上 下
3 / 13

3

しおりを挟む
外の陽が傾き、部屋にオレンジ色の光が混ざってきた頃。
俺は先ほど部屋に来たシェイラというハーピスの姉らしき人物に呼ばれて彼女の部屋へとやってきた。
「ごめんね、突然パーティーだ夜会だって言われても服なんて持って来てるわけないって失念してたわ」
うちらも浮かれちゃってと笑いながら彼女はクローゼットを漁り始めた。
どことなくハーピスを思い出すその横顔を黙って眺めながら、俺は彼女が選んだ数点のドレスに目を移す。
明るい髪色に馴染むピンクやオレンジの他、髪色が映えるからか紺色や深緑なども候補にあるようだ。
できればそっちの地味な色でお願いしたいと切実に思う。
「というか、そもそも私ので合うのかしら…」
ドレスを選びながら彼女はふと俺を上から下まで確認するとそんな懸念を漏らす。
だがその懸念は尤もなものだった。
彼女はエルフにしては珍しくグラマラスな妖艶系の美女で、俺ことネージュは乙女ゲームのヒロインらしく適度なスタイルの清楚系美少女。
はっきりいってタイプが真逆すぎるのだ。
だから彼女のドレスを着ると、当然のようにこうなる。
「あの、胸元が…」
スカスカ、というほどではないが隙間があるし、大きく開いているせいでその隙間がやばい。
見えてはいけないところが見えそう、という意味で。
「うん。無理ね」
選んだシェイラさん自身もすぐにそれを認め、早々に諦めてくれた。
俺としては今まで着ていた修道服でも全く構わないと思っていたので、無理に彼女からドレスを借りなくてもいいのだが、
「ダメよ。確定していないことだとしても王族に嫁いで来る者として相応しい格好をしなくては」
思いの外厳しい口調で窘められた。
確かにこれは俺個人の問題ではなくエルフ王族の沽券にも関わってくることだ。
俺は「そうですよね、すみません」と謝ったが、シェイラさんの目は厳しいままで、
「第一こんな可愛い子にそんなダッサイ修道服を着せとくなんて、世界の損失だわ!」
と言って再び服を漁り出した。
謝って損した。
そして10分ほど経った頃。
「そうよ、何も私のところで探さなくてもいいのよね!」
夥しい量が広げられたドレスの海から顔を上げた彼女は何か閃いたようで、ざかざかと服をかき分けてこちらへくるなり俺の手を取るとさっさと部屋を後にした。
え、あれ、片付けなくていいの?
そう思って振り向けば、さささーっとメイドさんが数人部屋へ吸い込まれていく。
そうだった、この人たち王族だったんだと改めて実感した。

「マイキー兄様!ミランダ様をお貸しくださいな!」
部屋を出て城(自分が連れて来られた場所を初めて見たがスノーリット王城と同じくらい立派な城だった)を出て馬車に乗り5分ほど走ったところで降ろされると、そこは大邸宅といえる大きな屋敷だった。
シェイラさんは勝手知ったる家なのか慣れた様子で玄関に向かうと扉を開け放つなり叫ぶ。
しかし、
「シェイラ様、いらっしゃいませ。旦那様でしたら、先ほど王城に向かわれましたよ」
入れ違いましたね、と執事らしき男性がどこからともなく現れ、苦笑しながらそう言った。
なんてタイミングの悪い、と思ったがそういえば先ほど来たハーピスの兄弟の誰かが招待状がどうとか言ってたしその件かな、と思い直す。
「そうなの?ミランダ様も?」
シェイラさんはため息を吐いたが兄の不在を特に気にしていないのか、執事にミランダさんという人の所在を問うた。
ここに来た目的はそっちの方らしい。
「奥様は今お召替え中かと。伺って参りますのでご用件をお聞かせいただけますか?」
執事さんは胸に手を当て恭しくお伺いを立てる。
それを後ろから眺めている俺は、言葉遣いは丁寧ながらシェイラさんを昔から知っている子ども扱いしている節がある彼は一体いくつなのだろうと埒もないことを考えていた。
「この子にドレスを貸してほしいの!」
だからいきなり腕を引かれてシェイラさんの前に出され、ずいっと執事の方にさらに押し出された時、多分だいぶ間抜けな顔をしていたと思う。
「この子ね、ネージュって言うんだけど、ハーピスのお嫁さんなの!」
シェイラさん、にこにこ笑って嬉しそうだけど、明るくデマ流すのやめて。
まだ確定してないと認める気のない俺は言いたかったが、
「なんと!ハーピス様やりますな!」
先に執事さんが感嘆の声を上げたことで阻止されてしまった。
2人は俺をほっといて何やらひとしきり盛り上がっている。
俺は話に入ることも出来ず、横で黙ってそれを聞いていた。
「それにしても、女をとっかえひっかえしてた奴がこんないい子捕まえてくるなんてねー」
けれどシェイラさんの言葉に「え」とつい声を漏らしてしまった。
するとシェイラさんはすぐにしまったという表情を見せる。
過去の女性の話など俺に聞かせるべきではなかったと。
だが聞いてしまったものはもう消せない。
設定に『女好き』も『女遊びが激しい』もなかったから考えたことなかった。
普通に考えてイケメンの王族がモテないはずがないのに。
さっきハーピスが俺を選んだ理由が第一王女だからだと気づいた時と同じように、鋭いのに鈍い胸の痛みをまた感じた気がした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された侯爵令嬢は、元婚約者の側妃にされる前に悪役令嬢推しの美形従者に隣国へ連れ去られます

