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8章

1 偽りの結婚式

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 テレイス教会には多くの貴族たちが参列した。
 皇帝家も姿があった。

「どうしたんだい?」

 ヴィンセント皇太子は妃に対して首を傾げた。
 ひどく憂鬱な表情である。

「君の妹アメリー、の結婚だよ。なぜそんな表情をするんだい?」

 エレナ皇太子妃は首を横に振った。

「あなたはおかしいと感じないのですか?」
「何が?」

 逆に聞かれてエレナ皇太子妃は深くため息をついた。

「いいえ、もういいわ」

 アメリーが帰ってきてから今までアメリーの行動に批判的であった皇帝も、ヴィンセント皇太子もおかしくなった。
 皇后がこの結婚はもう少し慎重に考えるべきであると進言した。いくらライラが皇帝家を騙したとはいえ、第三皇子殺害の末逃亡とはいえ、クロードとアメリーの結婚は急すぎである。強引な離婚成立の末の結婚は違和感があった。
 しかし、取り合ってもらえず、倒れてしまった。第三皇子ので心労を重ねてきていた為体にきてしまったのだ。

 さて、本日の主役はどうなっているかというと。
 教会で用意された準備室にてアメリーはウェディング衣装を身に着けていた。
 ドレスの豪勢さは今まで見たことがない程だ。
 絹をふんだんに使い、ダイヤモンドをちりばめられている。白いバラをもしたものがアメリーをさらに美しく仕立て上げた。
 まるで白薔薇の王女のようである。
 レルカはそうほめたたえ、彼女の髪をさらに美しく仕立て上げた。髪飾りもアメリーが好きな珊瑚とダイヤモンドで花を模してある。
 白いレースのベールを被り、完成である。

「ふふ、あはは」

 鏡の前の自分の姿に酔い、アメリーは歓喜した。
 クロードという美しい男を手に入れて、彼と幸せな日々を送るのである。
 皇帝も、皇太子も自分の我儘を聞いてくれる。
 このままいけば、帝国も、公国も自分のものにできるのではないかと勘違いしそうになる。
 いや、可能なのだ。
 クロードの武力さえあれば、皇帝になり替わることができる。
 公国だって元は属国だったのだからまた帝国の中に入れてあげればいい。
 そうすればクロードの母国と自分の母国は一緒になる。

「そうでしょう。レルカ」

 アメリーの膨れ上がる夢に対してレルカは否定しない。
 レルカはなんだってアメリーの願いを叶えてくれた。
 やはりレルカはアメリーを幸せにするための魔法使いなのだ。

「さぁ、夫の元へ行きましょう」
「まだクロード様は準備中です。もう少しお待ちください」

 早く花婿姿のクロードを見たいのになぜ邪魔をするのだとアメリーは頬を膨らませた。

「慌てずとも直にみられます。光り輝く神の前で待ちわびる新郎の姿はきっとアメリー様を忘れさせません」

 レルカはルビーの首飾りをアメリーにかけた。先日壊れたルビーの耳かざりの代わりとして贈ってくれたものである。耳飾りよりも凝ったデザインでアメリーは特に気に入っていた。

 そうね。
 アメリーは上機嫌になり、待つことにした。
 結婚は2回目だったけど、今となってはあれは結婚といっていいかわからない。
 クライド・アレキサンダーは退屈な男であった。顔立ちは整っているがどこかぱっとせず、ライラの婚約者だけあったなとあきれたものだ。アメリーが何かしようにも小言を言ってきてうるさくなって一緒にいるうち彼のことなどどうでもよくなった。
 その点クロードは完璧である。
 あの美貌は帝国にだってお目にかかれないだろう。ああ、その方が私の夫になるのだから何と素晴らしいのだろう。
 今日はきっと人生で一番の幸せな日であろう。
 いや、次の日ももっと幸せであるはずだ。
 アメリーは信じて疑わなかった。
 
 ◆◆◆

 エドガーは事前に教会へ潜入することが成功し、新郎を案内する少年従僕をライラとすり替えることに成功した。
 男物の衣装を身に着けたライラはエドガーが言っていた通りの部屋へと向かう。
 手にはエドガーが渡してくれた白い薔薇の飾りである。中央に琥珀石がはめ込まれている。
 これをクロードの胸元へと飾りつける。
 魅了魔法を解く鍵になるだろうと言われた。
 危なくなったらすぐに部屋を出るようにとエドガーから言われている。失敗してもいいと言ってくれた。

 不安になりながらノックした。中を開くと鏡の前で花婿の衣装を着たクロードがいた。
 衣装の着付けを終わらせた使用人たちは少年従僕であるライラをみて失礼した。
 あとはライラが教会の神前へと案内するのである。

 ライラは恐る恐るクロードの傍へと近づいた。
 いつもの様子とは違うクロードである。
 今までライラが傍にいれば、笑ってくれる。はじめて会ったときは無表情であったが、あの時と今は明らかに違った。
 クロードの感情が全く見えない。
 クロードの胸元に白い薔薇を飾った。これで最後の着付けは完成されたのである。

