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俺たちが島を出てから1週間が経つ今日この頃、空は晴れ、風も穏やかだ。
物思いに耽るにはちょうどいい。
昨日ようやく須藤君が滞在期間終了となり、クロマンス王国に帰って行った。
彼は「僕は諦めませんから!」と最後まで粘ったが「ほほほ、ルイス殿下、早く船にお乗りになって」と言いながらすごい力で彼を引っ張るティアナに連れられて行く様はさながらドナドナのようで。
俺は港でハンカチを振りながらその歌を口ずさんでいた。
さて、残る問題はこいつだ。
「さ、ネージュ。邪魔者も帰ったし、約束通りエルフの国に行こっか」
にこにこ笑いながら言うハーピスが差し出した手を俺は思いっきり叩き落とす。
「だから、了承した覚えはないと言っただろ!」
側妃との問題が解決して以降、ハーピスはずっとこの調子だ。
猫を被ることをやめた俺がどんなに邪険に扱ってもへらへら笑い、懲りもせずエルフの国へ連れて行こうとする。
はっきり言って、なんで俺がこんなに好かれているのかわからない。
「でもさ、俺と結婚しないと、今度はエルフから命を狙われることになるんだよ?いーの?それで」
ハーピスは俺の髪を一房掬い、指に絡ませる。
長い指がくるくると器用に俺の髪と戯れるが勝手に触らないでほしい。
俺は髪を取り返すとハーピスに向き直り、ふふんと胸を張る。
「残念だな。もう俺は第一王女として認められている。今俺を殺せば、せっかく戻ったエルフの扱いがまた悪くなるぞ?」
そう、俺はあの後側妃に何故エルフを恐れるのか聞き、その関係を改善させた。
理由を聞けば「だって、陛下が以前エルフ族の女を見て『エルフ族は皆美しいと言うが本当だな』って言うから、つい嫉妬して…」という本当に些細な事だった。
けれど俺の命を狙ったように、この時の彼女は心を病んでいて周り全てが敵に思えていたそうで、エルフ族には本当に申し訳ないことをしたと心の底から謝意を伝え、和解に至ったのだ。
しかしあっさり和解できたのにはもちろん理由がある。
1つは期間が3年ほどと短く、まだ人々の意識に根付くほど迫害が酷くなかったこと。
もう1つは実際に奴隷として働かされたり売られたりしたエルフがいなかったことだ。
どういうことかと聞けば、実際命令通りにエルフを捕らえたものの、一族至上主義で魔法に長けたエルフ族と敵対してもいいことはないと判断したラインハルト公爵家が全員を買い取って匿っていたかららしい。
ちなみに現ラインハルト公爵の妹が側妃である。
彼は妹の行動で国に被害があってはならないと手を回してなんとか妹と公爵家と国を守っていたのだ。
これは俺がゲームで『エルフが迫害されている』としか設定していなかったから知らなかった事実であるが、それでも2種族間のわだかまりが早々に解けてなによりだ。
ちなみにハーピスを恐れた理由は「男とか関係なく美しすぎて比べられるのが怖かった」とのこと。
こいつの顔面が凶器になりえると初めて知った瞬間だった。
「じゃあしょうがない。攫うか。これ以上話してても多分ネージュは頷かないし」
よし、そうしようとハーピスは一人納得し、俺の手を取る。
「は、はあ?ちょっと、それどういう」
ことだ、は言えなかった。
懐から今まで見た陣の中で一番細かく書き込まれているのにサイズが倍近くある紙を取り出したハーピスは
『リターン:エルフの里、俺の部屋』
と言い、瞬間、光が目を焼いたかと思うと目の前の景色が全く知らない場所に変わってしまっていた。
「………え?」
あまりにも突然の暴挙に俺は言葉を失う。
「…え?……え?」
きょろきょろ見回してみるが、やはり知らないところである。
「無事に着いたね。ちゃんと掃除もしてくれてるみたいでよかったよかった」
そしてそんな俺のことなどお構いなしにハーピスはやれやれと伸びをし、3人掛け用のソファに座る。
「ネージュも座れば?」と声を掛けられたが、俺にそれに答える余裕はない。
すると、遠くからバタバタという足音が聞こえ、
「ハーピス!!お前、今までなにやっとったー!!?」
「突然連絡がつかなくなったと思ったら急に帰って来て!あなたの分の晩ご飯なんてありませんよ!」
「レイリは見つかったのかい、って、誰ー!!?」
「うわなんか美人な人間がいる!」
