上 下
50 / 72
6章 狩猟祭

8 狩猟祭の影で

しおりを挟む
 リチャード・リド=ベル大公の挨拶とともに狩猟祭は始まった。
 男たちは馬に乗り込み、山を駆る。
 淑女たちは各々想いを寄せハンカチを贈った男たちの活躍を願い見送った。

 淑女たちはそれぞれ好きなように過ごしていた。
 池の方へボート遊びする者もいれば、紅く染まった秋の葉を楽しみ散策する令嬢もいる。
 ライラはライをお供にし公妃のお茶会へと参加した。
 こちらへ招待される夫人・令嬢は限られており、ライラはすぐに彼女たちの名前を把握することができた。
 1年前にバートの指導を受けて覚えた知識が役にたった。

「あらぁ、アルベル夫人の護衛は可愛らしいわね」

 カディア侯爵夫人が明るく声をかけてきた。周りにいた淑女たちも楽し気に微笑まれている。

「はい、従僕見習いのライといいます」

 ライラが紹介するとライはぺこりと挨拶をした。

「アルベル夫人は私のとなりへどうぞ」

 公妃は自分のとなり椅子をライラへ勧めた。公妃のとなりの席は重要なもので、社交界で強い意見を持つことができると言われひそかに狙うものもいた。
 ライラは公妃の義理の弟クロードの妻であり、アビゲイル公女の友人である。
 このお茶会で文句を言う者などいなかった。
 そしてライラのとなりにはカディア侯爵夫人が座っている。

「この前、我が家へ贈り物をくださってありがとうございます」
「いえ、夫人と侯爵閣下にはお世話になっております。何を贈れば良いのか悩みましたが、喜んでいただけてよかったです」

 カディア侯爵家に贈ったのは皮のベルトである。夫人にも何か贈りたいが、かなり悩んでアルベルの試作品である絹織物を贈った。
 今まで戦争しかやってこなかったアルベルが検討した事業のひとつである。
 まだ試作品で夫人に贈るのは失礼でないかとバートに相談したが、手触りは帝国経由のものと遜色しない上に公都の社交界のトップであるカディア侯爵夫人に気に入られれば今後のアルベルの為になるだろう。

「とても良い肌触りで驚いちゃった。今まで絹織物といえば、帝国経由で手に入れるだけだったから国内で手に入るならドレスもどんなものになるか楽しみになるわ」
「まだ試作の段階で売り物として出すのは先ですが、是非ご検討いただければ嬉しいです」

 ライラの話に他の女性たちが興味を抱いた。特に社交界デビューをしたばかりの令嬢には絹は惹かれるものだろう。
 別館にあった残りの絹の試作品を思い出す。もし、よろしければ試作品を触れに別館を訪れてほしいとライラは夫人たちに提案した。

「まぁ、ぜひ。絹はとてもいいのだけど手に入れるのが難しいから興味あるわ」

 一人の夫人がライラの提案に食いついた。

「アルベル夫人て、とても話しやすい方だったのね。わかっていればもっと交流したかったのに」

 狩猟祭が終わった後1週間は別館に滞在する予定である。その時に軽いお茶などでよければご一緒させていただきたい。
 ライラがそういうと夫人たちは嬉しそうにしていた。
 ライラが夫人たちの間でうまくやっているのを確認して公妃は満足げにほほ笑んだ。
 彼女にはアリサ夫人という義母もいることだし、公都のサロンで地位を固めることは可能だ。
 できれば1年中公都に滞在してほしいけど、クロードと一緒にいたいという彼女の希望を無視することはできない。
 残念だが、今は公都で存在感を強くしてくれればいいだろう。

「そういえば、アビゲイル公女は?」
「ボート遊びがあると聞いて若い令嬢をつれて飛んで行ったわ。さっきまではお茶会に参加する気満々だったのに落ち着きがない」

 公妃ははぁとため息をついた。

「夢中になれるものがあるのは良いことです」

 ライラとしてはアビゲイル公女はのびのびと自由にふるまっている方が似合っていると感じた。
 絵画に没頭し、みたことのないものに興味を示す。
 可能であれば彼女にはそのままでいてほしいが、帝国へ留学するとなれば彼女も変わらずにはいられないだろう。