 お願い。クロード様、戻ってきて。

 ライラはそう願いクロードの方を見上げた。彼は無表情でライラの方へ視線を向けようとしない。
 この道具はうまくいかなった。

 ライラは肩を震わせた。今泣いてはいけない。
 エドガーが待機する結婚式場へとクロードを連れて行こう。あとはエドガーに任せるしかない。
 そう思うが、自分では何もできなかったのかと思うと悲しくて空しい。

「クロード様」

 そう彼の名を呼んだ。
 ライラが呼んでも振り向いてはくれないのか。
 ライラは涙をぬぐいクロードから目を背けた。あとの仕事はしっかりとしなければいけない。
 そう思い涙を何とか止めようと必死であった。

 突然後ろから肩を掴まれ、ライラは後ろへと引き寄せられる。
 何だろうかと鏡をみると、後ろからクロードに抱きしめられていた。

「クロ、ド様?」

 戻ってきたのだろうか。
 ライラはおそるおそるクロードの名を呼んだ。

「うぅ、ぐぅ」

 クロードはずるずると崩れ落ちた。膝をつき頭を抱える。その表情は苦悶に満ちていた。

「クロード様」

 何があったのだろうか。
 ふとエドガーの言葉を思い出す。
 魅了を解除したあとの男は自分のしてきたことに絶望した。今にも自殺してしまうのではないかと。

「クロード様、いいです。もういいですから」

 魅了を解除されればクロードが苦しみ死を選ぶかもしれない。そう思うとライラは首を横に振り否定した。

「このままでもいいです。あなたが生きているのであれば私、我慢します。だから……死なないで」

 振り絞る声で必死に願う。しばらくクロードは立ち上がり、茫然とした。
 魅了は結局解けなかったのか。
 残念であるが、仕方ない。エドガーには悪いが、クロードが苦しむのであればこのままでもいい。
 アメリーのことだけは何とかしよう。このままアメリーの暴走を放置すれば帝国・公国が乱れてしまう。
 実はこっそり胸元に短剣を忍ばせてある。
 クロードを神の前まで案内して、退場してから、アメリーと入れ違うときにこれで彼女を殺そう。
 その為、魅了を受けた人たちやクロードに責められて殺されても仕方ない。アメリーを殺した責め苦は受けなければならない。処刑されそうになっていたし。
 ライラは覚悟を決めて、花の飾りを取り出そうとするとクロードは強くライラの手首を掴んだ。

「え……」

 もう一度クロードをみるがライラの方へ視線を向けることはない。
 魅了は続いている状態である。

「クロード・アルベル様、そろそろ神の前へ」

 花嫁が待ちくたびれると付け加えられてクロードは頷いた。

「それでは参りましょう」

 ライラはクロードを案内する。彼の登場で拍手が沸き上がる。ライラはクロードを神の前まで案内して礼をする。
 そして、退場するのである。今来た場所へ戻り、アメリーと刺し違える。

 さようなら。クロード様。

 ライラは声にせず唇だけ動かし別れの挨拶をした。
 立ち去ろうとしたときに後ろから腕を掴まれた。

「あの……」

 少年従僕は退場しなければならない。それなのにクロードはライラの腕を掴んで離そうとしなかった。
 そうこうしている間に扉は閉ざされてしまった。
 一部の客がどうしたのだろうかと小声で話し始めた。
 しばらくするとアメリーの準備が整い、明るい声が会場に響く。

「それでは花嫁の来場です」

 壮大な音楽と共に登場する花嫁。
 外の光を背景に現れた彼女は美しい。天使のようだと彼女を誉めそやした男の気持ちがわかる。
 魅了の力がなくてもアメリーは美しくて、男を虜にしてしまっていただろう。

 音楽とともに優雅に歩く姿は完璧な美しい花嫁であった。
 もともとライラがクロードに嫁がなければ、アメリーがライラから婚約者を奪わなければ、アメリーはクロードの花嫁だったのだ。
 それが嫌というほど思い知らされる。

「あら、従僕さん。帰る時を逃してしまったのかしら」

 アメリーは小首をかしげてライラに声をかけた。近くにいたベールを抱える少女に彼と一緒に退場するように言う。

「退場のがした少年従僕を思いやるとはアメリー嬢は何と優しいのだろう」

 彼女を褒める声が響いた。

「さぁ、クロード様。花嫁の私に手を差し出して……」

 アメリーは誘導するようにクロードに声をかけ手を差し出す。

「永遠の愛を誓いましょう」

「断る」

 クロードの拒絶の言葉がはっきりと会場に響き渡った。
 意外な言葉に人々はざわめいた。

「永遠の愛など、お前と誓えるか」

 クロードはあきれたようにため息をついた。

「俺が愛しているのはライラだけだ」

 そういい彼はライラの腕を強く引き寄せて彼女を抱きしめた。
 教会にいるみなへ知らしめるように彼は別の女性への愛を誓った。
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