4 / 72
1章 新しい縁
4 結婚式
しおりを挟む
ライラも多少の北の国の厳しさを覚悟して、公国にやってきた。
蝶よ花よと生活できるなど期待していない。
大公夫妻の配慮で結婚前に公都の良いホテルに泊まれて、勉強しながらでも観光もさせてもらえて満足していた。
アルベル辺境伯領では魔物と北の異民族との戦いで慌ただしい。
穀物は実るものの領民を養うには充分な量とはいえない。
北は獣以外に魔物を食糧にする選択を取っていたと聞かされていた。
魔物料理は帝都でも食べられるが、珍味扱いでライラが食す機会はなかった。
食べられるのだろうかと不安になりながら公都に来て試食して鶏肉と変わらない味と食感に安堵した。
調理次第で何とかなりそうだ。
公妃に聞けば、クロードの館には公城で修業していた料理人がいるので、材料はともかく調理に関しては心配ないと言ってくれた。
北には傭兵が多く荒々しい性格のものが多いというが、荒れた海をものともしない海の町で過ごした時期もある。
船を漕いだこともあるし、無礼な幼馴染もいた為多少免疫はあるつもりだ。
まさか初対面で魔物の首を見せられるとは思わなかった。
ひょっとして追い出そうとしているのではないか。
それなら、結婚が決まる前に大公と皇帝に言ってくれればよかったのに。
ライラは寝台から起き上がり深くため息をついた。
寝台から出ると少し肌寒い。
窓の方をみるとまだあたりは暗い。日は出ていなかった。
「失礼いたします」
城から訪れた侍女たちはライラの支度をはじめたいと言った。
何の支度といえば、結婚式の支度である。
今日はライラの結婚式であった。
「ええ、お願いね」
気が重たいが、だからといって今更嫌だという訳にはいかない。
湯の張ったバスルームへ案内され、肌をピカピカに磨かれる。肌の調子を確認してローションを塗り、化粧を施され、髪も乾かし綺麗に梳かされる。
クロードは既に準備を済ませて、式場へと向かったという。
公妃が早く来るようにと強い要請があったようだ。何となく理由は察せられる。
――当日まであなたの恥にならないように私が綿密に言い聞かせておくわ。
あの初対面以降に届けられた公妃からの手紙を思い出した。
「ライラ」
3日前にやってきてくれた兄トラヴィスの姿をみてライラはほっと安心した。
10日前のショッキングなものを見てから、悩む日々であった。
兄が駆けつけてくれてようやく心が落ち着いた。
彼としてはライラに「帰りたい」と言って欲しかったようだが、ライラはそうしなかった。
確かに不安はある。
だが、ここまで来て自分の決意を曲げることも許せなかった。
このまま帝都に帰っても待っているのは帝都中からの笑いの種扱いだろう。
一度ならず二度も婚約破棄された令嬢と呼ばれてしまう。
意地を張っても何にもならないのだけど。
馬車で結婚式場へと移動する。公都で一番大きな教会・ルシベラ聖堂だった。
大公夫妻もここで結婚式をあげたという。
馬車から降りると多くの人がライラを出迎えた。彼らの視線が一斉にライラへ集中し、緊張が増す。
「ライラ」
馬車の降り口でトラヴィスはそっとライラに手を差しだした。
ライラはゆっくりと息を吸い吐く。少し落ち着いたところで、トラヴィスに寄り添いバージンロードを歩いた。
美しい歌声の中、一歩一歩歩く。
貴族たちはライラの姿をみてひそひそと話をしているのが聞こえた。
氷姫という単語が聞こえて背筋がひやりとする。
こちらでも噂を聞いた者がいるのだろう。
ごほんとトラヴィスが咳払いすると声の主はすっと消えた。
祭壇の前でぴたりと止まると目の前にクロードが立っていた。
クロードは無表情でライラの手をとり、トラヴィスと位置を交換する。
これでライラはトラヴィスの妹ではなく、クロードの妻になった。
トラヴィスはじっとライラの姿を見送った。
