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5章 大公視察

3 帝都の友人

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 アルベルにリチャード大公父娘の視察が訪れる少し前のことである。
 クリスサァム帝国での出来事へ場面を移す。
 公国より早くに雪は融け春の息吹は届けられ、人々の表情は明るいものであった。

 道ゆく馬車の中の令嬢は、街の人々とは対称の不機嫌、不愉快な表情を浮かべていた。
 帝都では珍しい褐色色の肌に、赤の混じった茶髪、琥珀色の瞳の少女である。
 顔立ちは異なるが、色合いはオズワルドと同じ系統であった。
 不機嫌な表情であった令嬢はどんと窓を叩いた。

「あー、腹立たしい。何なの、あの女!」

 彼女の名はジュリア・ブラック=バルト。
 貿易街イセナの主、ブラック=バルト伯爵家の令嬢である。
 10人兄弟の一番の末っ子の彼女は父からの言いつけで帝都の社交界に参加するようにと滞在させられていた。
 ブラック=バルト伯爵家の顔として帝都で活動するようにと願われ、そしてできれば手ごろな結婚相手を見つけるようにと言われていた。

 ジュリアとしては別に結婚願望はない。貿易についての知識も身に着けている彼女としては貿易業の従業員で生計を立てるつもりであった。大叔母が残した遺産を一部拝借して事業を起こすことも計画していたのだが、父に出鼻をくじかれてしまう。
 事業をするには協力関係の伴侶はいた方がいいだろうともっともらしいことを言われたが正直自分一人でやりたかった。
 
 一族には結婚していない女性だっているというのに、何で今更そんなことを言うのだろう。

 とにかく父のせいでジュリアは面倒くさい社交界に顔だしすることになった。
 与えられた任務は遂行させていただこう。これからのジュリアの事業に差しさわりがでるから。
 帝都の代表格の貴族への顔つなぎは上々うまくいっている。
 婚約相手はさっぱりであるが、父もできればということでありそこまで意欲は出ていなかった。
 適当に終わらせて来年にはイセナに戻ってやるとジュリアは息巻いていた。

「なんであんなに空気読まないんだろう。まわりの令嬢たちも困惑しているじゃないの。あれじゃ、皇太子妃さまも主催のお茶会へ招待できないわよ。確かついこの間やらかしたんだっけ……ああ、やりそー」

 滞在用に借りている別邸へ帰るだけだから構うものかとジュリアは整えた髪をぐしゃぐしゃとした。
 ジュリアが苛立っている相手は先ほど参加したお茶会にいたアメリー・スワロウテイルであった。元ノース子爵夫人、現在は公にされていないが第三皇子カイルの恋人。
 確か、2か月前、皇太子妃主催のお茶会で客の令嬢に恥をかかせたのである。令嬢は顔を真っ赤にして退場し、その後皇太子妃が注意するために残らせたという。残念ながら効果は全くなく、皇太子妃は彼女を自分の主催する集まりへ招待することはなくなった。

 アメリーは一部を除いた殿方には人気が高かったが、その他からは評判は最悪であった。
 気づいているのかどうかは不明であるが。

 アメリーに目をつけられた令嬢は、後日婚約者と破局を迎えていた。
 理由はアメリーを傷つけたからというわけのわからないものである。その後も殿方からの中傷にあてられて、精神的に病んで実家の領地へ引き籠る令嬢もでたという。

 令嬢たちもできればアメリーは招待したくないだろう。
 だが、招待しないことで周りの男から何といわれるかと頭を抱え、彼女が参加しないことを願いながら招待状を贈っていた。
 贈らずに何とか過ごせているのは彼女の姉であり皇太子妃エレナくらいである。
 さすがに男たちも皇太子妃には強くは出られないようである。影口は結構立て、アメリーを慰める程度しかできない小物らだ。

 幸いジュリアには婚約者というものはいないので破局を迎える心配はないが、アメリーはジュリアの珍しい肌の色をみて珍しいようでちょっかいをかけてくる。先ほどのお茶会でも酷かったが初対面の時は思い出すだけで腹が立つ。