「えー、僕も見たーい!」
「アタシもー!!」
バタンと勢いよく開いた扉から雪崩のように美形集団が部屋に入ってきた。
誰、と声を発するまでもなく、明るい茶色の髪と煌くヘーゼルアイが彼らがハーピスの血縁者だと教えてくれる。
今来たのは恐らく父、母、兄、兄、兄、姉だろう。
こいつが何人兄弟か知らないが、長寿のエルフの中で若輩もいいとこの19歳のハーピスより年下には見えない。
というか全員王族のはずなのに、威厳もへったくれもあったもんじゃないこの状況はなんなんだ。
「あー、皆ただいま」
ハーピスは椅子に座ったまま美形集団に向けてひらひらと手を振ると、
「レイリ兄探してる途中で捕まったんだけど、なんやかんやあって結婚相手見つけたから帰ってきた」
などという雑な上に誤解しか与えない説明をしてくれやがった。
案の定「ちょっ」と、と俺が訂正する間もなく、
「なんだってー!?」
「人間と結婚だと!?」
「アンタそういうのは先に手紙とかで連絡を寄こしなさいよね」
わちゃわちゃと兄弟たちが騒ぎ始めた。
自身の頭を抱えたりハーピスの胸倉を掴んだり頭を叩いたり、どう考えても歓迎されていない。
そりゃ3年とはいえ自分たちを迫害していた人間を連れてきたとあればこうなるだろう。
俺はこの場から逃げたくて仕方なかった。
「ちくしょー!俺より先に相手見つけやがって!!」
「俺人間の彼女とか憧れだったのに!!」
「こんな美少女よく見つけたわよねー」
そう思っていたのに、あれ?
なんだか雲行きが怪しいぞ?
「お嬢さん、名前を聞いてもいいかな?」
「ハーピスのお嫁さんって、本当?」
兄弟たちの会話に違和感を覚え始めていた俺に、ハーピスの両親、つまり国王と王妃が声を掛けてきた。
その目には人間に対する憎しみなどまるでなく、息子が連れてきたお嫁さん候補に対する好奇心と好意だけが見て取れる。
穏やかな国王(さっきはだいぶ慌てていたが)と慈愛に満ちたような王妃(さっき晩ご飯がどうとか言っていたが)に一瞬絆されそうになった。
だがここははっきりと間違いを訂正しておかなくてはならない。
何故だか知らないがそんな予感がして仕方ないのだ。
「お…私はネージュと言います。彼が収監されていた監獄島に派遣されていた修道女です」
だから慌ててしばらく脱ぎ捨てていた猫を被り直し、自分の身分を正しく伝えたのだが、
「というのは表向きで、ほんとはスノーリット王国の第一王女サマだよ」
ハーピスに隠したかった身分をあっさりバラされた。
「ちょ、ハーピス、何を!?」
慌ててその口を塞ぐがもう遅い。
ばっちり6人の王族に聞かれてしまった。
スノーリット王国の王族とはつまり、自分たちを迫害していた側妃の縁者である。
それはなによりも明確に敵であると表明するような肩書だ。
「第一…王女?」
「スノーリットの?」
その証拠に先ほどまであんなに穏やかににこやかにしてくれていた2人が驚いたような、引いたような顔をしている。
例え人間は許せても、迫害の命令を出した側妃までは許せないのだろう。
だから俺のことも許せるはずがない。
終わった。
きっと俺はエルフ族の敵として捕らえられ、牢屋で一生を終えるんだ…。
僅かな沈黙の間に俺がそう考えていると、
「ハーピス、でかしたぞ!!」
「王族の、しかも第一王女だなんて!」
「今夜は宴だー!!」
「早急に諸侯全員に招待状を送らなくては!」
「僕、料理長に教えてくる!」
「アタシはセバスとマリアに伝えてくるわ!」
何故か6人は喜び出した。
そして兄らしき人2人と姉らしき人は言うや否や部屋を飛び出して行った。
え、なにこれ、どうゆうこと?
ちょっともう俺の理解を越えすぎてて、そろそろ説明がほしい。
「あのね、ネージュ」
「…ほぇ?」
予想外の展開が連続しすぎて呆然とするしかない俺の肩を叩いたのはハーピスで、叩かれた俺はもう間抜けな声しか出ない。
それに苦笑にも似た笑みを見せたハーピスは、
「多分ネージュが思ってるほどエルフの迫害は俺らにとって大事じゃなくて、それよりも俺が人間の王族を嫁として連れてきたことの方がよっぽど大事なの」
とこの事態の説明をしてくれたが、それでもまだ俺にはどういうことか理解できなかった。
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