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3章 シャフラ旅行

1 ある騎士の妹

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 兄が死んだ。

 訃報を届けられたリリーは茫然とした。

 リリーと異なり、義姉は覚悟していたようであった。
 彼女に狼狽えた様子はなかった。ただ報告の手紙をじっと眺めていた。

 リリーの実家は代々カディア侯爵家に仕える騎士の家であった。
 リリーは父と兄の姿を見ていて、自然と剣に触れていた。
 はじめ父はリリーが剣を持つことを嫌がったが、兄は違った。

 今後、何が起きるかわからない。自分の身を守れるようにしておいた方がいい。

 そういいながら剣の相手をしてくれた。
 時には狩りに連れて行き弓の扱いも教えてくれていた。
 そして何よりも一番に言った言葉を今でも忘れていない。

「剣を扱える、戦えるからとって戦う相手を見誤ってはいけない。自分より強敵と判断すれば、逃げることを考えなさい。下手に戦って怪我を負ったり、命を落とすことはしてはいけない」

 剣を教えたのはあくまで強さを推し量れるようにするため。逃げる為の体捌きを得る為であった。
 兄の言いつけを守れないようであれば剣を持つことを許さないと言われ、リリーは渋々頷いた。

 兄は成人する頃に騎士となった。
 父と同じくカディア侯爵家の騎士団に入った兄がリリーは誇らしかった。

 兄が騎士になった頃、北の方では「北の悪夢」と呼ばれる時期であった。
 北の異民族の侵攻が激しく、砦をいくつも占拠された危機的な状況である。
 戦力が足りないと判断したアルベル辺境伯は、カディア侯爵家に応援要請を出した。
 
 カディア侯爵家は早速応援部隊を編成し、遠征を命じた。嫡男クロヴィスの初陣でもあった。
 兄は命令に従い、北へと赴いた。

「きっと大丈夫。春になれば便りを出す」

 兄の言葉を信じていたのに、手紙は一向に届けられる気配がなかった。
 冬に入って数日後に、兄の訃報が届けられた。

「北の悪夢」では多くの死傷者を出した。応援したカディア騎士団も無傷では済まされなかった。
 兄は戦で負傷し、治療を受けたが傷の状態がよくなく命を落とす結果となってしまった。
 春の頃の話であった。
 現場は混乱状態であり、訃報を届けるのに随分と遅れてしまったそうだ。

 兄の死が受け入れられないリリーははじめ泣き出し、部屋に引きこもった。
 悲しみは次第に怒りに、憎しみへと変わっていく。

 兄を殺した北の異民族へ制裁を。

 その言葉が頭の中いっぱいになり、彼女は剣を取り北へと向かった。
 父母たちの止める声など聞かず、振り払って家を飛び出した。

 家を出ていく間際に喪服姿の義姉と遭遇した。
 平静としていた彼女にリリーは苛立ち酷い言葉を投げかけた。

「義姉様にはわからないわよね。私の気持ちなんか」

 兄の訃報を聞いてから、家族の誰もが悲しみにくれているというのに義姉は普段と変わらず静かに過ごしていた。
 義姉の心情がよくわからなかった。
 彼女はリリーをじっと見つめていた。

「北は寒いわよ。無茶はしないで」

 そういい彼女は手に持っていた2つの封筒を私に手渡した。
 1つは紙幣が入っていて、もう1つは紹介状であった。
 紹介状の宛名はノーツ・ギルド、北の辺境都市のギルドの名である。

 癪であったが、義姉からの餞別は役立った。

 お金がないと必要な武具は手に入らない。
 紹介状のおかげでスムーズにギルドに登録することができた。

 害獣と魔物退治、北の異民族への対戦といった仕事を請ける傭兵として登録した。
 はじめはギルドのスタッフは戦場へ行こうとするリリーを止めていた。
 リリーは登録後に魔物退治を示して、強い意志をみせすぐに傭兵団へと編入された。

 ようやく望んでいた戦場へと赴いた。
 覚悟していたが、北の戦場の激しさは想像以上のものであった。
 ようやく取り戻した砦に入り、リリーはあまりの光景に思わず吐き出した。
 砦を守っていたアルベルの兵士たちが入り口付近に並べられているのだ。

