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コンコン。
「ネージュ、そろそろ準備できたか?」
高木さん声の司祭が扉の外から俺を呼ぶ。
もう1時間も経ったのかと思ったが、実際のゲームでは探索イベが終わったと同時に声が掛けられたのだから状況は同じか。
ということはこの後は攻略対象の7人を紹介された後、問答無用で魔物とのチュートリアル戦闘が始まるわけだ。
ならばと俺はイクスキャリバーを特殊装備3枠目である『背中』に背負って部屋を出た。
「……こっちだ」
その姿を見た司祭は何か言いたげではあったが結局そこにはツッコまず、7人が集まっている食堂へと向かった。

最大収容人数が10人であるこの施設の全員が一度に入れるように設計されている広い食堂に入ると、12人掛けの大きな木製のテーブルに7人が座って待っていた。
席順がゲームと全く同じであることにちょっとした感動を覚えながら俺はテーブルの端に立つ。
「今日から一緒に暮らすことになりました、ネージュといいます。皆様どうぞよろしくお願いいたします」
そしてゲームと同じセリフで自己紹介をし、司祭を見た。
この後は攻略対象者全員の全身と顔のドアップが描かれたスチルを得られる紹介パートだったはずである。
「ではここの囚人たちを紹介しよう」
記憶通り司祭にそう言われたが、こちとら彼らの生みの親であるため何も聞かずとも名前や罪状、生い立ちから好物まで全て知っている。
だからといってスキップ機能はないので、評判の美麗スチルも得られないが俺は黙って彼らの紹介を聞くことになった。

「まず91番、医者のドクトだ」
その声に促されて立ち上がったのは少し長めの金髪で、昼の海のような見事な碧眼のすらりとした正統派イケメンだった。
ドクト、22歳。
彼は庶民、貴族関係なく治療する凄腕と有名な町医者だ。
だが二日酔いの貴族に薬を求められた際、崖から落ちて大怪我をしている庶民の男の子を優先して治療したところ不敬罪で投獄され、裁判で「命に尊いも卑しいもあるものか」と発言したことで貴族どころか王家(というか貴族がチクった側妃)の逆鱗に触れ監獄島行きとなった人物である。
性格は極めて温厚で、垂れ目気味の眼差しは深い知性を宿しながらとても穏やかに煌いている。
優しく情け深く、困っている人間には進んで手を貸すような、女の子の綺麗な憧れだけを詰めた二次元にしかいない王道乙女ゲームキャラとして作られた人物だ。
「ドクトと申します。よろしくお願いいたします」
放たれた声もゲームと変わらず、ほぼ無名ながらも優しさと透明感で選ばれ、後に大ブレイクを果たした声優のいい声だ。

「次92番、下級騎士団にいたグランプだ」
グランプ、24歳。
赤い短髪にオレンジの瞳のがっちりした体格で、司祭の言った通り下級騎士団(下町警護をする警察のような存在)所属で馬鹿ではないがわりと脳筋。
不正に商品を売って儲けていた商人を摘発したが、商人が裁判官を買収したため投獄された。
下級騎士である彼は本来なら独房1ヶ月程度で済んだはずだったのだが、退廷時に隙をついて商人を殴ったため監獄島行きとなった。
つっても殴らせたのはシナリオを作った俺だけどな。
真っ直ぐで男臭くバリバリの体育会系で、実際にいたら絶対に俺とは相容れないタイプだが、俺は結構こいつを気に入っていた。
なぜならこいつの性格や話し方はチーフをモデルにしたからだ。
「グランプだ。よろしく」
声は太く大きく、溌剌として活力に溢れている。
頼もしいと感じてしまうのは、担当声優が別アニメで宇宙軍総司令役でめちゃくちゃ格好良かったのを覚えているからだろうか。

「次、93番、94番。こいつらは双子でスーニーとスーリーだ。正直俺では区別がつかない」
そう言われて同じ顔で笑うのは93番で兄のスーニーと94番で弟のスーリー、14歳だ。
肩で切りそろえた黒に近い紺色の髪に髪より少し薄い紺色の大きな瞳で、幼さが抜けきっていない柔らかな頬をした小柄な双子の少年たち。
ネージュを陥れた側妃付きの雑用係だったが、体調を崩した母の医者代のために側妃のアクセサリーを持ち出したことがバレて投獄されたため、間に合わなかった母親は死亡している。
側妃のお気に入りだったが「「あんたみたいなクソババァのとこなんか2度と戻りたくない」」と言ったために監獄島行きとなったことからもわかるように口も性格も悪い。
「「よろしくね、お姉ちゃん」」
そう言って笑う顔は天使のように愛らしいのに。
そういえば彼らには『本当は三つ子で自分たちを虐げた実の両親を1番目の子が立てた計画、2番目の子が整えた手筈で3番目の子が実行役で殺して投獄された』という没案があった。
1番目と2番目の子が3番目の子を庇うために自分が犯人だと主張し続けたため2人とも投獄され、3番目は今も市井に紛れて2人が出所した時に備えているという設定だったのだが、あまりにもあまりだと今の設定に変えられたのだ。
実際にこの子たちに会えば変えてよかったと思う。
こんな風に愛らしく笑う子たちが背負っていい罪ではない。
「僕はスーニー、お兄ちゃんだよ」
「僕はスーリー、弟だよ」
「あ、僕らのことを見分けられなくても気にしないで」
「僕たちも気にしてないから」
「「だって僕らは、2人で1人なんだから」」
にこにこと笑いながら少年特有の澄んだ高音で紡がれる言葉に、司祭は呆れたようなやれやれとでも言いたげな顔をして頭に手を当てている。
「わかりました。ありがとう」
2人の顔を見ながら、元々このセリフは2人の口癖であり、且つ没案では三つ子であることを隠すためのブラフであったことをなんとなく思い出していた。