ライラは後ろ髪をひかれながらも、クロードの手を握り祭壇までの階段をゆっくりとあがっていく。
神官が二人に語り掛ける。それにクロードは頷いた。
「誓います」
ライラも同じ答えを示し、二人は神の前で夫婦となった。
◇◇◇
結婚式の後は披露宴が行われた。
帝都ではまずは婚約式を行って、半年後に結婚式を行うのが一般的なスケジュールなのであるがライラの結婚はだいぶ短縮されている。
クロードがいつ戦場へ駆り出されるかわからない為悠長に婚約期間を設けられなかった。
自分だけかと思えば公妃も似たようなスケジュールだったらしいと前日教えられた。
公妃はライラに対して「これが大公家流なのですの」とすごい勢いで謝られ捲し立てられた。
実際は婚約から結婚までの間に花嫁が逃げ出さない為の措置だったらしい。過去に帝都出身の花嫁が逃げ出した例を聞かされてやはりなとライラは納得した。
「大公様、公妃様」
ライラは改めて二人にお礼を申しあげた。結婚式も、披露宴も彼らが手配してくれたのだ。
到着して1か月程度のスケジュールであったが、これを形にするのはさぞ大変であったことだろう。
披露宴も公城で行わせてくれたことを心より感謝した。
「そなたには色々苦労をかけるかもしれない。せめて結婚式・婚約式だけは手を抜きたくなかった」
大公は朗らかに笑った。
「なら半年は婚約期間を設けてあげればよかったじゃないの」
横で公妃がちくりと恨み言を吐く。大公は「あはは」と困ったように笑い続けた。大公は公妃に頭があがらない様子である。
その後は多くの客人の相手をしてダンスの音楽が流れると公妃はじっとクロードを見つめた。
「ん、……私と踊って欲しい」
少しぎこちない態度にライラは苦笑いした。
「喜んで」
ライラが自身の手をクロードへ委ねると、彼は少しだけほっとした表情を浮かべているようだった。
二人のダンスを皆一斉に注目した。
「クロード様、こうしてみると素敵だわ」
「ダンスを踊るなど滅多にみられないわ」
「次は私と踊ってくださらないかしら」
ひそひそと女性たちの話が聞こえてくる。
そうか。
ぱっと見た感じでは確かにこの男は顔も良いし、大公の弟だし、英雄だし女性にもてるだろう。
「あ、すみません」
ライラは慌ててクロードに謝罪を述べた。
ぐさっとクロードの足を踏んでしまった。
結構痛かっただろうと思うが、クロードは全く表情を変えなかった。
全く反応されず心ここにあらずといった具合である。
もしかするとこの披露宴にクロードが気になる女性がいるのではないか。
ちらりと考えてしまった。
確かにいても不思議はないだろう。
自分の結婚は大公と皇帝が勝手に決めたことである。
それはそれで全く面白くないことであるが、クロードとしてもそれは同じだろう。
ようやく終えた披露宴を終えた後、ライラは閨の準備に連れ出された。
ドレスを脱ぐのを手伝ってもらい、既に用意されたバスルームへと入る。朝と同様に肌をぴかぴかに磨いてもらった。
新しく用意されたオイルの匂いがとても肌になじんで心地よかった。公妃のお気に入りの品物だという。ここれも彼女の配慮を感じ取った。
新しく二人用の部屋を用意され、寝間着に着替えたライラはクロードを待ち続けた。
今から行われる内容にライラは落ち着かなかった。
初夜を迎えるのである。きちんと役目を全うできるか心配になってくる。
公妃からは何事も殿方に任せればいいと言ってくれたが、しばらくして少し不安そうな表情を浮かべていた。
先ほどの披露宴でも彼が心あらずな様子で、他に想う女性がいるかもしれない。
いや、それでもライラはクロードの妻としてやってきたのである。とにかく今日を乗り切るのだ。
ようやくやってきた青年はライラの前に立ち、何も言わない。
不安になる。
もし自分に不満があると言われたらどうしよう。
何故もっと早くに言ってくれないのだと言い返してやろうか。