「公女殿下の可愛らしく元気な様子をみると私がうれしくなります」

 カディア侯爵夫人もアビゲイル公女の姿を肯定的にとらえていた。

「それをいうのならうちのせがれですわ。もう良い年齢だというのに未だに妻をとる気配がない。交際相手もおらず、騎士仲間とあちこち飛び回って……アルベル辺境伯の時ようにとりもっていただきたいものですわ」

 さすがに上の命令、皇帝か大公の提案であればクロヴィスも無視することできず観念してくれるだろう。
 遠まわしに公妃への催促にも感じられる。

「そうですわね。必要あれば探してみますが、カディア小侯爵であれば素敵な出会いがありそうだわ」

 公都の令嬢も可愛らしい方がたくさんいるのだしと付け加えるがカディア侯爵夫人はぶんぶんと首を横になった。

「騎士となってから六年、いまだに決まったお相手も、出会いもないのよ。こうなったら親が動かなければいけません」

 どうか良い令嬢がいればご紹介をとカディア侯爵夫人はお茶会に参加している夫人たちに声をかけた。

「そういえば、例のあの方が見当たりませんわね」
「開催の挨拶前にちらっと見かけたけど、確かにそれっきりですわ」

 夫人たちはひそひそと話している声が聞こえた。誰かというとだいたい予想がつく。
 アメリー・ノース子爵夫人である。
 第三皇子カイルの友人として公国へ訪れた女性。夫人というが、まだ少女と呼べる年齢であった。

「ノース夫人は体調がすぐれないということで早々に城内へ休まれましたわ」

 公妃は疑問に応えた。
 大事な賓客の一員である。呼ばないわけにはいかないだろう。
 もし来たらライラ程の近い椅子ではなくても良い椅子を用意していた。
 アメリーの噂で公妃は警戒していたが、不参加と聞いたときに少し安心した。

 お茶会はとどこおりなく終わり、ライラはライを伴い城の自室へと戻った。公妃よりお土産のお菓子を持って帰ったので、ライの足取りが軽い。
 ライラはアメリーと会わずにすんで安心していた。
 先ほどのお茶会は公国の力ある家門の夫人・淑女が席についていたからだ。
 もし、アメリーが問題を起こせば第三皇子がでてくるだろう。
 そうなれば帝国と公国の友好にひびがはいらないように物事を収めるのにかなりの労力を費やしたことだろう。

 ◆◆◆

 アメリーの部屋は第三皇子のすぐ近くであった。本来であれば夫婦部屋。第三皇子の婚約者か、夫人が宿泊するような部屋である。
 それだけあって部屋の内装はかなり豪勢なものであった。

 しかし、今の部屋は荒れ果てていた。
 帰宅後アメリーは寝台の枕を引き裂いて中身をぐしゃぐしゃにして部屋中に散らかした。
 何度も寝台の上でこぶしを振り下ろし、目についた飲み水の入った容器をみるやよその方へと投げつける。
 侍女のレルカは片づけるのがたいへんそうだとぼんやりと考えていた。
 黒髪に、黒い瞳の少し陰りのある印象の侍女であった。影でアメリーを支え、暴走しがちなアメリーであったが、それでも彼女のファッションセンスが抜きんで人々を魅了し続けているのは彼女の力量が大きかった。
 アメリーの行動に思うところがあった夫人・淑女たちも、アメリーの美しさ、それを最大限にいかしたドレスコードは帝都の流行を先駆けていたのは認めていた。
 レルカは隠れたアメリーの支持者だといっていい。

 ここまで彼女が荒れたのは久しぶりである。子供の時の癇癪、姉と兄が強く注意した時である。
 アメリーの怒りがある程度発散されたころにようやくレルカは優しく声をかけた。

「お嬢様、それ以上は指を傷つけてしまいます」

 アメリーの肩をさすったときに彼女の崩れた髪から覗いた耳飾りをみてレルカはおやと首を傾げた。
 赤いルビーの蝶々を象ってデザインの耳飾りであるが、赤かったのが信じられない程黒く濁り、ひびが割れていた。
 特殊な魔法でコーティングした為割れることは早々ない。さらに強い魔法に触れた可能性があった。
 いつ頃に割れたものだろうかと考える。昨夜のパーティードレスを準備したときは問題なかったはずだ。

