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※ハーピス視点

「よっ、と」
ネージュの部屋へ着くまでは運よく他の面子と出会わずに済んだ。
浮かせていた彼女をベッドに降ろし、俺は机に向かう。
バッシルはそれを訝し気に見ていたが、何も言わずに入り口近くの床に座った。
ドクトはどうしようかと悩むように部屋を見回している。
「さてと。ちょっと頭が冷えたところで、どういうことか説明してくれるかな」
俺は机に座り、そこにあったメモ用の紙に文字を書きながらドクトに水を向けた。
俺が仕切るのはどうかと思ったけど、そうしないといつまで経っても話は進まないのだからやるしかない。
「なんで、ネージュを殺したの?」
そしてバッシルが俺に続いて話を促す。
その目は真っ直ぐにドクトを見つめ、組まれた両手は指が白くなるほどきつく握られている。
「どこから話せばいいか…」
それを横目に見ながら文字を書き進める俺にドクトは視線を投げかける。
俺がなにを書いているか察しているのだろう、どのくらいの時間が必要なのかと問われていることはわかった。
「そうだね。妹の命がかかってるって言ってたことも含め、ドクトが最初だと思うところから話してくれればいいかな」
だから俺は長めに時間がほしいと伝えるために初めから順に説明を求めた。
ドクトにはそれで通じると思ったし、実際彼はその返答で理解してくれた。
「わかりました。では、まず妹の説明から始めます」
そして妹が王城で働いており今は側妃付の侍女になっていることと、何故か側妃がネージュを邪魔に思っており、妹を殺されたくなければネージュを殺せと命令されたことを話した。

「…ただ、私は中々実行に踏み切れなかったんです。彼女には司祭を助けていただいた恩はあれど殺す理由などなにもない。いくら妹を人質に取られているとはいえ、何の罪もない彼女を殺すなんてできないと、そう思っていました」
話しも終盤に差し掛かり、ドクトがそう言ったところでようやく俺の作業がひと段落した。
俺は机上から数枚の紙を持って振り返り、バッシルにそれを見せた。
『今から本当の事情を説明する。このことに関しては決して口に出さず、黙って読むだけにとどめること』
「…は?」
読んだバッシルは早速そう言うと俺を見て意味わかんないという顔をした。
その気持ちは痛いほどわかるが、頼むから指示に従ってほしい。
俺はすぐさま先ほどの紙の裏にペンを走らせ、
『しゃべるな!』
と一言だけでかでかと書き、バッシルに突きつけた。
「殺せないって、なんでそう思ってたのに、止めなかったの?」
そしてバッシルの発言の意味をドクトへ向けての発言だったと思わせるために、俺は同じ疑問形でドクトへ話しかける。
そうすれば2人揃ってドクトの発言に対して疑問を持ったのだと思わせることができるはずだ。
「止めようと考えていました!けれど先日、側妃様から書状が届いたのです…」
ドクトはそう言って手紙の内容からネージュを殺すに至るまでの自身の葛藤を切々と語り始めた。
俺はバッシルが戸惑っているのを見て、再度しゃべるなと書いた紙を見せ、彼が頷いたのを確認してから次の紙を見せた。
『この島での会話は側妃に盗聴されている。口に出せば全てがバレるから、絶対にこっちの言葉には言葉で反応するな』
その瞬間、バッシルが息を呑むのがわかった。
けれど今度はちゃんと言葉を飲み込み、俺に向かって了承の頷きを返す。
それに対し俺はまた別の紙を彼に見せた。
なんだか紙芝居でもしている気分だ。
『ネージュは生きてる。さっきドクトが言った通り、側妃からネージュを殺さないとドクトの妹を殺すって脅されてたから、協力して一芝居打ったんだ』
バッシルはそれを読み終えるとガバリと顔を上げ、ベッドに横たわっているネージュを見た。
と言ってもさっきから死んだふりを続けている彼女には俺が紙に書いた内容は見えていないので、彼女は特になにも反応を見せない。
それでもよく見れば呼吸によって胸が上下していることはわかるだろう。
次いでバッシルはドクトを見た。
俺が紙に書いて見せたことは本当なのかと問うように。
ドクトはそれに僅かに頷いた。
あまり動くと声が不自然にぶれてしまうから影響しないギリギリの深さではあったが、真っ直ぐバッシルを見つめるその瞳に嘘はないとわかる。
「…先ほど外に出た時、ハーピスの作った魔法の結界に綻びが見つかって、好機だと思ったのです」
ドクトの説明はなおも続いているが、正直バッシルの耳に届いているのか疑問だ。
彼は限界まで目を見開き、ドクトとネージュの間で視線を彷徨わせている。
「それで心臓を一突き、ね。随分思い切ってやったもんだね」
俺はバッシルの視線を俺に戻すため、敢えて口を挟んだ。
それにドクトだけに話し続けさせるのは不自然だし。
「せめて苦しませないで殺すのが、私にできる最善だと思ったのです」
『今こうして話してるのは盗聴している側妃に疑われないためだ』
「最善、ね。医者としての知識を人を殺すために使っておいて、よくそんな言葉で表せたもんだ!」
俺はバッシルに紙を見せながらドクトと言い合いをするふりをする。
けっこうしんどいなこれ。
『だからこれが無駄にならないようにドクトを責めろ。本当にネージュが殺されたと思って言え』
俺は最後の紙を見せてドクトを指差す。
紙に書かれている文字はドクトからも見えているので、指差された彼は苦笑いをしていた。

コンコンッ
「…いるか?」
それから10分ほどが経ち、そろそろドクトを責める言葉も尽きてきた頃、ネージュの部屋のドアをノックする音と、ドーパの低い声が聞こえてきた。
ネージュに用があるのだろうが、生憎今は応えることができない。
「あー、ちょっと待ってね」
なのでこの面子の中で一番誤魔化すのが得意だろう俺が代表して扉を開けた。
彼は出て来た俺に何故という目を向けたが、部屋にドクトとバッシル、そしてネージュがベッドに横たわっているのを見てさらに首を傾げた。
「あいつはどうしたんだ?」
案の定ドーパは横たわるネージュを指差しながら俺に問うが、
「さっき外で色々あってね、後で皆が揃ってから説明するよ。なんか用だったの?」
今はなんとも言えない状況なので曖昧な説明で先送りにし、ドーパが訪ねてきた目的を問う。
「いや、俺にもよくわからないが」
俺に問われた彼は顎を擦りながら困った様子を見せ、俺たちを見回し、
「なんか、クロマンス王国の王子って奴が来た」
と言って眉を下げた。
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