そうなるとややこしいことになってしまうからやめておこう。
くるくると考えているうちに、クロードがようやく声をかけてきた。
「その、すまない」
突然の謝罪にライラは首を傾げた。
「実は先ほど部下から報せが入った。異民族の奴らが、結託して北の砦を攻めていると。魔物を操る者もおり、被害が甚大だ。今日は大事な日だというのはわかっている。義姉上にも言われており、今日は絶対にそなたと夜を共にしないとというのはわかっている。だが、すぐに出発しなければならないのだ」
捲し立てられる説明にライラは情報を整理した。
北の要塞都市ジーヴルは3つの異民族に対して警戒している。
ハン族、アラ族、ジル族と呼ばれている。
ハン族は東の端よりやってきた騎馬民族で、アラ族とジル族は山の民族で北の先住民が二つに分かれたものだ。
互い結託することはないと思われていたが、ハン族に知恵を貸すものが現れたらしい。その者が魔物を操ることができ、北の領地を荒らしまわっている。
「出発するときは奴らも大人しかったのだが、冬の間に知恵をつけたようだ。オズ、私の部下が対応しているから問題ないと思うが、それでも今同胞が厳しい戦いの中にいると思うと」
クロードはぎゅっとライラの手を握った。その手は震えていた。
「すまない。そなたには他にも謝らなければならないことがあったのに」
一つは公都へ遅れてきてしまったこと。
一つは説明もないままマンティコアの首を披露して気分を害したこと。
「また謝ることになった」
クロードはじっとライラを見上げた。
「公都には私の別館がある。そこで好きに過ごして構わない。戦いが落ち着いたらすぐに迎えに来るから……だから、帝都に帰らないでほしい」
最後の弱弱しい言葉にライラは困ってしまった。自分よりも年上のこの青年があまりにか細い少年のように見えてしまった。
「いいですよ。待ちます」
今、一緒に北の方へ行っても足手まといになるだろう。
「でも、あまり待たせないでくださいね」
ようやくそれだけ伝えるとクロードはありがとうとライラを抱きしめた。
「必ず冬になる前までには戻ってくる」
「手紙は書いていいですか?」
「もちろんだとも! 私も書くぞ!」
クロードの声が少し明るくなったように思える。彼は再度謝罪を言いながら、部屋を飛び出していった。
ライラは「はぁっ」と深くため息をつき、大きな寝台の上に寝転んだ。一人で眠るにはあまりに大きすぎる。
「初夜がこれかぁ」
最悪な出会い。
結婚式は何とかなった。披露宴も何とかなった。
初夜はおあずけになった。
これが帝都に知られたら笑い者確定だなと考えてしまう。
だが、こうしている間に魔物の被害が増えていると聞いて、彼と夜を過ごしたいと言えない。
窓の外から人のざわめきとガチャガチャと金属の音が聞こえる。この夜の間にクロードは北へ帰る準備を急がせているのだ。
「一応謝ってくれたし、待つだけ待っておこう」
どうせ帝都に帰る気はないのだし。
翌朝、事情を知った兄トラヴィスを宥めるのに苦労した。
わざわざ差し出した妹の大事な初夜を仕事優先ですっぽかしたのである。
「連れて帰る!」
そういって聞かないトラヴィスを説得して、公妃も手伝ってくれてようやくお帰りいただいた。
さすがに身重の義姉を公都まで呼び寄せるわけにはいかないのでライラは公妃にお礼を申し上げた。
公妃は深くため息をつき、首を横に振った。こちらの方こそ初夜の件でライラの気を悪くさせてしまったと謝った。
ライラはにこりと微笑んだ。
「辺境伯様は北の民の為に戦いへ行かれたのです」
その言葉に公妃はじぃっとライラを心配そうに見つめた。
もちろん不満がないと言えば嘘になるが、それでも仕方ないことだろう。
ライラは数か月の間公都の別邸で一人新婚生活を送ることになった。
蝶よ花よと生活できるなど期待していない。