「次95番、教授のバッシルだ」
そう言われて気だるげに立ち上がったのは長い深緑の髪を一つにまとめた眼鏡の青年。
バッシル、24歳。
王立学院の客員教授だったが、生徒だった第二王子の知ったかぶりを指摘したところ側妃の命で不敬罪とされ、裁判を待たず監獄島行きとなった不遇な男だ。
根っからの学者気質で人付き合いは苦手、空気も読めなければお世辞も言えないような不器用な人間だが、悪い男ではない。
そして普段は物静かだが、その膨大な知識を披露する時だけは饒舌になるというコミュ障設定持ち。
はっきり言おう。
モデルとなったのは俺だ。
「…バッシルだ」
そうと知っているため面倒臭そうな態度でぶっきら棒に名前だけ言われても怒るどころか苦笑いしか浮かばない。
俺って傍から見るとこんななんだな。

「次は96番、ハーピスは…学者、でいいのか?」
「なんとでも」
司祭の声に適当に返しながら立ち上がったのは、ぱっと見にはもさっとした痩躯の男だ。
ハーピス、19歳。
茶髪で前髪が長く、猫背で俯きがちなのでそのままでは目元は全く見えない。
だが顔を上げ前髪を除ければ、星を散らしたようなきらめきが宿る綺麗な緑がかった薄茶の眼がそこにある。
当然乙女ゲームなので、こんな姿でも素顔はちゃんとイケメンなのだ。
そして彼は主要登場人物の中で唯一魔法が使える。
複雑な図案の魔法陣を用意し、その構造と発動効果を理解していないと使えないが、15cm四方ほどの紙に描いたそれを持ってさえいればいつでも魔法が使いたい放題である。
この世界に魔力という概念はないが、コントラクトという特殊な方法で集中していないと暴発して使用者が死ぬので、使いたい放題とはいえ一度の使用回数に限りはある。
学者と言われた通り、彼は魔法研究機関に所属している。
しかし普段は家に引きこもった状態で主に魔力効率のよい魔法陣や術式をひたすらに研究していた。
それなのにある日突然それまで彼の存在に一切関心を示さなかった上層部(の上の王家)から軍事利用できるような術式開発を命じられた。
だが、専門ではないことと自分の研究が忙しいことを理由に拒否したため軍法会議にかけられ、その際反省の色がないとして懲罰で監獄島行きとなった。
グランプは懲罰が刑罰に変わって監獄島行きになったのに対して、バッシルとハーピスは懲罰で監獄島行きとなっているのは不平等だが、グランプは対貴族、2人は対王家なので仕方ない。
と言い聞かせながら俺はシナリオを書いた記憶がある。
「…どうも、ハーピスです」
やはり目元は見えなかったが、中性的な声で告げたハーピスの口元は気のせいでなければうっすらと微笑んでいた。
ちなみにバッシルとは違い、気難しくはあるがコミュ障ではない。

「最後は97番、鍛冶職人のドーパだ」
司祭にそう言われてもその男は立ち上がりもせず、視線すら俺に向けなかった。
短髪の黒髪、黒眼の日に焼けた逞しい青年ドーパは最年長の28歳。
下町で工房を持つ職人で、孤児集団の中で廃品を集めて修理や開発をしていたところ、工房を構えたばかりの親方に見込まれ、12歳頃に跡継ぎ候補として養子に迎えられた。
しかし彼が孤児であることを見下す同僚や才能があることを妬む同僚から嫌がらせを受け始め、最終的に婦女暴行犯という不名誉な冤罪で投獄されている。
しかも被害者なし、証拠不十分というお粗末な冤罪にもかかわらず、普段からの無口不愛想に加え、学がないため口も立たなかった彼は、訳がわからないまま監獄島行きとなった。
このことがとどめとなり、今の彼はすっかり人間不信になってしまっている。
それをネージュが労り、心を寄せることで彼のルートが開くのだ。
ああ、我がシナリオながら不憫すぎるぞドーパよ。
だが物語が進むうちに彼本来の明るくリーダーシップに溢れる性格が解放され、頼れる兄貴となっていく姿が俺は好きなんだ。
だから許して。
「…この島にいる囚人は以上だ」
ドーパがそっぽを向いたまま一向に自己紹介をしないので、仕方ないとため息を吐いた司祭は紹介を終えた。
そういえば気にしてなかったが、この人もしかして第1~10監獄島の5~10人いる囚人の名を全て覚えているんだろうか。
実際には囚人と関わりのない管理者なのに偉いな、と他人事のように思った。
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