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1章 新しい縁
8 星河祭りの前準備
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フルートの練習を続けてみる。リズムがわからない場合は、良き音楽の師に頼み込んだ。
「すみません。アリサ夫人……」
緑の館を訪れると既にアリサ夫人に呼ばれていたアベル・カットがピアノ演奏をしていた。
アリサ夫人は優雅にテラスでお茶を飲んでいた。
「いいのよ。可愛い嫁の晴れ舞台だもの。義母として手伝わなければ」
アリサ夫人はすっかりライラの姑として支える姿勢を示していた。
曲の理解を深める為に、アベル・カットにレクチャーをお願いした。アリサ夫人を通じていれば彼は役割を果たそうとしてくれる。
「まずこのあたりはまどろんでいた護竜が目を覚ましたところと解釈されているのが一般的です」
アベルは音楽家たちが一般的にこの曲をどう解釈しているか説明する。次にアベル自身の感覚を伝え、ピアノ演奏を披露した。
彼の説明の後に聞く旋律は、目を閉ざすと美しい星河の光景がみられた。
目を覚ました護竜はこの星河を眺めていたのだろう。
アビゲイル公女がみせてくれた絵画を元にライラの脳裏に浮かぶのは雪山と美しい星河と月である。
7月の初夏の時期に雪山はおかしいが、古代のリド=ベル全体は1年中雪に閉ざされていたと聞かされた。
彼はゆっくりと雪の中演奏を続ける少女の元へと駆け寄る。護竜は少女のことを愛していた。
少女も護竜を愛しており、彼女の演奏は護竜の為のものであった。
どんな女性だっただろうか。
きっと魅力的な女性だったのだろう。
ピアノの演奏を聞きながら、ライラは曲の主人公たちを思い浮かべ続けた。
「ありがとうございます。アベル先生」
試しにフルートの演奏を披露して、アベルの感想を確認する。アリサ夫人は絶賛してくれたが、アベルから色々と指摘箇所が出た。
ひとつひとつ聞くと彼の指摘は納得のいくものであり、ライラは楽譜をなぞりながらアベルの教えを胸に刻んでいく。
「先生に教えられなければ完成できなかったわ」
それはないだろうとアベルは呟いた。ライラの腕を買っており、時間が許せばライラは自力でもたどり着けただろう。
「公都一の音楽家に指導してもらうなんてほかの令嬢に悪いわね」
「心配ない。前日、別の貴族の邸宅でレクチャーをしていたから」
音楽発表会に出る令嬢・夫人たちは各々音楽家を教師として呼び寄せて曲を完成させているらしい。
だからライラだけが特別じゃないと聞き、少しほっとした。
「パーティーには私も参加するわ。夫も、アベルも一緒だから応援しているわ」
緑の館を出る際にアリサ夫人は励ましてくれた。
ライラは帰宅後にフルートの練習をしてから、手入れを行った。
手入れ中にバートが部屋へ訪れた。
彼の手には木箱を抱えている。
手のひらのサイズの小さいものであるがバートは大事そうに両手で抱えていた。
「旦那様からです。ハンカチのお礼と」
そういえば、と先日送ったひまわりの刺繍のハンカチを思い出した。
開けてみると美しい紫と白のダイヤモンドのネックレスが輝いていた。あまりの美しさにライラはため息をつく。
中央の紫のダイヤモンドの周りに8つの小さい白のダイヤモンドが囲んでいる。
「アルベル辺境伯領にはダイヤ鉱山があるのでしょうか」
これだけの品物をクロードが用意できるとは思わなかった。
わざわざ商人を呼び寄せて宝石を選ぶだろうか。
どちらかというと防具や剣の購入だけしか商人を呼ばなさそうである。
もしかするとアルベル辺境伯領からはダイヤモンドの採掘場でもあるのだろうか。
「鉱物系の魔物が出没しておりその体からダイヤモンドが採れます」
小さいサイズのものがほとんどであるが、それでも質がよく美しい為アルベル辺境伯領の大事な資産となっていた。
アルベル辺境伯領への食糧支援をしてくれた領主や商人たちに融通して卸している。
「昔旦那様が退治した魔物のもので、商人に頼み加工した装飾品を送ってくださったといいます」
手紙も添えられており、内容はバートの説明そのままであった。
魔物からこのように美しいものが採れるなど知らなかった。
