爵家がなくなれば、彼女の後見がなくなってしまう。後見ない妃は惨めな生活を送ることとなる。

「父上がそれではエレナの為にならない。後は俺に任せてあなたは別荘でのんびりされてください」

 暗に余計なことはするな、口出しはするなと言っている。

「そ、そうだ。エレナが皇子を産めば、我が家はまだ立ち上がれる」

 ぶつぶつという父をみてエドガーは釘をさした。

「あと、アメリーの後処理が終わった後スワロウテイル公爵位はケレス叔父に譲る予定です」

 レジラエ伯爵家以外にも分家はたくさんある。エドガーは公爵家を譲る相手にケレス・ヴィスト子爵を選んだ。
 前公爵の4番目の弟である。
 本当はコンラッド・レジラエ伯爵を選択していたが断られてしまった。話し合いの結果彼になった。
 実直剛健な武人肌であるが、信用できる。エレナのことも任せられる。
 貿易業に関しては彼の嫡男が優秀なので問題ないだろう。

「そうなれば我が家は……」
「一応、伯爵位が残りますのでルザリエ伯爵家、となりますね」

 イセナ程ではないが、貿易港を所有している。事業が小規模になるが、それでも良かった方だ。

「そんな……アメリーを勘当すればそれでいいではないか」

 その言葉にエドガーは机をたたいた。そうでもしないと父に何か投げてしまいそうになりそうで。
 あんなに溺愛していたというのに、今更捨てようというのか。
 聞いていて気分が悪くなった。

「父上、アメリーは検査を受けたところ精神年齢が8歳程でした」

 神聖魔法使いの診断で、本来の正常な精神発育を受けられなかった。レルカの影響もあっただろうが、それでも彼女を溺愛しなんでも思いのままにさせて、限界を伝えようとする者たちを追い出し彼女の成長を遮断してしまったことも大きい。
 まだ若いので多少の成長を見込めるだろうが、それでも今まで当然のように与えられた環境を変えられると異常なストレスだろう。
 それでもエドガーは治療魔法使いに頼み、彼女のケアの手配をした。彼女の流罪先でもサポートが受けられるように。

「アメリーをあそこまでにしたのはあなたにも責任があります。そして、何もできなかった俺にも」

 前公爵が魅了を言い訳にしようとするが、前公爵の検査では魅了の影響はそれほど受けていなかった。ほんの少し感情を増幅させる魔法は受けていたようだ。アメリーを溺愛する感情が強く、エレナとエドガーを煙たく感じる感情を。
 それを聞いたエドガーがどんな気分であったか前公爵は知らない。エレナが知れば悲しむであろうと伏せていた。
 エドガーの言葉に前公爵はしぶい顔をして視線をそらした。

「父上、あなたは引退したので後は俺に任せておいてください」

 エドガーは領地内の別荘へ父を送り出した。

 ◆◆◆
 
 そして、皇太子妃のエレナといえば、皇太子に離縁を申し込もうと相談した。
 帝国を傾けたアメリーの姉が妃になるとよくないであろう。
 幸い子は生まれておらず、新しい妃を迎えやすいだろう。

「君が脅かされないように私とエドガーは頑張っているのだ」

 それがかえってエレナを苦しめている。エレナは首を横に振り、涙をこらえて伝えた。

「どうか、他の良い妃を迎えてください」

 しかし、エレナ皇太子妃は皇居を出ることはなかった。
 アメリーのことはあるが、エレナ皇太子妃は淑女たちから強く指示を受けていた。アメリーの暴走で苦しむ女性たちのケアを励み、無理でもアメリーへの説得を試みた。アメリーの取り巻きの男たちから影で悪く言われていた。
 今となってはエレナ皇太子妃こそ皇后にふさわしいと指示されている。
 周囲の説得と、皇太子の熱愛によりエレナは踏みとどまり、1年後に皇子を生む。
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