大公夫妻の配慮で結婚前に公都の良いホテルに泊まれて、勉強しながらでも観光もさせてもらえて満足していた。
アルベル辺境伯領では魔物と北の異民族との戦いで慌ただしい。
穀物は実るものの領民を養うには充分な量とはいえない。
北は獣以外に魔物を食糧にする選択を取っていたと聞かされていた。
魔物料理は帝都でも食べられるが、珍味扱いでライラが食す機会はなかった。
食べられるのだろうかと不安になりながら公都に来て試食して鶏肉と変わらない味と食感に安堵した。
調理次第で何とかなりそうだ。
公妃に聞けば、クロードの館には公城で修業していた料理人がいるので、材料はともかく調理に関しては心配ないと言ってくれた。
北には傭兵が多く荒々しい性格のものが多いというが、荒れた海をものともしない海の町で過ごした時期もある。
船を漕いだこともあるし、無礼な幼馴染もいた為多少免疫はあるつもりだ。
まさか初対面で魔物の首を見せられるとは思わなかった。
ひょっとして追い出そうとしているのではないか。
それなら、結婚が決まる前に大公と皇帝に言ってくれればよかったのに。
ライラは寝台から起き上がり深くため息をついた。
寝台から出ると少し肌寒い。
窓の方をみるとまだあたりは暗い。日は出ていなかった。
「失礼いたします」
城から訪れた侍女たちはライラの支度をはじめたいと言った。
何の支度といえば、結婚式の支度である。
今日はライラの結婚式であった。
「ええ、お願いね」
気が重たいが、だからといって今更嫌だという訳にはいかない。
湯の張ったバスルームへ案内され、肌をピカピカに磨かれる。肌の調子を確認してローションを塗り、化粧を施され、髪も乾かし綺麗に梳かされる。
クロードは既に準備を済ませて、式場へと向かったという。
公妃が早く来るようにと強い要請があったようだ。何となく理由は察せられる。
――当日まであなたの恥にならないように私が綿密に言い聞かせておくわ。
あの初対面以降に届けられた公妃からの手紙を思い出した。
「ライラ」
3日前にやってきてくれた兄トラヴィスの姿をみてライラはほっと安心した。
10日前のショッキングなものを見てから、悩む日々であった。
兄が駆けつけてくれてようやく心が落ち着いた。
彼としてはライラに「帰りたい」と言って欲しかったようだが、ライラはそうしなかった。
確かに不安はある。
だが、ここまで来て自分の決意を曲げることも許せなかった。
このまま帝都に帰っても待っているのは帝都中からの笑いの種扱いだろう。
一度ならず二度も婚約破棄された令嬢と呼ばれてしまう。
意地を張っても何にもならないのだけど。
馬車で結婚式場へと移動する。公都で一番大きな教会・ルシベラ聖堂だった。
大公夫妻もここで結婚式をあげたという。
馬車から降りると多くの人がライラを出迎えた。彼らの視線が一斉にライラへ集中し、緊張が増す。
「ライラ」
馬車の降り口でトラヴィスはそっとライラに手を差しだした。
ライラはゆっくりと息を吸い吐く。少し落ち着いたところで、トラヴィスに寄り添いバージンロードを歩いた。
美しい歌声の中、一歩一歩歩く。
貴族たちはライラの姿をみてひそひそと話をしているのが聞こえた。
氷姫という単語が聞こえて背筋がひやりとする。
こちらでも噂を聞いた者がいるのだろう。
ごほんとトラヴィスが咳払いすると声の主はすっと消えた。
祭壇の前でぴたりと止まると目の前にクロードが立っていた。
クロードは無表情でライラの手をとり、トラヴィスと位置を交換する。
これでライラはトラヴィスの妹ではなく、クロードの妻になった。
トラヴィスはじっとライラの姿を見送った。
ライラは後ろ髪をひかれながらも、クロードの手を握り祭壇までの階段をゆっくりとあがっていく。
神官が二人に語り掛ける。それにクロードは頷いた。
「誓います」
ライラも同じ答えを示し、二人は神の前で夫婦となった。
◇◇◇