葵 遥菜
恋愛
アナベル・ハワード侯爵令嬢は婚約者のイーサン王太子殿下を心から慕い、彼の伴侶になるための勉強にできる限りの時間を費やしていた。二人の仲は順調で、結婚の日取りも決まっていた。 しかし、王立学園に入学したのち、イーサン王太子は真実の愛を見つけたようだった。 お相手はエリーナ・カートレット男爵令嬢。 二人は相思相愛のようなので、アナベルは将来王妃となったのち、彼女が側妃として召し上げられることになるだろうと覚悟した。 「悪役令嬢、アナベル・ハワード! あなたにイーサン様は渡さない――!」 アナベルはエリーナから「悪」だと断じられたことで、自分の存在が二人の邪魔であることを再認識し、エリーナが王妃になる道はないのかと探り始める――。 「エリーナ様を王妃に据えるにはどうしたらいいのかしらね、エリオット?」 「一つだけ方法がございます。それをお教えする代わりに、私と約束をしてください」 「どんな約束でも守るわ」 「もし……万が一、王太子殿下がアナベル様との『婚約を破棄する』とおっしゃったら、私と一緒に隣国ガルディニアへ逃げてください」 これは、悪役令嬢を溺愛する従者が合法的に推しを手に入れる物語である。 ※タイトル通りのご都合主義なお話です。 ※他サイトにも投稿しています。

【完結】ヤンデレ設定の義弟を手塩にかけたら、シスコン大魔法士に育ちました!?

三月よる
恋愛
14歳の誕生日、ピフラは自分が乙女ゲーム「LOVE/HEART(ラブハート)」通称「ラブハ」の悪役である事に気がついた。シナリオ通りなら、ピフラは義弟ガルムの心を病ませ、ヤンデレ化した彼に殺されてしまう運命。生き残りのため、ピフラはガルムのヤンデレ化を防止すべく、彼を手塩にかけて育てる事を決意する。その後、メイドに命を狙われる事件がありながらも、良好な関係を築いてきた2人。 そして10年後。シスコンに育ったガルムに、ピフラは婚活を邪魔されていた。姉離れのためにガルムを結婚させようと、ピフラは相手のヒロインを探すことに。そんなある日、ピフラは謎の美丈夫ウォラクに出会った。彼はガルムと同じ赤い瞳をしていた。そこで「赤目」と「悪魔と黒魔法士」の秘密の相関関係を聞かされる。その秘密が過去のメイド事件と重なり、ピフラはガルムに疑心を抱き始めた。一方、ピフラを監視していたガルムは自分以外の赤目と接触したピフラを監禁して──?

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~

柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。 その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!  この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!? ※シリアス展開もわりとあります。

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

転生した悪役令嬢は破滅エンドを避けるため、魔法を極めたらなぜか攻略対象から溺愛されました

平山和人
恋愛
悪役令嬢のクロエは八歳の誕生日の時、ここが前世でプレイしていた乙女ゲーム『聖魔と乙女のレガリア』の世界であることを知る。 クロエに割り振られたのは、主人公を虐め、攻略対象から断罪され、破滅を迎える悪役令嬢としての人生だった。 そんな結末は絶対嫌だとクロエは敵を作らないように立ち回り、魔法を極めて断罪フラグと破滅エンドを回避しようとする。 そうしていると、なぜかクロエは家族を始め、周りの人間から溺愛されるのであった。しかも本来ならば主人公と結ばれるはずの攻略対象からも 深く愛されるクロエ。果たしてクロエの破滅エンドは回避できるのか。

乙女ゲームの悪役令嬢に転生したら、ヒロインが鬼畜女装野郎だったので助けてください

空飛ぶひよこ
恋愛
正式名称「乙女ゲームの悪役令嬢(噛ませ犬系)に転生して、サド心満たしてエンジョイしていたら、ゲームのヒロインが鬼畜女装野郎だったので、助けて下さい」 乙女ゲームの世界に転生して、ヒロインへした虐めがそのまま攻略キャラのイベントフラグになる噛ませ犬系悪役令嬢に転生いたしました。 ヒロインに乙女ゲームライフをエンジョイさせてあげる為(タテマエ)、自身のドエス願望を満たすため(本音)、悪役令嬢キャラを全うしていたら、実はヒロインが身代わりでやってきた、本当のヒロインの双子の弟だったと判明しました。 申し訳ありません、フラグを折る協力を…え、フラグを立てて逆ハーエンド成立させろ?女の振りをして攻略キャラ誑かして、最終的に契約魔法で下僕化して国を乗っ取る? …サディストになりたいとか調子に乗ったことはとても反省しているので、誰か私をこの悪魔から解放してください ※小説家になろうより、改稿して転載してます

皇太子の子を妊娠した悪役令嬢は逃げることにした

葉柚
恋愛
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢のレイチェルは幸せいっぱいに暮らしていました。 でも、妊娠を切っ掛けに前世の記憶がよみがえり、悪役令嬢だということに気づいたレイチェルは皇太子の前から逃げ出すことにしました。 本編完結済みです。時々番外編を追加します。

処理中です...