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「初めまして、ミランダと申します」
あの後すぐに執事さんがお伺いを立ててくれ、俺とシェイラさんはミランダさんに会うことができた。
「初めまして。私はネージュといいます」
シェイラさんとは別の意味でエルフには珍しい控えめなその美女は俺を見るとにっこり笑い、
「ハーピスさんのお嫁さんに会えて嬉しいわ」
と今の俺には答え難いことを言う。
悪気なんてないことはもちろんわかっている。
けれどシェイラさんの言葉を聞いてから、俺はハーピスのことが考えられないでいた。
「えっとね、今日はドレスを貸してほしくて来たの」
その原因となった自覚のあるシェイラさんは話を変えようと来訪の目的を改めてミランダさんに伝える。
彼女も心得ていると一つ頷き、
「私と彼女は背格好も近いし、多分似合うドレスも同じ系統だわ。すぐに見繕いましょう」
そう言って明らかに様子がおかしいであろう俺の手を優しく引いてくれた。
ほっそりとした温かいその手は俺の心をも温めてくれたように思う。
「…はい」
ふいに込み上げてきた涙を堪えながら、俺は彼女に従った。

「ふふ、完璧ね!」
あーでもないこーでもないとドレスを吟味していた彼女たちが見つけてきたその一枚に身を包んだ俺を見て、2人は至極満足気に手を打ち合わせた。
光の加減によって見る角度でアイボリーにもピンクにもオレンジにもなる不思議な色合いのそのドレスは確かにネージュの顔によく似合っている。
だけど俺としてはもうちょっと地味な色がよかったなー。
彼女たちの満足気な顔を見れば「チェンジで」なんて言えるはずもないが、見るからに女性らしいその色にまた少し胸が痛んだ。
「次はお化粧ね!」
そんな俺に気づくことなく「うふふ」とシェイラさんが楽しそうに笑う。
「ならそっちはシェイラ様にお任せして、私はアクセサリーを見繕ってこうかしら」
そして「ほほほ」とミランダさんも楽し気に隣室へと消えていった。
この時間はまだまだ終わりそうにない。

2時間にも及ぼうかという着せ替え大会の後、俺とシェイラさんは王城に戻ってきた。
ミランダさんは公爵家(マイキーさんは三男らしい)の馬車で後から来るそうだ。
「せっかくだからパーティーまでパーピスには見せないでおきましょうか」
ちょっとここに隠れててねとウインク付きで俺をサロンに押しやった彼女はいたずらっ子のように鼻歌を歌いながら部屋から去って行く。
出会ってから始終楽しそうだが、外見が妖艶系美女で中身が活発系少女然としているのでギャップがすごい。
それが彼女の魅力であることは明らかで、俺は彼女に好感を持っていた。
だが、
「あー、ダメだ」
そんな彼女からの一言が俺の気分をどこまでも沈めていく。
「なんだよ、女をとっかえひっかえって…」
ぐるぐるとその言葉が頭を回り、見たこともない美女や美少女と楽しそうに腕を組むハーピスの幻を見せてくる。
その度に俺は胸に鈍い痛みを覚えていた。
その痛みの理由なんか考えない。
認めたくない。
だってこれはきっと、生みの親だからハーピスのことは何でも知っていると思っていたのに知らないことがあったということに対してのショックのはずで、その内容に対してのことではないはずだから。
第一俺は結婚なんて望んでないんだから、あいつの過去なんかどうでもいいはずで。
脳裏に浮かぶハーピスが「ネージュ」と呼ぶ声が優しいことなんてどうでもよくて。
攻略対象者の彼が笑ってヒロインの俺を見ることなんて、当たり前のはずで。
その全部に鈍い痛みを感じるなんて、おかしいんだ。
「……逃げよう」
人目がないのをいいことに、俺は高そうな宝石類を全て外しドレスとコルセットを脱いだ。
万が一ハーピスがここに来てもドレスがすぐに見えないようにとシェイラさんが貸してくれた長い上着のお陰でその姿でもなんとかなりそうだったし、好意で貸してくれたものを汚したり無くしたりしたくなかったから。
靴も本番まで楽なものをとヒールのないものを履かせてくれていたことも幸いした。
俺はサロンから庭に抜け、時折巡回している見張りを避けて進み、庭の奥から続く森を見つけると一時身を隠すためにと足を踏み入れた。
夜の森が危険なことはわかっていたが、王城の裏にある森ならそこまでの危険はないと思ったのだ。
その森がどういう森かも知らずに。
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