「わざわざ遠くから来てくださったのだからお礼をしなければ」
ライラはバートの案内で商人の元へ挨拶に向かった。お礼に帝都のワインを振る舞い、彼から北の様子を伺った。
まだ北の方では魔物の被害が大きく大変らしい。討伐隊が手を焼いている隙に、また異民族がやってくるとも限らない。
緊張状態にあると聞いてライラは深くため息をついた。
手紙にも書いてある。まだまだ迎えに行くのは後になりそうだが、かならず冬の前には戻ると書いてある。
星河祭りのパーティーのエスコートの返事は書かれていなかった。
シャペリンの件の手紙を送ったのは数日前である。入れ違いになったのだろう。
おそらくエスコートのお願いの手紙もまだ読んだ状態ではないのだろう。
「クロード様は大丈夫なのでしょうか?」
「大丈夫ですよ。あの方はおっかない化け物より強いのですから」
初老の商人は快活に笑い、ワインを飲みバートが持ってきた料理に舌鼓を打った。
「奥様、心配はご無用です。辺境伯様は勇敢な雪のセンティビートスレイヤーなのだから」
「センティビートスレイヤー?」
聞いたことのない単語にライラは首を傾げた。
「アルベル領に棲むでっかい雪ムカデという魔物がいまして、これが厄介なもので作物を傷めつける酷い奴なのです」
護竜の天敵でもあり、奴らのせいで公国から護竜がいなくなってしまった。商人はワインに酔いしれながら饒舌に物語った。
「その親玉ともいう大きな雪ムカデは吹雪を操って、おかげでアルベルには夏が訪れず酷い冷害に晒されました。ただでさえ短い夏だというのに」
短い夏でもアルベルの民にとっては貴重な時期であった。春・夏にかけて穀物を作り蓄える必要があった。
親玉雪ムカデによる冷害でアルベル領は十分な食糧を得られず、長い間苦労をしていた。
本来であれば、大きな雪ムカデになる前までに退治していく。
しかし、帝国に支配された初期、武器を以て怪しい動きをすれば粛清対象となっていた。
北の異民族のこともありようやく自衛権、魔物退治の容認を得られた時にはすっかり成長した魔物が跋扈するようになってしまった。
「その親玉雪ムカデを退治したのが辺境伯様なのですよ。彼のおかげでアルベルには再び夏が訪れた」
クロードが傭兵時代の出来事だという。
この親玉雪ムカデ退治でクロードは前辺境伯の目にとまり、とりたてられた。
騎士になったクロードは異民族の防衛にも尽力を尽くし、ついに大公家の血筋であると認められた。
アルベルに夏を取り戻したクロード。
ライラはただクロードの戦歴といえば異民族防衛のみしか聞かされていなかった。
彼女が想像している以上にクロードは英雄なのだ。
その妻として、私は私のできることをしなければ。
大公夫妻からのおぼえよくし、貴族社会で地位を確立してクロードが立ちまわりしやすいようにしていきたい。
その為に星河祭りのパーティーで、演奏を成功させ、公女のシャペリンの役目をやり遂げよう。
不安があるが、これほどの好機に恵まれることはない。
無駄にしてはいけないとライラはパーティーまで一層演奏に励み、社交界の勉強を繰り返した。
◆◆◆
場所は移り、アルベル辺境伯領の山村である。
ようやく魔物による被害件数は減ってきているがいまだなお続いており、討伐隊は休むことを知らない。
派遣したはずの中隊が戻ってこないことからクロード自ら現地へと赴いた。
この山村で起きる被害の主犯は、アルサードベア。
羆と魔物の混血種の獣であり、人肉を好み、彼らのうめき声は不安を誘う。特に女子供の肉を好み、被害は甚大であった。
4mもある体格に頭と腕が硬い。剣や槍で戦う際に腕でガードされれば長丁場になる。
でかさの割に動きが俊敏であり、魔物退治に慣れた騎士でもやられてしまう。
クロードは自分の2倍以上の体格の混血魔物の動きをじっと見つめ、彼が腕を振り上げる瞬間に体を翻した。
自分より動きの速いことにアルサードベアは驚きながらも、クロードを仕留めようと必死になった。
周囲に配置させた兵士がアルサードベアに向けて弓矢を放つ。背中の中央に命中し混血魔物は大きな大きな声で呻いた。
この声で不安にいざなわれ動きを鈍くさせる人が多いが、すでに対策は取られている。
オズワルドが兵士たちの耳に届く音を鈍らせる魔法道具を配布していた。