 何と野蛮な行為だ。

 敵であろうと勇敢に戦った兵士らの首を飾りのように扱うなど許せない。
 傭兵仲間が心配そうに声をかけてくれた。ひとまず外に出よう、と。

「何故、子供がいるんだ」

 通りがかりの騎士がリリーへ疑問を投げかけた。
 嫌みではなく少し気になった程度の言葉である。
 傭兵の男が彼の名を呼んだ。

 クロード・スタンリー。

 このアルベルの地では知らない者はいない英雄である。

 元は姓を持たない傭兵であったが、雪ムカデの親玉を退治したことで有名になった。

 アルベルに春を取り戻させた英雄。

 その功績により騎士となった。
 スタンリーは騎士になる際適当につけた苗字らしい。
 今回の砦奪還は彼がいたから成功できたといっていい。
 
「子供に見せられるものじゃない。外で待機させろ」

 傭兵に対していう言葉は命令ではなく頼み事のように感じられる。
 顔見知りのようで妙に親し気である。
 クロードの言葉に頷いた傭兵のトーマはリリーを抱えて、砦の外へと連れ出してくれた。

「リリー、大丈夫か?」

 傭兵のトーマは心配そうにリリーの様子を伺い、水を持ってきてくれた。
 はじめは、この男からまだ成人したての少女は邪魔と追い出されそうになった。
 リリーはしつこく彼の部隊にしがみついた。ついに傭兵のトーマが折れて自分の隊にいることを許可した。

「何とか。今のがスタンリー卿? 知り合いなの?」

 はじめて間近で見た英雄の姿を思い出した。
 傭兵トーマは頷いた。

「あいつは元ノーツ・ギルドの登録者だったから、傭兵の扱いも心得ている」

 この危機的戦況では、出自に関しては気にされなくなっていた。
 それでも騎士と傭兵の溝はまだ残っている。
 彼らが協力し合うことは多くあったが、長く続いていない。
 騎士は一応準貴族であり、傭兵は出自不明の者が多い。

 騎士からすると傭兵はごろつきのような存在だとみなしており、傭兵も対応するかのように騎士への反抗心を持っていた。
 長く一緒にいると争いの元になり、作戦が一度終了すれば解散する部隊も珍しくなかった。

 クロードは元傭兵であったこともあり、傭兵の不満というのはすぐ拾うように心がけている。
 同時に騎士への統率も怠っていない。
 まずは彼の部隊は元農民や技術者出身の兵士で編成されているので、気位の高い騎士は少なかった。

 作戦が成功すれば、傭兵部隊隊長に礼を言い、傭兵に酒と食糧を振る舞い労った。
 ギルドに申し立て、報酬の上乗せもしてくれるため傭兵らはクロードの要請には嫌な顔をせず従った。

 彼の戦い方がかなり無茶な内容であったとしても、傭兵からすればわかりやすく動きやすかった。
 騎士側からすればクロードはその作戦の中でも先頭を切るので、勇猛果敢な英雄と称賛した。

 無茶苦茶な奴で、私はあまり好きじゃないわ。

 口には出さないがリリーはクロードをそう評した。
 実家で戦術について教わったが、クロードの戦い方はかなり強引だと感じた。
 勇猛果敢であることを誉れとすると教わったが、同時に兄からは命を惜しまない戦いは愚かしいこととも教わった。

 あの戦いで実際死んだ味方は多くいる。

 その上で戦場を走り続ける彼は冷淡に見えた。

 奪い返した砦を拠点に、次の戦地へと向かう作戦が交わされた。
 しばらくは一緒にクロードの騎士部隊と同行することになった。

 それは一向に構わなかった。

 リリーが不満であったのはクロードが責任者ということだ。
 それでも彼の指導により多くの異民族を退けることに成功した。
 能力は認めざるをえないが、癪な心地がのぐいされない。

 クロードの隊と供に3回目の戦いになる前夜の頃のことだった。
 傭兵のトーマスはリリーに声をかけた。

「リリー、次の戦いはもっとやばい。引き返すなら今だぞ」

 物資供給の車を傭兵トーマは示した。あれと一緒にジーヴルへ戻るようにと。

「今更でしょう」

 ここで追い出そうとするのは酷い。

 今まで幾度となく危ない戦場を渡ってきた。今更安全地帯へ引き返す気になれなかった。

 リリーの目的は一人でも多くの北の異民族を退治することだ。
 はじめて一人を殺した時は今も忘れられない。
 震えが止まらなかった。
 同時に退治できたという達成感を感じていた。

 兄の仇をもっと討つのだ。

 それが今のリリーの原動力であった。
 ただし重なる毎に虚しさが出てくる。
 きっとまだ北の蛮族が公国にのさばっているからだ。
 リリーは虚無感を払拭するように、次の現場へと向かった。

