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5章 大公視察

5 ライラの不安

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 アリア夫人の代から大事に守られている庭園で、大公を招いた昼食会を開いた。
 雪に閉ざされた庭園も神秘的でみていて楽しめるが、雪が融け純白以外の植物がみられるようになり心躍る。
 春の日差しが届けられ温かい場所にランチの準備が整えられていた。
 リチャード大公、アビゲイル公女が席についたのを確認してクロードとライラも席についた。
 ようやく休憩かとブランシュはするりとライラの膝の上へと落ち着く。

「護竜の雛を発見し、保護したと聞いた時は驚いたものだ」

 リド=ベル大公は関心して、ライラの膝の上に寝ているブランシュをみやった。
 となりで座るアビゲイルはじぃっとブランシュを見つめていた。

「クロード、ライラ。護竜をこれからも大事にしてやってくれ」

 帝都へ連れていきたいと言われるのではないか。ライラはそう思っていた。

「できればそうしたいものだが、まだ注目を浴びるには護竜は幼い。ストレスでかえって衰弱するおそれもある」

 ライラが公都へ訪れた時も、ブランシュはついてくるだろうが護竜というのはまだ伏せておこうとまで言ってくれた。

 大公は視察前護竜の勉強をし直してきた。
 雪ムカデの害により、護竜が絶滅したと言われていた時代雛を保護して早速公城で育成していたが噂を聞きつけた貴族たちが護竜を一目みようと押し寄せて来た。帝国の者たちも興味を持ちだし、帝都に連れて来いと指示を受けて断れるわけにもいかず当時の大公が連れて行ったが、ストレスで食が細くなり成獣前に息を引き取ってしまった。
 公国で最後に確認した護竜であった。その墓は公城の敷地内で丁重に葬られている。寂しくないようにと、笛の少女の護竜の眠る祠のすぐ近くに眠らせている。

「今は母親代わりのライラが傍でのんびりといるのがブランシュにとって一番であろう」

 大雪ムカデをクロードが倒し、雪ムカデの害の対策がとれるようになり、そしてライラが護竜を見つけた。
 これだけでクロード・ライラ夫妻は後年に言い伝えられるだけの存在になっただろう。

「もしかすると、辺境領を独立させることができてしまうかもな。例のハン族の青年の件もうまくいけば私が敵わない」

 冗談まじりで大公が笑うが、すっとクロードは真顔になった。

「私は公国の盾、兄の剣としてアルベルにいます。アルベルを独立させるなど考えていません。もし兄上が私をお疑いになるのであれば、ベンチェル・ハァンとの同盟は見直すことにします」

 一度は交わした同盟であり簡単には破るのはクロードの本意ではないが、それ以上に兄が大事である。
 あっさりと兄をとるクロードの言葉にライラは少し考えさせられた。
 きっと自分とリチャード大公どちらかと聞かれても、答えは簡単だろう。

「お父さま、私。図書館へ行ってまいります」

 アビゲイルは昼食をすますと立ち上がった。

「司書やオズワルドに迷惑をかけてはならないよ」

 大公の注意に頷いたアビゲイルは侍女と共に図書館へと走った。
 余程気になっているようだ。
 ベンチェルが置いて行った研究メモ、魔物のスケッチを。
 半分はオズワルドの館に置かれていると知れば、今度はオズワルドの館へ飛び込んでいきそうだ。
 そうなるとオズワルドの弟子たちはとんでもない客が来たと慌てふためくだろう。

 ライラも図書館へアビゲイル公女のお供をしようと立ち上がったが、大公が呼び止める。
 他にも話があるのだろうとライラはすとんと椅子を掛け直した。
 食後のお茶を嗜んだ後、大公は困ったように周りに目配せをした。クロードが頷くと、周囲にした騎士と侍女たちは礼をして周辺から姿を消していった。
 残されたのは大公、クロード、ライラと膝にのっているブランシュである。

「公女の前ではなかなか言いづらい内容だったので今聞きたいことがある」

 アビゲイルに関することか。もしかするとライラが送った手紙で大公の不信を買うものがあったのだろうか。
 そこまで大した内容は書いていなかったと思うが。
 ブランシュのらくがきを少し描いた程度である。プライベートの手紙で描いてはまずかったか。
 一応クロードに描いて良いか確認はしたが。

「ライラよ。そなたの従妹のノース子爵夫人について聞きたい」

 ノース子爵というのは、ライラの父方の本家の持つ爵位である。今はアメリーの夫・クライドが手にしている。
 元ライラの婚約者だった男である。

 つまり、ノース子爵夫人とはライラから婚約者を奪ったアメリー・スワロウテイルのことだ。

 思い出すと未だに胸がずしりとのしかかってくる。もうクライドのことは諦めていたが、それでも婚約破棄のことを思い出すと辛い。
 あの時は本当にショックだった。

「アメリー嬢……今は夫人ですね。勿論、知っています」
「その女が何ですか? 公国とは関係のない方でしょう」

 クロードは興味なさげに質問する。大公は深くため息をついた。

「クロード、元はお前の婚約者だぞ」

 そういわれて、クロードはようやく思い出したように頷いた。
 元々、皇帝の提案によりクロードはアメリーと婚約する予定であった。しかし、公国のさらに辺境のアルベルへ嫁ぐのを嫌がったアメリーは、父に泣きついた。娘に甘いスワロウテイル公爵家はクライド・アレキサンダーを呼び込みノース子爵位を継がせると約束させ、親から説得させられクライドはライラに婚約破棄を言い渡す。そして、ライラはアメリーの代わりとなり、クロードの元へ嫁いだ。