これにより兵士らは次の弓矢を放つことができた。
クロードは弓矢で隙を生じたアルサードベアの腹へと忍び込み、剣で彼の心臓をついた。
クロードの持つ剣は北の鍛冶師が鍛え上げた魔物退治の為の剣である。
彼の魔力を注ぎこめば、急所がわずかに外れても熱が急所へと向かい貫く。
剣の特質もあるが、クロード自身の胆力のおかげで彼は多くの難敵に立ち向かうことができた。
魔物の中で一番の大物は、アルベルを長く苦しめてきた巨大な雪ムカデの主であろう。
多くの護竜を食らいぶくぶく大きくなった巨体は今も忘れられない。あれに比べればアルサードベアは可愛いものである。
アルサードベアより俊敏に動けるクロードだから言えることであるが。
「アルサードベアの解体は村の者に任せておけ」
退治した魔物からとれる素材は退治した者たちが回収していたが今ではその余裕がなかった。
退治すれば別の個体の退治へと駆り出される。魔物の解体は現地の者たちに任せていた。
解体ができないというのであれば、ジーヴルのギルドの方へ直接届けておく。
そうすればギルドが解体する人員を勝手に呼んでくれる。
「使い道がない部位は、後日ジーヴルのギルドに運ぶように伝えろ」
一番、困るのが骨の部分だろう。新しい武器の材料にできる。
腕と頭の骨は特に防具を強化させる高級素材であった。筋肉もついていればなおよし。
アルベルは獣も、魔物も余さず大事に利用してきた。貴重な資源である。
中には美しい芸術を生み出す材料にもなるし、人を美しく飾らす装飾品にもなる。
ミネラルマウスは美しいダイヤモンドが採れることもある。
つい先日珍しい紫色のダイヤモンドを手に入れられて、その色がライラの瞳に似ているなと思った。
ハンカチのお礼に何がいいかと悩んでいたところだったので丁度よかった。
ミネラルマウスから採取した紫と白のダイヤモンドで女性が好みそうな装飾品を作らせ送った。
アルサードベアを退治した後クロードは別の魔物の討伐隊へと合流するつもりであった。
「クロ!」
合流途中で、オズワルドに出会う。
「オズ、お前が作ってくれた魔法道具が役立ったぞ」
笑顔で礼を述べるクロードにオズワルドはジーヴル城に届けられた二通の手紙をみせた。どれもライラからのものである。
片方は嵐の影響で濡れてしまっている。
「オズ、お前の魔法で適当に修繕してくれないか」
無事な方の手紙を開きながらクロードは頼み込んだ。あのように濡れて、インクが滲んでいては何が書いているかわからない。
「やってみるけど、期待しないでよ」
オズワルドの魔法の専門分野とは異なる。本の修繕などはジーヴル城の文官補佐の分野である。
濡れた方の手紙はオズワルドが丁寧に開けて中の方を覗いた。
「おやおや」
修繕の前にオズワルドは読める部分に深くため息をついた。
「何だ?」
手紙を読み終えたクロードは濡れた手紙の方を覗いた。無事な方の手紙には星河祭りのパーティーでエスコートを頼みたいというものであった。
濡れた手紙の方には残った読める部分にこう書いてあった。
――エスコートの必要がなくなりました。
その一文を読みクロードは後頭部を強打される程の衝撃を受けたような表情を浮かべた。
「こんなクロの顔ははじめてかも」
オズワルドはクロードの表情をにやにやと眺めた。
「これは、どういうことだ」
「どうってそのままでしょう。初夜も放り出した夫についに愛想つかしたんじゃない?」
救いのない言葉にクロードはじろりとオズワルドを睨む。
「えー、でも僕だったらもうとっくに愛想つかして実家に帰っちゃうなー」
エスコートが必要になった理由についてオズワルドは思いついたと言わんばかりに笑った。
「もしかして公都でかっこいい恋人でも作ったんじゃない? だからエスコートいらないのかもー」
「そ、そ、それはない!」
「どうかなー。エスコートしてもらえない新婚妻の肩見狭さを考えたら、ころっと絆されちゃうんじゃないのー」
ぷくくと笑うオズワルドにクロードは疲弊した表情で手紙を見つめた。
さっきまで休む暇もないと次の討伐隊の合流を目指していた英雄とは思えない姿である。
「オズ、私はどうすればいいんだ」
教えてほしいとクロードはオズワルドに懇願した。