結婚式の後は披露宴が行われた。
帝都ではまずは婚約式を行って、半年後に結婚式を行うのが一般的なスケジュールなのであるがライラの結婚はだいぶ短縮されている。
クロードがいつ戦場へ駆り出されるかわからない為悠長に婚約期間を設けられなかった。
自分だけかと思えば公妃も似たようなスケジュールだったらしいと前日教えられた。
公妃はライラに対して「これが大公家流なのですの」とすごい勢いで謝られ捲し立てられた。
実際は婚約から結婚までの間に花嫁が逃げ出さない為の措置だったらしい。過去に帝都出身の花嫁が逃げ出した例を聞かされてやはりなとライラは納得した。
「大公様、公妃様」
ライラは改めて二人にお礼を申しあげた。結婚式も、披露宴も彼らが手配してくれたのだ。
到着して1か月程度のスケジュールであったが、これを形にするのはさぞ大変であったことだろう。
披露宴も公城で行わせてくれたことを心より感謝した。
「そなたには色々苦労をかけるかもしれない。せめて結婚式・婚約式だけは手を抜きたくなかった」
大公は朗らかに笑った。
「なら半年は婚約期間を設けてあげればよかったじゃないの」
横で公妃がちくりと恨み言を吐く。大公は「あはは」と困ったように笑い続けた。大公は公妃に頭があがらない様子である。
その後は多くの客人の相手をしてダンスの音楽が流れると公妃はじっとクロードを見つめた。
「ん、……私と踊って欲しい」
少しぎこちない態度にライラは苦笑いした。
「喜んで」
ライラが自身の手をクロードへ委ねると、彼は少しだけほっとした表情を浮かべているようだった。
二人のダンスを皆一斉に注目した。
「クロード様、こうしてみると素敵だわ」
「ダンスを踊るなど滅多にみられないわ」
「次は私と踊ってくださらないかしら」
ひそひそと女性たちの話が聞こえてくる。
そうか。
ぱっと見た感じでは確かにこの男は顔も良いし、大公の弟だし、英雄だし女性にもてるだろう。
「あ、すみません」
ライラは慌ててクロードに謝罪を述べた。
ぐさっとクロードの足を踏んでしまった。
結構痛かっただろうと思うが、クロードは全く表情を変えなかった。
全く反応されず心ここにあらずといった具合である。
もしかするとこの披露宴にクロードが気になる女性がいるのではないか。
ちらりと考えてしまった。
確かにいても不思議はないだろう。
自分の結婚は大公と皇帝が勝手に決めたことである。
それはそれで全く面白くないことであるが、クロードとしてもそれは同じだろう。
ようやく終えた披露宴を終えた後、ライラは閨の準備に連れ出された。
ドレスを脱ぐのを手伝ってもらい、既に用意されたバスルームへと入る。朝と同様に肌をぴかぴかに磨いてもらった。
新しく用意されたオイルの匂いがとても肌になじんで心地よかった。公妃のお気に入りの品物だという。ここれも彼女の配慮を感じ取った。
新しく二人用の部屋を用意され、寝間着に着替えたライラはクロードを待ち続けた。
今から行われる内容にライラは落ち着かなかった。
初夜を迎えるのである。きちんと役目を全うできるか心配になってくる。
公妃からは何事も殿方に任せればいいと言ってくれたが、しばらくして少し不安そうな表情を浮かべていた。
先ほどの披露宴でも彼が心あらずな様子で、他に想う女性がいるかもしれない。
いや、それでもライラはクロードの妻としてやってきたのである。とにかく今日を乗り切るのだ。
ようやくやってきた青年はライラの前に立ち、何も言わない。
不安になる。
もし自分に不満があると言われたらどうしよう。
何故もっと早くに言ってくれないのだと言い返してやろうか。
そうなるとややこしいことになってしまうからやめておこう。
くるくると考えているうちに、クロードがようやく声をかけてきた。
「その、すまない」
突然の謝罪にライラは首を傾げた。
