上 下
45 / 72
6章 狩猟祭

3 緑の館での再会

しおりを挟む
 公城を訪れた翌日にはアリサ夫人の緑の館へ訪問した。
 ブランシュは別館でお留守番にしている。リリーが面倒をみてくれるため、ライラの傍にはライが控えることになった。
 数か月前に比べて従僕姿が様になってきている。まだ見習いという扱いであるが。

 クロードも久々の義母への挨拶ということで同伴してくれた。馬車の外でライラを守るように馬上で進んでいる姿をみる。
 目が合うと、どうしたと言わんばかりに口を開いた。
 ライラは何もないとほほ笑み返し、手を振った。

 アリサ夫人の緑の館へ到着したときには別の客人がすでにいたようである。奥の方から軽やかなピアノの旋律が聞こえてきた。
 連弾だと気づいた。

 一人はアベル・カットであろう。
 去年の緑の館でのサロンで曲合わせをしたことを思い出した。同時に、公城での演奏会の題材についていろいろと教えを受けた。

「すごいな」

 音楽にはそれほど詳しくないクロードでも連弾曲のすごさを感じ入っていた。
 もう一人は誰が弾いているのかとライラは考えた。
 もしかしたらと思うが実際確認しないとはっきり言えない。

 侍女の案内でライラはアリサ夫人のいるサロン部屋へと訪れた。ピアノの前に並んで二人の青年が曲を弾いていた。
 思わず名を呼びそうになるが、ライラは口を押えた。
 テーブル席に腰をかけているアリサ夫人は来客をみて穏やかにほほ笑みかけた。
 
 しばらくして曲が終わり、アリサ夫人は拍手を送った。

「トラヴィス兄様」

 ライラは夢中になり、演奏者の一人へ駆け込んだ。ピアノの席から立ち上がった青年はライラを抱きしめた。

「久しぶりだな。随分痩せたようだが、食事はとれているのか?」
「はい、よくしていただいております」

 思わず返す言葉にライラは少し後ろめたさを感じた。病のことはまだ兄たちには話していない。
 狩猟祭が始まる前に兄と出会えたら話そう。そう思っていたが、いざとなると言葉がうまく出ない。
 ライラはちらりとクロードを見つめた。

「レジラエ殿、お久しぶりです。今度、当家で食事にいらしていただけないでしょうか。可能であれば宿泊の為の部屋も用意いたします」

 仮にも義理の兄でありクロードは丁寧な言葉でトラヴィスに声をかけた。
 トラヴィスはじぃっとクロードをみやった。少し訝しむ表情を浮かべていたがすぐにいつもの表情へ戻る。

「ああ、是非」

 日取りを確認して、ライラはほっとしクロードに感謝した。その時までは心の準備ができそうだ。

「驚きました。お兄様が緑の館に来られているなんて」
「ああ、アリサ夫人が妹をよく面倒をみてくれたと伺い礼をしたかったんだ。同日に公都一の演奏家も来ていると聞き、めったに機会がないから是非連弾をと頼んだのさ」

 ちょうどライラが訪れる頃合いに合わせて調整されたようだ。
 驚いたものだが、アリサ夫人が手配してくれなければライラは兄の忙しさに遠慮して声をかけられなかっただろう。

「アベルさんもお久しぶりです。先ほどの演奏、素晴らしかったです」

 ようやく兄の抱擁から解放されたライラはもう一人の演奏者へ声をかけた。

「トラヴィス・レジラエ様の手ほどきがよかったからですよ」

 アベルは謙遜した。帝都でピアノの名手といわれるトラヴィスの腕前に圧倒されていたようであった。
 それでも高揚感はあったようで、やや表情がいつもより豊かである。

「兄の連弾についてこれるのはすごいことです。私、いまだに難しくてつまずいてしまいます」
「ありがとうございます。アルベル夫人、よろしければお手を」

 アベルはライラの手をとった。
 手の甲へ口づけをする仕草は自然な流れであるものの絵になりどきりとしてしまう。
 ライラは思わず頬が赤くなり、従僕として同席していたライは「うひょ」と声をあげる。
 クロードは少しばかり唇を曲げていた。

「クロード殿、紳士の挨拶ですよ」

 アリサ夫人はこそっとクロードに声をかける。クロードもわかっていると感情を抑えた。
 テーブルにはライラ、クロード、アリサ夫人、トラヴィスで囲った。
 アベルは演奏をしていた。トラヴィスのリクエストした曲である。
 元々ライラを招いたお茶の雰囲気作りで呼んでいたようだ。
 公都一のピアノ演奏家をこのように呼び出せるのは彼を育て上げたアリサ夫人くらいであろう。