「まぁ、イセナの出身でしたか。確かあそこは元蛮国、きっとその影響でしょうね。ああ、失礼。とても帝都では見かけないエキゾチックさで素敵だと思いますわ」
 
 前者の言葉で明らかに嘲笑しているとわかる。
 ここで一言言ってやろうかと思ったが、彼女の噂を聞くと面倒くさいので愛想笑いで誤魔化すことに徹した。
 おかげで眉間の皺がおかしいことになっていないだろうか。
 ジュリアはこしと眉毛あたりにマッサージを加える。

「はぁ、何であの女が帝都にいるんだろう。あの女さえいなければ今頃私はライラと一緒にお買い物したりお茶を一緒にしたり劇にだって行けたのに」

 そう考えると腹立たしくもなる。
 ライラの婚約破棄の時に流れた噂はイセナにいた頃のジュリアの耳に届いていた。
 アメリーをいじめていたという噂であったが、すぐに違うとわかった。
 そして、社交界へ顔をだしアメリーの評判を間近でみてはっきりとわかった。
 この女の我儘に振り回された結果だと。

「はぁ、ライラ。会いたいよ」

 イセナで一緒に遊んだ幼馴染のことを思い出す。
 ジュリアの周りには年の近い少女はおらず、男所帯の中それなりに活発にすごしていたが女の子らしい遊びにも憧れを抱いていた。
 ライラが病弱な母とともにイセナへ訪れた時は嬉しかった。
 彼女から帝都で評判の物語を聞かせてもらったり、人形遊びをしたりピクニックへ行ったりと楽しいことだらけであった。
 時には1つ上の兄と一緒に市場へでかけたり、一緒に船あそびをしたものだ。

 あの時が懐かしい。

 ライラの母親の訃報を聞いてから交流は途絶えてしまった。
 何と送ればいいのかわからずそのまま疎遠になったことが悔やまれる。
 でも、自分のふとした言葉がライラを傷つけないかと思うと不安であった。今となっては言い訳であるが。

 この前、ライラの家に挨拶へいったことを思い出した。
 レジラエ伯爵に頼んで、ライラの母親の墓参りへ行かせてもらった。久々の知り合いの来訪に亡き伯爵夫人は喜んでくれているとレジラエ伯爵は微笑んでいた。
 その後は、ライラの兄嫁とお茶をして彼女との思い出話に花を開かせた。
 また遊びにいこうかな。
 いつでも遊びに来て良いとリザ夫人は言っていたのを思い出した。

 帝都別邸のマンションへ戻った後、ジュリアは外套を預け使用人にお茶を淹れるように頼んだ。
 机の上に並ぶ手紙をみて嘆息する。
 イセナの田舎貴族の令嬢へ社交界やお茶会の招待状を贈ってくれるのはありがたいというべきであろう。
 ただ行くのにも根気がいる。全てに参加するのは難しいので、行けそうなもの、行けないものを選別してそれぞれの返事を書き始めた。
 使用人がお茶を運んで来た時に、窓からこつんと音がした。窓の外をみると木の枝にとまっている白いふくろうがじぃっとジュリアの方を見つめていた。

「ホーのおやつを用意してちょうだい」

 ホーというのはジュリアが適当につけたふくろうの名前である。使用人は既に慣れた様子で部屋を出ていった。
 10分すればふくろうの好物のお菓子が運ばれてくるだろう。
 窓を開けるとふくろうは翼を広げてジュリアの傍へと近づいた。

「ごくろうさま」

 主人のことを考えなければ自分が飼いたくなるほど可愛らしい動物だ。
 ジュリアはずぼっとふくろうの胸元に手をつっこんだ。
 どういう仕組みか謎であるがこのふくろうは魔法の仕掛けを持つ特殊な生物であった。
 腹もとのふわふわから取り出したのは一通の手紙と木の箱である。

 手紙の差出人の名前をみてジュリアは深くため息をついた。
 木の箱の中には5つの小さな宝石が入っていた。一緒に箱の中に入っている説明書は後で確認しておこう。
 
 手紙の差出人はオズワルド。ジュリアの5番目の兄である。

 ジュリアが幼少の頃に、突然家からいなくなった男である。
 父母は呆れていたが特に彼を連れ戻そうという気配は見当たらなかった。
 元から風変りな面があり、家族は諦めていた。
 何だかんだで要領がいいからどこかで元気にしていることだろうと捜索を出しながらも特に心配した様子は見受けられなかった。