「実は先ほど部下から報せが入った。異民族の奴らが、結託して北の砦を攻めていると。魔物を操る者もおり、被害が甚大だ。今日は大事な日だというのはわかっている。義姉上にも言われており、今日は絶対にそなたと夜を共にしないとというのはわかっている。だが、すぐに出発しなければならないのだ」
捲し立てられる説明にライラは情報を整理した。
北の要塞都市ジーヴルは3つの異民族に対して警戒している。
ハン族、アラ族、ジル族と呼ばれている。
ハン族は東の端よりやってきた騎馬民族で、アラ族とジル族は山の民族で北の先住民が二つに分かれたものだ。
互い結託することはないと思われていたが、ハン族に知恵を貸すものが現れたらしい。その者が魔物を操ることができ、北の領地を荒らしまわっている。
「出発するときは奴らも大人しかったのだが、冬の間に知恵をつけたようだ。オズ、私の部下が対応しているから問題ないと思うが、それでも今同胞が厳しい戦いの中にいると思うと」
クロードはぎゅっとライラの手を握った。その手は震えていた。
「すまない。そなたには他にも謝らなければならないことがあったのに」
一つは公都へ遅れてきてしまったこと。
一つは説明もないままマンティコアの首を披露して気分を害したこと。
「また謝ることになった」
クロードはじっとライラを見上げた。
「公都には私の別館がある。そこで好きに過ごして構わない。戦いが落ち着いたらすぐに迎えに来るから……だから、帝都に帰らないでほしい」
最後の弱弱しい言葉にライラは困ってしまった。自分よりも年上のこの青年があまりにか細い少年のように見えてしまった。
「いいですよ。待ちます」
今、一緒に北の方へ行っても足手まといになるだろう。
「でも、あまり待たせないでくださいね」
ようやくそれだけ伝えるとクロードはありがとうとライラを抱きしめた。
「必ず冬になる前までには戻ってくる」
「手紙は書いていいですか?」
「もちろんだとも! 私も書くぞ!」
クロードの声が少し明るくなったように思える。彼は再度謝罪を言いながら、部屋を飛び出していった。
ライラは「はぁっ」と深くため息をつき、大きな寝台の上に寝転んだ。一人で眠るにはあまりに大きすぎる。
「初夜がこれかぁ」
最悪な出会い。
結婚式は何とかなった。披露宴も何とかなった。
初夜はおあずけになった。
これが帝都に知られたら笑い者確定だなと考えてしまう。
だが、こうしている間に魔物の被害が増えていると聞いて、彼と夜を過ごしたいと言えない。
窓の外から人のざわめきとガチャガチャと金属の音が聞こえる。この夜の間にクロードは北へ帰る準備を急がせているのだ。
「一応謝ってくれたし、待つだけ待っておこう」
どうせ帝都に帰る気はないのだし。
翌朝、事情を知った兄トラヴィスを宥めるのに苦労した。
わざわざ差し出した妹の大事な初夜を仕事優先ですっぽかしたのである。
「連れて帰る!」
そういって聞かないトラヴィスを説得して、公妃も手伝ってくれてようやくお帰りいただいた。
さすがに身重の義姉を公都まで呼び寄せるわけにはいかないのでライラは公妃にお礼を申し上げた。
公妃は深くため息をつき、首を横に振った。こちらの方こそ初夜の件でライラの気を悪くさせてしまったと謝った。
ライラはにこりと微笑んだ。
「辺境伯様は北の民の為に戦いへ行かれたのです」
その言葉に公妃はじぃっとライラを心配そうに見つめた。
もちろん不満がないと言えば嘘になるが、それでも仕方ないことだろう。
ライラは数か月の間公都の別邸で一人新婚生活を送ることになった。
0
お気に入りに追加
211
あなたにおすすめの小説
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
妻と夫と元妻と
キムラましゅろう
恋愛
復縁を迫る元妻との戦いって……それって妻(わたし)の役割では?