少し虐めすぎたなとオズワルドはふふっと笑い、彼なりの解決方法を伝えた。
魔物の被害が続くといってもそろそろ落ち着いた頃合いである。
そろそろこの男の尻を叩けるだけ叩いておこう。
「すみません。アリサ夫人……」
緑の館を訪れると既にアリサ夫人に呼ばれていたアベル・カットがピアノ演奏をしていた。
アリサ夫人は優雅にテラスでお茶を飲んでいた。
「いいのよ。可愛い嫁の晴れ舞台だもの。義母として手伝わなければ」
アリサ夫人はすっかりライラの姑として支える姿勢を示していた。
曲の理解を深める為に、アベル・カットにレクチャーをお願いした。アリサ夫人を通じていれば彼は役割を果たそうとしてくれる。
「まずこのあたりはまどろんでいた護竜が目を覚ましたところと解釈されているのが一般的です」
アベルは音楽家たちが一般的にこの曲をどう解釈しているか説明する。次にアベル自身の感覚を伝え、ピアノ演奏を披露した。
彼の説明の後に聞く旋律は、目を閉ざすと美しい星河の光景がみられた。
目を覚ました護竜はこの星河を眺めていたのだろう。
アビゲイル公女がみせてくれた絵画を元にライラの脳裏に浮かぶのは雪山と美しい星河と月である。
7月の初夏の時期に雪山はおかしいが、古代のリド=ベル全体は1年中雪に閉ざされていたと聞かされた。
彼はゆっくりと雪の中演奏を続ける少女の元へと駆け寄る。護竜は少女のことを愛していた。
少女も護竜を愛しており、彼女の演奏は護竜の為のものであった。
どんな女性だっただろうか。
きっと魅力的な女性だったのだろう。
ピアノの演奏を聞きながら、ライラは曲の主人公たちを思い浮かべ続けた。
「ありがとうございます。アベル先生」
試しにフルートの演奏を披露して、アベルの感想を確認する。アリサ夫人は絶賛してくれたが、アベルから色々と指摘箇所が出た。
ひとつひとつ聞くと彼の指摘は納得のいくものであり、ライラは楽譜をなぞりながらアベルの教えを胸に刻んでいく。
「先生に教えられなければ完成できなかったわ」
それはないだろうとアベルは呟いた。ライラの腕を買っており、時間が許せばライラは自力でもたどり着けただろう。
「公都一の音楽家に指導してもらうなんてほかの令嬢に悪いわね」
「心配ない。前日、別の貴族の邸宅でレクチャーをしていたから」
音楽発表会に出る令嬢・夫人たちは各々音楽家を教師として呼び寄せて曲を完成させているらしい。
だからライラだけが特別じゃないと聞き、少しほっとした。
「パーティーには私も参加するわ。夫も、アベルも一緒だから応援しているわ」
緑の館を出る際にアリサ夫人は励ましてくれた。
ライラは帰宅後にフルートの練習をしてから、手入れを行った。
手入れ中にバートが部屋へ訪れた。
彼の手には木箱を抱えている。
手のひらのサイズの小さいものであるがバートは大事そうに両手で抱えていた。
「旦那様からです。ハンカチのお礼と」
そういえば、と先日送ったひまわりの刺繍のハンカチを思い出した。
開けてみると美しい紫と白のダイヤモンドのネックレスが輝いていた。あまりの美しさにライラはため息をつく。
中央の紫のダイヤモンドの周りに8つの小さい白のダイヤモンドが囲んでいる。
「アルベル辺境伯領にはダイヤ鉱山があるのでしょうか」
これだけの品物をクロードが用意できるとは思わなかった。
わざわざ商人を呼び寄せて宝石を選ぶだろうか。
どちらかというと防具や剣の購入だけしか商人を呼ばなさそうである。
もしかするとアルベル辺境伯領からはダイヤモンドの採掘場でもあるのだろうか。
「鉱物系の魔物が出没しておりその体からダイヤモンドが採れます」
小さいサイズのものがほとんどであるが、それでも質がよく美しい為アルベル辺境伯領の大事な資産となっていた。
アルベル辺境伯領への食糧支援をしてくれた領主や商人たちに融通して卸している。
「昔旦那様が退治した魔物のもので、商人に頼み加工した装飾品を送ってくださったといいます」
手紙も添えられており、内容はバートの説明そのままであった。
魔物からこのように美しいものが採れるなど知らなかった。
「わざわざ遠くから来てくださったのだからお礼をしなければ」
ライラはバートの案内で商人の元へ挨拶に向かった。お礼に帝都のワインを振る舞い、彼から北の様子を伺った。