 今回の戦いは普段とは違った。
 乱戦の最中、リリーを追いかけて来る敵兵がいる。
 彼は恐ろしい形相でリリーを追い回し、戦いを仕掛けてきた。

 こいつ、私より強い。

 瞬時に理解した。そして兄の言葉を思い出した。

 自分より強い者が相手の時は戦うな、逃げろ。

 リリーは敵兵から逃げ出すが、彼は構わず追いかけて来る。
 傭兵トーマの声が遠くなるのを感じた。

 これはまずい。

 リリーは今まで以上の身の危険を察した。
 同時に傭兵トーマの存在を認識し始めた。

 リリーが今まで何とかやってこれたのは面倒をみてくれた傭兵トーマのおかげだった。
 彼のおかげで女でも危険の中生き延びられたのである。

 私は……おごっていた。

 自分の愚かしさを今更知る。
 剣を弾き飛ばされ、リリーはその場に崩れた。
 敵兵との戦いので脇腹と肩を負傷し動く体力は奪われてしまった。

 目の前に立つ敵兵はリリーを睨みつける。
 何か言っているのだが、異国の言葉で聞き取れない。
 リリーに対して酷く怒っているようだった。
 叫びながら敵兵は剣を振り下ろした。
 
 これは、死ぬ。

 リリーはぎゅっと目を閉ざし死を覚悟した。
 今まで煩い騒音が無音になった。
 もう自分は死んだのだろうかと瞼を開くと傭兵トーマがリリーの方へと倒れかけて来た。

 無音だと感じた間、彼は戦ってそして敗れたのである。
 致命傷を負わされながらトーマは姿勢を変え、リリーの方に乗りかかり胸の中に抱きしめた。
 敵兵を守る盾になろうとした。

 どうして。どうして……。

 他人の面倒なんて見られる状況じゃないのに、何でここまでしてリリーを守ろうとするのか。
 理解ができなかった。

 敵兵は相変わらず怒りながらトーマの背中に鈍い音が響く。
 敵兵の剣先がトーマの背中にのしかかる瞬間が重く感じられる。

 リリーに全く剣が到達していないと知った敵兵はトーマを蹴飛ばしリリーを表に出そうとした。
 大きい図体が無造作に転がされた。

 男の重みが消えたリリーは茫然とした。
 目の前の敵兵が歪んだ笑顔で、血でべっとりとついた剣を構えた。

 今度こそ殺される。

 そう思った瞬間に、横から敵兵を襲う者が現れた。
 クロードだった。
 彼は素早く敵兵の後ろへと周り、敵兵の首筋を捕えた。
 鈍い音が聞こえてくるようだった。
 敵兵の首から血が飛び散った。それがリリーの頬に付着した。

 リリーが苦労し、傭兵のトーマですら敵わなかったというのに。
 クロードはあっさりと倒してしまった。

 リリーをみたクロードは従僕に命じた。リリーを戦いの外へと連れ出すようにと。
 戦える状態ではないリリーは従僕に抱えられる形で砦へと戻され応急処置を受けた。

「これはいけない。治癒魔法隊の元へ運んだ方がいい」

 医者はそう判断し、符号がついた板をリリーの手首に取り付けた。
 余程傷の状態がよくないようである。
 リリーは治癒魔法隊が待機している砦へと運ばれた。

 砦を出たあたりから意識が混濁し、リリーはそこからの記憶はなかった。
 気づけば治癒魔法隊の天幕で寝かされていた。

 臓器をかなり傷つけられていたようで、出血量が多かった。
 いくら止血しようにも失われた血の分の生命維持を補うだけの技術はない。
 治癒魔法に頼り回復を待つしかなかった。

 3人の治療魔法使いがリリーの治療にあたったと聞かされた。
 1週間の昏睡状態の末にリリーは目を覚ました。

 看護師が慌てて上へと報告しに行き、現れた治療魔法使いをみてリリーは驚いた。
 リリーの義姉であった。

 治療にあたった3人のうち1人は彼女だったのだ。

 どうして彼女がここにいるのだ。
 リリーは疑問に対して義姉は何も言わなかった。ただ、リリーを抱きしめた。

「目を覚まして良かった」

 震える声で言う彼女の言葉からは冷たいものは感じられなかった。
 心からリリーを心配し、リリーの生還を喜ぶ声であった。
 彼女の声を聞きリリーは思わず涙を流した。
 ようやく今まで自分のいた場所への恐怖心を実感した。