「義母上、いつもアルベルの為に心をくだいてくださりありがとうございます」

 クロードは改めてアリサ夫人にお礼を伝えた。
 アルベルの地域に春が訪れ、だいぶ住みやすくなり、穀物も自力で調達できるようになったとはいえまだまだ全領民を養うには足りていない。
 アリサ夫人が他領主に声をかけて支援してくれるためだいぶ助かっていた。
 今も彼女は緑の館のサロンを立ち上げて、貴族、商人に声をかけてくれている。

「私は大したことしていないわ。みんなが親切にしてくれているからよ。感謝は彼らに」

 ライラはアリサ夫人に例のダイヤモンドの原石を見せた。お礼の品であると聞きアリサ夫人は感謝した。
 どのように加工するかをアリサ夫人に確認する。

「それならネックレスがいいわ。お茶会で使用したいから、落ち着いたドレスに合うようしてほしいわ」

 あとはお任せねとアリサ夫人は笑った。
 再度ダイヤモンドが入った箱を閉じ、ライラは従僕のライへ声をかけて箱を預けた。
 明日には公都で活動しているノースギルド出身の職人の元へ届ける予定である。
 
「あと、これを」

 ライラは封筒をアリサ夫人へ渡した。中をみてみるとガーベラの押し花のしおりであった。少し大きめである。

「庭師のベンクが温室で育てた花です。綺麗に咲いたので、選んでいただきました」

 できれば生花を届けたかったが、途中でしおれてしまう。押し花にしてしおりにしようと案を出した。

「まぁ、うれしいわ。彼は元気にしている?」

 心細いジーヴル城での生活で唯一アリサ夫人が心安らいだ場所であった。度重なる疲労により、早々に立ち去ったことから疎遠になったがこうして彼の育てた花をみることができて嬉しそうだった。

「今小説を読むのにはまっているの。是非使わせてもらうわね」

 ちょうどよかったと言わんばかりのアリサ夫人の様子にライラはほっと安心した。
 それから最近の公都での出来事をアリサ夫人から教えてもらった。

「次のサロンは冬にしようと思っているの。秋にも1回考えていたけど」

 アリサ夫人はちらりとトラヴィスの方をみた。
 どうやら兄からの助言のようである。今の時期にサロンを開いた場合、どこから聞きつけたかアメリーが押しかけてくる可能性もある。第三皇子の権威をかさにきてサロンを荒らす可能性もある。
 ライラが訪れる前にトラヴィスはアリサ夫人へ伝えたのである。

 先ほどは気づかなかったが、トラヴィスの目の下にわずかにくまができていた。ここ最近、アメリー・第三皇子の一行と同伴して心安らいで眠れることが少なかったのだろう。
 兄が宿泊したときには安眠によいお茶を用意しよう。
 アリサ夫人との会話を楽しんだ後にライラたちは別館へ帰宅した。すっかり夕方になっていた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

拝啓、婚約者さま

松本雀
恋愛
――静かな藤棚の令嬢ウィステリア。 婚約破棄を告げられた令嬢は、静かに「そう」と答えるだけだった。その冷静な一言が、後に彼の心を深く抉ることになるとも知らずに。

美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛

らがまふぃん
恋愛
 こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。 *らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

婚約者が不倫しても平気です~公爵令嬢は案外冷静~

岡暁舟
恋愛
公爵令嬢アンナの婚約者:スティーブンが不倫をして…でも、アンナは平気だった。そこに真実の愛がないことなんて、最初から分かっていたから。

いつか彼女を手に入れる日まで

月山 歩
恋愛
伯爵令嬢の私は、婚約者の邸に馬車で向かっている途中で、馬車が転倒する事故に遭い、治療院に運ばれる。医師に良くなったとしても、足を引きずるようになると言われてしまい、傷物になったからと、格下の私は一方的に婚約破棄される。私はこの先誰かと結婚できるのだろうか?

【完結】この胸が痛むのは

Mimi
恋愛
「アグネス嬢なら」 彼がそう言ったので。 私は縁組をお受けすることにしました。 そのひとは、亡くなった姉の恋人だった方でした。 亡き姉クラリスと婚約間近だった第三王子アシュフォード殿下。 殿下と出会ったのは私が先でしたのに。 幼い私をきっかけに、顔を合わせた姉に殿下は恋をしたのです…… 姉が亡くなって7年。 政略婚を拒否したい王弟アシュフォードが 『彼女なら結婚してもいい』と、指名したのが最愛のひとクラリスの妹アグネスだった。 亡くなった恋人と同い年になり、彼女の面影をまとうアグネスに、アシュフォードは……  ***** サイドストーリー 『この胸に抱えたものは』全13話も公開しています。 こちらの結末ネタバレを含んだ内容です。 読了後にお立ち寄りいただけましたら、幸いです * 他サイトで公開しています。 どうぞよろしくお願い致します。

処理中です...