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「マーマハよ、何か申し開きはあるか」
目の前で蹲る自分の妃へ問いかける国王の声は視線と同じだけ冷たいものだった。
真冬の海のように荒れて波立つ心と吹き荒れる吹雪のような激情。
それを内包していながら全てを理性で押し殺したような、そんな静かな冷たさ。
それを一身に受けている側妃は生きた心地がしないだろう。
「ブランシュ殺害指示や修道院への追放だけでは飽き足らず、暗殺者を使ってまで殺害しようとするなど」
「私は悪くないわ!」
側妃は国王の言葉を遮り頭を抱える。
己が罪を突き付けられながら現状から目を背け、全てを拒絶するその様子は悪女というよりも意固地な幼子のように見えた。
その場に居合わせた全ての人間がそれを白い目で見る。
何を言っているんだ、悪いのはお前に決まっている、と誰の目も語っている。
そうだろう、それが正しい。
ここに来るまで俺もそう思っていた。
だが、今の俺はそう思っていない。
だから俺は側妃の傍に寄り、しゃがんで彼女の肩に手を置いた。
「確かに私は今側妃様の罪を挙げました。しかし、だからと言って側妃様だけが悪いのではありません」
俺の行動に周りからは戸惑いのざわめきが起きていたが、言葉を発してからはそれに批難に似たものが混ざった。
けれど俺の意見は変わらない。
だって、
「側妃様がこのような行動に出られた理由は、お父様に、国王陛下に存在を顧みていただけなかったことが大きいのではないでしょうか」
彼女の行動の理由は、いつだって王からの愛に飢えていた故のものだったから。
そうするように俺が書いたから。
一瞬、場が静まり、空気が張り詰めた。
そして直後に襲ってきたのは俺への激しい批難だった。
「貴様、自分が言った言葉の意味を理解しているのか!?」
「言うに事欠いて、陛下のせいだと!?この痴れ者が!!」
「衛兵!この無礼者をひっ捕らえよ!!」
声高に叫ばれるその言葉を俺は黙って受け止める。
一方横にいる側妃は、信じられないものを見るような顔で呆然と俺を見上げていた。
何故、とその口が動いた気がした。
「皆様の憤りはごもっともです。お咎めは後ほど如何様にも受けましょう。ですが、今は黙って私の意見を聞いてください」
周囲の怒号が落ち着いた頃、俺は毅然と顔を上げて彼らを見る。
今まで平民として暮らしていたとはいえ、今は王族という立場を明かした以上、俺の方が彼らより位は上なのだ。
そういう態度を取れば、彼らはそれを思い出したように気まずげに口を閉じる。
「別に陛下だけが悪いと言いたいわけではありません」
俺は言葉を継ぐべく口を開き、国王を見た。
彼は怒りもなくただ俺を見返す。
その目は静かに続きを促していた。
「陛下が側妃様を愛せなかった理由、それは私の母である正妃様への愛です。それを責めることは誰にもできない」
その言葉を聞いた王は一瞬だけ眉を動かしたが、まだ黙っている。
「そして陛下から正妃様を奪ったのは、私です」
それは二重の意味での言葉。
物語の中では正妃は俺を産んだせいで体を壊し、この世を去った。
そしてその物語を描いたのは前世の俺。
つまりどっちにしろ王から正妃を奪ったのは俺なのだ。
「私を産んだことが正妃様の身体を蝕み、陛下から愛する女性を奪ってしまった。そしてその死は陛下の中にいつまでも燻っている。それが側妃様を心から愛せない原因です」
そう言った俺の横で、側妃はいつの間にか涙を流していた。
そう、彼女はただ王に愛されたかっただけ。
けれど愛されなかったのは、俺がそうあれと書いたせい。
悪事を働いたのも、人を傷つけたのも、元を辿れば全部そう仕向けた俺のせいだ。
彼女も俺が不幸にした人間の内の1人で、俺はそれを受け止めて、救わなきゃいけない。
彼女の子供たちを見ているうちに俺はそう思うようになった。
彼女も俺の罪の一つ。
だから俺の贖罪のために救わせてくれ。
それは俺の独りよがりなエゴでしかなくて、ただの自己満足でしかないけれど。
それでも俺は全員救うと決めたのだから、側妃も、そして過去の愛に囚われる国王をも救いたい。
「では誰が悪いのでしょう。正妃様の死因となった私でしょうか、正妃様の死を受け入れられずにいる陛下でしょうか、陛下の寵愛を欲した側妃様でしょうか。それとも、この現状を改善しようともしなかった皆様方でしょうか」
その声に答える者はいない。
いつの間にか広間は水を打ったように静かになっていた。
「私は誰かだけの罪だとは思いません。全員がそれぞれ罪深く、また無実であると思っています」
俺は改めて国王を見る。
彼の凪いだ瞳の中に、確かに傷を見た。
「陛下。側妃様がなさったことは許されないことかもしれません。けれどどうか彼女の気持ちもわかって差し上げてください」
視線を側妃へ戻せば、彼女はまだ泣いていた。