 怖かった。

 何度もそう思っていた。
 それでも敵兵を倒した時の高揚感で誤魔化されて、後へ引けず意地になっていた。

「もう大丈夫です。よく頑張りました」

 義姉はリリーの頭を撫で、落ち着いた声で囁いた。

 何故義姉がここにいるかと後で聞かされた。
 リリーが家を飛び出した後、義姉は喪をあけて追いかけるように辺境都市ジーヴルへと向かった。
 彼女は治癒魔法を使えることからすぐにジーヴルの治癒魔法隊に入り、負傷兵たちの治療と看護を引き受けていた。
 能力が高いのでこの砦の治癒魔法隊の隊長に任じられていたようだ。

 そして彼女がリリーに預けた紹介状の内容を今更ながら知った。
 リリーのギルド登録の為の紹介以外に、依頼が記載されていた。
 リリーの身を守ってくれる傭兵の依頼である。
 その依頼相手が傭兵トーマであった。

 できれば、リリーを戦場から引き離して欲しい。
 無理であればできる限りリリーを守ってほしい。
 状況によっては報酬を上乗せする。

 依頼書にはそのように記載されていた。
 傭兵トーマがあんなにリリーの世話を焼いていたことにリリーは納得した。
 それでもリリーの自業自得に付き合う必要などなかっただろう。

「馬鹿な人……あんなに命を張らなくても良かったのに」

 あの時、リリーが命を落としてもそれは彼の責任にはならなかったはずだ。
 いくら大金を積まれたからといって何故あそこまでして守ろうとしたのか。

 リリーの傷が癒えた頃に北の異民族は撤退をしていた。
 長く続いた「北の悪夢」が終わりを告げた。
 アルベルの人々が歓喜した。

「英雄クロード、万歳!」

 この戦いの一番の功労者はクロードであった。
 彼がいなければこの戦いはもっと長く続いていたであろう。

 クロードはアルベル辺境伯に気に入られ、養子となった。
 戸籍登録の才、彼の出自を調べると先代大公の子だと判明しアルベル辺境伯は大慌てであったという。

 そんな噂が耳に流れてきて、リリーは遠い存在のように思えた。
 あんなに目の前にいた男だったというのに。

 リリーは義姉の手伝いで治癒魔法隊に残っていた。
 治癒魔法は使えないが、洗いものや掃除、負傷者の介助はできた。
 ようやく落ち着いた頃に義姉はリリーに提案した。

「ねぇ、リリー。公都に帰りましょう?」

 親と喧嘩する形で飛び出したので帰りづらい。
 それに公都に戻っても、自分は何をすればいいのだろうか。
 親に顔くらいは見せた方がいいと説得され、リリーは義姉に引っ張られる形で公都へと戻った。

 帰ったら怒られると思った。
 肩と腹に傷を残して、これでは嫁にいけないだろうと。
 リリーの予想に反して、二人とも号泣して迎え入れてくれた。
 もはや傷物になった娘であるが、生きてくれるだけで良いと母は泣いた。
 リリーはようやく親に対して申し訳ないと口にした。

 しばらく実家で過ごし、リリーは仕事を探すことにした。
 このまま親の面倒になるのはよくないと思った。
 嫁に出られないのであれば職を手に入れなければ。
 
 相談の手紙を送った後、義姉が侍女の仕事の紹介をしてくれた。
 辺境伯となったクロードの公都別館の侍女の仕事であり、リリーは驚いた。
 まさかここでまたかの英雄と接点持つとは思わなかった。

 辺境伯になった後クロードはほとんど別館に戻る様子はない。
 バートの館の維持を手伝い、館の掃除を行った。
 ほとんど主人の世話をしなくてすみ楽であった。
 これでいいのだろうかと疑問になるが、しばらく生活に困らず助かったのも事実である。