わたし、アシュリ=スタングレイの夫は王宮魔術師だ。
数多くの魔術師の御多分に漏れず、夫のシグルドも魔術バカの変人である。
しかも二十一歳という若さで既にバツイチの身。
そんな事故物件のような夫にいつの間にか絆され絡めとられて結婚していたわたし。
まぁわたしの方にもそれなりに事情がある。
なので夫がバツイチでもとくに気にする事もなく、わたしの事が好き過ぎる夫とそれなりに穏やかで幸せな生活を営んでいた。
そんな中で、国王肝入りで魔術研究チームが組まれる事になったのだとか。そしてその編成されたチームメイトの中に、夫の別れた元妻がいて………
相も変わらずご都合主義、ノーリアリティなお話です。
不治の誤字脱字病患者の作品です。
作中に誤字脱字が有ったら「こうかな?」と脳内変換を余儀なくさせられる恐れが多々ある事をご了承下さいませ。
性描写はありませんがそれを連想させるワードが出てくる恐れがありますので、破廉恥がお嫌いな方はご自衛下さい。
小説家になろうさんでも投稿します。
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。
木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。
因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。
そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。
彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。
晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。
それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。
幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。
二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。
カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。
こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。
側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。
とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」
成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。
「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」
********************************************
ATTENTION
********************************************
*世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。
*いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。
*R-15は保険です。
【完結】聖女の手を取り婚約者が消えて二年。私は別の人の妻になっていた。
文月ゆうり
恋愛
レティシアナは姫だ。
父王に一番愛される姫。
ゆえに妬まれることが多く、それを憂いた父王により早くに婚約を結ぶことになった。
優しく、頼れる婚約者はレティシアナの英雄だ。
しかし、彼は居なくなった。
聖女と呼ばれる少女と一緒に、行方を眩ませたのだ。
そして、二年後。
レティシアナは、大国の王の妻となっていた。
※主人公は、戦えるような存在ではありません。戦えて、強い主人公が好きな方には合わない可能性があります。
小説家になろうにも投稿しています。
エールありがとうございます!
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
辺境伯へ嫁ぎます。
アズやっこ
恋愛
私の父、国王陛下から、辺境伯へ嫁げと言われました。
隣国の王子の次は辺境伯ですか… 分かりました。
私は第二王女。所詮国の為の駒でしかないのです。 例え父であっても国王陛下には逆らえません。
辺境伯様… 若くして家督を継がれ、辺境の地を護っています。
本来ならば第一王女のお姉様が嫁ぐはずでした。
辺境伯様も10歳も年下の私を妻として娶らなければいけないなんて可哀想です。
辺境伯様、大丈夫です。私はご迷惑はおかけしません。
それでも、もし、私でも良いのなら…こんな小娘でも良いのなら…貴方を愛しても良いですか?貴方も私を愛してくれますか?
そんな望みを抱いてしまいます。
❈ 作者独自の世界観です。
❈ 設定はゆるいです。
(言葉使いなど、優しい目で読んで頂けると幸いです)
❈ 誤字脱字等教えて頂けると幸いです。
(出来れば望ましいと思う字、文章を教えて頂けると嬉しいです)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる