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「……空耳かな?」
こんなところでこんな時間に人の声などするわけがない。
もししたとしたら、それは人外でありエルフ外のなにかだ。
そう、ユー…なんとか、ゴー…なんとか、おば…なんとか、みたいな。
だが、そんなものの存在を俺は断固として認めない!
だって怖いじゃん!!
君子危うきに近寄らず、よしここを出よう、と踵を返した俺に
『…我は止めんが、この森の危険を理解していないそなたがここを出ればすぐに森に吞まれることだけは教えておいてやろう』
何者かの忠告が再び聞こえた。
俺は素直に再度踵を返し、床に膝をつくと祭壇に向かって頭を下げる。
「すいません、ここでお世話になります」
そしてポケットから非常食用にと持ってきたお茶菓子のサブレを取り出し、そっと祭壇に供えた。
『ふむ、頭は悪くないようだ。そして中々豪胆でもある』
声の主はなにが面白いのかくつくつと笑うと「ところで」と言う。
そして俺が「なんでしょう」と答える間もなく
「そなたの魂は実に不思議な色をしているな」
とひどく面白そうに言った。
それはいつかに神様おじさんに言われたこと。
『優しさと激情を揺れ動くお前の魂は変わった色をしていてな。こちらはいつの生でもお前を見ていた。つい目をかけてしまうから、別の生では神の愛し子、神の愛娘などと呼ばれることもあった』
この声の主が言いたいのはこのことだろうか。
そう思っていると、
『なるほど、そなたは彼の神の愛し子だったか。ならばそれも道理よな』
声の主は得心したというように声で頷いた。
…神様おじさんの時のように心を読まれたっぽいことには触れるべきだろうか。
『好きにするがよい。事実は変わらん』
ふわりと俺の心に生じた蟠りに、声はまた勝手に答える。
やはりこの声の主には全て筒抜けるらしい。
まあしょうがないかと諦めれば、声はまた心を読んで話しかけてくる。
『諦めのよいことだ。それで、その諦めのよさで我が子孫のことも早々に見限ったか』
「……なっ!?」
一瞬意味がわからなかった。
だが、エルフの里で謎の声が『我が子孫』と呼びそうで且つ俺が最近『見限った』と言われそうな心の動きを見せた人物の心当たりが1人だけあった。
しかしそれは今の俺にとって一番触れてほしくないこと。
そして敢えて考えないようにしていたこと。
それを読んだということは、つまり。
『…本当に無駄に賢しい奴だ』
声の主が読めるのは考えではなく頭の中そのものだということだ。
その推測を肯定するように声の主はため息混じりにそう告げる。
つか一言余計だ。
無駄で悪かったな。
俺がむっとしながらそう考えれば、声の主は『ああ、無駄だな』と突然一段低い声で呟いた。
『賢しいのに諦めが早い奴は最悪だ。勝手に自分の頭の中にある情報だけで物事を考えて、それによって導かれた回答が唯一の正解であるかのように思い込み勝手に諦める。本当に始末が悪い』
そして吐き捨てるように言うと、今度は仄暗く嗤う。
『そなたは我が子孫の何を知っている?前世のそなたである三根とやらが考えた出せた程度のものだけではないのか?』
そう言う声音は高圧的で、姿は見えないのに腕を組んで俺を見下ろす男性の幻が見える気さえした。
そしてそれは図星であり、俺はぐっと唇を噛み締める。
『実に嘆かわしいな。我らにとっては然程でなくとも、19年という年月は一人の人間が考え尽くせるような短い時間ではない。それに彼の神も言っていたであろう。『これは現実だ』と。そして全てがそなたの知っている通りではないとも』
今度は額に手を当ててふるふると首を振る幻が見える。
だが声の主の言葉に俺は神様おじさんに言われたことを思い出した。
『あくまで踏襲されたものは枠組みにすぎない。お前が意図していなかったことや、知っていることと異なる部分もある。そして一番大事なことは、今のお前にとってはそれが現実であることだ』
そうだ、俺は前から知っていたではないか。
死ぬはずだった人を救えることも、雑な設定の裏に誰かの苦しみがあることも、消したと思っていたのに消せなかった過去があることも。
ならばハーピスにだって、何かしらの事情があったのかもしれない。
そんなこと、わかっていたつもりだった。
わかっていたつもりで、しかしちゃんと理解してはいなかった。
『……やはりそなたは賢い』
声の主は今度は笑い、ふわりと温かな空気が俺を包む。
微笑んだ男性に頭を撫でられる幻を見た。
『せっかくここへ来たのだ、そなたと我が子孫のために少し助言という名のお節介をやいてやろう』
「…お節介?」
『うむ。まず、そなたは知りすぎているが故に苦しむことも多かろう。今までは良いこともあったのだろうが、この先の人生では前世の記憶が障害となることも間違いない。特に性別などはな。だが、今のそなたはブランシュ・ネージュ・ミレ・スノーリットであることを忘れるな。いかに認識が男であろうと、対外的にはどう見てもか弱き女子。まずはそれを心に刻め』
声の主は時間がないかのように一気にまくしたてる。
『それから、もう少し我が子孫のことを信じろ。いや、信じてやってほしい。あれは可哀想な子だ。優秀過ぎる頭脳故に理解者に恵まれず、周りには利を求める者ばかり。19年というエルフにとって瞬きのような時間でもあやつの心は疲弊した。しかしそなたはそれを救ったのだ』
「え?」
それは、どういう意味?
そう聞き返したいのに、喉に何かが絡まりついているみたいに声が出ない。
『我はそのことに感謝していたが、故に今回のことに憤りも感じていた。だからそなたをここへ導いた。そなたがこの森に入ったのは偶然だったが、もしかしたら彼の神の思し召しだったのかもしれんな』
俺がなにも言えないまま声の主がそう言った時、外から音がした気がする。
『…時間切れだ。ネージュよ、我が子孫を、我が愛し子のことをよろしく頼んだぞ』
「は!?ちょ、」
「ネージュ!!!」
声の主の気配が消えたのと、ようやく声が出せた俺がそれを引き留めようとしたのと、扉を開けたハーピスが俺の名を呼んだのはほぼ同時だった。
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