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最悪は退けられたものの…

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「……っ、ああ、もう!」
マイラの猛攻を紙一重で、しかし悉くを躱した騎士はそれでも苛立ったように舌打ちをすると距離を取った。
すぐさまマイラも追うが、飛び退った騎士にさらに距離をあけられたため騎士と私の中間あたりに移動する。
私よりも小柄なマイラの背が頼もしく、なんだか大きな壁のように見えた。
「なんなんだお前!!何故私の邪魔をする!?」
騎士は苛立ちを隠すともせずにガシガシと頭を掻くとマイラに向かって指を突き付ける。
もちろんそこから何かが出るわけでもないので、マイラは「人を指差すなんて躾けがなっていませんね」などとため息を吐くだけだった。
けれど警戒を緩めることはない。
「うるさい!全く、本当なら私が主だったかもしれないというのにとんだ女だ。正しい歴史に戻したらお前など解雇してやる!!」
「はぁ?何を言ってるんです?」
世迷言のような騎士の言葉の意味は当然マイラには通じない。
呆れたように肩を竦めるのが後ろからでもわかった。
それが当たり前なのだが、騎士の男は「うるさい!!」とさらに逆上した。
まるで駄々をこねる子供のようだった。
「うるさいと言われようと、貴方を捕らえて目的を吐かせるまで私は止まりませんよ?」
反比例するようにマイラは徐々に冷静になってきたようで、一つ手を振るとどこからともなく短剣を取り出した。
いやちょっと待って、ホントにそれ何処から出したの?
どうやらルード様の育ての親であるこの侍女にはまだまだ多くの秘密があるらしい。
「手や足の一本くらい失くしても構わないでしょう」
最悪、口さえ利ければいいのですから。
マイラはそら恐ろしい言葉を呟くと同時に短剣を放つ。
いつの間にかその数は三本になっていた。
「くっ!」
騎士は大きく横に飛んで躱す。
それを読んでいたらしいマイラは再び騎士に近寄ったのだが、彼が胸元から取り出した『何か』がキラリと光るのを見て足を止めた。
その隙に男はバルコニーに通じる大窓まで移動する。
この部屋は三階だから窓からでも逃げられるだろう。
ここへの侵入も恐らく窓からだろうし、不可能ではない。
だがそれをマイラが許すかどうかは別問題だ。
「もういい、どうせ今アンネローゼを手に入れたところで目的は果たせないからな、今日のところは引き上げだ」
騎士は再度苛立たし気に前髪をぐしゃぐしゃと掻き回す。
そして反対の手に持っていた、胸元から取り出した『それ』を自身の心臓に向けた。
「アンナ、ついでに王太子、これを使われたくなければそこの女を止めた方がいい」
ニヤリと嫌な笑みを浮かべた男がそう言って顎をしゃくってマイラを示すと、それに合わせるように雲に隠れていた月が顔を出す。
徐々に照らされる彼の手に握られていたのは見覚えのある一見シンプルな短剣だった。
「それは…!」
「お前っ」
何となく予想してはいたが『それ』を見た瞬間にサッと血の気が引いた。
たった一度、微かにしか見ていないはずだがはっきりと断言できる。
見た瞬間に嫌な記憶と感情を引き摺り出した『それ』は、間違いなく『時戻しの短剣』だった。
「はは、ここまで来てやり直しはしたくないだろう?」
色を無くして口元を両手で隠した私に向かって騎士は皮肉気に口元を歪めると、高らかと宣言する。
「安心するといい。私たちの繰り返しは今回で終わる。予定は狂ったが全ての準備は整っているのだから」
「な、にを、言って…?」
「今日無理に連れて行くまでもなく時が満ちればアンナは、アンネローゼ・アリンガムは嫌でも私の元へ来ることになるのさ」
「どういうことだ!?」
呼吸が乱れて上手く答えられない私の代わりのようにルード様が騎士に叫んだ。
彼が持っている短剣がなにか理解しているからか、その場からは一歩も動いていない。
下手に動いて彼が自身を刺したらまたやり直さなければいけなくなり、それを避けたいのはルード様も一緒なのだ。
「ふん、教えてやる義理はないな」
しかし男はそんなルード様を鼻で笑うと窓を開けてひらりとバルコニーに踏み出した。
「待ちなさい!」
「ダメだ、追うな!」
「殿下!?」
男が逃げると見るとマイラは勢い込んでその背を追おうとする。
だがルード様に止められて、マイラは何故だと言うように目を見開いた。
「ははは!そうだ、ちゃんと止めておけよ?」
騎士は肩越しにその光景を見てうっそりと嗤うと夜の闇に消えていった。
後には顔面蒼白の私と気色ばんだマイラと悔しそうなルード様、そして状況が飲み込めず呆然と立ち尽くすオークリッドの騎士数名が残された。
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