 珍しく公都に滞在したクロードはリリーの姿をみて声をかけてきた。
 まさか自分を覚えているとは思わなかった。

「あの時の女傭兵か。もう大丈夫のようだな」
「はい、あの時はお世話になりました」

 リリーは改めてクロードに礼を言った。
 リリーのことを気にかけて仕事の話を義姉に持ち掛けてくれたのはクロードだったと聞かされた。

「もう戦に囚われていないようだ」

 クロードはリリーの表情をみて、そう呟いた。

「そなたは危うい状態だった。心が戦場に囚われていて危うく、トーマも心配していた」

 彼の口から聞いた懐かしい名であった。その名を聞くと胸の奥がずきりと痛む。

「あの人は……義姉に雇われただけと聞いています」
「ああ、だがいくら雇われていたとしてもあそこまではせんだろう」

 リリーの疑問に答えるような言い方であった。
 この男はトーマのことを知っている。
 今なら質問してもよいかもしれない。

「何故、トーマは私を庇ってくれたのでしょう?」
「妹と重なったのだろう。あいつは妹を病で亡くしている。死んだのはお前と同じくらいの年だったと聞かされた」

 それを聞きリリーは複雑な表情を浮かべた。
 兄の仇の為に乗り込んだリリーを彼はどんな気持ちでみてきたのだろう。

「お前はあの敵兵が何を言っていたか、わかるか?」
「北の言語はわかりません」
「あの敵兵はお前が殺した兵士の弟だったようだ」

 途中かけつけたクロードは全ての言葉を聞いていない。ただ「兄の仇だ」とだけ聞き取れたという。
 その言葉を聞きリリーは息を呑んだ。
 今まで敵兵を魔物と同じだと認識していた。砦のあの酷い様子をみて蛮族だと嫌悪した。
 でも、彼らにも家族がいて、仇を憎むという感情はあった。
 リリーと同じである。

「トーマを偲びたいのであれば、肝に銘じるがいい。人を殺すということは、憎まれることだということを」

 戦場では敵を倒せば倒すだけ勇士とみなされるだろう。
 だが、倒した相手側からすると憎む気持ちが出る。

「それに耐えられなければ、今後あのような場に自ら行くな」

 やめろとは言わない。だが、覚悟がないのであれば行く必要のない危険地帯に首をつっこむな。
 クロードは窘めるように言った。

「これから何をしたい?」

 突然の質問にリリーは首を横に振った。

「わかりません」
「奇遇だな。私もだ」

 クロードは自嘲気味に笑った。
 少し疲れている様子であった。

 辺境伯の爵位、大公弟の地位をついた後の彼の行動をリリーは思い出した。
 先日、クロードは幼少期に過ごした修道院の腐敗を世間に暴いた。

 信者から金を巻き上げ、贅沢をして、世間への見栄えの為に引き取った児童を性的搾取し、労働を強いる酷い団体であったと。
 ようやく目的のひとつに到達して、彼は立ち止まっているようだった。
 今から何をすべきなのかと。

「だが、私は止まるわけにはいかない……」

 ぼそりと彼は呟き、立ち上がった。
 彼は新たに自分のすることを見つけ出し、北へと戻った。
 今の辺境伯として北を守り続けることが彼のすべきことだと認識し始めたようだ。

 リリーは彼の問いに未だに応えが見つからなかった。
 そうこうしているうちにクロードの結婚の話が飛び込んできた。
 クロードから直接手紙が届けられた。
 しばらく結婚相手の面倒をみるようにと。

 クロードの妻になったのはライラという名の美しい少女であった。
 帝国貴族というから警戒していた。
 表情が読み取れず、噂の通り怖くて冷たい少女だと思った。
 ほんの少しだけ義姉と姿を重ねて、噂をうのみにしてはならないと自身に言い聞かせた。

 初夜に放置されていることで不機嫌になっているだろう。
 使用人仲間たちがそう言っていたが、彼女は穏やかにリリーたちに接してくれた。
 自暴自棄に辺境伯家の財産を使いこなすようなことはない。
 実際仕えてみると、周りに気配りできる優しい少女だった。

 彼女はすぐに自分のできることを見つけて奔走していた。
 公国の勉強と、別館管理、貴族たちの交流と毎日忙しそうにしていた。
 フルートが上手で、リリーはその音を聞くのが好きだった。
 早速貴族たちの間で評判よくリリーはそうだろうと頷いた。

 リリーは改めてライラを再確認した。

 か細い少女である。
 北の環境に耐えられるかなと心配になってしまうほどだ。
 大人しい少女と思えば、突然突拍子もない行動にでる。
 弱い者が目の前にいると前に出ようとする。
 暴力に怯む様子もなくリリーは慌てた。

 何て危なっかしい方だ。

 リリーはかつての自分のことなど棚にあげていた。
 ライラのことを一番に考えていた。
 気づけば彼女のことが好きだった。
 リリーは自分のやりたいことを改めて認識した。

 この方に仕えよう。

 そのことを公都へ戻ってきたクロードに伝えた。

 彼女を支え、彼女を守りたい。
 どうかライラの専属侍女にしてほしい。一緒に北へ連れて行ってほしいと。

 リリーは剣を扱える。そこらへんの魔物だって退治することができる。
 きっと一番にライラを守ることができる。

「北に戻って平気なのか」

 アルベルの地は未だに戦場の爪痕は残っていた。
 いつ再び北の侵攻に晒されるかわからない。

 クロードの問いにリリーは笑って答えた。
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