上 下
59 / 72
7章

6 公女のお茶の時間

しおりを挟む
 ライが薬を完成させるとアビゲイル公女はクロヴィスを伴い公城へと戻った。母の言いつけでアメリーを避けて無事だった弟たちと再会した。
 父はもう手遅れだが、まだ予防で間に合いそうな弟にはカフスは片方ずつ弟2人に渡す。
 万が一アメリーと遭遇したときの為である。
 弟たちと侍女に事情を話しアビゲイル公女は作戦へと移った。

「お父様、お茶にいたしましょう」

 執務中であった、大公の元へアビゲイル公女はにこやかに声をかけた。

「おお、アビー。ようやくアトリエから出てきたようだな」

 長いことアトリエに引きこもっていたと呑気に考えてくれているようで安心したといった。
 大公がアメリーの毒にやたれたとはいえ、一線を越えなければ子供たちには父の姿をみせてくれる。
 例のアメリーは公都のサロンにでかけているという。ますます好機である。

「はい、アトリエにこもって思い立ちました。お父様、これから毎日私と朝と夕のお茶につきあってくださりませんか」
「突然何をいうんだ」
「お仕事の休憩時間で構いません。私はもうすぐ帝国へ留学してお父様と離れ離れになってしまうでしょう。それまでにお父様と過ごす時間を大事にしたいのです。7日間だけでもいいです。どうか私の我儘を聞いてください」

 父とのお茶を大事にしてから勉強に励みたい。
 公女の真摯な訴えに大公はうーんと考えた。

「まぁ、お茶くらいはいいだろう。7日でいいのだな」
「はい。できれば父娘水入らずで過ごしたいのです!」

 最後に釘をしっかりと指す。ここまですれば、例のアメリーがお茶に介入してこれないはずだ。
 希望した時間帯もアメリーがサロンへ遊びにでかけているし彼女との予定がかぶる心配もない。

 3日間アビゲイル公女は父とお茶を楽しんだ。いつもは執務で忙しい父であるが、アビゲイル公女の約束の時間をしっかりと守り彼女のお茶の部屋へと訪れた。

「アビーももう淑女だな。カイル殿下も容態は安定してきているし、これで安心して皇子妃として送り出してやれそうだ」

 父の言葉にアビゲイル公女は首を傾げた。

「ですが、第三皇子殿下はノース夫人と」

 ついつい口にしてしまうと大公は朗らかに笑った。

「あれはただの噂だ。実はアメリー嬢は誤解を解くために同行していたそうだ」

 何をいけしゃあしゃあというのだ。アビゲイル公女は毒気つく。
 父に怒りを向けても仕方ない。あの女の嘘は軽く受け流すことに徹しよう。とにかくこのお茶の時間だけは死守するのである。

「まったくアメリー嬢も気の毒なことだ。クロードはとんだ女を引いてしまったな」

 ライラへの非難を聞いてもアビゲイル公女は必死に隠す。ここで感情のまま動いても意味がない。
 翌日も同じようにふとした拍子に大公からアメリーへの賞賛とライラへの非難がでる。
 すっかりと従順なアビゲイル公女をみて大公も気を許していた。
 5日目の朝のお茶の時間に大公からとんでもない言葉が出た。

「ようやくクロードの離縁は成立した」

 クロードとライラの離縁の話を聞きアビゲイル公女は驚いて声をあげそうになった。

「どうした。アビー」
「いえ、そんな簡単に離縁が成立するとは思わなくて」
「少々強引だったな。教会と法廷にようやく認められてもらった。騙されたのはこちら側であったが、これで本来あるべきかたちになる」

 帝都の法廷や教会にもお金を払い認めてもらったそうだ。正確なことを言えば、離縁は1か月かかるが、その間クロードとアメリーの結婚式の準備をすればいい。
 お茶を飲み終えた大公は上機嫌に立ち去った。
 残されたアビゲイル公女は裾をぎゅうっとつかみ、歯を食いしばった。
 こんな形で国をめちゃくちゃにされるのはみていて面白いものではない。
 ライラの結婚が不誠実なものであったとされるのも、非常に不愉快である。
 可能であれば大公の胸倉を掴み、父のおろかしさを嫌というほど訴えかけたかった。
 もしくはこの公城のどこかで過ごしているアメリーを詰め寄ってしまいたい。
 だが、ようやく5日目である。あと2日で父の魅了を解くことができる。
 クロヴィスも今は耐えて影で支援してくれている。領地にいる騎士団を呼び寄せて万が一の時に備えようとしている。領地の騎士団が公都へ到着するのは3日後である。

「あと2日よ」

 それさえ終われば、アビゲイル公女は魅了にまんまとはまった父親を殴り、アメリーの鼻を明かしてやる。

 ◆◆◆

 アビゲイル公女のお茶が順調である間、ライラはようやく寝台から起き上がるようになった。
 数日の投獄生活、さらに安静療養ですっかり足の力が衰えてしまった。
 兄トラヴィスの支えで歩く練習を開始する。
 用意された平民服に着替え、兄に動きやすいようにみつあみに編んでもらった。
 トラヴィスの姿もそれに合わせた平民服であり、少し育ちのよさそうな裕福な平民の兄妹のようにみえる。