まだ北の方では魔物の被害が大きく大変らしい。討伐隊が手を焼いている隙に、また異民族がやってくるとも限らない。
緊張状態にあると聞いてライラは深くため息をついた。
手紙にも書いてある。まだまだ迎えに行くのは後になりそうだが、かならず冬の前には戻ると書いてある。
星河祭りのパーティーのエスコートの返事は書かれていなかった。
シャペリンの件の手紙を送ったのは数日前である。入れ違いになったのだろう。
おそらくエスコートのお願いの手紙もまだ読んだ状態ではないのだろう。
「クロード様は大丈夫なのでしょうか?」
「大丈夫ですよ。あの方はおっかない化け物より強いのですから」
初老の商人は快活に笑い、ワインを飲みバートが持ってきた料理に舌鼓を打った。
「奥様、心配はご無用です。辺境伯様は勇敢な雪のセンティビートスレイヤーなのだから」
「センティビートスレイヤー?」
聞いたことのない単語にライラは首を傾げた。
「アルベル領に棲むでっかい雪ムカデという魔物がいまして、これが厄介なもので作物を傷めつける酷い奴なのです」
護竜の天敵でもあり、奴らのせいで公国から護竜がいなくなってしまった。商人はワインに酔いしれながら饒舌に物語った。
「その親玉ともいう大きな雪ムカデは吹雪を操って、おかげでアルベルには夏が訪れず酷い冷害に晒されました。ただでさえ短い夏だというのに」
短い夏でもアルベルの民にとっては貴重な時期であった。春・夏にかけて穀物を作り蓄える必要があった。
親玉雪ムカデによる冷害でアルベル領は十分な食糧を得られず、長い間苦労をしていた。
本来であれば、大きな雪ムカデになる前までに退治していく。
しかし、帝国に支配された初期、武器を以て怪しい動きをすれば粛清対象となっていた。
北の異民族のこともありようやく自衛権、魔物退治の容認を得られた時にはすっかり成長した魔物が跋扈するようになってしまった。
「その親玉雪ムカデを退治したのが辺境伯様なのですよ。彼のおかげでアルベルには再び夏が訪れた」
クロードが傭兵時代の出来事だという。
この親玉雪ムカデ退治でクロードは前辺境伯の目にとまり、とりたてられた。
騎士になったクロードは異民族の防衛にも尽力を尽くし、ついに大公家の血筋であると認められた。
アルベルに夏を取り戻したクロード。
ライラはただクロードの戦歴といえば異民族防衛のみしか聞かされていなかった。
彼女が想像している以上にクロードは英雄なのだ。
その妻として、私は私のできることをしなければ。
大公夫妻からのおぼえよくし、貴族社会で地位を確立してクロードが立ちまわりしやすいようにしていきたい。
その為に星河祭りのパーティーで、演奏を成功させ、公女のシャペリンの役目をやり遂げよう。
不安があるが、これほどの好機に恵まれることはない。
無駄にしてはいけないとライラはパーティーまで一層演奏に励み、社交界の勉強を繰り返した。
◆◆◆
場所は移り、アルベル辺境伯領の山村である。
ようやく魔物による被害件数は減ってきているがいまだなお続いており、討伐隊は休むことを知らない。
派遣したはずの中隊が戻ってこないことからクロード自ら現地へと赴いた。
この山村で起きる被害の主犯は、アルサードベア。
羆と魔物の混血種の獣であり、人肉を好み、彼らのうめき声は不安を誘う。特に女子供の肉を好み、被害は甚大であった。
4mもある体格に頭と腕が硬い。剣や槍で戦う際に腕でガードされれば長丁場になる。
でかさの割に動きが俊敏であり、魔物退治に慣れた騎士でもやられてしまう。
クロードは自分の2倍以上の体格の混血魔物の動きをじっと見つめ、彼が腕を振り上げる瞬間に体を翻した。
自分より動きの速いことにアルサードベアは驚きながらも、クロードを仕留めようと必死になった。
周囲に配置させた兵士がアルサードベアに向けて弓矢を放つ。背中の中央に命中し混血魔物は大きな大きな声で呻いた。
この声で不安にいざなわれ動きを鈍くさせる人が多いが、すでに対策は取られている。
オズワルドが兵士たちの耳に届く音を鈍らせる魔法道具を配布していた。
これにより兵士らは次の弓矢を放つことができた。
クロードは弓矢で隙を生じたアルサードベアの腹へと忍び込み、剣で彼の心臓をついた。