「レルカ、ひどいのよ。聞いて……」

 アメリーは涙を浮かべレルカに泣きついた。この時ばかりは彼女は10歳に満たない幼女のように幼くあどけなかった。

「クロード様がひどいことを言ったの。本当は私が妻になるはずだったのに、関係ないって」
「まぁ、可哀そうに」

 レルカはアメリーの金色の髪を撫でてやった。同時に乱れた髪を手で可能な限り整えてやる。

「本当は私が妻になるはずだったのよ。それなのにライラお姉さまに奪われて……ひどいわ」

 実際はアメリーが自分からアルベルへ嫁ぐのを嫌がって、ライラの婚約者を奪いライラをアルベルへと追いやったのであるが。
 経緯を知っていたレルカはアメリーが悪くないと言わんばかりに慰めた。

 ここに来て、行程は元に戻りつつあるようだとレルカは考えた。
 もとはレルカとしてはアメリーがアルベルへ嫁ぐのを勧めていた。
 しかし、彼女はあんな辺境へ行くなど嫌だとだだをこね、父親に泣きついて収集がつかない方へ進んだ。
 一度はアメリーの願いに沿って動いていたレルカであったが、ここでクロードに焦がれるとは思わなかった。
 第三皇子カイルもかなりの端正な顔立ちの男である。アメリーは順調にいけば彼の妻の座に落ち着く予定であった。
 しかし、クロードが美青年であることにアメリーは予想外のことで、ひとめぼれしてしまったようだ。

「アメリー様はアルベル辺境伯のことを慕っておいでですか?」
「ええ、こんなに胸がどきどきしたのははじめてよ。これは運命だったのよ。元は私が結ばれるはずだったのだし」

 過去の自分の行為など棚にあげて自分こそクロードの運命であると信じて疑わない。
 思い込みの激しさは幼少時から変わらない。成長を促すことをしなかった公爵家とレルカにも責任があったが、この思い込みはレルカとしては都合がよかった。

「それでは私がお手伝いいたしましょう」
「本当。できるの?」
「はい、だって私は……」

 レルカはにこりとほほ笑んだ。

「あなたを幸せにするため現れた魔法使いなのですから」

 レルカはいつだってアメリーの味方であった。
 レルカのいう通りにしていれば、父親はアメリーを溺愛し、アメリーにとって邪魔な姉も、兄も追い出してしまった。
 ほしいものは何でも手に入った。
 遠回りしてしまったが、第三皇子の恋人の地位へつけたのもレルカのいう通りに動いたからだ。
 彼女が誰よりもアメリーを惹きたて、男たちはアメリーを大事にするように動いてくれるようになった。
 きっと今回も大丈夫だ。レルカのいう通りにしていれば、アメリーは幸せになれる。
 だってレルカはアメリーの魔法使いなのだから。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

お姉様優先な我が家は、このままでは破産です

編端みどり
恋愛
我が家では、なんでも姉が優先。 経費を全て公開しないといけない国で良かったわ。なんとか体裁を保てる予算をわたくしにも回して貰える。 だけどお姉様、どうしてそんな地雷男を選ぶんですか?! 結婚前から愛人ですって?!  愛人の予算もうちが出すのよ?! わかってる?! このままでは更にわたくしの予算は減ってしまうわ。そもそも愛人5人いる男と同居なんて無理! 姉の結婚までにこの家から逃げたい! 相談した親友にセッティングされた辺境伯とのお見合いは、理想の殿方との出会いだった。

ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~

柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。 その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!  この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!? ※シリアス展開もわりとあります。

はっきり言ってカケラも興味はございません

みおな
恋愛
 私の婚約者様は、王女殿下の騎士をしている。  病弱でお美しい王女殿下に常に付き従い、婚約者としての交流も、マトモにしたことがない。  まぁ、好きになさればよろしいわ。 私には関係ないことですから。

心の声が聞こえる私は、婚約者から嫌われていることを知っている。

木山楽斗
恋愛
人の心の声が聞こえるカルミアは、婚約者が自分のことを嫌っていることを知っていた。 そんな婚約者といつまでも一緒にいるつもりはない。そう思っていたカルミアは、彼といつか婚約破棄すると決めていた。 ある時、カルミアは婚約者が浮気していることを心の声によって知った。 そこで、カルミアは、友人のロウィードに協力してもらい、浮気の証拠を集めて、婚約者に突きつけたのである。 こうして、カルミアは婚約破棄して、自分を嫌っている婚約者から解放されるのだった。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

処理中です...