 昨日は肉を細かくくだいて入れた野菜スープを口にしてようやくライラは美味しいと感じるようになった。
 しばらくは無理に固形ぶつをとろうとしても吐いてしまっていたので、これで安心である。
 外の空気に触れた。ひんやりとして寒いが、久々に日の光に浴びられた為うれしかった。

「あまり無茶はなさらないでください」

 リリーはショールを取り出しライラの肩にかける。

「でも、急いで元気になってクロード様を探さなきゃ」
「今はノーラさんの指示で皆様動いています。必ず閣下を見つけ出して見せますから、奥様はどうか自分のことを優先してください」

 公都から戻ったノーラは新聞紙と食糧をもって現れる。公城からの報告ではアビゲイル公女は問題なく7日間お茶の時間を過ごせそうだと聞いた。

 あと2日で大公がもとに戻った後、ノーラは例の「蝶の足跡」を披露する。それで真犯人を特定するのだ。
 そこでライラの無実が証明されれば、ライラは公都で自由に動ける。
 新聞の見開きにある一面をライラはじっと視線を向けた。彼女が悪女として報道されている。

「ライラ」

 あまり見ないでほしいとトラヴィスは願ったがライラは笑って首を横に振った。

「自分のおかれた現状を把握するのは大事よ」

 それがどんなにひどい内容であったとしても、目をつぶっても変わらないのだ。
 ライラはノーラから新聞をとり内容を確認した。
 「悪女ライラ逃亡中、今はどこに」という見開きである。第三皇子の殺害動機についても書かれていた。
 アメリー嬢を嫉妬し、第三皇子に言い寄ったが相手にされず怒りのまま殺害されたという説。
 兄トラヴィスが第三皇子をかばったことで重傷を負ったことへの恨み説。

「ばかばかしい」

 ライラの隣で新聞記事を眺めていたトラヴィスはため息をついた。

「事件解明の為の場を設ける予定です。奥様ははじめから入場していただきます」

 後から入場することも考えたが、例の短剣を使用した者ではないというのを明確化させる必要がある。
 彼女を疑っている要人たちの目にさらされるのは毒であろうが、ライラの身の潔白を晴らす為には必要だ。

「できれば、被害者の第三皇子も同席させたいところですが」

 ノーラが言うには例の道具は被害者と道具に使えば、特定目的の道具の使用者まで割り当てることが可能なのだ。

「まぁ、幸い例の短剣は奥様が触れたことのないものですし問題ないでしょう」

 レジラエ家の家紋のついた短剣はトラヴィスが数か月前に作らせた代物であった。ライラが触れたこともない。
 トラヴィスが入院中に何者かに盗まれたのであろう。
 ライラに蝶がついてこなければ、ライラはあの短剣を使用したことにはならない。

「でも、お兄様が疑われるのではなくて」

 短剣の所持者はトラヴィスであり当然トラヴィスにも蝶の足跡がついてしまう。
 
「私は何とでもできる。今は自分の身の潔白を晴らすことだけに専念しなさい」
「正気に戻った大公であれば、無体なことはしないでしょう。ブライアン補佐官の後輩にあたる弁護士も手配しておりますのでご安心ください」

 この数日ノーラはてきぱきと動いていた。かえって申し訳なく思う。

「何とお礼をいえばいいのか」
「すべてが終わったあとで構いません。一応、お礼のおねだりは決めていますので」

 ノーラの言葉にライラは苦笑いした。自分のできることであればできる限り最善を尽くそう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

ご安心を、2度とその手を求める事はありません

ポチ
恋愛
大好きな婚約者様。 ‘’愛してる‘’ その言葉私の宝物だった。例え貴方の気持ちが私から離れたとしても。お飾りの妻になるかもしれないとしても・・・ それでも、私は貴方を想っていたい。 独り過ごす刻もそれだけで幸せを感じられた。たった一つの希望

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

お姉様優先な我が家は、このままでは破産です

編端みどり
恋愛
我が家では、なんでも姉が優先。 経費を全て公開しないといけない国で良かったわ。なんとか体裁を保てる予算をわたくしにも回して貰える。 だけどお姉様、どうしてそんな地雷男を選ぶんですか?! 結婚前から愛人ですって?!  愛人の予算もうちが出すのよ?! わかってる?! このままでは更にわたくしの予算は減ってしまうわ。そもそも愛人5人いる男と同居なんて無理! 姉の結婚までにこの家から逃げたい! 相談した親友にセッティングされた辺境伯とのお見合いは、理想の殿方との出会いだった。

ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~

柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。 その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!  この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!? ※シリアス展開もわりとあります。

はっきり言ってカケラも興味はございません

みおな
恋愛
 私の婚約者様は、王女殿下の騎士をしている。  病弱でお美しい王女殿下に常に付き従い、婚約者としての交流も、マトモにしたことがない。  まぁ、好きになさればよろしいわ。 私には関係ないことですから。

処理中です...