「でも、もう私とは関係ありません。私の妻はライラだし、ライラはノース子爵とは関係ない。私はそれで満足しています」

 クロードの言葉にライラは胸が軽くなった心地であった。クロードの口からライラと結婚できて満足していると言われて、気が楽になった。

「そうなんだ。そなたらとはもう関係はない……のだが、アビーのな」

 大公ははぁと深くため息をついた。続けて繰り返されるため息は何やらつかれている様子であった。
 娘の行く末に不安を抱える父親のような表情である。

「こほん。公女の婚約者が帝国の第三皇子であることは既に知っているだろう」

 以前に聞いたことがある。
 あの時はまだ内密であると言われていた気がする。

「その第三皇子がな、ノース子爵夫人と恋仲になっているという」

 かちゃん。

 ライラは手にとっていたカップを落としてしまった。幸いカップは割れていなかった。
 侍女を呼ぼうとクロードが声をあげようとするが、大公がその前にハンカチをライラへ差し出した。

「大丈夫か?」
「はい、少しかかった程度です」

 お茶のほとんどを飲んでいたのと、すでにぬるくなっていた。火傷はしていないので侍女を呼ぶ必要はないとライラは大公とクロードに笑って答えた。
 己の無作法を詫び、ハンカチで手についたお茶を拭きとる。

「その、驚いてしまって。確かアメリー夫人はノース子爵の妻で」

 帝国皇帝家には公妾制度があった。貴族の夫人がなり、公妾になるため下級貴族へ嫁いだ女性の話もあった。
 しかし、公妾は皇帝に許される特権である。
 まさか、アメリーは第三皇子の公妾になったというのか。

「帝国側の噂は私の耳に届いてある。どうやら第三皇子は、アビゲイル公女との婚約を不服としノース子爵夫人に熱愛しているそうだ。ノース子爵は失態を犯し皇帝の怒りに触れ左遷され、ノース子爵夫人は帝都の第三皇子の館で過ごしているそうだ」

 客人として招かれたというが、どうみても第三皇子と恋人関係となって転がり込んだようにしか見えない。
 最近は人目を憚らず体を密着させ、社交界でも第三皇子がノース子爵夫人のエスコートをしているという。

 あまりの内容にライラは頭を抱えた。
 アメリーは一応公爵令嬢である。姉の皇太子妃は貞淑な女性であり、彼女と同じ教育をアメリーは受けているはずだ。
 アメリーの一声でクライドとの婚約破棄となったが、クライドの妻として添い遂げてくれるものと信じて婚約破棄を受け入れたのである。
 クライドの思いつめた表情を思い出す。彼のあの時の苦労が無になったことが何とも空しく感じる。

「それでライラからみてノース子爵夫人はどんな女性であったか。それが聞きたい」

 ライラは困ったように俯いた。何をどう伝えればいいのだろうか。
 クライドとの婚約破棄の経緯を話すべきだろうか。
 アメリーの言動はどうみても公国にとって面白くない内容だろう。
 アメリーとの思い出を、呼び起こしてみる。

 ふと思い浮かんだのは池に落ちる音であった。浮葉植物が足に絡みつき思うように浮き上がらなくなる感覚にライラは青ざめた。

「ライラ、どうした? 寒いのか」

 クロードはライラの表情をみて上着をライラの肩にかけた。

「兄上。少し風が強くなったようです。一度建物内へ戻りましょう」
「ライラ。少し部屋に戻って暖まりなさい。寒かったというのに気づいてやれずすまなかった」

 後はクロードと適当に話をしておくからとライラはクロードが呼んだリリーに支えられ自室へ戻る許可を得られた。
 雪結晶病の事を知るリリーはすぐにライを呼び、部屋を暖かくしていった。

「大丈夫よ。熱はでていないし」

 心配するリリーを安心させるようにライラは微笑んだ。
 同時に先ほど思い出したことに苦い思いをした。
 果たしてこれは大公に伝えて問題ないのだろうか。
 悩みに悩むが、これからアビゲイル公女は第三皇子と婚約すれば、アビゲイル公女は帝都へ行き改めて教育を受けることになる。
 第三皇子の館で、アメリーがいる中過ごすアビゲイル公女の心情を想像するとちくりと胸が痛む。
 クライドから婚約破棄を言い渡された時のようなショックを彼女が抱え込むのではないか。
 そうなる前に伝えるべきではなかろうか。

 しばらくしてライラはリリーに頼んだ。クロードに話がしたいから来て欲しいと。
 リリーが部屋を出て、すぐにクロードが部屋を訪れて来た。
 予想以上に早くてライラは逆に申し訳なく感じる。
 大公との会話が落ちついた頃、合間でよいと伝えたはずだったが。

「兄上から、行くようにと言われた」

 こういう時は妻を優先してやるのが良いと大公に後押しされたという。
 かえって大公に申し訳なかった。

 ライラはクロードに過去の出来事を伝えた。それはライラにとって苦い思い出であった。
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