「正妃様を愛し、忘れられずにいる貴方に、彼女の気持ちがわからないはずがない」
目の前で蹲る自分の妃へ問いかける国王の声は視線と同じだけ冷たいものだった。
真冬の海のように荒れて波立つ心と吹き荒れる吹雪のような激情。
それを内包していながら全てを理性で押し殺したような、そんな静かな冷たさ。
それを一身に受けている側妃は生きた心地がしないだろう。
「ブランシュ殺害指示や修道院への追放だけでは飽き足らず、暗殺者を使ってまで殺害しようとするなど」
「私は悪くないわ!」
側妃は国王の言葉を遮り頭を抱える。
己が罪を突き付けられながら現状から目を背け、全てを拒絶するその様子は悪女というよりも意固地な幼子のように見えた。
その場に居合わせた全ての人間がそれを白い目で見る。
何を言っているんだ、悪いのはお前に決まっている、と誰の目も語っている。
そうだろう、それが正しい。
ここに来るまで俺もそう思っていた。
だが、今の俺はそう思っていない。
だから俺は側妃の傍に寄り、しゃがんで彼女の肩に手を置いた。
「確かに私は今側妃様の罪を挙げました。しかし、だからと言って側妃様だけが悪いのではありません」
俺の行動に周りからは戸惑いのざわめきが起きていたが、言葉を発してからはそれに批難に似たものが混ざった。
けれど俺の意見は変わらない。
だって、
「側妃様がこのような行動に出られた理由は、お父様に、国王陛下に存在を顧みていただけなかったことが大きいのではないでしょうか」
彼女の行動の理由は、いつだって王からの愛に飢えていた故のものだったから。
そうするように俺が書いたから。
一瞬、場が静まり、空気が張り詰めた。
そして直後に襲ってきたのは俺への激しい批難だった。
「貴様、自分が言った言葉の意味を理解しているのか!?」
「言うに事欠いて、陛下のせいだと!?この痴れ者が!!」
「衛兵!この無礼者をひっ捕らえよ!!」
声高に叫ばれるその言葉を俺は黙って受け止める。
一方横にいる側妃は、信じられないものを見るような顔で呆然と俺を見上げていた。
何故、とその口が動いた気がした。
「皆様の憤りはごもっともです。お咎めは後ほど如何様にも受けましょう。ですが、今は黙って私の意見を聞いてください」
周囲の怒号が落ち着いた頃、俺は毅然と顔を上げて彼らを見る。
今まで平民として暮らしていたとはいえ、今は王族という立場を明かした以上、俺の方が彼らより位は上なのだ。
そういう態度を取れば、彼らはそれを思い出したように気まずげに口を閉じる。
「別に陛下だけが悪いと言いたいわけではありません」
俺は言葉を継ぐべく口を開き、国王を見た。
彼は怒りもなくただ俺を見返す。
その目は静かに続きを促していた。
「陛下が側妃様を愛せなかった理由、それは私の母である正妃様への愛です。それを責めることは誰にもできない」
その言葉を聞いた王は一瞬だけ眉を動かしたが、まだ黙っている。
「そして陛下から正妃様を奪ったのは、私です」
それは二重の意味での言葉。
物語の中では正妃は俺を産んだせいで体を壊し、この世を去った。
そしてその物語を描いたのは前世の俺。
つまりどっちにしろ王から正妃を奪ったのは俺なのだ。
「私を産んだことが正妃様の身体を蝕み、陛下から愛する女性を奪ってしまった。そしてその死は陛下の中にいつまでも燻っている。それが側妃様を心から愛せない原因です」
そう言った俺の横で、側妃はいつの間にか涙を流していた。
そう、彼女はただ王に愛されたかっただけ。
けれど愛されなかったのは、俺がそうあれと書いたせい。
悪事を働いたのも、人を傷つけたのも、元を辿れば全部そう仕向けた俺のせいだ。
彼女も俺が不幸にした人間の内の1人で、俺はそれを受け止めて、救わなきゃいけない。
彼女の子供たちを見ているうちに俺はそう思うようになった。
彼女も俺の罪の一つ。
だから俺の贖罪のために救わせてくれ。
それは俺の独りよがりなエゴでしかなくて、ただの自己満足でしかないけれど。
それでも俺は全員救うと決めたのだから、側妃も、そして過去の愛に囚われる国王をも救いたい。
「では誰が悪いのでしょう。正妃様の死因となった私でしょうか、正妃様の死を受け入れられずにいる陛下でしょうか、陛下の寵愛を欲した側妃様でしょうか。それとも、この現状を改善しようともしなかった皆様方でしょうか」
その声に答える者はいない。
いつの間にか広間は水を打ったように静かになっていた。
「私は誰かだけの罪だとは思いません。全員がそれぞれ罪深く、また無実であると思っています」
俺は改めて国王を見る。
彼の凪いだ瞳の中に、確かに傷を見た。
「陛下。側妃様がなさったことは許されないことかもしれません。けれどどうか彼女の気持ちもわかって差し上げてください」
視線を側妃へ戻せば、彼女はまだ泣いていた。
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