 そのオズワルドは何故か最近になってジュリアへ手紙を送ってくるのだ。
 アルベルの地から。
 アルベルはライラの嫁ぎ先である。

 使用人が持ってきたふくろうのおやう、こおろぎの乾燥物が盛られたお皿をふくろうに差し出す。
 表情は変わらないが、ふくろうはお皿のおやつをむしゃむしゃと食べていた。

「返事は時間かかるからゆっくりおたべー」

 ジュリアはふくろうの頭を撫で、兄の手紙の内容を確認した。
 内容はここ最近帝国で起きた内容がどんなものか教えてほしいというもの。前回と同様のものであった。
 この前はライラの母親の墓参りへ行くようにと指示された。

 今更それを聞いて何になると思うが、情報量の小切手を送られてきているので仕事はきっちり行っておこう。
 小切手は将来の投資として大事に使わせてもらう予定だ。

 木箱に入っている石はとある魔法から身を護る為に作らせた代物であり、特定の人物にそれとなく送り届けて欲しいと書いてある。
 彼らが身に付けたくなるようある程度まで加工しても構わないと書かれている。
 うち一人はライラの父親と兄である。

「大丈夫でしょうね……変なものだったら私が申し訳ないわよ」

 木箱の中の石をジュリアは眉をひそめてじぃっと眺めた。美しい琥珀石、アンバーである。
 ふと、昔のことを思い出す。ライラがイセナから帝都へ帰る時に渡したブローチもこのような色合いの石であった。

「ふーん」

 ジュリアは琥珀石を手に取り、光にかざした。淡く輝くものをみて目を細めた。
 デザイン意欲がわいてきたので後でスケッチしてみよう。
 石を木箱の中へ納めた。

 ジュリアは返事をまず書いてみようと考えた。
 とりあえず帝国で起きた内容は、以前の続きになってしまう。
 皇帝家のスキャンダル、主にアメリーに関しての内容である。
 ここぞとばかりにアメリーへの嫌みが沸き上がり、ついつい文章が多くなってしまった。

 前回も似たようなものを送ったが、文句は言われず再度催促してきたのでこの情報でも悪くはないのだろう。
 何故オズワルドはこの内容を求めているのだろうか。

 そういえば、第三皇子がアビゲイル公女と婚約予定だったと聞いたな。
 まだ噂であり、公になっていないが。
 もしかすると公国の臣下としてその件の情報を知りたいのかもしれない。
 
 アメリーの情報を改めて再確認した。
 元はライラのアルベルへ嫁ぐはずだった令嬢、ライラから婚約者を奪いライラをアルベルへおいやった女である。
 それだけでジュリアには鼻もちならない女に見えた。

 ノース子爵、クライド・アレキサンダーを破滅に追いやった女。
 その上で、第三皇子に愛想を振りまき、彼の夫人のようにふるまう厚顔な女。
 それだけで満足せず、さらに新たな被害者を生み出している女。
 先日逮捕された伯爵も骨抜きにされていたな。その前に違法を犯したので自業自得であるが。

 結果的にはアルベル辺境伯は運がよかったのではなかろうか。
 アメリーじゃなくてライラを娶ることができたんだから。
 おかげで今のライラは帝都ではなくアルベルにいるのはジュリアとしては面白くないことだが。
 
 しばらく考えてジュリアは「あ」と声をあげた。

「そうだわ。ライラに手紙を書けるじゃないの」

 兄経由で渡すことができる。何故今まで思いつかなかったのだろう。
 結婚したのだから、お祝いを贈りましょう。
 ジュリアは使用人に馬車をもう一度だしてもらうように言った。
 ジュリアのおかかえ宝石店へ行きライラに似合う品を選ぶのである。
 できれば、オーダーメイドにしたかったが、それは今度改めて贈ればいい。

「ホー、もうちょっと待ってね。小鳥のお肉を用意してあげるから」

 ジュリアは白いふくろうの頭を撫でると、こわもてのふくろうは目を細めて頷いているように見えた。
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