クロードの持つ剣は北の鍛冶師が鍛え上げた魔物退治の為の剣である。
彼の魔力を注ぎこめば、急所がわずかに外れても熱が急所へと向かい貫く。
剣の特質もあるが、クロード自身の胆力のおかげで彼は多くの難敵に立ち向かうことができた。
魔物の中で一番の大物は、アルベルを長く苦しめてきた巨大な雪ムカデの主であろう。
多くの護竜を食らいぶくぶく大きくなった巨体は今も忘れられない。あれに比べればアルサードベアは可愛いものである。
アルサードベアより俊敏に動けるクロードだから言えることであるが。
「アルサードベアの解体は村の者に任せておけ」
退治した魔物からとれる素材は退治した者たちが回収していたが今ではその余裕がなかった。
退治すれば別の個体の退治へと駆り出される。魔物の解体は現地の者たちに任せていた。
解体ができないというのであれば、ジーヴルのギルドの方へ直接届けておく。
そうすればギルドが解体する人員を勝手に呼んでくれる。
「使い道がない部位は、後日ジーヴルのギルドに運ぶように伝えろ」
一番、困るのが骨の部分だろう。新しい武器の材料にできる。
腕と頭の骨は特に防具を強化させる高級素材であった。筋肉もついていればなおよし。
アルベルは獣も、魔物も余さず大事に利用してきた。貴重な資源である。
中には美しい芸術を生み出す材料にもなるし、人を美しく飾らす装飾品にもなる。
ミネラルマウスは美しいダイヤモンドが採れることもある。
つい先日珍しい紫色のダイヤモンドを手に入れられて、その色がライラの瞳に似ているなと思った。
ハンカチのお礼に何がいいかと悩んでいたところだったので丁度よかった。
ミネラルマウスから採取した紫と白のダイヤモンドで女性が好みそうな装飾品を作らせ送った。
アルサードベアを退治した後クロードは別の魔物の討伐隊へと合流するつもりであった。
「クロ!」
合流途中で、オズワルドに出会う。
「オズ、お前が作ってくれた魔法道具が役立ったぞ」
笑顔で礼を述べるクロードにオズワルドはジーヴル城に届けられた二通の手紙をみせた。どれもライラからのものである。
片方は嵐の影響で濡れてしまっている。
「オズ、お前の魔法で適当に修繕してくれないか」
無事な方の手紙を開きながらクロードは頼み込んだ。あのように濡れて、インクが滲んでいては何が書いているかわからない。
「やってみるけど、期待しないでよ」
オズワルドの魔法の専門分野とは異なる。本の修繕などはジーヴル城の文官補佐の分野である。
濡れた方の手紙はオズワルドが丁寧に開けて中の方を覗いた。
「おやおや」
修繕の前にオズワルドは読める部分に深くため息をついた。
「何だ?」
手紙を読み終えたクロードは濡れた手紙の方を覗いた。無事な方の手紙には星河祭りのパーティーでエスコートを頼みたいというものであった。
濡れた手紙の方には残った読める部分にこう書いてあった。
――エスコートの必要がなくなりました。
その一文を読みクロードは後頭部を強打される程の衝撃を受けたような表情を浮かべた。
「こんなクロの顔ははじめてかも」
オズワルドはクロードの表情をにやにやと眺めた。
「これは、どういうことだ」
「どうってそのままでしょう。初夜も放り出した夫についに愛想つかしたんじゃない?」
救いのない言葉にクロードはじろりとオズワルドを睨む。
「えー、でも僕だったらもうとっくに愛想つかして実家に帰っちゃうなー」
エスコートが必要になった理由についてオズワルドは思いついたと言わんばかりに笑った。
「もしかして公都でかっこいい恋人でも作ったんじゃない? だからエスコートいらないのかもー」
「そ、そ、それはない!」
「どうかなー。エスコートしてもらえない新婚妻の肩見狭さを考えたら、ころっと絆されちゃうんじゃないのー」
ぷくくと笑うオズワルドにクロードは疲弊した表情で手紙を見つめた。
さっきまで休む暇もないと次の討伐隊の合流を目指していた英雄とは思えない姿である。
「オズ、私はどうすればいいんだ」
教えてほしいとクロードはオズワルドに懇願した。
少し虐めすぎたなとオズワルドはふふっと笑い、彼なりの解決方法を伝えた。
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