この世の沙汰は運次第

緋水晶

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「レィヴァン君!」
永遠に続くんじゃないかと思う程に長く感じた、恐らく10分にも満たない時間の後。
待ちに待った人の声を聞いて、気合で持たせていた俺の『ヒール』は弾けるように消え去った。
その瞬間、急激に体から力が抜ける。
「よく持たせてくれました。後は任せてください!」
司祭は俺と入れ替わるようにスミスとクインの前に立つと、
「サーチ」
彼女の身体に刺さっている白い金属板、恐らくは自動車の破片の位置を確認するため探索魔法を掛けた。
「アポート」
次いでそれを除去するための物体の移動魔法を掛ける。
「サーチ……よし、全部取れましたね」
「すげぇ…」
スミスは彼の鮮やかな手際に衝撃を受けている。
俺は司祭の治療行為は何度か見学したことがあるが、ここまで大掛かりなものは初めてだったのでスミスと同じようにその手際の鮮やかさに状況も忘れてつい見惚れてしまう。
「癒しの風、修復の土よ、我が前の肉体をあるべき姿へと戻し給え!キュア!!」
そして全ての異物を取り出したことを確認した司祭は上級回復魔法を唱え、クインと、そしてスミスの身体をも一瞬で傷跡一つない綺麗な状態に治してしまった。
「……なっ、一気に二人も!?」
スミスは自分も治ったことに驚きつつ、すぐに横の女性の状態の確認をする。
「……よかった、生きてる」
彼女の頬に触れて温かさを確かめて、呼吸に合わせて上下する胸も確認して安堵したのだろう、泣き笑いの顔で一言呟いたスミスもとうとう気を失って倒れた。

「……ぅ、ぅうう…」
「スミス?」
「つうっ…、あ、ここ、は?」
「俺んちだよ」
翌日の昼過ぎ、丸一日近く眠っていたスミスが目を覚ました。
クインほどではないがスミスもかなりの深手を負っていたらしく、それを術で一気に回復させたからその分体力や気力も一気に減ったのだそうで、それが回復すれば自然に目を覚ますという話だったがここまで時間が掛かるとは思っていなかった。
今日になってからは本当に起きるのかと内心ハラハラしていたが、記憶の混乱もなく無事に目覚められたようでないよりだ。
「…クイン、俺が連れて来た奴は?」
「隣の部屋で寝てるよ。夫婦一緒の方がいいかとも思ったんだけど、そうすると俺がお前の世話に来れないから分けさせてもらった」
身体はまだ上手く動かないのか首だけをキョロキョロさせて彼女を探すスミスにそう言えば、彼は「そっか」と言って再び目を閉じた。
きっとまた回復のために眠るのだろう。
色々聞きたいことはあるが、彼の体調を考えてそれは次に目を覚ました時にしよう。
「スミス」
でもこれだけは言っておかなければと俺は眠りに落ちる直前の彼に向かって囁く。
「おかえり」
スミスは答えなかったが、その口元は緩やかに弧を描いたように見えた。

次にスミスが目覚めたのはその日の夜だった。
一回目とは違いちゃんと身体も動くらしく、消化にいいようにと作ってもらったリゾットをせっせと口に運んでいる。
「なあスミス、聞いていいか」
スミスが綺麗にリゾットを平らげてスープも飲み干したのを確認して、俺はずっと聞かなければと思っていたことを彼に聞くため、居住まいを正して口を開く。
「ああ」
スミスはベッドの上で胡坐をかき、「どーぞ」と言って俺の言葉を待った。
俺は一度ごくりと唾を飲み、最も気になっていることから聞くことにした。
「あのさ、あのクインって人のことなんだけど」
どうやって帰ってきたのかも気になったが一番気になるのはやはりそっちで、俺は意を決してスミスに言う。
「あの人、お前の奥さんの来隠玖韻、だよな?」
「なんだ、あいつ目ぇ覚ましたのか」
俺の言葉にスミスは「早かったな」と言った後で「ん?」と首を捻る。
「なんであいつの言葉が通じてんだ?」
当然あちらの世界とこちらの世界では言葉が異なり、恐らくスミスも最初苦労しただろうからすぐに思い至ったのだろうそのことに、しかし俺は首を振る。
「いや、彼女はまだ寝ている」
「は?」
スミスは否定されるとは思っていなかったようで、「ならなんで名前を知っている?」と目で問い掛けてきた。
「それはな」
俺は答える前に逸る心臓を宥めようと、二度深呼吸をする。
あ、ダメだ、酸素を取り込んでより一層鼓動がうるさくなった。
「俺の前世の名前が、シャスバンドール零万っていうからだよ」
だから仕方なく耳元で聞こえるようなドクドクと煩い脈動を聞きながらそう言えば、
「……は?」
その鼓動の合間に驚きすぎて間が抜けたスミスの小さな声が聞こえた。

「そういうことかー!!」
俺は前世の生い立ちから閻魔大王との話までを話し、それを聞いたスミスはベッドの上で頭を抱えた。
「おかしいと思ったんだよ!俺がこっちに戻ってくる時、どうやっても零万だけは境界を越えらんなくて、なんでだって思ってるうちにクインがヤバくなったから仕方なく置いてきたけど、そういうことかよ!!」
「そういうことって?」
俺がスミスが何に納得して憤っているのかわからず聞けば、
「お前だよ。どうやら同じ世界に同じ魂は存在できないっていう決まりがあるらしくて、こっちの世界にすでに零万の魂があるからあっちの零万は移動できないって聞いた時は意味わかんなかったけど、お前がいるから来れなかったのかって話」
「あ、なーる」
「マジかー、回復したら迎えに行くつもりだったのに、お前、もういるのかよ」
はー、とスミスは深く深く息を吐く。
彼は顔には出さなかっただけで置いてきた息子の存在は気になっていたようだ。
よかった、全然そんな話をしないから、俺の存在なんてどうとも思われてないんじゃないかって実は気にしてたんだよ。
俺だけ向こうにいた理由が見捨てられたからじゃなくて本当によかった。
「そういやわざわざ聞いたことなかったから知らなかったけど、今二人がこっちにいるってことは、向こうにあった墓の中には誰もいなかったんだな」
俺は目の前のスミスを見ながら、毎年なんとなく参っていた墓の中身が空だと知って複雑な気分になった。
もしかしたら遺品くらいは入っていたかもしれないが、二人がいなかったのなら電車で1時間もかかるような墓までわざわざ参らなかったのに。
親戚の誰もそのことを教えてくれなかったから、てっきり墓の中には遺骨があるものだと思っていた。
「まあ死体はなかっただろうけど、車の中は俺とクインの血がべったりだっただろうから、死んだと思われるだろうなぁ…」
スミスは俺の言葉を肯定しつつ自分が残してきた惨状について語る。
だがちょっと待て、お前そんな状況の車に生後間もない俺を置いて行ったのか!?
お前実は鬼か!
トラウマになってたらどうしてくれる!!
「実際、あの時ポケットにキャトレットさんの髭がなきゃ、俺らは死んでただろうし」
そう思っているとスミスが苦笑いしながらそんなことを言う。
それはどういう意味なのだろうか。
「俺はお前から貰ったキャトレットさんの髭を媒介に使って転移の魔術を使ったんだ。あの時ドライガが俺の魔力を使っただろ?だから俺は髭に宿ってたキャトレットさんの魔力を使ったんだよ」
二本あったお陰で間に合ったぜー、じゃなくてね、スミス君。
え、なに、俺が知らないだけでキャトレットさんってそんな魔力があるの?
だってキャトレットさんの髭二本だけであの時のスミスと同等かそれ以上の魔力ってことでしょ?
金級の魔術師がブチ切れて、多分最大限の魔力を出していたあの時と同じかそれ以上ってことでしょ?
…やっばぁ、キャトレットさんやばぁ。
綺麗で可愛くてエレガントなだけじゃなくて、そんな力まで持ってるなんて、スーパー猫様じゃん!
やっぱ正体は神獣かなぁ。
「ところで」
俺がさすキャト(さすがキャトレットさん!凄いね強いね可愛いね!!の略)をしていると、
「俺、お前の父親じゃねぇからな?」
スミスがごろりとベッドに横になりながら「だとしたら似てなさ過ぎだろ」と言ってぼりぼりと太ももを掻いた。
…………。
「はぁっ!!?」
俺はいつかのキアラばりの反応の遅さでその言葉を理解すると、目玉が飛び出るんじゃないかと言うほど目を見開いてスミスを見た。
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